『鏡見てみな。それがトモダチってツラか』

ペッと唾をアスファルトに吐きつけ去って行った。やはりあのぽっかりした目を好きになれない。


【シーラカンスに伝言 3】


今日も昇降口にアフロが揺れる。エリザベスの看病の買い出しに付き合うなどと口実を付けて帰宅を合わせた斉藤は、その後もちょくちょく桂の帰りを待っていた。もとより帰宅部の斉藤のみならず、意外にも桂も特定の部活に所属しておらず、帰りの時間を合わせることは学年が違ってもそれほど難しいことではなかった。派手なアフロの2年生が挙動不審な態度で3年生の下駄箱の傍をうろうろしているものだから、ちらちらと視線を遣られた3年生は斉藤と視線を合わせないようにサッと足早に過ぎていく。

(・・・ハチ公みたいだな)
「!」

そうして、下りてくる桂を見つけるやいなや犬が耳をぴんっと立てて尾を振るように桂がやってくるのを脇目も振らずに待っている。
初めのころは何だ何だと好奇の視線に晒されることに戸惑った桂だったがもう慣れた。むしろ今となっては主人を待つ忠犬のように桂だけを探している斉藤の姿を見るにつけ、ちょっとした優越感を感じている。どうして斉藤が桂にここまで懐くのかは桂自身よく分からなかったが、後輩に懐かれて満更嫌な気もしない。
その代わり、桂の後ろでペットのエリザベスがチッと舌打ちをした。

『あいつまたですか』
「仲が悪いなお前らは。キャラ被り?やっぱキャラ被りはのっぴきならんか」
『違う!桂さん、あの男は危険ですよ』
「そうだろう、プラカードとノートってもうほぼ一緒だもんな」
『だから違うってば』

待たせたな、と桂が声をかけると斉藤はぶんぶんと首を横に振った。首の動きに合わせてふわふわとアフロが揺れる。手を突っ込んで思う存分モフモフしたい欲求を堪えて、桂は上履きを脱いだ。靴に履き替え終わるころには、斉藤とエリザベスが殴り合いの喧嘩をしていて、置いていくぞと声をかけると慌てて付いてくる。そうして何となく3人一緒になって帰り道を歩いているのだった。
ところで、桂は目立つ容姿をしている。
今時の高校生らしからぬ、着崩した感のまるでない制服。しゃんと伸びた背筋。女子生徒でもあまりいない、長い艶やかな黒髪。そんな髪型がばっちり似合う、中性的で涼やかな整った顔立ち。中身こそちょっとアレだが、無言で歩いていれば誰もがちょっと振り返る。

「・・・あそこすげーな」
「また何か増えたな。桂って1年のときからああだっけ?」

そんな桂が、ばかでかいオバQっぽいペットとオレンジ頭のアフロを引き連れているのだ。しかもオバQとアフロは桂の隣を争うように火花を散らしている。それはもう、凄く目立った。ここまでくると桂が美形だとかそういうことを抜きにして、若干桃太郎じみてくるという意味で目立っていた。
斉藤はちらっと遠巻きにこちらをうかがっている生徒たちを見た。自分たちのことを話しているのだというような声も聞こえてくる。もとより人目が気になる性格だ。私のせいで桂さんが悪口言われたらどうしよう私みたいなのが桂さんの近くにいて不釣り合いだとか言われたらどうしよう目立つからってガラの悪い生徒に絡まれたらどうしよ・・・

『放っとけ』

けれど絶妙のタイミングでエリザベスが吐き捨てるようにプラカードを翻してくれる。お互いいけ好かないと思っている筈だけれど、こんなこともあるので、斉藤はエリザベスのことをそれなりに信用するに至っている。

「エリザベス、斉藤、駅前でアイス食べていかないか。何か無性にソフトクリームが食べたい」
『はい』『いいですよ』
「斉藤、お前アイスクリームだったらどれが好きだ?俺はバニラが一番うまいと思うんだがエリザベスがチョコだなどと・・・」
『やっぱりチョコですよ』
『・・・・・・抹茶が好きです』
「『えーーーーーー』」

