心の結晶
うさぎ達に私達の正体を明かしてから、暫く経ち、10月へと入った。あの日以来、私は一度も学校へと行っていない。

学校に行く事で、同じクラスのうさぎとは、必然的に顔を合わす事になるし、大好きな友人達とは言え、今だけは、彼女達に会いたくなかった。

彼女達に会うと、何を犠牲にしても、必ずタリスマンを見付け出し、世界を沈黙から救う…そう決心した心が、揺らいでしまいそうで怖かったから…

だけど一度だけ、はるか達も一緒に、彼女達に会いに行った事がある。



―――――



“あなた達の本当の目的は、一体何なんですか?”

“…私達の真の目的は、ピュアな心に封印された3つのタリスマンを揃え、全ての力の根源である聖杯を呼び出し、それを世界を救う救世主の手に委ねる事…”

“その為には、どんな手段でも使うんですか…?”

“そうだ。手段は選ばない…”

“…あたし達、解り合えないんですか…?”

“そう…。あなた達とは、敵同士になるの…”

“あたし達、同じセーラー戦士なのに…”

“止せ…求めてる世界が違うんだ…”

“…私達は、誰を犠牲にしても後悔しないわ…”

“例えそのピュアな心の持ち主を犠牲にしても、沈黙から世界を救う…”

“…それが、私達3人に課せられた使命だから…”



―――――


冷たい雨が降りしきるある日朝、私はここ数日泊まり込んでいるはるかの部屋で、その閉じていた目を開け、隣で眠っていたはるかを起こさないよう、1人そっとベッドを抜け出すと、窓へと近付き、少しだけカーテンを開け、空を見上げた。


「……運命の刻が来る…」


この私の呟きは、誰の耳にも届く事なく、部屋の中には、微かに聞こえるはるかの寝息と、雨音だけが響き渡った。

それから暫く時間が経ち、はるかはプールへと足を運んでいるみちるを迎えに行き、私は彼の部屋で1人留守番をしていた。

留守番をしていると言っても、特に何をするでもなく、窓際に座り、ただじっと、降りしきる冷たい雨を見ていた。


「(…沈黙から世界を救う…。それが、太陽系を統べるプリンセスとして、私に与えられた使命…。誰が何と言おうと、必ずこの星は…太陽系の星々を救わなきゃいけない…。例え、この命が尽きようとも……それが、プリンセスである、私の使命だから…)」


そこまで考えると、私は目を閉じ、そっと窓に寄り掛かった。

それからどのくらいそのままでいたのか、気が付けば、みちるを迎えに行っていたはるかが、みちるを連れて帰って来ていた。


「どうした…?窓の外に何か面白いものでも見付けたのか…?」


はるかはそう言って、優しい笑みを見せながら、静かに私の隣に腰を下ろした。それに続きみちるも、優しい笑みを浮かべながら、私へと近付いて来た。

そんな2人に、私は再び窓の外へと視線を向けると、数秒の間を開け、2人に問い掛けた。


「……ねぇ、はるか、みちる…。2人とも、もう気付いてるんでしょ…?」


私のこの問いに、ほんの一瞬、2人の顔から笑みが消えた。だけど2人はすぐに小さく口元に笑みを浮かべると、少し間を空け、私の質問に答えた。


「…ええ…」

「もちろん、気付いてるさ…」


2人の返答を聞いた私は、窓の外から2人に視線を向けると、ゆっくりと口を開いた。


「……運命の刻が来た…。今日、間違いなくこの町のどこかで、タリスマンが出現する…」


私のこの言葉に、はるかとみちるは静かに頷くと、震える私の手をそっと握った。



―――――



あれから少しして、はるかがさっきまで私が座ってた場所に、みちるがはるかの座ってた場所へと、それぞれ腰を下ろした。

一方で私はと言うと、はるかの膝の上へと座らせられ、彼の腕の中に閉じ込められていた。


「(……落ち着く…)」


朝からずっと降りしきる雨のせいか、それとも、タリスマン出現の刻が近付いているからか…

どちらにせよ、何とも言いようのない不安に襲われていた私は、はるかの腕の中にいる事で、その不安が、嘘のように消えて行くのを感じた。

彼の温もりを、匂いを肌で感じながら、私は静かに、はるかの腕の中で目を閉じたその時、はるかの部屋に、電話の着信を知らせる機械音が鳴り響いた。


「…はるか、出なくていいの?」

「別に構わないさ…。それよりも今は、夏希を離したくない。もっと夏希を感じていたいんだ…」

「あら…はるかにしては、素敵な殺し文句ね…」

「おいおい…僕にしてはって、どう言う事だよ…」


みちるの冗談に、はるかがそう言葉を返したその時、電話が留守電へと切り替わり、着信相手がメッセージを入れ始めた。


『もしもし?天王はるかさんのお宅ですね?いつもお世話になっております、ユージアルです。ふはははっ…驚いたか…?正体がバレた貴様達の居場所くらい、あたしにはすぐに見付けられるんだ…。更に驚かせてやろう…こちらは遂にタリスマンの持ち主を突き止めたぞ!これからそれを奪う…ふはははっ、戦いは我々の勝r』


