inzm | ナノ
「玲名、」
「…その名前で呼ぶなと何度言ったら解るんだ」
笑顔のよく似合う女だった。
昔なじみの男の娘だか何だかと紹介されたそいつは、ある日お父様に連れられてこのエイリア学園にやって来た。
年は私よりも3つ上。どういう事情かは知らないが、何かと私達の世話を焼いてくる。
誰にでも隔てなく接し、いつだって笑顔のそいつにクイールやネロ達チビ連中は勿論プロミネンスやダイヤモンドダストの奴ら、そしてあのグランまでもが心を許し懐いていた。
…けれど私は、
「…気に入らない」
「何が気に入らないの、玲名」
「お前がその名前で私を呼ぶ事だ、なまえ!」
「だって玲名は玲名でしょう?」
あっけらと言って退け、笑うなまえに無意識に眉が寄る。…見ていられない。
なんでそんな笑顔が浮かべられる、こんな所で。私達は雷門を倒し世界を征服しなければならないのに。なんで。どうしてそんな幸せそうな笑顔を浮かべられるんだ!
ぐるぐる、いらいら。
限りなく負の方向に行く思考に軽く眩暈を覚えて目を閉じれば頬に柔らかい感触。
「…ッ何を…!」
「何、て…チューかな?」
「………貴ッ様…!!」
「あっはっは、怒らない怒らない!折角の美人が台なしだよ」
誰のせいで、と喉まで出かかった言葉を無理矢理飲み込む。…どうせ、私が何を言ってもコイツはあっけらと笑いとばすのだろうから。
いつもそうなのだ、いつも。
へらへら、ふらふら、いつだって笑顔ばかりを私達に向け本心は巧みに隠してしまう。お前のその楽しそうな笑顔の底には何がある。お前の芯には何がある。
気に入らなかった。
本心でもないくせに何処までも綺麗なその笑顔が。
下唇を噛み締めて、ちらりとなまえの顔を盗み見た。
「…ッ!」
奴の表情にハッとする。
薄く微笑んだその顔、柔和なその目。
いつも私達に向ける快活さとは程遠いその表情に言葉を失う。
…やはりなまえには笑顔が似合うのだ。
綺麗な弧を描く唇が開く。
耳触りのいい声が私の名を呼ぶ。
近寄る顔、ふわりと香るなまえの匂い。
好きだよ、と呟くその声が。
私はお前の笑顔が。
「ふふ、優しいね玲名は」
煩い、喉まで出かかった言葉は重なった唇に呑まれた。