- 理想と現実(1/2)
- ウラヌス、ネプチューンの2人と再会して数日。私は、うさぎちゃん達の正体を探る為、暇潰しにちょうどいいと参加していた勉強会も、はるかやみちると出会ってから、少しずつ参加する回数が減って行った。
「あーあ…今日もまたレイちゃんとこで、受験勉強かー…」
「ふふ…頑張ってね、うさぎちゃん。」
私は一緒に帰っていたうさぎちゃんに、そう言って微笑んだ。
「んー……夏希ちゃんは、今日も用事があるから、勉強会来れないんだっけ?」
「うん。これから、人と会う約束してて……ごめんね?」
「ううん!また今度、お勉強教えて?夏希ちゃん教えるの上手いから、あたしみたいなおバカさんでも、すっごく解りやすいんだ!」
「ありがとう、うさぎちゃん。」
私は彼女の言葉に、笑ってお礼を言うと、ゲームセンターの前で立ち止まった。
「それじゃあ、私ここで待ち合わせしてるから。」
「うん!また明日ー……って…んん!?」
私に手を振り、再び歩き出そうとしたうさぎちゃんは、ゲームセンターの中にいる人物を見て、驚きの表情を見せた。
そんな彼女の反応に、私も振り返り、ゲームセンターの中を見た。
「あ…美奈子ちゃんだ…」
私が言葉を発するとほぼ同時に、うさぎちゃんはゲームセンターの中へと入ると、店員のお兄さんと仲良さげに話す美奈子ちゃんの側で大声を上げた。
「だぁああああああああああ!!!!」
「うさぎちゃん…」
私は公共の場にも関わらず、大声を上げたうさぎちゃんを見て苦笑を漏らした。そして大声に驚き、振り返った美奈子ちゃんは、うさぎちゃんと私の姿を確認すると、困ったような顔を見せた。
「あはは……見付かっちゃった…」
「っ…皆も頑張ってると思って、あたしも我慢してたのにこんなとこで…!」
怒りでわなわなと震えながら、うさぎちゃんは美奈子ちゃんに言った。そんな彼女から美奈子ちゃんは目線を逸らすと、誤魔化すように笑った。
「いや、美奈子ちゃんは僕が誘ったんだよ。ほら、勉強疲れもあるだろうから、息抜きにたまにはどうだいって…」
「元基お兄さん!!ちょっと甘過ぎるんじゃないですか!?」
「え?いや…」
元基と呼ばれた男性は、うさぎちゃんの言葉に冷や汗を流しながら、驚きの表情を見せた。そりゃそうだ。あの勉強嫌いのうさぎちゃんから、あんな言葉が出て来るなんて誰が想像しただろうか…
「うさぎちゃん!青春は一度しかないのよ!?もし受験に失敗したらどうするの!?あー…やっぱりあの時遊んでおけばよかったって思うでしょ?ほら、急がば踊れって諺もあるでしょ?」
「美奈子ちゃん…」
美奈子ちゃんのその言葉に、私は苦笑を漏らし、店員のお兄さんは衝撃を受けたような顔で「やっぱり、勉強した方がいいよ…」なんて呟いていた。
しかし、遊ぶ事で頭がいっぱいな美奈子ちゃんは、お兄さんの言葉も耳に入らず、私とうさぎちゃんの手を引くと、ゲームのある場所まで私達を引っ張った。
「ほら、夏希ちゃんも!行くわよ!」
「え?あ、ちょっ…!」
そうして私達が美奈子ちゃんに引っ張られ連れて来られたのは、最新のレーシングゲームの前だった。
「さあ、うさぎちゃん!夏希ちゃん!勝負よ!!」
「勝負って言っても2台しかないし…私は後ろで見てるから、うさぎちゃん達だけでやって?」
この私の言葉に、うさぎちゃん達は座席に座ると100円を入れ、レースをスタートさせた。そしてレースが始まり、美奈子ちゃんはなかなかのハンドル捌きで、うさぎちゃんとの差を広げて行く。それから少しして、うさぎちゃんはついに美奈子ちゃんに追い抜かされ、周回遅れとなってしまった。
「げっ!?周回遅れ!?」
「へー…やるじゃん、美奈子ちゃん!」
「まーね!この、愛野美奈子の手に掛れば、こんなのちょろいもんよ!」
「むっきー!どすこいっ!」
美奈子ちゃんのそう言葉を発すると、その言葉にムキになったうさぎちゃんは、アクセルを全開に踏んだ。
「あ…」
その瞬間、うさぎちゃんの車はカーブを曲がり切れずクラッシュし、うさぎちゃんはゲームオーバーとなってしまった。
「うっ…酔った…」
「大丈夫?うさぎちゃん…水でも飲む?」
私はうさぎちゃんの背中を擦り、鞄からペットボトルの水を取り出した。
「ありがと、夏希ちゃん…」
「ほら、しっかりして!トライアゲインよ、うさぎちゃん!」
「いや…ほら、そろそろレイちゃん家に行かないと、まずいんじゃ…」
水を片手に、困ったような表情で言ううさぎちゃんに、まだ遊び足りない美奈子ちゃんは熱く語り出した。
「それどころじゃないでしょ!?ここで、あたし達が止めたら、誰が明日のF1界を背負って立つのよ!?」
「別に背負いたかないのよ…」
熱く語る美奈子ちゃんに、私とうさぎちゃんは苦笑を漏らした。その時、熱く語る美奈子ちゃんに声が掛けられた。
「じゃあ、彼女…僕が一緒に走っていいかな?」
私はそのよく知った声に後ろを振り返り、声を掛けた人物を確認した。
「!はるか…」
「やあ、待った?」
「う、嘘…」
「「(かっこいい!)」」
美奈子ちゃんは、はるかと話す私を見て、私の腕を引くとこそこそと私に問い掛けて来た。
「ちょっと夏希ちゃん!あのかっこいい人と知り合いなの?」
「え?うん…はるかとは、昔からの知り合いだけど……それが何?」
私は美奈子ちゃんの問いに答えると首を傾げた。
「ううん、何でもないのよ?(やった!夏希ちゃんを通じて仲良くなるチャンスが…!)」
そう言うと美奈子ちゃんは、何かを誤魔化すように笑いを漏らした。そんな彼女に、はるかは再び問い掛けた。
「それで、彼女。どうかな?僕とレース…」
「あ、はい!是非!」
美奈子ちゃんはうさぎちゃんを退けると、はるかに座るよう促した。
「夏希。悪いけど、少しの間鞄持っててもらえる?」
「うん、いいよ。」
私ははるかから鞄を受け取ると、はるかの横に立ち、レースが始まるのを待った。
「はるか、ちゃんと手加減しなきゃダメだからね?」
「もちろん、わかってるさ…」
「(手加減…?手加減ですって!?明日のF1界を背負って立つ、この愛野美奈子に…!)」
そしてレースが始まり、美奈子ちゃんは最初からいきなり飛ばし、はるかとの差を開く。一方はるかは、レースが始まっても暫くハンドルは握らず、ペダルからも足を離したまま、美奈子ちゃんの走りを眺めていた。
「へー…結構いい走りするじゃん。」
「…あのー…レース、始まってますよ?」
全然走る気配のないはるかに、うさぎは遠慮がちに言った。そんなうさぎちゃんに、はるかは小さく笑いを漏らした。
「わかってるよ…だからさ、彼女にハンデをあげなきゃね…」
「え?ハンデ…?」
「そう、ハンデ。」
「…はるか、そろそろいいんじゃない?」
「そうだな…」
私の言葉を合図に、ハンドルを握り、アクセルに足を掛けたはるかは、一気に加速し、絶妙な運転捌きで、無駄のない動きを見せた。
「おー…すごい…」
「まだまだ…」
はるかはそう言うと更にアクセルを踏み込み、加速した。そしてあっと言う間に美奈子ちゃんを追い抜き、トップの座を勝ち取った。
「はぁ…完敗だわ…」
「でも無いさ。君も大したもんだよ…やっぱり、可愛い子はゲームのセンスもいいのかな?」
「(また、はるかは…)」
はるかの言葉に、美奈子ちゃんは頬を赤く染め、嬉しそうな顔を見せた。
「そうですか?まあ、よくそう言われるんですけど…」
「お待たせ、はるか、夏希。」
美奈子ちゃんがそう照れたように呟いたその時、みちるが遅れて私達の元へとやって来た。
「うっ…」
「嘘…」
「「(夏希ちゃんに負けず劣らずの美人…!!)」」
私はみちるの姿を確認すると、みちるの元へと駆け寄り、みちるに抱き付いた。
「まあ…珍しいわね。どうしたの?」
「…はるかがね、また女の子口説いてた。」
「また?もう、本当にしょうがない人ね…」
みちるのその言葉に、はるかは苦笑を漏らし、反論した。
「おい…それじゃまるで、僕が女誑しみたいじゃないか…」
「あら、何か間違った事を言って?」
「失礼だな…これでも僕は、一途に、1人の人を大切にするタイプだと思うんだけど?」
「そうかしら…?」
「そうだよ…」
2人の軽い言い合いに区切りが付いた所で、私は2人に向かって行った。
「ねぇ、そろそろ行かない?はるかが一途かどうかは、また今度話す事にしてさ。」
「そうね…そろそろ行きましょうか。」
「そうだな……それじゃ、また。お団子頭も、今度は一緒にレースしような?」
「はい!」
そううさぎちゃん達にはるかは言うと、私の鞄をさり気なく持ち、出口へと向かって歩き出した。
「あの子達と、随分仲良くなったのね…」
「何だよ、さっきから…妬いてんの?」
「ふふ…そうかも…」
