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私が彼女に恋をしているということに気づいてしまったのは小学校、三年生の頃。家が近いというわけではなく、特別仲が良いというわけでもなく、私と彼女の関係は「幼稚園からずっと同じクラスの腐れ縁」、そんなものだった。

話すといっても事務的なものが殆どで、明るくやさしい彼女と、どこか突っぱねた性格の私とは、相容れぬものがあったのだろう。そんな私が彼女、木野秋のことを好いているなどというのは非常に滑稽なことだろうと、自分の気持ちにせせら笑ってやりたくなる。しかしまあ、そんなことをしてみたってこの気持ちは変わらないもので、それなのに、この気持ちを彼女に伝えることだけは出来なかった。当たり前だろう、だって私は女なのだから。


私が彼女に恋をしているということに気づいてしまったのは、小学校、三年の頃。家が近いというわけではなく、特別仲が良いというわけでもなく、そんな私と彼女は一度だけ、隣の席になったことがある。

公平なくじ引き、私は仲の良い友達と離れてしまったことにショックを隠せなかったし、どちらかといえば反抗しがちの私が、木野秋という優等生の隣に座るということにほんのすこし苛立ちを感じた。真面目な彼女は先生に良く思われている、クラスでも人気者、捻くれていたずらばかりをしている私とは非常に対照的であり、まあ、本心を考えると、私は素直で優しい彼女に嫉妬していたのかもしれない。当時私の家族は少し荒れていて、それもあいまって、まるでけがれなんて触れたことのない彼女は、私と対極の存在だった。ある日私は学校をサボタージュした。うっぷんやら苛々やらがたまっていて、無垢なクラスメイトを見るのが憂鬱だったからで。だからといって見るからに小学生である私が平日午前中に行く場所といえばとても限られるもので、そんなときは鉄塔で時間をつぶすのだ。ただぼんやりと空を眺める。ボールの形の雲、にんじんの形の雲、そんなものを見ているだけで時間は流れていった。連絡手段を持っていた。親に渡された子供用の防犯ブザーがついた携帯電話。しかしそれは、6時間くらいたったその時にも鳴ることはなかった。それだけで、親の私に対する気持ちがわかったようなものだった。寂しいとは思わない、思いたくない。それなりに友達もいて充実した学校生活を送っている私が、クラスにあまりなじめずいつも本を読んでいるようなあの暗い子と一緒だなんて、思いたくなかった。

「みょうじさん」

声が聞こえた。木野秋だった。

「どうしたの?」
「別に」

先生に言われてきたのだろうか、若干不安そうな表情を浮かべている彼女に、どうしても本音なんて告げられるわけがなかった。


「帰ろう?」
「嫌」
「そっか」


これでやっと彼女はここから退けてくれる、そう思ったのに、木野秋は出て行くなんてことはしなかった。私の隣にぽつんと座って、私とおなじように、空を眺めはじめたのだ。


「ねえ、みょうじさん」
「なまえちゃんって、呼んで良い?」


何も答えない私に、なおも笑顔を浮かべている木野秋。いつもは嫌なその笑顔が、今日はなぜだか嫌に思わなかった。


私が彼女に恋をしているということに気づいてしまったのは、小学校、三年の頃。家が近いというわけではなく、特別仲が良いというわけでもなく、しかし、そんな私たちはいつの間にか良く話すようになっていた。どうしたことかと私の友達は皆驚いていたけれど、私はどこか、吹っ切れたような気すらしていた。そして私は彼女に恋をした。抱いてはいけない恋をした。私は彼女を好きになってしまった。そして中学校に入って、秋は円堂を好きになった。ああそうか、これは叶うはずもない恋だったのか。涙は出なかった。だって、秋と円堂はお似合いのカップルだったもの。私が邪魔をしてもそれは揺るがない。私が秋の隣にいるより、円堂が秋の隣にいるほうが、よっぽど。


「なまえちゃん」


ひまわりのような笑顔を浮かべて、秋が私を呼んだ。


「なあに」
「私となまえちゃんは大親友、だよね」
「ええ、もちろん」


胸焼けしそうなほどに甘ったるい声、砂糖菓子のように口の中にいれたらとけてしまいそうな声、私は秋に恋をしている。この想いは永遠に叶わない、なら、私はこの微笑みを誰に向けられたら良いの?


「大好きよ、秋」


大好きなの。ええ、本当に。