「すまんな、何から何まで世話になった」
「いやぁ、何もないとこですけど」

ほかほかと身体から湯気があがる。パリッと糊のきいた浴衣で新しい青畳に腰を下ろしたら、冷たい麦茶がちゃぶ台にこつんと置かれた。
真選組に踏み込まれて隠れ家を潰され、ぐるぐると走って何とかポリバケツの中に隠れてやりすごした。程なくバケツがガポッと開いて、すわ見つかったかと身体を強張らせたのも束の間。桂小太郎!?と驚いた声を上げたうどん屋の店主は、生ゴミ臭の染みついた俺をそのまま自宅に匿ってくれている。攘夷志士というわけではないが、ここではたまに市井の者が、善意で匿ってくれることがある。まあ、たまに警察に売られたりもするけれど。
それにしても温かい風呂に入って、のんびりと湯上りの茶を楽しめるなんていつぶりだろう。亭主はラジオを聴きながら本などを読んでいた。
頭に入ってくるのだろうかという疑問は顔に出てしまっただろうか。死んだ女房がラジオでもつけてないと部屋が寂しくて嫌だっつうんでね、何か癖になっちまっててとはにかんでみせた。

『・・・でしたー。さて、10時になりましたここからは花束のように歌を贈ろうミュージック・リザーブのお時間。お相手は引き続きわたくしKANRININがお送りいたします。
このコーナーではリクエスト・ソングをあなたとあなたの大事な人のためにリザーブ。毎週10時から11時のこのお時間に心を込めてお贈りします。
ご希望の方はお名前ご記入のうえ、お相手のお名前を添えて番組までお送りくださいね。お名前はお互いがわかるようなラジオネームでも結構ですよー。
さて今週のミュージック・リザーブは加州森の里の案ずるより萌えるが易し高桂さんから・・・』

若いDJの声の隙間に、ぐぅと腹の音が鳴る。はっはと胡麻塩頭の亭主は笑って、何か腹に入れますかと台所に立った。
家ン中でまでうどんってのもねぇと亭主は慣れた手で米をとぐ。土鍋に火をかけるまでの一連の流れには無駄が無く、短い動作のなかでも彼が一人暮らしに慣れていることを物語っていた。
リザーブ、というのはリクエストのようなものだろうか。ラジオのDJが何曲か流しているあいだ、彼とふたりで梅干しやら佃煮やら、つまみになりそうなものをあれこれと探した。亭主が火を少し強くする。仄かに米の甘い匂いが漂ってくる。

『さてお次のリザーブは・・・あらっ宇宙からですね!宇宙のラジオネーム黒い獣さんから住所不定の電波バカさんへ、・・・仲良しさんなんですかね?あっ幼馴染って書いてありますね。いいですねーこういう遠慮のない関係みたいなの。
それでは黒い獣さんから電波バカさんへ、ミュージック・リザーブは吉井和哉で【I WANT YOU I NEED YOU】。』

「・・・ん?」
「どうしました」
「イヤ、いま何かラジオが・・・」
「ああ、毎週やっとるんですわ。何でも曲をね、特定の相手に向けて流してくれるっちゅうんで。お知り合いでもいましたかな」
「あ、ああ・・・知り合い・・・かな・・・?」

宇宙にいるらしい黒い獣に心当たりがないことはないが、いやでもあいつがラジオだと?あー聴いてそう。地味に聴いてそう。じゃあ幼馴染で住所不定って俺のことか、電波バカじゃない桂だ!
しかし宇宙に地球の電波が入るとも思えないが、あいつ今地球にいるのか。またよからぬことを企んでいるのではあるまいな。まったくあの子は昔っから無茶ばっかりして。
とはいえその黒い獣とやらが高杉でなければただの笑い話だが、


≪オレは足りない 何か足りない
 生まれつき毛並はベルベット
 オマエが欲しい 今すぐ欲しい
 獣の匂い嗅がせてエヴリナイト≫


高杉だな。
間違いない。このセンス、この言い回し、あいつしかいない。いや歌を作っているのは吉井さんとやらなのだろうが、このチョイスは高杉だ。きっと雷に打たれでもしたかのようにリピートで聴いているに違いない。


≪I WANT YOU I NEED YOU
 I WANT YOU I NEED YOU・・・≫

炊けていく米の匂いが見事に合わない。
ふつふつと土鍋が揺れる。蓋を開けたくなる衝動をぐっと堪えて茶碗を探した。

「少し多めに炊きましたから、残りは朝にでも、握り飯にしておきましょう」
「ああ、おにぎりはいいな。俺も得意だ」
「ほう。桂さんが」
「うむ、特に昔はよく作ったものだったな。すぐに機嫌を損ねて夕食もとらずに飛び出ていってしまう奴がいて」
「ははは、桂さんに世話を焼かせるとは豪傑ですなぁ」

「そうだな。・・・たまには、またおにぎりでも持っていってやりたいものだ」

ちゃんと食べているのか。寝ているのか。風邪をひいてはいないだろうな。ブった斬るなんて言っておきながら、こんな心配ばかり出てくるのだから笑ってくれ。
お前が泣き、笑って、怒って斬って絶望して、そんなものを全部見てきたというのにまだ、俺の中でお前は小さな少年のまま古い神社の軒下で拗ねているんだ。
・・・もう一度迎えに行きたい。


≪寒い朝に こっそり おにぎり握るように愛してくれない?≫


今度はおにぎりみたいにぎゅっと抱きしめてやるから。




















































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