やってしまった。

【シーラカンスに伝言 2】


斉藤終、4月にして既に2度目の遅刻である。そろりそろりと校門をくぐると、時計は1限の開始を10分過ぎていた。
とんとん、と靴の砂を払って下駄箱へ。階段を上って足はそのままクラスへは向かず、東棟3階の一番奥、図書室の扉を開けた。
遅刻常習犯の斉藤は知っている。図書室は授業中無人になるが、授業で使うことがあるため普段から施錠されていないことを。一番上の階であり向かいの西棟側が壁になっているため、他の階から見られる心配がないことを。
斉藤は迷うことなく日当たりのよい窓際の席に鞄を下ろし、形だけは参考書を探しに世界史の棚に向かった。その傍ら、もう何度目になるか分からないがLINEの会話画面を覗きこむ。
家族と近所の友人である近藤たちしかいなかった斉藤のLINEトークに、先日初めて友達登録された「桂 小太郎」。「桂さん」と呼ぶ許可までは得たものの、あの後話をしていない。向こうからくることも、ない。
斉藤はもうずっと「桂さん」に聞きたいことをため込んでいるのに、ぐるぐると悩んで時間が空いてしまううちにどんどん聞きづらくなってくる。だって、2週間近く連絡してなかったのに突然趣味とか部活とか聞き出されてビックリされたらどうしよう。そもそも私と連絡先を交換したのだってその場のノリで実際友達になる気なんて無かったのにガツガツ来られてヒかれたらどうしよう後輩の癖に図々しい奴だと思われたらどうしよう。
ぐるぐると思い悩んで結局今日も送信ボタンを押せないまま、携帯を参考書に持ち替えて棚から席に戻っ、

「あ、お前だったのか」
「!!?」

バサッ!と手にした参考書が落ちた。
思い悩みすぎて幻覚でも見ているのだろうか。斉藤の鞄の隣に座って教科書を読んでいたのはずっと会話の糸口を探していた「桂さん」だ。そんなに驚かなくてもいいだろうが、と桂は唇をとがらせたので、斉藤は慌てて首を振って鞄の中からノートを取り出した。

『3年生は授業休みなんですか』
「そんなわけあるか。遅刻だ遅刻。今朝はエリザベスの様子がおかしくてな・・・病院に連れて行ったら遅れてしまった」
『エリザベス?』
「俺のペットだ、カワイイぞう。それが何とインフルエンザだったのだ!こんな時期外れに・・・看病してやりたかったが大丈夫ですから桂さんは学校に行ってくださいなどと健気なことを言うから・・・ウッエリザベス・・・」

気が気でない、というような表情で桂は携帯の待ち受け画面を斉藤に見せてくれた。白くて大きな鳥、というかペンギンのおばけ、というか・・・これ何?

『鳥インフルエンザ?』
「いや、香港B型だ」

中に何か・・・ヒト型インフルエンザにかかりそうなものが入っていそうな気がしたが、桂がペットだと言い張るので斉藤はそういうことにしておいた。エリザベスは桂と日ごろからプラカードで会話をしているらしい。だから私の筆談にも驚かなかったのだ、と斉藤はやっと得心した。鳥が人語を介して文字まで書くのか、ということは、得心のしようがなかったが。

「授業の途中で教室に入るのも気がひけてな。あいつら絶対集中力切れそうだし・・・お前も遅刻か?」
『はい』
「ふ、では共犯だな。誰にも言うなよ」

桂はふっと瞳を悪戯っぽいものにしてニヤリと笑った。
その細められた琥珀色の瞳にまた斉藤の鼓動が跳ねる。誰にも言うはずがない。誰にも。2人だけの秘密、という言葉が頭をよぎって、甘美すぎるその響きに打ちひしがれている。
ぶんぶんと何度も大きく首を振ったら、よし、と言ってまた微笑んだ。
おずおずと隣の席に腰掛けたら、心なしか良い匂いがする。シャンプーだろうか。何を使っているんだろう。自分もこの毛量だから色んなシャンプーを試してみたけれど、全く知らない香りがする。清々しくて、優しい香りだ。

「1限は何だったんだ?」
『世界史です』
「前の授業はどこまでやった?・・・ああ、じゃ今日はこの辺りまでかな。教科書線引いてもいいか?ここと、ここと・・・ここ、あとここからここまでの流れを覚えておけば大丈夫だ」
『有難うございます』
「ウチの学校の定期試験はゴリラでも通るが、進学を考えているならしっかりな。遅刻した授業については先生に聞きに行くんだぞ」
『はい。・・・桂さんは、進学ですか』
「ああ」
『じゃあ、私が遅刻したときは、またこうして教えてください』
「馬鹿者、横着するな。・・・まあ、相談くらいは乗ってやる」
『はい』

春の日差しはうららかに、硝子越しに背中を暖めてくれる。普段の斉藤だったら寝ていたが、今日ばかりはそれどころではなかった。
皆授業を受けている。あるいは、サボってどこかに出かけている。斉藤と桂のいるここだけが、非日常のなかに切り取られているようだった。
チャイムなんて鳴らなければいい。そうして気づいたら1日ずっとこうしていて、しまったなぁなんて言いながら2人で帰るのだ。そういう日がいい。

(・・・もっと、仲良くなれたら)

今日は桂が進学希望だということと、変なペットを飼っているということと、良い香りがするということを知った。もっと沢山のことを知りたい。突然ふってわいたような「友達」に浮かれているのか、全ての関心がいま桂に向かってしまっているのを斉藤自身も止めがたく感じていた。

「・・・・・・あ、あのな、斉藤」
『はい』

何かもっと会話をしなければ、と斉藤がノートを捲った瞬間、桂がもごもごと少し口ごもりながら呟いた。ちらちらと斉藤を見ては、言おうか言うまいか悩みに悩んでいる、といった雰囲気だった。そのぎこちない態度に斉藤の手がぎくりと止まる。
これは、何か言いにくいことを言おうとしている。もしかして私が何か失礼なことをしてしまっただろうか不愉快にさせていたかもしれない相談に乗ってくれるなんて言ってくれたけどやっぱり本当は嫌だったのかも・・・!

「・・・その、お前の、髪を・・・もっかい触ってもいいだろうか・・・」
『え』
「・・・俺はモフモフしたカワイイものが大好きなんだ。お前のアフロはすごく・・・モフモフしているから・・・」
『あ、はい、どうぞ』

可愛くはないけれどいいのだろうか。
思いがけない桂の言葉に、あっけにとられた斉藤が頭を下ろすと桂は嬉しそうに両手を差し入れて撫で始めた。
出会った2週間前よりも随分遠慮をしているようなのが斉藤には気になったけれど、1年の学年差を気にしているのかもしれない。別に、先輩だからって断りにくいわけじゃない。桂に触れられるのは何だかそれだけ仲良くなっているようで嬉しいと、そういうことをちゃんと伝えられるような自分だったら、もう少し生きやすかったし友人も多かったのかもしれなかった。
心地よい桂の手のひらを感じながら、せめてこの気持ちよさが伝わるといいのに、と、思っている。




【もう遅刻するなよ】9:31 既読
【桂さんが遅刻するときは教えてください】9:31 既読
【無茶言うな】9:31 既読
【学校のあとはエリザベスの看病ですか】9:32 既読
【ああ。色々買いものをして帰らなければ】9:32 既読
【一緒に行ってもいいですか】9:44 既読
【楽しいものじゃないぞ】9:44 既読
【いいんです】9:44 既読
【じゃあ、17時に正門で】9:45 既読














































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