露店の花売りなど今時珍しい。盆だからかな、と、ついじっと見てしまった。
視線に気づいた花売りは、店じまいだから持っていって、と、白百合を1輪寄越した。
貰ったところで、手向ける先はここには無い。けれどぼやりと浮かぶ白い花が今日ばかりは妙に心地よくて、結局貰って帰ってしまった。甘ったるい花粉の匂いが、夏にまどろむ重い夜風に白んだとろみをつける。

「晋助様お帰りなさい!」
「ああ」
「わ、どうしたんスかその花。キレイっスね」
「貰った」
「えっ!?だだだダレに!誰っスか晋助様ァァァ!!」

『・・・でしたー。さて、10時になりましたここからは花束のように歌を贈ろうミュージック・リザーブのお時間。お相手は引き続きわたくしKANRININがお送りいたします。
このコーナーではリクエスト・ソングをあなたとあなたの大事な人のためにリザーブ。毎週10時から11時のこのお時間に心を込めてお贈りします。
ご希望の方はお名前ご記入のうえ、お相手のお名前を添えて番組までお送りくださいね。お名前はお互いがわかるようなラジオネームでも結構ですよー。
さて今週のミュージック・リザーブは加州森の里の案ずるより萌えるが易し高桂さんから・・・』

地球に降りて来るたびにまた子が楽しみにしているラジオ番組は、宇宙の交通情報を受信するだけだった船の受信機に若々しい歌声を響かせている。船のメンテナンス具合や今後の進路などを武市と連絡し終えてしまえば、あとは静かな艦のなかにDJの声だけが溌剌と洩れてくるばかりだった。
甲板に上がる。蜃気楼のように遠くで月がゆらゆらと揺れた。
夏の潮風はいつにも増してべたついて、地球の、殊に日本の湿気は天人どもに嫌われていたなと思い出す。神威などは気にしていないようだったが、部下のオッサンが嫌そうな顔をしていた。
例えば戦争をするには、日本の夏は地獄だ。正常な判断能力を狂わせる蒸風呂のような暑さ。傷口の乾燥を妨げる湿気。黴は食糧や水をすぐに腐らせる。何も知らぬ幼い頃を過ぎれば、夏に良い思い出など何もない。きっと奴らもそうだろう。

(・・・いや、)

取り戻すように、いま夏の思い出を作っているのだろうか。少なくとも銀時はそうしているように見える。そんなことをしている場合じゃねェだろうと、この開いた片目には腑抜けたようにしか映らなかったが。
桂はどうだったろう。壊すには大事なものが増えすぎた、などと甘えたことを抜かしたあいつも、あるいは幸せな記憶ができたのかもしれない。

『さてお次のリザーブは、住所不定の黒い獣さんから同郷の電波バカさんへ・・・、ミュージック・リザーブはsurfaceで【さぁ】。』

俺の左目だけが白夜叉の涙に囚われているのか。
桂が銀時と接触したと知ったとき、桂もあれを見たからだと思ったんだ。罪滅ぼしといえば桂はまさかと首を横に振るのだろうが。
お前もあれを見ただろう。
飛んだ先生の首。泣いていた銀時。
この左目が映す最後の世界は、桂と共有していたい。同じ業を背負ったお前と2人で。
きっと桂がいないところで俺は死ねず、また銀時を殺すこともできないのだと思う。


≪さぁ、吸い込んでくれ 僕の寂しさ 孤独を全部君が
 さぁ、噛み砕いてくれ くだらんこと悩みすぎる僕の悪い癖を
 さぁ、笑ってくれ無邪気な顔で また僕を茶化すように
 さぁ受け取ってくれこの辛さを さぁ分け合いましょう・・・さぁ!≫


久しぶりに聞いた2人の声が、まだ昨日のことのように耳元に蘇る。2人して刃を向けてきたって、お前ら揃ってないときに俺と鉢合わせたらどうするつもりだ?
銀時1人なら結末は大体見える。桂1人なら・・・どうだろうな。
桂を斬るか、桂に斬られるか。あいつのことだから、最後の最後で俺を斬れない気がして心配だ。俺も桂だけは斬れる気がしないのだから、桂に何とかしてもらわなきゃ困る。
斬れないのは剣の腕だの、情だの、そんな理由ではなく。
俺を導いたのは先生だ。俺の魂を救うのも堕とすのも銀時だ。けれど、桂に終わらせてほしい。
今でもたまに思い出を遡るように先生の夢を見た。その傍らには銀時がいて、それは確かに幸せな記憶に違いないのだが、どうしようもなく不安になるのだ。そのうち、桂が障子を開けてやってきて、そこで初めて幸せな記憶は完結する。
郷里を捨て、先生を喪い、まだ俺に帰る場所があるとすれば、・・・あるとすれば、
それを桂が望まなくても、


≪さぁ、吸い込んでくれ 僕の心も体もそう何もかも
 さぁ、噛み砕いてくれ くだらん意地張らぬようにもう一度君が
 さぁ、笑ってくれ駄目な奴と ”離れて気づくなんて遅い”と≫


両の瞳を閉じたとき、浮かぶのはどうしてかひとり拗ねていた古い神社なんだ。
一等未練がましいのは結局俺なのかもしれない。
まだ、あのときから何も変わっちゃいないのか。先生に会って、ちったァマシになったつもりでいたが、迎えを待っている小さなガキのままのような気がしてならない。
・・・桂に終わらせてほしい。


≪さぁ受け取ってくれ やっぱり君にさよなら出来ない・・・≫


弔うように投げ捨てた白い花は暗い海に浮かび、月光に照らされてゆらゆらと揺れる。
ゆっくりと波に流されて、船の影に消えていった。




































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