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わたしは眠れませんでした。夜は明るすぎるし、昼は眩しすぎるのです。眠れないなら眠らなければいいと思ったから、わたしは眠りませんでした。彼女はそんなわたしを笑うのでした。まるで枯れ木が風に吹かれてかさかさと音を立てるように笑いました。そんな彼女をわたしは笑えませんでした。彼女には瞳がなかったのでした。

もうすぐ春が来るでしょう。もうすぐ春が来るはずのに、雪が降りました。これは、冬の終わりと春の始まりがうまく重ならないころのお話です。

冬の寂しさは、樹木にあります。秋の終わりにはもうそこにかつての姿はなく、春が始まって少し経てば再び芽吹きます。その間はずっと裸のままでそこに立っていなければいけません。わたしは彼女に、同じ寂しさを見つけました。
「寂しいですね」わたしの声はどこか冬の曇り空に似ていました。「何がですか?」彼女の言葉に、一瞬わたしは自分の耳を疑いました。何が? そんなこと、あなたが一番よく解っているはずなのに。
「わからないなら、」
「わからないわけがないでしょう」
わたしたちは数秒間、見つめ合いました。数秒が、何分、何時間にも感じました。喉の奥に、何かが引っ掛かったような痛み。彼女の、あるはずのない瞳はわたしを捕らえていました。視覚的なことではなく、もっと内側から鷲掴みにされているような、見えない瞳でした。
「そうやって、いつも哀れむのね」わたしを。あなたは。
彼女には瞳がありませんでした。

枯れた木は再び芽吹くことがないように、彼女の瞳も再び光が射すことは許されなかったのです。彼女は、他の人がそうであるように、都合の悪いものには目をつぶってやり過ごしていました。
「眠れないの」
彼女は何度も救いを求めていました。
「眩しい」
「苦しい」
「見えないことが、つらい。」彼女は見えない瞳で必死に見ようとしていました。涙が震えて下の睫毛に付着していました。わたしは触れられないでいました。苦しそうにしている彼女を見ているだけで自分も苦しいような気持ちになっていたのです。下らない言い訳をしてわたしは彼女をただ見ていました。わたしはただ、見えない彼女の瞳を見るだけでいました。
彼女は眠れませんでした。夜は月が明るすぎるし、昼は太陽が眩しすぎるからです。だから彼女は眠れなかったのでしょう。まるで芽吹く木が風に耐えるように必死でした。わたしはそんな彼女を笑えませんでした。笑えなくなったわたしを彼女は笑っていました。彼女はずっとわたしを見ていました。持たない瞳はわたしを捕らえて逃がしませんでした。