≪新時代をいつか僕らの手で生み出すんだよ
 優しい君の声もきっと世界を変えられる・・・≫


そうして変えた新時代の桂には、一応、執務室というものがある。
「一応」というのは一応用意されてはいる、ということで、桂がここにいることはほとんどない。指示を出したり話し合ったり、大体誰かの部屋を転々としているし、市井をふらふらしていたりもする。結局、携帯電話が一番確実な捕まえ方で、それを除けばほとんど近藤が追いかけていたときと遭遇率が変わらない。2人肩を貸しあって劇的な瞬間を共有していたからって、落ち着いてみればこちらが積極的にアクセスしない限りあまり会えもしないのが桂だ。万事屋のところに飲みに押し掛けたときにたまたま居合わせる確率のほうがよほど高い。
だからそのとき桂の部屋からラジオをかけているような声がして、部屋の明かりが漏れていたので、間抜けにも「誰だ」と思ってしまったのだ。いや、正確には、「桂だったらマズい」と。

『・・・でしたー。さて、10時になりましたここからは花束のように歌を贈ろうミュージック・リザーブのお時間。お相手は引き続きわたくしKANRININがお送りいたします。
このコーナーではリクエスト・ソングをあなたとあなたの大事な人のためにリザーブ。毎週10時から11時のこのお時間に心を込めてお贈りします。
ご希望の方はお名前ご記入のうえ、お相手のお名前を添えて番組までお送りくださいね。お名前はお互いがわかるようなラジオネームでも結構ですよー。
さて今週のミュージック・リザーブは越州越後の近桂布教大歓迎さんから・・・』

「!近藤」
「か、桂・・・」
「どうしたウンコ踏んじゃったゴリラみたいな顔して、何かあったのか。マウンテンゴリラは素手でウンコ全力投球するんだぞ。踏んじゃったくらいで慌てるな」
「踏んでねーよ!!い、いやお前がココにいるの珍しいから」
「まあな。でも一応俺用の部屋だし」
「そうなんだけどさ・・・お前そのラジ・・・あイヤやっぱ何でもない、なっ何か大事な手紙でも読んでたのか、邪魔したな!」

桂は少し驚いたようなそぶりで、大きく開いた窓に向き合うようにして読み物をしていた顔をこちらへ向けた。
読み物といっても、粗末な紙にヘタな字で書き殴られた、どうやら私用の手紙のようだ。のんびりとラジオなんかかけて、プライベートな手紙を読んでいる。仕事中というのではないらしい。
とはいえ今近藤の顔を引きつらせているのはそのラジオだ。それ、よりによってその番組。
気まぐれに送ってしまった1曲。聴くな、とはいえないし、イキナリ入ってきて変えていいか、も不自然だし、ていうか桂にラジオの話をするとむしろ桂の意識はラジオに向くし。
ここは別の話題で意識を逸らすのが得策のはずだ、と、近藤は桂の手元の手紙を指さした。

『・・・さてお次のリザーブは、住所不定のラジオネームフルーツチンポ侍さんから住所不定のフルーツポンチ侍さんへ、ミュージック・リザーブはいきものがかりでで【熱情のスペクトラム】。』

「ああ。いつかお前がくれたやつだ」
「!!!?」

しまったどっちに転んでもトラップだったァァァ!!!
桂がぺらり、と持ち上げたボロの藁半紙。DJの声に被さるようにして告げられた衝撃の事実は、確かによく見れば近藤自身のヘタな字がのたくっていることに裏付けられている。

「懐かしくてな」

ふふ、と桂が手紙に目を落とし、嬉しそうに細めた。
元・真選組が革命軍として全国を回っていたころ、一度だけ桂に手紙を書いた。反対勢力の動きとか、誰々充てに一筆書いてほしいとか、そういう用事もあってのことではあったが、追われるようにして出た江戸、逃がされただけではないと伝えたかった。


≪誰も1人きりじゃ起ち上がれやしないから
 互いに手を伸ばして 限界を超えた明日へ≫


桂がまた窓へと目をやった。
地球を輝かせる江戸のネオン。きらきらと眼下で輝くその明かりの下で人々がそれぞれに土曜の夜を過ごしている。大きな看板を抱えた客引き。腕を組んで歩くカップル。飲みすぎて道端で吐いている若者。寒そうなドレスで客を送り出すホステス。猥雑で賑やかで、生きる活気に満ち満ちている。

「見えるか」
「ああ」
「愛おしいな」
「・・・ああ」

見慣れた景色がこんなにも。
近藤は、窓の外を飽かず眺める桂の右手から離れない手紙に目を落とした。そしてちらりと隣の桂の横顔にも。
この、男にしては華奢な肩が、すらりと伸びた美しい手足が、動かなければ今の自分は無かった。
信じて良かった。この男と、この男が信じた真選組を。


≪君が僕を変えた言葉が心動かす
 まだ見ぬ革新を 高鳴る胸に求めて≫


「お前の手紙を読んだときに」

ここはまだゴールじゃない。ゴールなんてものはない。
悲喜こもごもの日常が、連綿と続いていく世をこいつと作っていくと決めたのだ。権力に愛する人を奪われることも、幸福への努力が裏切られることもない世の中を。

今までは真選組さえ守れれば良かった。国の未来なんて、大層なことを考えたことはなかった。そう語りだした手紙は、江戸の人々の笑顔を護りたいと思ううちに、新しい世を見たくなったとはにかんだ。真選組と共に新しい時代を作るならお前がいい、お前の作る世の中を隣で見てみたい、といって。

「・・・まるで恋文のようだと思って、」

ふ、と苦笑したような、照れたような、どっちつかずの赤い顔で桂は微笑った。
初めて見るそんな表情をいざ隣にしてみて近藤の腕は迷う。自分の手紙を読んだ桂がひとりでこんな顔をしていたのかと思うとつい肩に腕を回したくなってしまって、けれどそれは純粋に友情の域に入っているのか、即答できなくて躊躇った。

「頼りにしている、近藤」
「えっっ」

ささやかな邪念をまるで読み取ったかのように、桂が近藤を見上げてその背を軽く叩く。

「あ、ああ!」

・・・のを、いいことに思い切り肩を抱き寄せてしまったけれど、驚いたような顔をした桂は次の瞬間には笑ってくれたのでセーフだ。友情云々の話はこの笑顔の前には吹き飛んだ。
桂を抱き寄せて見えた世界は相変わらず愛おしい活気に満ちている。きっとこの手を離さなければ、江戸の未来は明るい。


≪鳴りやまぬ愛を叫ぶよ
 すべてを抱いてここにいるんだ 光はそこにあるよ
 譲れない想いを架けて 希望の果てを僕は生きるよ
 夢を繋いだ・・・君と!≫




































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