バレンタイン・ボンボンの、ホワイトデー。


春先の昼下がり。近藤と土方が呼ばれたのは異臭騒ぎのせいだった。
せっつかれるようにして背中を押し出されれば、その先にはラスボスの部屋の扉と化した二枚の襖。それを隊士たちが遠巻きに眺めている。

「・・・何やってんだ、アイツは」


【ミスター・パンドラの恋】


そっと耳を押し当ててみれば、ぎゃぁぁぁとかしゃげぇぇぇとか人ではないものの声が微かに聞こえてくる。時々、チュィィィィンとか工具のような音もする。
襖に近づきにくくしているのはもう、漫画やアニメだったらどす黒く渦を巻く描写がされているだろう臭気、というかもはや瘴気、のせいだ。説明の一切を拒むような不穏な匂いはどんな戦地でも怯みを見せない近藤と土方の足さえも止めた。
ドSと名高い真選組一番隊隊長は毒物劇物にも造詣深く、たまに怪しげな何やらを部屋に持ち帰ってくる。それでも誰にも、主に土方に、気づかれないよう静かにしていたのに、こんなにあからさまに危険な匂いを振りまいているのは珍しい。

「俺が昨日の夜メシに呼んだときはフツーだったんだけど」
「それ以降か。夜なァ・・・オイ終、お前何か知らねェか」

不安げに見守る隊士たちに紛れていた茶色いアフロは名指しを受けてビクッと揺れた。
ザッと他の隊士が波のように引いて、モーセよろしく取り残された斉藤はうろうろと視線を彷徨わせる。寡黙で日頃隊士たちから恐れられているその姿は、しかし今はどことなく「ゴミ箱のゴミぶちまけたのアンタでしょ?」と飼い主に詰問される大型犬に似ていた。
実は昨夜、斉藤は見ていた。厠に立ったときに鉢合わせた沖田の、「あァ終兄さん。おやすみなせェ」と挨拶をくれた沖田のその手に白い粉の袋と、水と、籠に入った何やらわからぬ奇妙な・・・僅かに奇声を上げている奇妙な・・・

『・・・何も・・・見なかったZ・・・』
「見ただろう!何か見てはいけないものを見ただろう!!」

近藤に腕を引かれて、小さな子供がイヤイヤをするように斉藤が沖田の部屋から顔を背けた。
頼む教えてくれ!ソレ次第でこの襖開けるかどうか決めるから!と説得する近藤と斉藤の攻防戦を隣にして、拷問官が口を噤むような光景ならもはや開けたくないと考えていた土方はまだ襖を開ける気でいる近藤に半ば尊敬の眼差しを送っている。
襖の向こうはまだ禍々しい。チュィンッ、と工具が高い音を立てて鳴りやむと、やがてガサガサと紙をいじりまわすような音が聞こえてきた。

スパンッ

「さっきから何でェ揃いも揃って。近藤さんまで」
「うぐっ・・・総悟・・・お前、何を・・・」

紙音が止んだと思えば今度は突然襖が開いて、噴き出すようにどうッ、と押し流された瘴気が屯所に満ちる。取り巻いていた隊士たちが呻き声を上げて膝をつき、やっと蕾が膨らみ始めた庭の桜はシュゥッと音を立てて黒ずんだ。ぱたぱたと雀が何羽か落ちてくる。放っておけば空の色まで変わりそうで、終末ってこんな感じか、とその場にいた誰もが遠のく意識で共有していた。
瘴気の流れを見渡して、1人平然としている沖田は満足そうにフンと小さく鼻を鳴らす。

「毒でも入ってりゃ楽だったんですがねェ、0に3かけても0だからなぁ。苦労しましたぜ毒ナシであのダークマターの威力3倍にすんの」

でもまァコレなら大丈夫そうですねィと不穏なことを言い捨てて、沖田が青い小箱を手に出ていった。霞む視界のなかで沖田を止めなければとその背中を追おうとする土方の腕に、コツンとお絵かき帳の角が当たる。

「・・・どうした終」
『局長副長、3倍って・・・今日って、もしかして・・・』
『「「・・・ホワイトデー・・・!?」」』
「待て総悟!!ドコのお嬢さんか知らんがそんなモンを渡しちゃいけない!!!」

愛は傷つけるためじゃない!包みこむためにあるんだ!!と最後の力を振り絞って近藤が沖田を追いかける。風に流されて幾分薄まった瘴気はようよう土方たちの膝を上げさせたが、流石に近藤を追いかけていく気力はない。近藤がいち早く回復できたのは日頃お妙のストーキングによりダークマターでさえ耐性ができているからか・・・と、その逞しい背中を見送った土方はふと気づいた。ダークマターのその味を、自分も、そういえば知っている、ことに。
思い出したくもない先月。桂を追っていたらダークマターを投げつけられて、沖田に無理矢理喰わされた。あの後屯所で目を覚ました土方が怒鳴りつけた沖田の手元にはスカスカのポリ袋が握られていて、それ以前にそれを持っていたのは確か・・・

