刀の状態を見るから、その間お茶をどうぞと中庭の縁側へ通された。そのとき、店主はかっちりとした黒い隊服をちらりと見て、どうしようかな、と少し困った顔をした。
その複雑そうな顔の理由は、通された先に座って茶を飲んでいた先客を見て納得した。

【あまやかにあつく、 7】


鍛冶屋の主人は縁側に続く襖を開ける前、先客に対して何か話しかけたようだった。「ああ、おかまいなく」と声がして、やっと襖が開いたと思ったら、のんびり庭を眺めていたその男は俺を見上げて露骨に嫌そうな顔をした。

「なんだ貴様か。煙草は吸ってくれるなよ」

反射的に足を踏み込みそうになったのだが、そういえば得物はたった今預けたばかりだ。見れば、当然だが桂も帯刀していない。お互い丸腰、追いかけっこをしたってどうにも恰好つかねェなと思って、どすんと桂の隣に腰を下ろした。
諍いにはならないようだと安心した年若い女店主が茶を置いて去っていく。
隊服のポケットから煙草を一本取り出して、ライターで火をつけた。

「テメエの好みなんざ知ったことか。ここは禁煙じゃねェんだろ」
「じゃあせめて風下にいけ。煙草の匂いは染みつくからいやだ」

そう聞いても俺は動かなかった。桂に染みつくなら望むところだ、と思って、頬を寄せた髪から同じ煙草の匂いがする夢想に興じた。
桂はてんで聞かないふうの俺にむっと眉を寄せて、むっつりと黙り込んでしまった。腕を組んで不愉快そうな顔で、けれど席を立たない桂を横目で見て、書類仕事の後始末に追われるより前の日々を遠くに思い出す。

桂の作戦は、結果的に真選組を救ってもいた。
乙野の目論見通り甲岡が「攘夷浪士」に殺されて乙野も受傷したとなれば、警護と計画の阻止を命じられた真選組の落ち度になる。その不祥事を言い立てて真選組を弱体化、あるいは見廻組の権限を強化することができれば、警察権に対する一橋派の影響力は一気に増大する。乙野は副作用としてそういったことも視野の隅に入れていたのだろう。結果として千代古は焼けたが甲岡は無傷で保護され、ショックで記憶を飛ばした甲岡を一橋が利用するかたちで、攘夷浪士の企ての失敗として痛み分けをした。
余談だが、一橋派のスパイだった吉岡(仮)は総悟が捕まえていた。
「見逃すんでしたっけ?現住建造物放火の現行犯やられちゃ流石にちょっと」とひっとらえられた吉岡(仮)は終の拷問でアッサリ口を割り、一橋派の指示を白状した。しかし当の一橋派はこれを当然切り捨て、吉岡(仮)は最後まで(仮)のまま単独正犯として処罰された。今回一番の被害者はこいつかもしれない。
ともあれ、若干の後味の悪さを残しつつも真選組は見事に攘夷浪士の企てから幕府要人を守り切ったとしてお上からお褒めの言葉をいただいたりしたのだ。内実を知っているこちらとしては、勿論喜べなかったのだが。

「・・・まァ、結果論でも真選組守ってくれたことに関しちゃ、悔しいが有難いと思ってる」
「ああ、まあそれは本当にまったくどうでもよかったのだが、結果的にな」

人が珍しく下手に出てりゃぁこの野郎!
ぎりっと噛み潰してしまった煙草を携帯灰皿に押し付けて、慣れないセリフで乾いた口をぬるくなった茶で湿らせている。そうこうしているうちに鍛冶屋の主人がひょこっと顔を出して、桂さん、あの刀だがと手入れの具合を話し出した。
トッシー相手にはあんなに微笑んで喋っていた癖に。もうかなり長いこと追いかけていると思うのだが、三週間弱離れずにいたせいですっかり桂の微笑みを憶えてしまって、この不愛想が気に食わない。しかしまあ、当然のことだ。真選組副長土方十四郎相手ににこにこされても、内心嬉しいかもしれないが当惑が先に立つ。
気にくわないと思うのは、生まれるはずのなかった恋慕のせいだ。この恋と引き換えに、俺はこの重い隊服を着てキツい煙草を吸っている。
そうしてぶすぶすと煙草の煙で燻ってしまって、踏み潰された恋心が飼い殺されていくのを待っている。

桂は、年若い鍛冶屋の店主に見覚えのある優しい微笑みを向けていた。

(桂さん、)

その横顔にまたそんなふうに呼びたくなって、チッと舌打ちひとつして新しい煙草に火をつけた。
ジュッ、と音がしてゆっくりと白い煙が伸びていく。
瞼の裏には炎の中で見つけ出したあの日の桂が立っている。
肺を通って、また吐き出す苦い煙霧は、火の中の恋に手向けた荼毘の煙のようだった。



店主がまた奥に引っ込んでいってしまって、桂は残りの茶をひといきに飲み干すとすっと腰をあげた。
さて、と離れるそぶりを見せたのに反射的に付いていきそうになって、もういいんだと内心で頬を張る。一カ月もいなかった癖に我ながら随分な順応ぶりだ。

「ま、貴様らの存亡なぞはどうでもいいが」

桂はぱんと一度着物の裾を払ってみせた。自分から目を逸らさない俺に少しばかり気を良くしたのか、桂はいつものあの涼やかな足取りで俺の目の前までやってきた。そして、おもむろにその白い手を伸ばしたと思うと俺の口から煙草を強奪していった。
そのまま離れていくかと思った腕は開いたままの携帯灰皿に押し付けられるように伸びる。火のついた煙草を人の手の中の小さな灰皿に押し込むくせ、その目は自分から離れないそれに絡まるように逸らさなかった。ジュ、と、小さな音。伴って近づいてきた桜色の唇は口づけになるかならないか、唇の端に小さく触れた。

「まさかあの炎のなかに飛び込んでくるとは予想外だった。あのときの貴様が余程いい男だったのでな、今回のことはその見返りだ」

また触れてくれるかという距離で形のいい唇が動いていく。言うだけ言ったら容赦なく離れていくかんばせと、さらりと黒髪が流れていく拍子にまたあの白梅の香りがして、パブロフのなんとやらのように伸ばしてしまいそうな腕を押しとどめることで何とかプライドを保ちきった。
ぎぎぎ、と油の切れたブリキ人形のように桂に首を回した音は聞かれていただろうか。桂は俺のなけなしの意地っ張りなどお見通しだと言わんばかりに俺の無表情を悪戯な微笑みで眺め、

「・・・と、いうことにしておこう」

最後に一度ニヤッと笑みを深めると、くるっと踵を返して行ってしまった。

ぶすぶすと灰皿に押し付けられた煙草が最後の煙を上げていく。降参の白旗のように。
もう今回ばかりは完敗を認めざるをえなかった。最初から最後まで俺は桂のてのひらの上で転がされ、いいように利用されても許してしまうくらいには叩きのめされてしまった。
次は勝てるのか。腕っぷしじゃなくて、同じ景色を見られるようになるまで。その先を見せてやれるように、なるまで。
道程は、かなしいほどに遠いような気がした。



美しい背中は悠々と煙草の煙の向こうに消えていく。
朝日を浴びたような清々しさを、途方に暮れた男に見せつけたままで。



















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