そこで一度電話が切れ、そして間髪入れず、再びはるかの部屋に着信音が鳴り響いた。私達はそれをそのまま放置し、留守電に切り替わるのを待った。


『こら!録音時間が短いぞ!用件が言えんじゃないか!!…まあ、いい…そう言う事だ。ところでお前達もタリスマンを探してたらしいな…場合によっては、我々の仲間にしてやってもいい……心配するな、貴様達の正体は、まだ上司には報告していない。その気があるのなら、指定の場所に来い。FAXで地図を送っておく。じゃあな。』


そこまで言うと電話が切れ、ユージアルの言っていたように、続けてFAXで地図が送られて来た。


「…タリスマンの持ち主を見付けたと言うのは、多分本当ね…」


みちるはユージアルが送って来た地図を手に、私達に向かってそう言葉を掛けた。


「うん…。私達の予感と一致する…」

「あぁ…。…いよいよだ…」


はるかはそう言うと、私を抱きしめる腕の力を少しだけ強めた。それに対し、私もはるかの服を掴み、彼の肩に頭を凭れ掛けさせた。


「(…世界を沈黙から守るか、それとも滅ぼしてしまうのか…。…間もなく、それを大きく左右する、運命の刻が来る…)」


私達はそのまま暫くの間抱き合い、心を落ち着かせてから、ある行動を取った。



―――――



「うわぁー…すごーい!こんなビルの上に水族館があるなんて…今度、皆も連れて来ていいですか?」


あの後、私達は、はるかのマンションから少しした所に建つビルの上にある水族館へと、うさぎを呼び出した。

私達の呼び出しに、素直に応じ、水族館へとやって来たうさぎが漏らした言葉が、さっきの言葉。

そんな彼女の言葉に、私達は答える事なく、暫くの間、ただじっと、水槽の中の色取り取りの魚を見つめた。


「……いいですか?」


先程の問い掛けに対し、何も答えない私達に、うさぎは少し離れた場所から、再びそう問い掛けて来た。

それに対し、はるかは数秒の間を開けると、その口をゆっくりと開いた。


「……もう、二度と僕達の前には現れるな。セーラームーン…」


はるかのこの言葉に、少し動揺しながらも、うさぎは私達へと言葉を発した。


「あたし達、同じセーラー戦士じゃないですか…。一緒に、戦えないんですか…?」

「これ以上、中途半端な戦いごっこで、僕達の足を引っ張る事は許さない…!」


そう言うとはるかは、うさぎのブローチを奪おうと、彼女の変身ブローチを掴んだ。


「!ダメ…!」


うさぎはブローチを奪われまいと抵抗するも、中学生の女の子であるうさぎが、男のはるかに力で敵うはずもなく、酷な事とはわかっているが、使命の為に、はるかはうさぎからブローチを奪い取った。


「こいつは預かっとく…」


そう言ってうさぎのブローチを持って、私とみちるの元へと戻って行くはるかに、うさぎは叫んだ。


「!待って…!もう誰かのピュアな心を奪うなんて止めて!!」

「言うな!いいか、今度僕達の前に現れたら……死ぬぞ。」

「え……?」

「ウラヌス・プラネットパワー!メイクアップ!」

「ネプチューン・プラネットパワー!メイクアップ!」

「ブライトイノセンスパワー!メイクアップ!」


はるかの言葉に、疑問の声を漏らすうさぎを余所に、私達は戦士の姿へと変身した。そして変身を終えると、真っ直ぐうさぎを見つめ、口を開いた。


「僕達は、ピュアな心の中に封印されているタリスマンを探している。3つのタリスマンを揃えなければ、聖杯は現れない!」

「この世界には今、沈黙の刻が…破滅の刻が迫っている。それを救えるのは、聖杯を使う事が出来る救世主だけ…」

「今回の敵は、太陽系最強と言われる私の力を持ってしても、倒せるかどうかはわからない、とても危険な敵なの。奴らを確実に倒し、この世界を沈黙から救うには、何としても聖杯を手に入れ、それを救世主の手に委ねなければならない…!」


私がそこまで言うと、私達の後ろにあったヘリポートへと繋がる扉が開き、予め用意しておいたはるかの愛機、天王丸が姿を現した。


「……うさぎ、酷い事してごめんね…?それから、一時でも、私なんかとお友達になってくれてありがとう…。…私、ずっと1人だったから、すごく嬉しかった…」

「夏希ちゃん…?」

「……ウラヌス、ネプチューン!」


私はうさぎに向かって一度だけ微笑むと、ウラヌスとネプチューンの2人に声を掛け、うさぎに背を向けると、彼女の呼び止める声を無視し、天王丸へと乗り込むと、ユージアルの指定した場所へと向かった。



