『・・・でしたー。さて、10時になりましたここからは花束のように歌を贈ろうミュージック・リザーブのお時間。お相手は引き続きわたくしKANRININがお送りいたします。
このコーナーではリクエスト・ソングをあなたとあなたの大事な人のためにリザーブ。毎週10時から11時のこのお時間に心を込めてお贈りします。
ご希望の方はお名前ご記入のうえ、お相手のお名前とメッセージを添えて番組までお送りくださいね。あなたとお相手とのエピソードなどもお待ちしております。お名前はお互いがわかるようなラジオネームでも結構ですよー。
さて今週のミュージック・リザーブは雲州松江のラジオネーム終桂もっとやれさんから・・・』
ガラッ
「というわけで斉藤、世話になるぞ」
『〜〜〜!』
ブツッッ
突然白い塊がノックもせず部屋に入ってきて、斉藤は慌ててラジカセの電源を切った。
白い塊は白い足袋で器用に襖を開けるともこもこと入り込んできて、やがてドサッと畳に落とされる。さっきまで白い塊が覆っていた先にあったのはむさくるしい男所帯に似つかわしくない甘い顔立ちの美しい青年で、下ろすや否や運んできた白い布団を畳の上に広げだした。
『桂、・・・さん、どうした・・・・・・ん、ですか』
「ああ、近藤と話し込んで遅くなったから泊まっていけと言われて」
『いつもの客間は』
「ああなんか大騒ぎしてたぞ。聞こえなかったか?何かシロアリが出たとかいって」
シロアリ・・・!
確かに江戸を離れていた期間もそれなりに長かったし、この屯所に戻ってきたときも荒れたなぁとは思ったけども、まさか客間がシロアリの餌食になっていたなんて。
畳剥がしてたから客間が使えなくてなぁ、元三番隊副長のよしみでとお前の部屋で寝るように言われたんだ、と桂はこちらを見るでもなくシーツの皺を伸ばしながら言う。
その四つん這いの後姿を、こちらに向けられた尻を直視できなくて、思わず斉藤は目を背けた。不埒な妄想を逞しくしてきた身にこの光景は目の毒に過ぎる。フランクな口調で桂、桂と呼ぶ局長たちを羨ましく思いながら、それでも緊張してカタい口調になってしまうほど、まだまだ遠い存在だというのに。そんなイキナリ、同衾・・・ではないな。枕を2つ並べて・・・ああ、とにかく隣で寝ることがあるだなんて!
いつでもどこでも寝ろと言われたら寝られる自信はあるけれど、今夜はそれさえ覚束ないような気がしている。
≪「君をいったい何に例えたら この愛は伝わるだろうか」
こんな出だしの手紙じゃ 気持ち悪がられるよな・・・
何とか君の気をひければといろいろ考えてんだ
でもくだらないことしか 思いつかないのさ≫
「安心しろ、寝首はかかん」
ぱん、と一度手を払って、思う存分シーツの皺を伸ばし切ったらしい桂は斉藤に向き直ってニヤッと笑った。
「近藤は心配しているのだろうよ。俺と貴様に個人的な恨みが残らないかとな。・・・まあ、謀殺しかけた相手を恨むなといっても無理があると俺は思うが」
『い、いや、私は別にあのときのことは』
「えっマジでか・・・貴様凄いな・・・俺なら仕返しに寝てる耳元で爆竹鳴らすくらいはするぞ」
『・・・・・・』
恨みはともかく別のものが残ってしまった、もとい生まれてしまったことについて、責任とってくれと詰め寄っても無理もないなと言ってくれるのだろうか。穏やかに笑って掛け布団を広げている姿を眺めているとありえない夢物語まで描いてしまいそうだ。
ちょっと頭を冷やそう、お茶でも持ってきて・・・。
無言で部屋を出れば厠に行くのだと思ったのか桂は何も言わなかった。茶を淹れて、帰り際廊下の向こうからやってきた沖田がすれ違いざまグッと親指を立ててきたのでお盆を取り落としそうになる。
