普段から3年生の存在など気に留めていないのに、いないと分かると心なしか校舎が静かになったような気がする。
始業のチャイムがいつもより少しだけ寂しげに響く、そんな午前9時。


【シーラカンスに伝言 5】


「じゃあ茂武ー、43ページから」

教科書を読み上げる生徒の声が教室に響く。
窓際の一番後ろの席は、斉藤にとって一番落ち着く席だ。このまま席替えなんてなければいいと思っている。
ぽかぽかとした初夏の陽光に照らされて、いつもならばうとうとしてしまう午前中の授業だったが、今日ばかりは違う。目は黒板と教師の動向と手元とを行ったり来たり。右手はペンを持って、左手は・・・机の中に潜ませた、マナーモードのスマホに添え。
常ならば授業に集中し、しきれなくなったら寝るばかりの斉藤が、授業中にスマホなど怒られそうなことをしているのには訳がある。
今日から、桂たちが修学旅行に行っているのだ。
昨日の帰りはエリザベスを連れて行けないことを悔やみ、元気でな風邪をひくなよああエリザベスと今生の別れのようなことを何度もやっていた。そのうちエリザベスが飽きてきて、行ってらっしゃいとそっけなくプラカードを翻すのをちょっと恨めし気に見つめる。もうどちらが置いて行かれるのだかわからない。

「・・・」

斉藤だって、明日から3日間、続く土日を入れれば5日間、桂と会えないのは寂しかった。けれど寂しいなんて面と向かって言えるようなら、しかも友達にするような冗談めかした明るいトーンで軽やかに言えるようなら、今までクラスで友達だってできた筈だった。もごもごと桂とエリザベスが仲良くじゃれるのを見つめながら、行ってらっしゃいの一言さえも言えずにいる。
けれどいつもの斉藤の家の前まで来たとき、桂は友達にするような自然なトーンで言ってくれたのだ。

「ふふん、お前も俺と会えなくてさみしいだろう」
『はい』
「・・・んん、スナオだな貴様・・・。まあ、俺もお前と一緒に行けないのは残念だが」
「!」
「でもお前携帯持ってるからな。近藤たちとも同じ班だから、写真を送ってやる」
『待ってます』
「土産も楽しみにしていろ」
『はい。・・・気をつけて、行ってらっしゃい』
「ああ。ではな」

誘導に乗っただけとはいえ、ここまで伝えられたのだから斉藤にしては上出来だった。門扉を開けて、遠くなる背中をいつまでも眺めている。
お土産より、早く帰ってきてほしいなんて可愛い駄々は、さすがに言えなかったけれど。
そして。

【新幹線なう】9:27既読

さっきから写真がすごく送られてくる。
近藤たちの3ショットから桂の自撮り。ちょっとこの桂さんの隣にいるグラサンの男のひとは誰だろう。頬がくっついて、何かすごく仲が良さそうだけど・・・と斉藤を若干もやもやさせつつ、桂からは特に何の説明もない。
別に、授業が終わってからまとめて見ればいいことだ。桂だってそう思っているから遠慮なく斉藤の授業中に送ってくるのだろう。でも桂が自分にあてて何か言葉を残しているのが分かっているのに、それを一時でも放って授業に集中しろなんて友情と恋に揺れ動く男子高校生にはできないということまで、桂はまだ分かっていない。

【富士山撮ったどおおお!】10:18既読
【あ、馬鹿既読なんか付けるな。受験に向かう新幹線の車窓から富士山が見えると落ちるってジンクスがあるらしいぞ。貴様も来年泣かんように授業には集中しろ】10:20既読

白いフキダシの向こうから桂の口調や表情まで見えるようで目が離せない。富士山やポッキーゲームをしている近藤とグラサンの男の写真や写り込んだ桂の指から、桂が写真の向こうで楽しんでいるのがわかる。まるでそのまま振り向いて、斉藤、なんて声をかけてくれる姿まで見えるようn

「さ〜い〜と〜う〜」
「!」

ばれた。
強面の教師が鬼の形相で斉藤の机の前に立っている。慌ててスマホを机の中に押し込むのも空しく、教師に指でちょいちょいとスマホを出せと指図される。
数秒の逡巡ののち、コトン・・・と斉藤はバツが悪そうに渋々スマホを机の上に出した。

「お前はっ、珍しく寝てないと思ったらこれか!!罰としてスマホは放課後まで没収!」
「(放課後まで!!!?)」

ガタタッ!

「うおおおなっ何だ斉藤!?ダメだってこらっ・・・没・収・だ!!!!」
「〜〜〜!!!」

まだ午前中なのに!教師の非情な宣告に斉藤は動揺した。思わず立ち上がって取り上げられた携帯に向かって手を伸ばし、ぶんぶんと首を横に振ってもはや半分涙目だ。いつも大人しい斉藤の必死の形相に思わず教師も怯んだが、そこはさすがに悪タレ高校の教師である。ぐっと携帯を握りしめると有無を言わせず背中に隠し、斉藤からさっと距離をとった。

「・・・・・・」

そのうち、諦めたのかすとん、と斉藤が悄然として椅子に戻る。のを確認して、大きなため息を吐きながら教師も壇上に戻っていった。大人しく見えたが、やっぱり今時の子供はキレやすいのかねぇ、ハデな頭してるし、と内心で冷や汗を拭う。

「はー・・・やっぱお前らの世代はスマホ依存?つぅのか?何でもかんでもスマホに頼ってっと自分で何もできなくなってだなぁ・・・」

教師がぐちぐちと嫌味を言う。今まで目立つようで目立たない斉藤の意外な行動に、クラスメイトたちもざわめいてちらちらと斉藤を見ていた。普段ならそんなふうに悪目立ちをして居たたまれないはずだったが、今の斉藤にはそんなことも気にならない。

「ったく・・・オラお前らも授業に集中しろー。じゃあ続きー、問3」

滔々と聞こえる声がまるで素通りしていくようで頭に入らない。
スマホに頼って?そりゃ確かに頼っている。だって学年も違って、共通項なんてひとつもない彼と会う口実をどうやって作ればいいのだ。
自分で何もできなくなって?スマホは確かに無くてはならないツールだけれど、そうやって会う機会をもぎ取ってここまで関係を繋げて来たのは人生で一番努力したくらいだ。
依存なんて!依存しているのはそんな鉄の塊にじゃない。その向こうのあの人に、あの人だけに、

(・・・好きです)

ぽろ、と心が剥がれた。
もう友達なんて説明じゃ足りなくなってしまったことは分かっている。
これが友情か恋かなんて。近くにいるうちは色んなことを考えるけれど、こうして離れて繋がれなくなってみれば出てくる声は素直なものだ。

(好き。すき、すき・・・)

少し開いた窓から初夏の風。晴天の匂いに途方に暮れたような恋心は取り残されるばかりで、ぽろぽろと心の中に零れ落ちるまま、行き場をなくしてしまったようにそればかりがあふれ出してくる。
授業が続いていくのを、耳だけが聞いていて、15の心は青空へ吸われていった。




【やっと返してもらえました】17:49既読
【だから言っただろう!授業には集中しろ!】17:52既読
【スミマセン】17:52既読
【まあ、授業中に送った俺も悪かった。明日からは昼と夜にするから、ちゃんと学業に励めよ】17:53既読
【ハイ・・・】17:53既読








































人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -