「頭、何をしちゅう」
「おお陸奥。受信機の調子が悪くてのー、広域放送がうまく聴けんがじゃ。そろそろ出ようと思うちょったに・・・渋滞情報入らんと」
「貸してみぃ」

カチャカチャ・・・カチャ・・・カチ・・・ばしっ!ばしばしっ!!

「ザー・・・でしたー。さて、10時になりましたここからはザー・・・歌を贈ろうミュージック・リザーブのお時間。お相手は引き続きわたくしザー・・・がお送りいたします。
このコーナーではリクエスト・ソングをあなたとあなたの大事な人のためにリザーブ。毎週10時から11時のこのお時間に心を込めてお贈りザー・・・ご希望の方はお名前ご記入のうえ、お相手のお名前とザー・・・お送りくださいね。あなたとお相手とのエピソードなどもお待ちしております。お名前はお互いがわかるようなラジオネームでも結構ですよー。
さて今ザー・・・ザーーー・・・・・・」

「よし」
「陸奥うううコレ直っちゅうが!?これアレじゃぞアレッ・・・映画の冒頭でよくある未来からのSOSっていうか途中でウワアアアアとか叫んでブツッと切れるやつ」
「やかましい替えどきじゃ。出航は遅らせるぜよ」
「きさんコレ幾らしたと思っちゅぅ・・・」

宇宙の交通情報や様々な星の主要ニュースを伝えてくれるのは銀河系単位で発達している宇宙放送ネットワークだ。細かなニュースは特にその星が発信している宇宙向けのニュースを受信できるよう設定するしかないが、発足したての快援隊のような小さな商船の場合、大まかにでも周囲の時事を把握することで商機をみるところがあるのでこういう情報は重要である。
その受信機の不調がまさかアナログテレビを直すような要領で何とかなる筈はなく、快援隊の情報源は些か心もとない砂嵐に包まれた。別の番組で音楽を流しているDJの声が遠く響く。
今日中にこの星を出ることはできないらしい。思いのほかこの星を気に入っていた陸奥が、まさかわざとトドメをさしたとまでは思わないが。

溜息を流すように、白い窓の外へ出た。地球から遠く離れたこの星には、石灰を含んだ白い雨がいつも降っている。
絶えず驟雨が街を濡らし、しっとりとした空気が肌を滑る。鋭い目をした夜兎の少女は地球の気候より余程過ごしやすそうにしていた。もう数週間程度こちらにいるが、その間彼女がいつもの菅笠を被っているところを見ていない。その代わり、綺麗な桃色の傘が白い雫に濡れるのを楽しみにしているようであった。
地球の匂いは好かん。と、何度目かの給油で地球に帰ったときに陸奥がこぼした。まだ攘夷戦争の混乱が収束していない地球は硝煙と血の匂いがいつもどこかに漂っているようで、戦闘民族の彼女にはむず痒い思いがしたことだろう。小さな呟きは、それに必死に抗おうとしているように見えた。
白い雨のなかを色とりどりの傘が彩っている。
穏やかなその光景は血なまぐさい戦場とは無縁の清らかさだ。実際、この惑星はほとんど戦禍に呑まれたことがない。けれど欄干に凭れ掛かり雨の街を眺めていれば、遠いこの星にいてさえ覚えのある腐った肉の匂いはどこか自分に付きまとって離れない。

「ザー・・・ーブはなんと地球からですよー!地球のラジオネームさかもっさんから、同郷のヅラさんへ、メッセー・・・ザー・・・ザーーー・・・・・・
ザー・・・からヅラさんへ、ミュージック・リザーブは松任谷由美で【青いエアメイル】。」

戦争が終わったことは、風の便りで聞いていた。
戦場に遺してきたあの男たちが、どうなったのかは分からなかった。死んだという知らせは聞かなかった。それを頼みに生きている。
水の惑星は、彼の血も洗い流すだろうか。記憶に残る長い黒絹の髪は、やはり何の混じり気もない、澄んだ地球の水が似合う気がした。
やはり地球が好きだからと、誘いを蹴った銀髪の男のことは心配していないが、あれらを任されている彼のことはどうしても少し、いつも心にひっかかる。

『・・・おんしは連れていけんじゃろうな』
『ああ。俺の戦場はここだと決めている。今ここを離れたら・・・戦死も待たずして桂小太郎は死んでしまう』
『泣き虫のおんしを残していくのは心配なんじゃが』
『ふん、貴様に心配される謂れは無いわ。さっさと行ってしまえ』
『ヅラ』
『・・・俺の理想は俺でなければ為せん。同じことだ、お前の理想もお前でなければ為せん。行ってこい』
『・・・おん。ワシはワシのやり方で地球ば変えてみせるぜよ』
『ああ。偉くなれよ、精々利用させてもらうとする』
『おんしホントに馬車馬のようにこき使いそうじゃのう・・・』

ぼろぼろの身体。疲弊しきった仲間をいくらも抱えて、血の匂いをさせながら笑ってみせた。
この雨の惑星を、彼は綺麗だなと言うだろうか。


≪選ばなかったから失うのだと 悲しい思いが胸をつらぬく≫

≪けれどあなたがずっと好きだわ 時の流れに負けないの≫


あんなに優しく微笑む彼を喪いたくはなかったから、早くこの戦争を終わらせたかった。望む未来を作りたかった。それはこの美しい雨の星のように、清らかな水と緑の匂いに満ちた地球で彼を抱きしめられるような、そんな。
桂を喪いたくなかったから、彼を戦場から離せなかった。生死の分からぬ焦りを、辛いときに傍で支えてやれない歯がゆさを、分かっていても。
選んだから失ったのだと、彼は知ってくれているだろうか。


≪けれどあなたがずっと好きだわ 時の流れに負けないの・・・≫


驟雨がけぶる煙のように、思い出を染めていく。










































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