温かい気持ち
タリスマンと聖杯が出現して、早半日が過ぎた翌日の朝、私は今日もまた、昨日と同じく、はるかのベッドの中で、静かに目を覚ました。

しかし、昨日とは違って、私の目にまず映ったのは、はるかの寝顔ではなく、希望の寝顔。はるかの寝顔は、希望の寝顔の向こう側に見えた。

何故こう言う事になっているのかを簡単に説明すると、ユージアル戦後、私達はせつなと希望の2人から詳しく話を聞く為に、2人をはるかの家へと連れ帰った―…



―――――



「えっと……せつなさんと、希望ちゃん…でしたっけ…?」


リビングにあるソファーに向かい合うように座り、彼女達へとそう問い掛けた私に、2人は小さく微笑むと、私の問いに答えた。


「はい…私は、冥王せつな。どうぞ気軽に、せつな、と…」


彼女の言葉に、私が小さく頷いたのを確認して、今度はせつなの隣に座っていた少女が、自己紹介を始めた。


「私は、天王希望。希望って呼んで下さい!」

「先程も言いましたが、私はセーラーシャイン……もっと詳しく言えば、未来のネオ・クイーン・エリカ様に仕えている守護戦士。そして希望は、正真正銘未来のあなた方2人の娘……太陽系を統べる力こそは受け継いでいませんが、正統なシャイン・モナルの後継者です。」

「その証拠…になるかはわかんないけど、これが未来のパパとママの写真…。真ん中に写ってるのが私ね?」


そう言って希望は、首から下げていたロケットを開くと、そこに挟まった小さな写真を私達に見せて来た。


「これは……今より大人になっているけれど、確かに、はるかと夏希ね…」


私達が見たその写真には、幸せそうに微笑む私とはるか、そんな私達に抱き抱えられ、満面の笑みを浮かべる、小さな希望が写っていた。


「信じてくれる……?」

「……わかった…。信じるよ…」


不安そうに見つめる希望に、はるかが小さく笑みを漏らしてそう答えれば、希望は安堵から小さく微笑み、お礼の言葉を口にした。


「ありがとう…!」


希望の言葉に数秒の間を開け、私は2人にどうしてこの時代にやって来たのか尋ねた。


「……それで、どうして、この時代に…?」

「…私達はその30世紀の未来から、太陽系で最も貴いとされる、太陽系のクイーン…ネオ・クイーン・エリカ様からの命で、この時代へとやって来ました。」

「この時代の世界が沈黙に包まれてしまえば、未来の世界もどうなるかわからない……未来の世界を守る為にも、この時代の世界を、沈黙から守るように言われたの。」

「…なるほど。過去が変われば、必然的に未来も変わってしまう、か…」


はるかがポツリと漏らした言葉に、せつなが静かに頷いた。


「本来ならば、このような世界の…いえ、太陽系の危機に面した時は、クイーンが直々に動かれるのですが…」

「同じ空間と時間に、同一人物が複数存在する事は出来ない…。もしもそんな事が起これば、時間と空間にひずみが生じ、それを修復しようとする時の力によって、存在を消されてしまう…!」

「かと言って、このまま敵を見過ごしているわけにもいかない…。私は時の番人として、太陽系を守る戦士の1人として、過去が変わるのを防ぎ、この世界も、未来の世界も、沈黙から守らなければなりません…」

「私も、シャイン・モナルのプリンセスとして、太陽系を統べるクイーンの娘として、未来の世界を守らなきゃいけない…!…とは言っても、まだまだ戦士としては未熟だから、ママ程の力はないけど……それでも、少しでもこの世界を守る力になれる…!」

「お願いです…!私達にも、あなた方と共に、戦わせては下さいませんか…?」

「絶対に足手纏いにはならない!自分の身は、自分で守るから…!!」


私達に強い意志の籠った目を向け、そう言って来る2人を見て、はるかとみちるが、私に尋ねて来た。


「…だ、そうよ…」

「どうする?夏希…」

「(…2人とも迷いなんてない…。とても強い目をしてる…)…わかった。これからよろしくね?希望、せつな…」



―――――



そう言って微笑んだ私に、せつなは安堵の表情を見せ、希望は嬉しそうな笑顔を浮かべると、せつなの隣から立ち上がり、私へと抱き付いて来た。

そしてこれ以降、過去と未来と言う違いはあったとしても、ママはママだと言って、希望は私から離れなくなってしまったのだ。

せつな曰く、希望は誰に似たのか、未来の世界でも度々キングとクイーンの取り合いをしたりする程のママっ子で、普段クイーンが側にいない時は、大人顔負けの落ち着きがあり、スモール・レディ…もとい、ちびうさちゃんの良きお姉さんのような存在らしいのだが、母であるクイーンが側にいると、彼女は途端に甘えん坊な女の子になるらしい。

