【あまやかにあつく、 4】


それからまた三日ほどすると、あの非生産極まりない朝の会合に甲岡、すなわち渦中の徳川要人の情報が入るようになってきた。甲岡の細やかなスケジュールから交友関係まで、よくもまあわかるもんだというような情報がぞろぞろとあの白いのから報告される。本当ならその情報網の一端でも握っておきたいものだが、個々の党員の情報をあの白いのが統括しているようでソースが辿れない。
ひっついているべきはあの白いののほうだった。ラッキーだと思っていたが、桂の側付きにされて却って身動きが取れなくなっていたことを今更ながらに憎々しく思う。

「うん、まあココだな」

桂が白いのの手元のスケジュール帳を指す。ココだとよ、と回されてきたそれには一週間後に行われる甲岡と一橋派の要人との会談予定がメモされていた。

「この料亭、確か女給の求人広告出してたな。警備が揃うだろうから先に俺が入り込もう。エリザベス、こないだ松平公のところで使った写真まだ残ってたろ。え?直近三カ月じゃないとダメ?まあ細かいことは気にするな。あれ使って市川エヅラ子で出しておいてくれ」

松平のとっつぁんのトコにも入ってたのかよ!大体市川エヅラ子って何だアレかやたら奉公先の暗部暴いちゃう家政婦か?テメェがとっつぁん家の家庭の暗部暴いてどうすんだァァ!!

「エリザベスは目立つからな。今回はトッシーと吉岡を連れていく。会談は鶴の間だな。すぐに隣のつかの間を押さえろ」
「「「はっ」」」

お前もまだ慣れぬだろうが、トッシーを頼むぞと桂が吉岡と呼ばれた党員に話しかけた。
はい、とふたつ隣で声がして、宜しくなとこちらを向く。壮年にさしかかろうかという年ごろの、人懐こそうな男だった。
ぴく、と桂が耳をそばだてたと思うと、党員の声を手で制して口の動きだけで「ここまで」と指示を出す。心得た党員が関係のない話をし出したと思った瞬間、総悟がスパンと襖を開けた。

朝のランニングにも大分慣れた。確かにこれをやっておくと、一日の身体の動きが幾分軽い。
どかんどかんと総悟が近所に大きなアラームを鳴らしまくるのを避けながら、ようやっと目当ての情報が入ってきたのに内心でガッツポーズをした。
日程を桂が決めている以上、首謀は桂だ。一週間後、青坂の『千代古』鶴の間で一橋派・乙野との会談で殺るつもりだ。
これを報告したら俺は桂に従うふりで乗り込んで、そこを叩く。これでこの件は終いだ。
・・・桂のやり口にしては、随分芸がないというか、まるで過激派の頃の手口のようだ。倒幕を標榜する桂は幕府方の暗殺でも何でもやるだろうが、そんなものなのだろうか。料亭ごと吹っとばさないだけ穏健とかそういうことか?
細路地に入り込んで軽く息を切らせながら、俺は思わず桂に聞いた。別に、何か期待を持ったというわけでは、ないのだが。

「桂さん、その、ホントに、やるんですか、・・・暗殺なんて」
「俺はこの国にもう一度希望を見たいのだ。そのために必要なことをするさ」

桂は俺の問いかけに特に興味はないといった風情でふいと背中を向けて行ってしまった。
まあそうだよなと慌てて追いかけるそぶりをしながら、歩く桂が一人なのに今更ながらに気が付いた。
攘夷党は桂のワンマン組織だ。あの白いのが四六時中くっついて桂の世話をしつつ不在時の指揮など任されてはいるようだが、組織として真選組のような階級構造をとっているわけではない。基本的に党員は桂の前に平等だ。平等ということは、誰も特別がいないということだ。
かつての仲間だった高杉とは袂を分かち、また白夜叉は攘夷に戻ってこない。この国に桂が希望を見るとき、その隣に誰かいるだろうかと思って、思ったそばから自嘲した。
そんなことを思ったって、自分がそこに立てる訳じゃない。まさにこれから裏切ろうというときに、何もこんなことを考えんでも。

修羅の道に凍える背を支え、希望の夜明けに微笑む肩を抱くにはあの白いのの腕は短すぎるんじゃないのかなんて。






追いかけた桂が向かった先は万事屋だった。
朝から、何か風呂敷を抱えているなとは思った。会合がいつになく物々しかったので中身を問うヒマはなかったのだが、のほほんと抱えている様子からしてまさか物騒な話でもないだろう。

「銀時くーん、あーそーぼ」

桂はこちらが膝から崩れ落ちるようなフザケた呼び声でチャイムを鳴らした。いくつだこいつ。
暫く待ったが、銀時くんは出てこない。桂は留守かなと小首を傾げたあと、グァラリッと勢いよく引き戸を引いた。お邪魔しますと何故か無声音で家のなかに呼びかけ、ずかずかと入っていく。・・・さっき声をかけたのは何だったんだ。

「銀時、お客様が来たらちゃんと対応してねってお母さんお願いしてたでしょ!!」
「居留守使ってんだよ察して帰れバカヅ・・・おい、ナニソレ」
「バカヅじゃない桂だ。これはウチの新入りのトッシーだ」
「ハァァアア!?」

あ、やべえ。
うっかりノコノコ上がってきてしまったが、万事屋はトッシーの俺を知っている。ここで俺の正体をバラされたら今までの苦労が水の泡だ。坂田氏?坂田氏なんだね?お久しぶりでござるゥ〜!!なんてハイテンション装って近づき口を塞ごうかとしたところで、先に動いたのは万事屋ではなく桂だった。

「こないだゴーフレットの詰め合わせを戴いてな。お裾分けだ。御持たせですがお茶にしよう。銀時台所借りるぞ」
「・・・御持たせですがはオメーが言うセリフじゃねーよ・・・」

ゴーフレット、と聞いた拍子に万事屋は一瞬ちらりと桂の風呂敷に目をやって、それからまた胡乱な目で俺を見ながら台所へ入っていく桂の背中に声を返した。
ガキ共は出払っているのかがらりとした室内に、残された俺に対して万事屋は座れとも言わない。

「オイオイ鬼の副長サンが直々に潜入捜査ァ?そんな人手足りてねーのおたくら」
「プススッ、まァ坂田氏には関係のないことでござるよ。プスススッ」
「頼まれてもカンケーしたくねーよ。善良な万事屋巻き込まないでくれる」
「生憎坂田氏を巻き込んでやる義理はないよ。桂の隣に戻らねぇテメーなんぞをな」
「あ?」

万事屋はそれまでのダルそうな表情をふっと不穏なものに変えて、俺の真意を探るような目をした。口が滑ったと思ったが、もうどうしようもない。何故、どうして、テメエは桂の傍にいられない理由でもあったのか。高杉と違って思想の相違でもねェだろう。こいつらの過去なんざ知ったこっちゃないが、今だってコイツは桂の隣に立てるかもしれないのに、中途半端な距離のまま桂を放っておく神経が知れない。とはいえ実際この天パが攘夷浪士に戻ったら厄介この上ないし桂の隣に陣取ってたら相当に腹立たしいのだが。
それでも、桂に求められているくせに。
ほぼ妬みと嫉みに彩られた眼光でギラリと万事屋を睨み付けたら、万事屋は何かを心得たように顔を複雑なかたちに歪めた。そこには多少なりとも俺への憐憫が篭っていたようにも、見えた。

銀時貴様茶漉しかお茶パックを買えと何度言ったら、と桂がぷりぷり怒りながら三人分の茶を淹れて戻ってくるまでの間、俺と万事屋は無言で睨み合ったままだった。














 








































「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -