inzm | ナノ




下校中、珍しく今日は部活がないらしい。春奈ちゃんは私の横をるんるん、と歩いている。
それに対し私は春奈ちゃんの、サブバックを持っていない方の手に釘付けだ。
ぷらぷらとすることのない手は、なんというか、その、手をつないでもいいよー、と言っているようで。実際は言ってないけれど。

春奈ちゃんと私は両思いだ。もちろん、恋愛という意味で。
まあ、両思いということは、付き合っているということに繋がるのだけれど、実はそういう付き合うと普通はするものというものを、私たちはあまりしない。
例えば、今のシチェーションだと、手を繋ぐ、ということに発展しそうなのだけど、私の場合、それに繋がらない、というか、なんというか…。はあ。
別に不満があるわけじゃない。あるわけじゃ、ないんだけれど、やっぱり、このチャンスを逃したくない、と思うなあ。

よし、と私はぎゅ、と拳をつくった。言おう、手、繋いでいい?って。
と、思うのだけれど、結局、あの!と言うだけで後の言葉は出てこない。口が金魚のようにぱくぱくするだけだ。
何?きょとんとこちらを見つめる春奈ちゃんにきゅん、としつつ、何でもないよ、と笑う。


「そんなことないでしょ?いっつもそうやって誤魔化して…。今日こそ何が言いたいか言ってもらうから!」

「へ、ええええ…」


春奈ちゃんは時々強引だ。そんな彼女も好きなんだけれど、これは、色々、困る、状況だ。
ずいっと押し寄ってくる春奈ちゃんに、また口をぱくぱくする。言葉が…出てこない、よ!


「あの、ね、えと、言っても…笑わない?」

「どうしてなまえの言うことを笑わなきゃいけないの!」


さあさあ言っちゃいなさい!と笑う彼女は、いじわるだ。もう。
すー、はー、と深呼吸する。いざ!と、もう一度口を開く。


「て、手を繋いでくれませんか!」


私の言葉にぽかんとする春奈ちゃん。ああ、拒絶されませんように、笑われませんように!
固く目をつぶっていると、春奈ちゃんがばか、と小さく言い、私の手をそっと、取った。
うわあ、と頬が緩むと、春奈ちゃんはもう一度、なまえはばかな子!と言った。


「うう、私はばかじゃないよ!」

「なまえはばかだよ!別に、手を繋ぐことなんて、躊躇うことないじゃない!」


むす、と怒る春奈ちゃんに、ごめん、と項垂れると、春奈ちゃんはもっと求めてもいいのに、と歩き出した。
なまえには欲がないの?と聞く彼女に、これだけで十分だよ、と答える。そう、私はこれ以上のことなんて求めない。
一緒に帰ったり、おしゃべりしたり、お昼ごはんを一緒に食べたり。そんなことで私は満足なのだ。

じゃあ、と春奈ちゃんは立ち止まった。
どうしたの?と私が聞くと、春奈ちゃんは、私は手を繋ぐ以上のことがしたいな、と言い、私のほっぺに、い、いわゆる、キスをした。
控えめなキス、だけど、それだけで私は幸せで、というか、もう、満足の域を超えている。満足という名の壺が合ったら、もう何も入らないだろう。


「は、はるなちゃん!」

「ふふ、さ、なまえ、帰ろっ」


ばくばくとうるさい心臓にブレーキをかけるので精一杯な私に対し、どこまでも余裕そうな彼女。
でも、私は知っているのだ。彼女が誰よりも大胆で、誰よりも恥ずかしがり屋だと。



(言葉で心臓は隠せても)(耳の赤さは隠せないよね)