≪夏は貴方とおちあって 一緒に花火を見たいです
 厚かましい願いではありますが 貴方の恋人なりたいのです≫



「親父殿、かけそば2つ」
「おお桂さん!久しぶりだねぇ、アンタ今忙しいんじゃないのかい」
「なに、この俺が忙しくなかったことなど無いぞ。なあエリザベス」
『そうですね』

夏も盛りを過ぎたかとはいえ、夕方になっても屋台の主人は汗だくで蕎麦を茹でている。夜はまだマシだがねェと笑った頬に、通り向いの小川から湿った風が寄せた。
ざわざわと、川辺の人通りは多い。いつもより着物の丈が短い若い女たち、おろしたての鮮やかな兵児帯を揺らしてはしゃぐ子供。浮ついた様子で携帯を気にしている若い男たち。

「・・・花火大会でもあるのか?」
「ああ、ここいらじゃ最後の花火かねぇ。まだまだ暑いがこれがあると夏も終わりって気がすらァ」
「今日は客足も多かったようだな」
「へぇおかげさんで」

『・・・でしたー。さて、10時になりましたここからは花束のように歌を贈ろうミュージック・リザーブのお時間。お相手は引き続きわたくしKANRININがお送りいたします。
このコーナーではリクエスト・ソングをあなたとあなたの大事な人のためにリザーブ。毎週10時から11時のこのお時間に心を込めてお贈りします。
ご希望の方はお名前ご記入のうえ、お相手のお名前とメッセージを添えて番組までお送りくださいね。あなたとお相手とのエピソードなどもお待ちしております。お名前はお互いがわかるようなラジオネームでも結構ですよー。
さて今週のミュージック・リザーブは雲州松江のラジオネーム終桂もっとやれさんから・・・』

屋台の外に並べられた木製の長椅子に目をやって、折角だからとそのうちのひとつに腰を下ろす。川からの風が感じられていいかと思えば、歩く人の川に遮られてそよともしない。これでは何時になっても暑かろう。
むわりと汗ばむような湿気を吹き飛ばすように、溌剌とした声が長椅子の隅に置かれた古いラジカセから響いてくる。いつもは屋台の端にちょこんと置かれて演歌を流しているのだが、今日はにわかに増えた若い客向けにしてあるのだろう。

『さて、ラストリザーブはラジオネームアフロなオカミさんから、柱・・・あふ、ろう?さんでいいんですかね?柱阿腐郎さんへ。ミュージック・リザーブは阿部真央で【あなたの恋人になりたいのです】。』

「・・・ん?」
『桂さん番組変えてもいいですか』
「いや待て。あの男がわざわざ俺宛にというなら何か言いたいことでもあるのだろう」
『ありませんよそんなもの』

ありませんよっていうかタイトルのまんまですよそんなもの。
言いたい言葉は飲み込んで、エリザベスはチッと舌うちをした。ほどなく、お待ち、と蕎麦がふたつ届けられて、わざとラジオの音をかき消すように大きく蕎麦をすする。エリザベスが斉藤の何を気に入らないって自分に対してあの人をくったような態度がまず気に食わないし、55巻なんてド後半になってポッと出てきただけの癖に、桂のことが好きで筆談で喋るっていうキャラ被りで挑んでくるのも気に食わない。まあ、別に本気で嫌ってるわけではないけれど。


≪あなたをもっとちゃんと知りたいけれど 今よりもっと仲良くなりたいけど
 深入りしたら嫌がりませんか そう思うと聞けなくて≫


エリザベスの隣で、蕎麦をすする桂の横顔はいつもと変わらぬ無表情だ。桂の本音が本当のところどこにあるかなんて、エリザベスには分かったことがない。次に飛んでくるだろう指示は予想できるし先回りしてお役に立つこともできる。いま何を考えているのかなんてことも、大体は分かるつもりだ。しかしそのよく回る頭の先、肚の底でどこまで考えているかなんていうのは、3巻からずっとお傍にいてさえ知れない。どこまで深入りしていいものか、迷うことも未だにある。きっとこの先もずっとそうなのだろう。そのくらい桂の底は深くて広い。


≪どんな人が好き?髪の長さは?
 聞きたいことはまだまだあるわ!≫


ず、と最後の一口をすすって、ごちそうさま、と礼儀正しく手を合わせる。エリザベスが食べ終わるのを見届けて、桂は屋台の主人に代金を支払うと喧噪に背を向けて歩き出した。
遠くでそろそろ花火が始まるという旨のアナウンスが入って、向こうの人の歩みが早くなる。陽が落ちて、パパッ、と一斉に点灯した街灯が、並ぶ桂とエリザベスの影を伸ばした。

「まだ暑いがな。もう夏も終わりか」
『今年も沢山花火を観ましたね』
「そうだな。隅田川のはすごかったな」
『私は江戸川のが』

ああだったこうだった、とひとしきり喋ったあと、桂は不意に口を噤んだ。生暖かい風が桂とエリザベスの間を吹き抜けて、優しい沈黙が落ちる。
桂が、いま何を考えているかなんて、きっとあの男には分からないだろう。55巻なんてド後半に出てきたあの男には。
だけどエリザベスには分かるのだ。肚の底までは読めずとも、ずっと一緒にいたのだから、さっき聞いたラジオの曲を気にしているのだろうくらいのことは。


≪この季節が過ぎる前に 一緒に花火を見たいです
 厚かましい願いではありますが、あなたとふたりで≫


『・・・沢山一緒に観ましたから、今年最後くらいは譲ってやってもいい』

躊躇いがちに、くるっとひっくり返ったプラカードからエリザベスは目を背けた。何度も言うが、別に斉藤を本気で嫌っている訳ではないのだ。キャラ被りも気に食わないけれど、あんなに痛い目を見たくせに桂に惚れてくるあたり見る目とガッツがある。それに当の桂も斉藤のことを結構、気に入っているのだ。だからこれは斉藤のためなんかじゃなくて、あくまでも桂のため。
桂が驚いたような顔でエリザベスを見た。珍しく拗ねたようにぷいっと顔を逸らしたエリザベスに苦笑して、その背を優しく撫でてやる。

『来年はまた一緒に観ましょうね』
「ああ、勿論だ」

足を止めた四つ角、ここを右に曲がれば屯所に向かう道。何もなければ、そのまま真っすぐ通り抜ける道。
じゃあ、といって桂は右に足を向けた。行ってらっしゃいとプラカードを翻したエリザベスは、そのまま真っすぐ。

ヒュゥ・・・どぉん・・・

花火大会の始まりを告げる最初の大玉が打ち上がった。わぁっと遠くで歓声が上がる。
ゆったりと右へ曲がった桂の足は、そのまま少し早歩きになり、次の角を過ぎるころには江戸の宵を駆け出していた。


≪決して派手な恋じゃなくていいから、あなたの恋人になりたいのです≫





















































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