≪友達の誰に相談しても結局はみんな同じで
「あたっちゃえよ」とか「くだけちゃえよ」とか 完全に他人事ですか
実際砕けたらどうすんだって 多分砕け散るんだって
どうしようどうしよう ああなんか眠くなってきた・・・≫
「ん、ああ何だ厠じゃなかったのか。お帰り」
『!』
部屋に戻れば桂は机を枕の向こうに押しやって、押入れから斉藤のぶんの布団も取り出して隣に並べていた。自分の布団を、「お帰り」と言って桂が敷いている。その事実の生々しさに、またお盆の上の茶が揺れる。
机の上に茶を置いてしまえば、もう座るところなんかお互い布団の上しかないのだ。ふたつ並んだ布団。その隙間、隙間が指3本分くらい開いているのが有り難いような恨めしいような。気持ちを落ち着けるためだったはずのお茶も熱くしすぎてなかなか喉を通らない。
「『・・・・・・』」
何か・・・何か、
聞きたいことは沢山あって、知りたいことは山積みで、けれどそれをどうやって聞いたらいいのかわからない。こういうときにそういうことがわかっていたら、20年以上孤独を感じてなどいなかった筈だ。
ああ、やっぱり何も浮かばない。けれどどうしても、どうしてもこのひとと話がしたい。
ちら、と視線をやったら腕を組んで座っていた向かいの桂もビクッと揺れた。多分お互い、どうしていいかわからないのだ。
≪抱きしめたいし
キスもしたいし・・・≫
「・・・・・・貴様、喋れたのだな」
湯呑に手を伸ばさないままの桂が、ぽつり、と呟いた。いつも使っているノートへちらりと視線をやって。
≪ああ 明日になったら君が彼女になってないかなぁ
そうしたらもう何もいらないものにな
両腕じゃほら 抱えきれないんだよ
この想いが早くあふれ出してしまえばいいのに≫
それはあなたと仲良くなりたくて、エリザベスがプラカードで喋っているのを見てその手があったかと思って。
そんなふうに言いたいけれど、突然仲良くなりたいとか言い出してチャラい奴だと思われたらどうしようエリザベスのパクリだと思わたらキャラ被りだと思われたらどうしよう何か鬱陶しい奴だと思われたらどうしようあなたに嫌われたらどうしよう。
でも、それでも今あなたからもらった言葉をそのままにはしたくない・・・!
≪間違えて 口が滑っちゃえばいいのになぁ≫
『・・・・・・・・・あなたと、話がしたくて』
する、と、ほとんど無意識に書いていた。
水をうったような静寂がたゆたう。
思わず筆が滑ったけどこの沈黙はどうしよう、ああやっぱり言わなきゃよかった言わなきゃっていうか書かなきゃよかった、今すぐにこの用紙を引きちぎってしまいたい。ドン引きされてたらどうしよう嫌われたらどうしようただでさえ近くない距離なのにもっと離れてしまったらどうしよう・・・
「・・・そうか」
桂は、きょとん、とした顔をしたあと、いつもキリッとさせている目つきを珍しく呆けたようにして小さく呟いた。そして、綺麗な右腕がするりと伸びてきたと思えば突然そのページをベリッとノートから引きはがす。そのまま八つ折にして、丁寧に袂に仕舞った。袂を離れた指がまた斉藤に伸びたと思えば、唖然としているその指先からペンを搦めとり、無残にも敗れたノートの真ん中に、きゅ、と一言を書き添えた。
切られてしまったラジカセの向こうで、あの歌はこの顛末を知っただろうか。
『お次のリザーブはラジオネームアフロなオカミさんから、柱・・・あふ、ろう?さんでいいんですかね?柱阿腐郎さんへ。ミュージック・リザーブはback numberで【ハイスクールガール】。』
『俺もだ』