最後の時
光と出逢い、私は変わった。



光に出逢い、私は愛を知った。



光に出逢い、私は機械人形ではなく、ただの女の子になれた。



光と出逢って、私は最高に幸せだった。



ありがとう。



本当に感謝してるよ?



…だから、そんな顔しないで?



私のココロはずっと、



光の側に居るから…



静寂に輝く夜空から−Last episode



光と出逢ってから、2年1ヶ月と少し…。

窓の外は、相変わらず真っ白な雪が降り積もる銀世界。

そんな季節にも関わらず、私を動かしているメインシステムが、これまでの数々のエラー、そして1人動きを始めたココロの容量に耐え切れず、オーバーヒート状態。

遂に、限界を迎えてしまった。

あと24時間も経たない内に、私は停止するだろう。


「(ちゃんと光に、さよなら言えるかな…)」


そんな事を考えながら、光の朝食とお弁当の準備、私が居なくなっても、暫くは光がご飯の準備をしなくてもいいようにと、作り置きの出来るものを用意していると、いつもだったらまだ夢の中のはずの光がダイニングへとやって来た。


「ふぁ〜……おはよ、氷麗…」

「!…おはよ。今日はいつもより随分と早起きだね。どうしたの…?」

「さぁ?何でか目覚めちゃったんだよね。二度寝するにも全然眠れなかったから起きて来た」

「そうなんだ。光がこんなに早く起きて来るとは思ってなかったから、吃驚しちゃった」

「僕自身驚いてるよ…。それより、氷麗こそどうしたの?いつもより随分とたくさん作ってるみたいだけど…」


キッチンに居る私の手元をカウンター越しに除き込み、何も知らない光は当然の質問を口にした。

光のこの質問に、私はどんな表情で、どんな風に光に答えたらいいんだろう…。


「(どうしよう……光の顔、忘れないようにちゃんと見たいのに…見れないよ……)」

「氷麗……?」


質問に答えようとせず、俯いたままの小さく震える私を見て、光は怪訝そうな顔で私を見つめる。


「(ちゃんと、伝えなきゃ…!……光に、嘘吐きたくない…っ)」

「氷麗…?本当にどうしたの?」

「……あの、ね……私が居なくても…っ…例え数日間だけでも!光がご飯で困らないように、今の内に作って置こう、と思って…」

「は……?氷麗が居ないって、一体どういう事…?」


光のこの言葉に、私は今出来る限り、精一杯の笑顔を浮かべ、光に私の中で起こっている事、あと24時間もしない内に、私が機能停止してしまう事を告げた。

私が話してる間、驚いた表情をしてはいたけど、光は冷静に、私の話を聞いてくれた。


「……本当に、もうどうにも出来ないの?」

「うん……出来ない。これが、私の寿命なの……」

「そう………」

「うん……だからね、動ける内に、暫くは光が困らないように、私に出来る事全部やって置こうと思って…」


そう言って話している途中から俯かせていた視線を光へと向ければ、今にも泣き出しそうな表情の光が映った。


「…っ……」


泣きそうな顔の光を見ていられなくて、私は再び視線を下へと向けてしまった。

私が光をこんな表情にさせていると思うと、胸の奥が苦しくて、切なくて、哀しくて…涙は出ないけど、私も泣きたい気分になった。

そんな私を見た光は、私の見えないところで一度拳をグッと強く握ると、気持ちを入れ替えたのか、いつもの優しい声で、私の大好きな優しい表情で、私に問い掛けた。


「ねぇ、氷麗…今日さ、デートしようよ」

「え……?でも光、学校は…?」

「サボる。って事で、僕は着替えてくるから、氷麗も早くご飯作って出掛ける準備してよね!」

「え?ちょっと、光…!!」


私の呼び止める声も聞かず、光はダイニングを出て、自室へと戻って行った。

そんな光の姿に、私は正にポカンとした表情で光が出て行った扉を暫く見つめ、正気に戻ってからすぐに調理の続きを開始した。

それから暫く経って、光が着替えと軽い身支度を終え戻って来て、光が朝ご飯を食べている間に、私は作ったものをタッパーに詰めたり、冷凍したり、洗い物や掃除と言った家事をざっと済ませ、出掛ける準備へと取り掛かった。

少し慌てている私を見て、光は楽しそうにケラケラと笑い、そんな光を見て、光って実はSだったんだ…なんて、光の新しい一面を見付けて嬉しくなったり、つい先程までとは違って、幸せな気持ちが私の中に広がった。

光と2人で家を出てからは、もっともっと幸せだった。

手を繋いで、水族館、空ツリーの展望台、遊園地、ショッピングモールでウィンドウショッピング…色んな所に行って、2人でいっぱい写真を撮ったり、たくさん笑い合った。

そしてすっかり夜も更けた今、私達が居るのは、私達が出逢った公園。

あの日と変わらず、ここは神秘的なくらい静かで綺麗な銀世界。


「あの日と一緒…。初めて光と出逢った、あの日と…」

「そうだね…。ちょうどこのくらいの時間に、あのベンチの辺りだよね?氷麗と出逢ったのって…」

「うん…。よく覚えてるね」

「当たり前でしょ?氷麗との事なら、全部覚えてる。この先も絶対に忘れない…」


そう言って光は、私をきつく抱きしめ、私もそれに応えるように、そっと光の背中に手を回した。


「大好きだよ…。これからもずっと、氷麗を愛してるから…」

「うん、私も…光が大好き。愛してる…」


お互いに愛の言葉を囁き合って、どちらからともなく私達は互の存在を確かめ合うように唇を重ねた。


「……氷麗の唇、熱いね…」

「光のは冷たい…。ずっと外に居たから冷えちゃったのかな?どうせなら、私の熱も下げてくれればいいのに……」


そう言って下手くそな笑みを浮かべる私に、眉を下げ、また朝のように泣きそうな表情を見せる光。


「…そんな顔しないで?私、光に逢えて、すっごく幸せだったよ?いくら感謝したって、足りないくらい幸せにしてもらった…」

「氷麗……」

「本当に、今までありがとう…」

「…っ………」


私が感謝の言葉を伝えれば、光の綺麗な翡翠の瞳から一筋の涙が零れた。


「泣か、ないで…?」

「っ、別に…泣いてないし。目にゴミが入っただけだよ…」

「そっ…か…」


もうそろそろ本当の本当に限界なのか、上手く声が出せないし、視界も悪くなって来た。

光の顔が、ボヤけて見える。


「わ、たし……本、当…に…しあ…わせ……だ…た………よ」

「!氷麗…!!」

「こ…う………さ……な………ら…」

「待っ…氷麗!!」

「(だ い す き)」



静寂に輝く夜空から



地上へと舞い降りる雪は、


あなたの涙と共に、


停まった私の体に降り積もる



XXXX年XX月XX日、冬――

2人が出逢ったあの日と同じ白銀の世界で、

誕生してから数百年と動き続けた機械人形は、

最愛の人の腕に抱かれながら、

その生涯を終えた…。

最後の彼女の表情(かお)は、

それはそれは、幸せそうなものだった…。

to be continued...
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