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私の好きな人にはおそらく好きな人がいる。私が彼女を見つめても決して視線が交わることはない。私の好きな人、秋さんの瞳はいつも夏未さんに向けられているから。

そして今、その推測は真実へと姿を変え私の心臓を抉った。
「わたしね、夏未さんが…好きなの。」
分かっていた。随分と前から気づいていた。でも、こう目の当たりにすると苦しいものだ。
「そうなんですか、頑張ってくださいね。」
笑って言ったつもりだが、恐らく引き攣った顔をしていただろう。
秋さんの表情を見てみると、驚いて目を丸くしていた。
「春奈ちゃん、私が好きな人が同性だってことに驚かないのね…。」
「ええ、まぁ。愛の形は自由ですから!」
私も同性が好きですから。

「それで、何か相談があるからそのことを話したんですよね?何かあったんですか?」
「実はね…、明日告白しようと思っているの。」
秋さんは照れた顔を隠すように俯いた。
「その告白を春奈ちゃんに手伝ってほしいの…。」
好きな人の告白を手伝うなんて普通ならできるはずがない。
「いいですよ。」
でも、私は手伝うことにした。


「直接言うのと手紙、どっちがいいのかな?」
「直接にするべきですよ!」
「で、でも恥ずかしくて言えないかも…。」
「でも手紙だと気持ちが伝わらない、て言いますよ?」
「そっか…。じゃあ、直接頑張ってみるわ!」
「その意気です!!」
そんな乙女な秋さんを見て可愛いなぁ、と思っているのは秘密。

「もし、夏未さんに恋人がいたらどうしよう…。」
「あぁ、それなら大丈夫です。夏未さんに恋人はいないっておっしゃってました!!」
「そうなんだ!ふぅ…よかった。」
私はとんでもない嘘をついた。夏未さんは男性とお付き合いしているのだ。このことは部の中でもあまり知られていない。

「今日は相談にのってくれてありがとう。明日、頑張ってみるわ!」
「はい、応援してます!!
それでは失礼します。」
「ばいばい。」
あぁ、明日彼女はどんな顔をするのだろうか。夕暮れの中歩いて行く秋さんの後姿をただ眺めていた。



そして今から秋さんは夏未さんに告白しにいく。
放課後、校舎の裏。秋さんの顔は緊張しきっていた。
女の子らしいな、とこんな状況にも関わらず心の中で呟いた。
「頑張ってください!!リラックスですよ、リラックス!」
秋さんは一つ深呼吸をして、木陰で待っている夏未さんの元へ歩き出した。

流石に意中の人が他の人に告白しているところは見たくなかったから、私はその場を離れた。


しばらくして秋さんは私のところへ走ってきた。その顔は涙でぐしゃぐしゃ。
「…ひっく…。振られちゃったよっ…うぅ…。」
そう言って秋さんは私の胸に顔を埋めた。

私の嘘は成功だった。嘘をついたから、こうして秋さんは私に抱きついてきてくれたのだ。

(私ってなんて悪い女なんだろう…。)
そう思いながらも自分の胸の中で涙を流す少女を愛おしく想い幸せだった。