群青の夜空に桜吹雪が舞い散って、浮かれた歓声がワァッと上がった。
真選組恒例の花見大会。今年の桜を江戸で見られるなんて、と皆が皆して浮かれている。
新時代の江戸へ、真選組の帰還は必ずしも華々しい凱旋とは言えないかもしれなかったが、この桜が待っていてくれたのならばそれでいいのだ。夜桜の下、酌み交わす仲間との酒がしみじみと染みてくる。
そう、夜桜。例年は昼間にしていた花見をどうして土曜の夜なんてプライベートな予定ひしめく時間にしたかといえば、別に嫌がらせでも何でもない。忙しい上司たちに合わせたのだ。
同じく新時代を切り開いていった桂一派。互いの頭を取り戻すために命を張った2つの組織は、近藤と桂の仲の良さも手伝って今やこうして一緒に花見などするようになっている。そして新たな時代の幕開けに忙しくしているのは何よりその近藤と桂で、なればこそ、2人の体が空いた土曜の夜に花見の予定が入ったからといって苦情のひとつも出るものではない。

人の輪の中心で、近藤と桂が笑っている。
それぞれの仲間が、肩を組んで幸せそうに酒を飲んでいる。

「・・・」

それはいつまでも目に焼き付けておきたい、幸福な一瞬なのに違いなかったが、しかし一升瓶を抱えて程よく気持ちよくなった少年の頭には、ちょっと違う気づかいも出てきたのだ。
人の輪を少し外れて、眩しいものを見るようにぼんやり輪の中央を眺めている兄貴分の姿を見つけては。

「桂ァ」
「ん?沖田か」
「じゃーんけーんホイッ」
「むっ」
「はいアンタの負けー。ちょいと買い出し行ってきてくれやせんかねェ」
「ん、何だもう酒がないのか」
「ビール3箱と一升瓶4本くらいありゃまァ足りるでしょーや」
「おい待て俺が持つには限度があるぞ」
「ええ。終兄さんが一緒に行くっつってくれてるんで」
『!』

『・・・でしたー。さて、10時になりましたここからは花束のように歌を贈ろうミュージック・リザーブのお時間。お相手は引き続きわたくしKANRININがお送りいたします。
このコーナーではリクエスト・ソングをあなたとあなたの大事な人のためにリザーブ。毎週10時から11時のこのお時間に心を込めてお贈りします。
ご希望の方はお名前ご記入のうえ、お相手のお名前とメッセージを添えて番組までお送りくださいね。あなたとお相手とのエピソードなどもお待ちしております。お名前はお互いがわかるようなラジオネームでも結構ですよー。
さて今週のミュージック・リザーブは雲州松江のラジオネーム終桂もっとやれさんから・・・』

「貴様も負けたのか、じゃんけん」
『いや私は・・・よ、酔い覚ましに』
「何だもう酔ったのか。沖田め、酔っ払いを買い出しに行かせるなど」
『総悟くんは、あれで、気遣いのできる優しい子で』
「ふ、・・・ああ、分かっている」

雲ひとつない藍色の空に、街灯に照らされた夜桜がざああと揺れる。
もとより酒が苦手な斉藤は飲んでもいない。しっかりとした足取りで、桂さーんと声のかかる男たちから手をひいて。飛んできた白いプラカードを切り落とし。顔も赤くないのに酔いざましなんて、すぐウソだってバレやしないかと気を揉みながら。
少し後ろから話しかけられて、慌ててノートを取り出した。薄暗い空気のなかで少し顔を近づけて文字を読む桂の伏せた睫毛にどきりとする。
他の花見客の人込みを通り過ぎ、喧噪が遠くなる。何だかまるで2人だけでこっそり抜け出してきたみたいで。
少し酔っているのだろう、歩く桂の白い頬は心なしか色づいている。そうして隣で、機嫌が良さそうに微笑っている。


≪当たり前ではない 日常的では決してない
 よくぞここまで辿りついた
 拍手 君に会えた私
 よくぞここまで辿りついた≫


「ん?待て貴様らいつもどこで酒を買っているんだ」
『いつもはあそこの酒屋さんで』
「何だ貴様ら遅れてるな。この時期あっちのコンビニが花見仕様で酒を安く売りだすんだ。そっちに行くぞ」
『あ、』

ふふん、と得意げな顔でクイッと親指を反対方向に向けて、桂はくるっと踵を返してしまった。はらりと音のしそうな長い髪の靡くのに、思わず見とれて意識が逸れた。
酒屋へ向かう角をまさに曲がろうとしていた斉藤は慌てて足を逆方向に曲げる。

『待って、』

慌てたのが身体に出たのか足がもつれて、前に振れた腕はとっさにそこにあったものを掴んだ。おかげで何とか踏みとどまって、体勢を整えて桂を追いかけようとすれば目の前に桂の綺麗な顔がある。とっさに掴んでいたのは彼の腕だった。突然腕を引っ張られて、屈んだ桂の鳶色の瞳が斉藤を間近で射貫いて、どきん!と不意打ちに心臓をやられる。
掴まれた腕を引き上げて、仕様のない奴だと言わんばかりにニヤリと笑った。

「・・・酔っ払いめ」
『・・・・・・ハイ』

バレやしないかなんて、杞憂。やっぱりさっき酔っ払いって言っておいて良かった。事実こんな甘い空気にすっかり酔っているのだから、あながち嘘ばかりでもない。まさか、まさかこんなことが許される日がくるなんて。
掴んだ腕を離して、酔っ払いが甘えるように手を握ったら、桂は少し驚いた顔をした。したけれど、何も言わずにふっと一息笑んだきりだった。
夜風が揺れて、柔らかく包まれるような春の匂いにくらりとした。

『コンビニで安売り?』
「あそこはもともと酒屋でな。昔からの買付けルートがあるから自由がきくんだ」

桂のいうコンビニがどこにあるのか斉藤は知らない。
願わくば、いつもの酒屋より遠くでありますように。そして帰り道は思い切り遠回りをしたい。重い缶や瓶を抱えて、ムードもへったくれもなくていい。
花見の喧噪が遠く聞こえる月夜の砂利道。
このひとの隣を1秒でも長く歩きたい。


≪地球生まれ 地球育ち 地球語を話す 地球儀は持ってないけど
 地球でただひとり ただひとりとひとり・・・≫



「あれー沖田隊長飲まないんすかー!?」
「すまねェ酔った」

抱えた一升瓶をカラにして、桜の幹に背を預けた。
少し離れた人の輪のなかは相変わらず賑やかだ。酒に弱い奴は寝だし、強い奴も上機嫌に騒いでいる。飲まないのかなんて、もう今更酒があっても無くても大して変わりやしないだろう。だからまあ、あの2人が帰ってきてもこなくても。
酔い覚ましにと手に取ったイヤホンからは、土曜の夜のラジオが流れてくる。

(・・・お、)

『お次のリザーブはラジオネームアフロなオカミさんから、柱・・・あふ、ろう?さんでいいんですかね?柱阿腐郎さんへ。ミュージック・リザーブはチャットモンチーで【コンビニエンスハネムーン】。』


(いい仕事したじゃねーか、俺)



≪最寄りのコンビニまでのハネムーン
 明日の予定を詳しく話し合うハネムーン≫




















































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