「・・・・・・桂・・・だと?」





「・・・お前ね、仮にも警察なら住居侵入はやめてくれない」
「スミマセン、インターホン鳴らしたんですけど出なかったんで。旦那ァいるだろうと思って」
「何でインターホン鳴らして出ねーのに旦那いると思っちゃったんだよ。銀さんお仕事中なの、サッサと帰んな」
「俺にゃジャンプかぶって昼寝してるようにしか見えねェんですけどね」

寺子屋帰りの子供らが駆けていく高い声を遠くに聞きながら。万事屋の主は草臥れた社長椅子に背中を預け、不遜にも机に足を投げ出したまま、ジャンプをアイマスクのように顔にかぶせて眠っていた。
あ、いたいたとジャンプを外され突然目を刺した陽光に、銀時は寝起きの不機嫌丸出しの顔で不法侵入者をじろりと見やる。悪びれる様子もない少年は、今日はなにやらその手に可愛らしくラッピングされた水色の小箱を手にしていて、銀時は飛び起きた。

「エッ待てオイ何それ、今日ホワイトデーだよな、まさか神楽に!?」
「ちげーます。多分そっちの失敗作を先月押し付けられましてねィ」
「神楽に!?」
「違うっつってんでしょうが。今日は一周ぐるッと回ってみたが見かけねェんで、渡しといてくれません」

冷蔵じゃなくていいですけど、日持ちしねーんで早めに頼みます。と沖田は言い置いて小箱を机の上に残し、そのままくるりと踵を返す。そのまま何も言わず出ていきそうな沖田を銀時は慌てて呼び止めた。さっきからカタカタ動いて、ぴゃぁぁぁとか奇声を発している異物を押し付けられるのも怖かったので。

「渡しとけって・・・神楽じゃねーなら誰にだよ」
「先月俺にダークマター投げつけてきた男に。旦那イイ仲、じゃなかった仲良いんでしょう」
「・・・・・・ヅラに!?」

じゃなかった、の部分を僅かばかり強調して、少し首を傾げて銀時を見た沖田の、その瞳が少しだけピリッとしたのを銀時は薄暗い部屋の中でも見逃さなかった。
桂にすぐ思い当たった銀時は、桂がダークマターを処分したことを知っていたのか、仲良しでピンときたのかそれとも?
妬ましく思うような、邪魔にするような一瞬の視線には昔から見覚えがありすぎて銀時は鼻白む。まさか沖田がその目をするとは思わなかった。桂の後ろ姿しかマトモに見られていない癖に。
今まで誰がどんな目をしようが、むしろ優越感に浸ってあの肩に気安く腕を回したけれど。今夜は桂を酒に誘って、またあの首もとに顔を埋めてやろうと思っていたが、誘いをかけるタイミングが遅かったようだ。恋敵の芽は早目に摘み取るタイプなので、是非存分に見せつけてやりたかったものだが。
しょうがないので、生意気な思春期ボーイは想像の中でだけ簀巻きにして江戸湾に沈めた。想像の中でだけ。

「・・・ちなみに、コレ早めに開けないとどうなんの」
「ああ。生えちまいます」
「何が!?」







『いいんですか』
「ああ、まあ桂ならくたばるタマでもねェだろ・・・むしろアレでとっ捕まってくれりゃ万々歳だ」

開け放った沖田の部屋には散乱する鉄板、工具、何か・・・未だ異臭を発し続ける黒いもの。たまに、ちょっと動く。たまに、ちょっと叫ぶ。わざわざ容器まで自作するほど熱意を込めた3倍ダークマターを寄越される桂に、土方は流石に少しだけ同情した。総悟のやつほとんど俺に食わせた癖に、そんなに根にもってたのか。とっ捕まってきたら、特製土方スペシャルくらいは出してやってもいい。

「フツーの容器じゃ収まらねェってことか、コレ・・・」
『副長・・・、これって』

恐る恐る部屋に足を踏み入れた斉藤が、工具の傍から設計図らしき紙束を拾い上げて土方に手渡した。
あの小箱、小さいながら二重構造になっていたらしい。一段目の底が二段目の蓋になっている。中々凝ってやがると次のページをめくったら、Webページのコピーが出てきた。メチルアルコールがどうとかインクがどうとか書いてあるが、なんかこう・・・生花を加工して造花並に保つようにしたいらしい。というのは、複雑な加工過程の画像から想像するしかないが。
弾かれるように見渡してみれば花の部分だけ切り取った形跡のある花束と、失敗したのだろうまだらな水色の薔薇。もう一度手元の紙に目を落とす。長さ高さ的に、花は、二段目。
襖を開け放った瞬間、シュゥッと黒ずんでいった桜の蕾が土方の脳裏をよぎる。まさか、生花だと上段のアレに負けるから加工したとでも。そんなの明らかにダークマター製造より加工と隠蔽工作のほうに熱意が向いている。
そういえば昔話にあったな。禁断の箱を開けたらありとあらゆる災厄が出てきて、そして最後に残るのは?

「・・・終」
『わかっています』



『「何も・・・見なかったZ・・・」』













沖田くんが作ろうとしてたのはプリザーブドフラワーです












































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