思いっきり眉をしかめて斉藤を見た、桂の顔がとてもリラックスしているようで嬉しい。何度が一緒に帰るようになって、LINEのやりとりも続くようになった。桂の感情表現は豊かだが、まだ斉藤にとってはキリッとした無表情のほうが見慣れている。
もっと桂の色んな表情を見たい。もっと桂のことを知りたい。例えば桂は銀魂高校開校以来の秀才としてトップの成績を譲らない。桂であれば私学や隣県の全寮制進学校に行くことだって容易だったはずなのに、どうしてこの学校に来ているのか。怪しげな店でバイトをしているとか、不良と付き合いがあるとかいう噂もあった。抗いがたく桂に惹かれることを自覚する反面、聞けない部分がまだまだ多すぎる。

「あれー、シンスケのお友達だあ。何かカラフルなの増えたね」
「神威!」
「そんな怖い顔しないでよ。今日はちょっと一緒に遊んだだけだよ」

急がないけれど、いつか話ができるようになれたら、と斉藤が桂の後ろ姿を眺めていたら、向かいから明るい声がして、桂は噛みつくように警戒の表情を顕わにした。
こんな桂を見るのは初めてだ。桂はチッと舌打ちをして神威と呼ばれた少年の横を通り抜けて走り出した。エリザベスに続いて桂を追いかける斉藤の背中を、にこにことした少年の視線が付いてくる。その鋭さにぞっとした。
シンスケって誰だろう。あの制服、夜兎工業高校だった。不良揃いと悪名高い学校だ。あの少年も無邪気そうだったけれど制服は破れているしところどころから血が出ていたし、何よりあんな視線を寄越すのだから見た目通りの中身じゃない。あんなのにやられたら、桂さんの友達が危ない・・・!

「高杉!」

高杉晋助!?
通りを抜けて、桂が駆けながら制服を着崩して歩いている男の背中に声を投げた。男が面倒くさそうに振り返る。
斉藤は混乱してきた。だってあの人はウチで冷血硬派の不良と有名な高杉晋助だ。確かにシンスケだけれど、桂さんの友達って、不良と付き合いがあるってまさか、

「・・・ヅラ。何だその後ろのサーカスじみたのは」
「ヅラじゃない桂だ。貴様また無用な諍いを」
「喧嘩ァ売って来たのはあっちだぜ。テメェもいい加減にしな」
「いい加減にするのはそっちだ馬鹿者」
「おいやめろ、・・・染みついてやがンな」
「誰のせいだ誰の。あっこら高杉、逃げるな!」

桂は高杉に追いつくと、手慣れた動作で鞄からウェットティッシュと絆創膏を取り出して高杉の傷口に触れた。傷といっても、神威と同じような擦り傷だ。それでも桂は世話を焼かずにはいられないらしい。すなまい斉藤、今日はここで!と斉藤に向き直って一言投げかけると、斉藤の返答も待たずにまた絆創膏を拒む高杉の腕を相手に奮闘を始めて行ってしまった。斉藤はエリザベスとともにぽつんと路上に取り残される。
あの馴染んだ雰囲気。多分、昨日今日の友達じゃない。もっとずっと前からの。
いい加減にしろと言われても絆創膏を常備して、怪我をすると世話を焼かずにいられない。下手すると桂が銀魂高校を選んだのだって、喧嘩に明け暮れるであろう彼を放っておけなかったから。
落雷を受けたような気分だった。桂にそこまでさせるほど、大切に思う人がいる。
そして桂に大切な人がいると知って、ショックを受けている自分がいる。友達になりたいと思っていたけれど、別の友達がいたからってショックを受けるのはおかしいんじゃないか。
桂を追いかけようとしたエリザベスが、立ちすくんだ斉藤を見て去り際にくるっとプラカードをまた翻した。

『桂さんと高杉は幼馴染だ。それ以上でもそれ以下でもない』
『だが今の貴様は、』

まさか。だって、いや、でも。
エリザベスは全てを見透かすような丸い瞳で斉藤を見る。そして最後通牒のように、白いプラカードを翻した。







【今日はすまなかった。アイスクリームはまた食べに行こう】19:26 既読
【明日がいいです】19:26 既読
【あいわかった】19:26 既読
【桂さん】19:27 既読
【どうした?】19:27 既読
【もしかしたら私は|

【いえ、また明日】19:48 既読
【ああ。明日な】19:48 既読











  










































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