「あの子達、まだ子供って感じで可愛いんだ…」
「それじゃ、うさぎちゃん、美奈子ちゃん、またね!」
私はうさぎちゃん達にそう言って手を振ると、先に歩いて行ったはるかとみちるの後を追った。
―――――
あれから私達は、ゲームセンターの近くにある、美味しいコーヒーが飲める喫茶店へと入った。店員のお姉さんに席まで案内されると、私はみちるの隣に腰を下ろした。
「あら…今日ははるかの隣じゃなくていいの?」
自分の隣に座った私を、みちるは不思議そうに見つめると、そう訪ねて来た。
「いいの!いくら可愛いからって、私の友達を、それも私の目の前で堂々と口説くはるかなんて知らない!」
「何だよそれ…もしかして、妬いてくれてんの?」
「っ…誰が!」
図星を突かれてしまった私は、急に恥ずかしくなり、はるかから視線を逸らした。そんな私を見て、はるかとみちるは小さく笑いを漏らした。
「随分と愛されてるのね、はるか…」
「…どうやら、そうみたいだな…」
「そ、そんな事ないし!浮気者のはるかより、みちるの方が好きだもん!」
「あら、ありがとう夏希。私もあなたが大好きよ?」
「妬けるな…みちる方が好きだなんて…。僕はこんなにも、君を愛してるのに…」
「っ…し、知らない!」
私は真剣な顔でそう言ったはるかの視線に耐えられず、耳まで真っ赤に染め上げると、隣にいたみちるに抱き付き、顔を隠した。
「ふふ…可愛い…」
「そうだな…」
はるかはそう言うとコーヒーを飲み、みちるは抱き付いたままの私の頭を優しく撫でてくれた。そんな私達3人の様子を、柱の陰に隠れて窺う2人の人物がいた。
「美奈子ちゃん……夏希ちゃんの隣にいるあの綺麗な人、さっきのかっこいい人の恋人なんじゃ…」
「決めたわ。」
「え?」
「あの人なのよ!あたしが探してた理想の男性は…!」
「えぇええ!?」
そんな美奈子ちゃんの言葉に、うさぎちゃんは驚きの声を上げた。
「しっ!大きな声出さないの!見付かっちゃうでしょ?」
「!ご、ごめん…でもまずいよ…!あの人には、ああやって恋人が…!」
「そんな事、夏希ちゃん一言も言ってなかったでしょ?それに、あの2人にも直接聞いたわけじゃないじゃない!」
「そりゃ、そうだけど…」
そう言うとうさぎちゃんは、再び柱の陰から少しだけ顔を覗かせ、私達の様子を窺った。
「!やばっ…美奈子ちゃん、夏希ちゃん達、もう出るみたい!」
「不味いわね…急いで外に出ましょ!」
そう言うと2人は急いで外に出て、再び物の陰に姿を隠し、私達3人の様子を窺った。
一方、私達3人は喫茶店を出ると、最近はるかが気に入って通っているらしい、KAMEDAモータースへと向かって歩き出した。
「それじゃ、私は差し入れの買い出しに行って来るわね。」
「あぁ、頼む。」
「夏希、あなたはどうするの?」
「私もみちると一緒に…」
「夏希は僕が預かる。」
「行きたい」そう続けようとした私の言葉を遮り、はるかは私の手を引くとKAMEDAモータースの中へと入って行った。
「え?あ、ちょっ、はるか…!?」
みちるはそんな私達を見て小さく笑うと、亀田さんに渡す、差し入れを買いに、近くのコンビニへと向かった。
「亀田さん!」
「ん?」
「こんちわ。」
私ははるかの後ろに隠れ、少しだけ顔を出すと亀田さんを見た。
「やあ、また来たのかい。そっちの可愛い子は、初めましてだな…こんにちわ、お譲さん。」
そう言って亀田さんは優しく微笑み、私に挨拶をしてくれた。そんな亀田さんに、私もふわっと微笑むと、はるかの後ろから一歩横に出て、挨拶を返した。
「こんにちわ。」
「この間一緒に来た、同じ学校の女の子もそうだったけど、この子も随分と綺麗な子だな…やっぱり、イケメンの周りにいる女性は、俺達ボンクラとはレベルが違うな!」
そう言うと亀田さんは、冗談を交えて笑った。
「そんな事ないですよ…亀田さんだって、十分魅力的ですよ。」
「はは、そうかい?ありがとう、お世辞でも嬉しいよ。」
「お世辞時なんかじゃないですよ…」
「…ありがとう。さて、それじゃ、ちょっと待っててくれるかな?もうじき、こいつも終わるからさ。」
「はい!」
「はるか、私向こうにいるね?」
「あぁ、わかった。」
私ははるかに一言声を掛けると、はるかから離れ、入り口近くの壁に背を預けると、亀田さんの作業が終わるのを静かに待った。