inzm | ナノ

※エイリア戦後



「愛には、好きな人がいるの?」

クララの口からそんな問いかけが出たのは、彼女にとっては話の流れというやつだったのだろう。
その日、私たちは園の女子数人と買い物に出かけた。
綺麗に飾られたショッピングモール。
そこかしこで輝くクリスマスの飾りに、私たちの会話はクリスマスについてのものになった。
それは自然と好きな人と過ごすクリスマスの話になり、最後には恋愛そのものの話に変わった。
杏なんて、好きな人が園のほとんどの子に気づかれているから、どんな憧れがあるのかとか今年は二人きりで過ごしたいのかとか、
あれこれ聞かれては顔を赤くしていた。

今まではクリスマスと言えば、園でのクリスマスパーティーだった。
けれど、みんないつまでも子供ではないし、園のみんなで集まるパーティーがみんなにとって大切な時間であることは変わらなくても、そうやって誰かと二人きりで過ごす時間も欲しいと思う人だって少しずつ増えるんだろう。

別に二人で出かけたいとかは思わないの。
少しの時間でいいから、二人きりで話せたら、と小さな声で漏らした杏。

私はどうかしら、と思った。
みんなが寝静まった頃二人で空を見上げて、特別なプレゼントを彼女だけにあげる。
なんて、素敵だと思った。
ロマンチックなのは似合わないかと思うけれど、想像する分にはいいだろう。
たとえ私に似合わなくても、彼女にはきっと似合う。
雪なんて降ったらもっともっと素敵。
今までそんな風にクリスマスのことを考えてみたことはなかったけれど、こうして考えてみるとけっこう楽しい。
園のパーティーまで時間はあるのだから、二人で出かけるのもいいなあ。
私はみんなの会話を聞きながら、頭の隅でそんなことを想像してみていた。

その時は、誰も私にくわしく話を聞こうとしなかったから、いろいろ想像していても顔には出ていないんだと思っていた。
杏なんて、恋する女の子全開の表情だったけれど。
それでもやっぱり彼女には、あまり変化しないと言われる私の表情が見えていたらしい。
それで、クララは聞いたのだ。
私に好きな人がいるのかと。

いつものようにクララの部屋で二人だった。
出かけた先で買った小物を取り出してみていたら、昼間みんなでしたクリスマスの話になった。
あの時の杏やマキの反応が可愛らしかったと話したら、クララが静かに笑って言ったのだ。

「あら、あなたも恋する女の子の顔をしていたわよ。」

どきりとした。
そんな風に見られていたなんて。恥ずかしいなあ。
私だってクララの様子をうかがってみたりしたけれど、残念ながら彼女が考えていることはわからなかった。
でも、もしかしたらこれは良い機会かもしれない。
あなたのことを考えていたの。クリスマスに二人きりで過ごす時間を作らない?
そう誘うのに、良いきっかけじゃないかしら。
私はそう思って、言い出そうと息をのんだのに、クララといったらまるで見当違いのことを聞くのだった。

「愛には、好きな人がいるの?」

好きな人?
まさか、気づいていないと言うの?
私の好きな人はあなたよ。
クララ以外に、二人きりでクリスマスを過ごしたい人なんていない。

とっくに気がついていると思っていた。
私がクララを、他の女の子とはちがって特別な意味で好きなこと。
そして、クララもきっと私のことをそう思ってくれているだろうと感じていた。
私もクララも、こんな風に相手の部屋にいつも入り浸っているのはお互いだけ。
じゃれあうように抱き合ったり、手を繋いだり、指先を絡ませたり。
そういうことをするのも、お互いだけ。
時には同じベッドで寝ることもある。
私とクララにとっては特別なことじゃなくても、他の子とはそんなことはしない。
別に、しようと思ったこともない。
そのことが特別だと思っていた。

それに、私にはわかっている。
クララが私を見る目は、時々、甘く蕩けるの。
そんな表情、私と二人きりの時しか見たことないよ。


まるでなんでもないように、ちょっとそういう流れだったから聞いてみただけといった風のクララ。
私は彼女を誘おうと思っていた言葉を飲み込んで、少し考えた。
それから彼女の目をしっかりと見て、はっきり言葉にした。

「私はクララが好き。」

クララが、少し困ったように眉を寄せる。
次に出る言葉は、もうなんとなくわかってしまった。

「それは嬉しいけれど、そうじゃなくて。私はあなたが好きな男の子を聞いたのよ。誰かとクリスマスを過ごしたいんじゃないの?」

やっぱりクララは、私が本気で彼女を好きだと信じられないんだ。
友達同士の延長で、例えるなら特別親しい姉妹のように。
私がクララを慕うのは、そういうものだと言いたいのだろう。

「そうじゃないのはクララの方よ。私がクララを好きなのは、そういう好きだもん。」

クララの顔からさっきまでの困ったような表情が消えて、いつものような薄い、儚げな微笑みが浮かんだ。

あ、クララは逃げるつもりだ。
そう思った。

「馬鹿ね、それは気のせいよ。」


いつもそう。
なんでもないように微笑んで、攻撃的なふりをして。
たしかに彼女にはそんな攻撃的な面もあるけれど、そう見せかけて自分を守っている時もあるのを私は知っている。

認めるのを拒んでいるんだ。
私が彼女に恋をしているなんて思っていない。
まさかそんなこと、って思ってるのね。信じるのは怖いと思っている。
もしかしたら、そんな風に恋愛という感情で、私と繋がることを求めちゃいけないと思っているのかもしれない。

でも、もう逃げるのはやめてよ。
私は本気よ。

「クララ、本気よ。私はクララのことが好き。」

「友情じゃないの。憧れでもない。あなたに恋してる。」

反論する隙は与えない。
少しだけ、彼女の瞳が動揺しているように見えた。

「クララだって、私のことが好きでしょ?」

「本当のことを、聞かせて。」

心臓がばくばく言っている。
身体が熱くなっていくみたい。
少しでも伝えたくて、衝動的に彼女の手を握った。
吐息が伝わるくらい近づいて、彼女の瞳をみつめる。

まるで、私の熱が伝わったみたいだった。
いつも透き通るように白い彼女の頬が、ほんのり、ピンク色に染まった。
いつも私より少し冷たいその指先が、じわりと熱くなって、包み込む私の指先と同じ温度になって。
その瞬間、ぱっと彼女の指先が私の手の中から逃げる。
一歩引いて、私から距離をとった彼女は、もうさっきまでの彼女とは別人みたい。
ほんのりだけど頬を染めて、困ったように少し眉根を寄せて私から目を逸らす。
まるで、恥じるみたいに。

それは、恋する女の子の顔だった。



「ショッピングモールで、あなたのことを考えていたの。」

私はクリスマスに、あなたと二人きりで過ごす時間が欲しい。
ここまできたら、もう言葉は止まらなかった。

「……っ。」

クララはとうとう無言で部屋を飛び出して行ってしまった。
逃げていく後ろ姿。
彼女の小さな耳は、どちらも隠せないほど赤く染まっていて、私は思わず微笑んでしまった。

もう少ししたら、彼女はきっと、素敵な返事を私にくれるわ。




END.