【あまやかにあつく、 6】


どこを踏めばいいのか判断のつきかねるほどどこもかしこも燃えている。
ゴウゴウと勇ましい音が耳に絶えず吹き付けてくる。一階から巻くように突き上げる風に勢いを強くした炎がぶわっと視界を遮った。
逃げた乙野とそれを追った桂の姿は一向に見えない。
まさかまだこれ以上奥に。

「桂!!」

桂は俺を連れていくと言ったのに。
最後は俺を置いて危険の渦中へ一人で飛び込んでしまう。この際だから言わせてもらうけどな、テメエはちょっと捨て鉢だ!自分に自信があるんだうけどな、見てるこっちはたまったモンじゃねぇんだよ!党員に心配かけないのも党首の務めじゃねーのか。
じりじりとズボンの裾が焦げるのも構わず燃える襖を蹴破ってはあの涼やかなシルエットを探している。龍のように渦巻く炎が邪魔でよく見えないのに苛立って、理不尽な悪態もついた。もしあの流水のような黒髪が焦げでもしたら。もしあの根雪のような白い肌が爛れでもしたら。もしあの水底のような深い瞳が煤で濁りでもしたら。もしあの美しい魂が焼かれでもしたら、テメェ責任とってくれンだろうなァァァ!!

がこんっ!と一番奥の間へ続く襖を蹴破ったら、ごうと熱風が寄せた。
思わず目を瞑って、ようやっと開けたら大きな窓が開いていた。ありとあらゆる赤色が詰め込まれている部屋の先ではぽっかりと紺青の夜空が口を開けていて、ぱちぱちと時折煤が飛んでいくそのコントラストはいっそ壮絶なほどに芸術的だった。
そしてその芸術的な背景に、佇む男は俺を見て、ちょっと驚いたような顔をした。

「土方」
「桂っ・・・!」

桂、桂!桂!!
腕をひいてもう思いきり掻き抱いた。華奢な肩をこんなに力を入れたら壊れるんじゃないかというくらいに。もうこれを手放したら一生触れられないような気がして、焼けた欄間がばらばらと落ちてくるのも構わずにやっとその背中を抱き締めて、首筋に顔をうずめた。すうと思いきり息を吸ったら煤けた空気のなかでそこだけ白梅の香りがして、ああ桂だ、と安堵する。
ずっとこうしたかったんだ。気付いた途端に潰える恋だが、今この瞬間それでも構わない!

熱風に片頬がひりつくのを感じながら、肌に触れる桂の首元の温もりに飢えている。抱きしめているのは一瞬にも永劫にも見えた。
ぎゅうと抱いて離さないでいたら、苦しい、といって桂がドンドンと俺の背を叩いた。
はっと我に返って、やっと桂を解放したら桂は自分より俺より先に、甲岡は無事か、と聞いてくる。

「隊士に任せてきた。桂、この火テメエがつけたのか」
「いいや。・・・吉岡は来なかっただろう」
「あいつが?」
「ああ。あれは一橋派のほうのスパイだ。この火は乙野が被害者を装うための演出だろうさ。それと状況証拠の隠滅。貴様といれば動きにくくなるだろうと思ったが」
「・・・スパイ同士をかち合わせてたって訳か。いいシュミしてやがるぜ」
「お褒めに預かり光栄だ」

まあ来なかったんじゃ意味ないがな、と桂は苦笑して俺から少し距離をとった。それが何だか物足りなくてせめて腕をとっていたかったが、今の俺たちにとってそれが不自然だと認識できてしまうくらいには、俺は冷静さを取り戻していた。

「乙野は」
「意外と逃げ足の速い奴でな。この窓から用意の車に飛んで逃げていったわ」
「御側御用取次のポスト争いか?何で攘夷志士が一橋派を警戒するんだ」
「話し合いの余地があるならそのほうがいいからな。甲岡は天導衆の影響軽減を唱えていた。傀儡からの離脱までは言わんが、それでも我々には是非とも幕内に残っていてほしい人材なのだ」
「傀儡政権からの離脱と天人との対等関係構築なら一橋派トップの発揚するところじゃねぇのか」
「喜喜か。確かにあれが本心ならば我らは友であろうよ。しかし残念ながらあの男にそんな気概は無い。春雨とも通じているようだしな、きな臭くて近寄る気になれん」
「・・・一橋派が信用ならねぇから、真選組なのか」
「そうだ。見廻組では一橋の監視役としては意味がないからな。今後甲岡に何かあれば貴様らの目は一橋派に向かざるをえないだろう。徳川の世で徳川の要人に不法をはたらけば一橋派のほうが罪人だ。貴様らには大義名分がある」
「テメエ真選組邪魔なんじゃなかったのかよ」
「俺にとっては毒をもってなんとやらだ。必要とはいえ幕府要人を守るなど、俺の立場では大っぴらには動きにくくてな」

どおおん・・・と俺の後ろで焼けた柱が倒れた。衝撃で煽られた火花が舞って、俺の視界では桂のまわりでぱちぱちと煌めいているように見えた。
トシ!返事をしろ・・・と遠くで近藤さんの声がする。おいやめろ、こんなところに自ら突っ込んでくる大将があるか・・・と思ったところで、目の前のこの男も率先して炎の中に飛び込んだ男だったと思い出す。やっぱり、アンタらは似ている。どうしようもなく惹かれて戸惑うほどに、似ている。
段々近づいてくる声を桂も捉えて、迎えが来たぞ、と笑った。

「土方、ちゃんと目付はしておけよ」
「・・・わかってる。結局俺は最後までテメエに踊らされるんだな」
「まあそうむくれるな。結構楽しかっただろう?」

俺は楽しんだぞ、と桂は口元だけでどこまでも挑発的に微笑った。そりゃあテメエは楽しいだろうよ。万事屋の信じられないものを見るような視線を受けて笑い転げたかったに違いない。くそ、腹が立つ。
結構楽しかっただろうって?楽しかったなんてもんじゃない。一日中朝から晩まであの声で呼ばれて、気にかけられて、隣を歩いていいなんて、夢を見ているようだった。

「ではな。次はご希望通り入党試験をしてやろう」
「・・・いらねェよ」

焼け爛れた窓枠に手をかけて、火傷をしたらどうすると言う間もなく桂はひらりと濃紺の空の向こうへ消えていった。


「トシ!!」
「ちっ、生きてやがったか土方」

桂が窓の外の住人になってしまうのを見届けるまで待っていたかのように、その姿が消えてしまってすぐに近藤さんと総悟が焼けた柱を跨いでやってきた。

安堵したように俺の背を叩いた近藤さんに促されるように外へ出て、俺の仕事は終わった。
だが、まだやらなければならないことは山とある。桂から聞かされた一部始終をどうやって報告したものかとか、あの吉岡(仮)逃がせなんて言わなきゃよかったとか。

桂の傍にいたがった自分を火のなかに置いてきてしまったように、俺はもうすっかりあの熱を忘れて黒い古巣に戻っていった。



















 





























































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