元々子供好きな私は、そんな希望の花の咲いたような可愛らしい笑顔や、甘える仕草にやられてしまい、せつなに彼女を預かると自ら名乗りを上げ、昨日は解散となったんだけど…解散となった時間が遅かったし、戦闘での疲れもあった為、帰るのが面倒になって、私と希望はそのままはるかの家に泊めてもらい、今に至っているのだ。



―――――



「(…私達2人の…未来の娘、か…)」


私は、今し方まで見ていた夢を思い出しながら、私達2人に挟まれ眠る、まだ幼さの残る希望の寝顔を見つめた。


「(…まだ赤ん坊のこの子を腕に抱いて、幸せそうに微笑む、大人になった私達の姿……あれは、この子の記憶…?)」


転生前も、転生後も、人の赤ちゃんなんて一度も抱いた事ないのに、この腕に確かに残る温かい感覚に、私は目の前で眠る少女にそっと触れた。


「(不思議……希望に触れると、胸の奥が温かく…はるかとも、みちるともまた違った愛おしさが、どんどん溢れて来る…。…こんな気持ち初めて…)」


私は希望の頭を何回か優しく撫で、可愛らしい寝顔に小さく笑みを浮かべると、はるかと希望の2人を起こさないようそっとベッドから抜け出し、音を立てないよう注意しながら、静かにリビングへと向かった。

リビングに着くと、私は大きな窓を覆うカーテンを開け放ち、昨日とは打って変わって、気持ちのいい秋晴れの空に浮かぶ、自身の星である太陽の光を、部屋の中へ招き入れた。


「んー……っ…はぁ…今日はいい天気…!」


私は太陽の光を全身に浴びながら、背筋を伸ばし、小さくそう呟いた。その後、洗面所で顔を洗い、パジャマから服へと着替えると、髪を後ろで1つに纏め、エプロンを付けるとキッチンへと入った。


「さて…あの2人、いつ起きて来るかわかんないし、後で温め直し出来る物を…」


私はそんな事を小さく呟きながら、冷蔵庫からいくつか食材を取り出すと、手を洗い、調理を始めた。

調理を始めて暫く経った頃、寝室のある方から、勢いよく扉の開く音が聞こえたと思ったら、バタバタと廊下を駆ける足音と、私を探す希望の声が聞こえて来た。

そしてその後すぐ、まだ眠そうなはるかが、欠伸を漏らしながら、キッチンへと入って来た。


「ふぁ〜…っ……全く、人がまだ寝てるって言うのに……子供は、朝から元気だな…」


そう言って私を後ろから抱きしめ、朝の挨拶と共に、私の頬にキスを落とすはるかに、私は作業の手と火を止め、彼の手に自分の手を重ねると、挨拶を返した。


「ん…おはよ、はるか…」

「今日は、何作ってくれてたんだ?」

「今日はね、はるか達いつ起きるかわかんなかったから、いつでも温め直し出来るようにと思って、和食の用意してたんだけど……パンとかの方がよかった?」

「何でもいいよ…夏希の手料理なら、何だって美味しいから…」

「もう……そんな事言ったって、何も出ないんだからね?」

「いいさ…その代わりとして、夏希の唇をもら…」


はるかが私の顔を自分の方に向け、そんな事を言いながら、ゆっくりと顔を近付けていると、そのはるかの言葉を遮るように、漸くキッチンへと辿り着いた希望が、私達の姿を見て声を上げた。


「あー!パパずるーい!!のんもママぎゅーってする!!」

「「!!」」


私達は突然現れた希望に、驚きの表情を見せると、視線を互いの顔から、私に抱き付き、胸へと顔を埋める希望へと移した。


「…希望…?」

「どうした…?」

「……起きたらママいないから…置いて行かれたのかと思った…」


そう呟いた希望には、さっきまでの元気の良さなんて全然なくて、本当に寂しかったのか、私の服をギュッと握りしめると、希望は更にきつく抱き付いて来た。

そんな希望に、私とはるかは口元に小さく笑みを浮かべ、はるかは希望の頭に手を乗せ、私は彼女を軽く抱きしめ返しながら、優しく言った。


「パパもママも、希望を置いてどこかへ行ったりしないさ…」

「…本当に、置いて行かない…?」

「うん、置いて行かない…。…寂しかった?」


私のこの問いに静かに頷いた希望が、私達は何だかとても愛おしく感じられて、どこにも行かないよって思いを込めて、私達2人は、希望をギュッと抱きしめた。


「(可愛い……この子が生まれて来る未来を作る為にも、必ず救世主を見付け出し、この世界を沈黙から守らなくちゃ……!)」


希望を抱きしめながら、私は溢れて来る愛おしさに、希望の為にも、必ず沈黙から世界を救う、そう新たな決意を、己の胸に強く刻んだ…
to be continued...
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