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変な味がするトマトスープだなあって思いました。いいにおいの中に、生臭いかおりがまじっていました。トマトやバジルの香ばしいかおりの中になにか、どす黒い憎しみのみたいなものがまじっているような、そんな味でした。あの人はずっとすました顔でわたしの隣に座っていました。わたしがトマトスープをすすると、少しだけこちらを盗み見ていました。「外は、寒かったでしょう。」ランニングで火照った体と同じ体とは思えないくらい冷えきった指先やひきつる皮膚の表面に、あの人が出してくれたトマトスープはよく染み渡りました。

わたしは知っていました。あの人がこのスープを作った本当の理由を知っていました。このスープは円堂が食べるはずだったものでした。わたしはできるだけゆっくりゆっくりスープを飲みました。この人を今、一人にしてはいけない。そう思いました。広い食堂はやけにしんとしていて、ときどき背筋が凍りつきそうなくらいはりつめたすきま風がわたしたちを包みこむように吹きました。そういえば、あの人の名前は寒そうな名前でした。

「わたし、今すごくお腹が痛くって。塔子さんは、大丈夫ですか?」
眉をひそめながら微笑むその顔はまるでつくりもののように真っ白でした。それから、自分の身体にも起こるそれを知っているから、このスープのかおりが何のかおりなのかわかってしまいました。
「わたしは大丈夫だよ。」できるだけ冷たくならないように気をつけたのに、わたしの声はおかしな震え方をしていました。「スープ、ごちそうさま。」今度は、円堂に食べてもらえるといいね。わたしにはそんな悲しいこと言えませんでした。あの人はずっと青白い顔のまま、微笑んでいるだけでした。