―――――



私達がうさぎの元を飛び立って暫く経ち、私達の目の前に、大きな建物が見えて来た。


「…見えて来たわ…」

「あれか…建設中の教会…」

「…マリン・カテドラル…」


それから少しして、教会の目の前にウラヌスはヘリを着陸させた。それに伴い、私達はヘリから下りると、戦いの場となる教会へと向かって、その足を一歩踏み出した。


「いよいよ、タリスマンの持ち主に会えるな…」


教会の入り口の前に立ち、建物を見上げそう呟くウラヌスの手をそっと握り、私は小さく呟いた。


「…そうだね…」

「…シャイン、ウラヌス、わかってるわね?私達は何があっても、タリスマンを手に入れるの。ここから先は、互いの危険を無視して、例え1人になっても、足を止めず、先に進むのよ…」


ウラヌスと同じく、目の前に聳え立つ建物を見上げ、ネプチューンが確認の言葉を口にした。

そんな彼女の言葉に、ウラヌスは小さく笑いを零し、一度だけ私の手を握り返すと、そっとその手を離し、小さく呟いた。


「何を今更…」

「…それもそうね…」

「……行こう!」


私の言葉に2人は頷くと、目の前の扉を開け放った。そして私達は、教会の中へと足を踏み入れた。


「…招待しておいて、愛想がないな。」

「本当…出迎えくらい、来てくれたっていいのに…」


私は礼拝堂へと続く、長い廊下をウラヌス、ネプチューンの2人と並んで歩きながら、そんな冗談交じりの、他愛のない会話をウラヌスと交わしていた。

その時、私達の中で誰よりも音に敏感なネプチューンが、小さな物音に気付き、その足を止めた。


「どうした?」

「ネプチューン…?」


私とウラヌスは、立ち止まり壁に埋め込まれた、キューピッドの絵が描かれた石板を、ただじっと見つめるネプチューンへと視線を向けた。


「今、何か物音が…」

「音?そんなの聞こえたか?」

「さあ……」


私がウラヌスの言葉に、疑問の声を漏らした瞬間、ネプチューンの眺めていた石板が動き出した。


「!動いた…!?」

「!ウラヌス、シャイン!!」


ネプチューンの言葉に私達は後ろを振り向くと、壁に埋め込まれていた石板が、私達を取り囲むように、次々と壁の中から出て来た。


「っ…手厚い歓迎だこと…!」


私達は背を合わせ、ユージアルの動きにすぐ対応出来るよう、神経を尖らせた。そして次の瞬間、私達を取り囲む用意して並んでいた石板が、一斉に私達に向かって飛んで来た。

私達は何とかそれを全て避け、一瞬の隙を付いて石板に向かって技を放った。


「ワールド・シェイキング!」

「ディープ・サブマージ!」

「フレイム・バースト!」


この攻撃で、私達を取り囲むように並んでいた石板は全て崩れ去った。


「っ…これで全部…?」


私がそう小さく言葉を漏らしたその時、私の背後にあった壁から、新たな石板が現れ、私へと向かって飛んで来た。


「!しまった…!」

「「シャイン…!!」」


勢いよく飛んで来た石板へと叩き付けられた私は、そこで意識を失い、そのまま壁の中へと消えて行った。



―――――



あれからどのくらい経ったのか、目を覚ますと、私は棘の生えた蔓のようなもので石板に拘束され、礼拝堂へと運ばれていた。

そして細い通路の先には、既にボロボロになったウラヌスとネプチューンがいて、2人はピュアな心を抜き取る為の銃を、ユージアルに突き付けられていた。


「さあ、どうする…?大人しく私にお前達のピュアな心を差し出すか、それとも…このままシャインが死んでいく様を見るか…。…まあ、どちらにせよ、お前達は二度とシャインには会えんだろうがな。その傷でこの銃を受ければ、お前達は死ぬ…!」

「っ……ウラ、ヌス…ネプ…チューン…!」


私は先程の強打で痛む体を無理矢理動かし、その身が傷付く事すら恐れず、力尽くで拘束を解いた。


「ウラヌス…!ネプチューン…!!」


そしてウラヌスとネプチューンの名を叫ぶように呼ぶと、私は2人の元へと向かって走り出した。


「!何…!?」

「!シャイン、動くな!!」

「こっちに来ちゃダメ!!」

「っきゃあぁあああああ!!」


2人の声も空しく、私はユージアルの仕掛けた罠に掛かってしまい、石板から放たれた銃撃を受けてしまった。


「っ……」

「「シャイン!!」」


そんな私を見て、ウラヌスとネプチューンが焦りの中に、恐怖の色が混じったような表情を浮かべ、叫ぶように私の名を呼んだ。


「…はるかと、みちるは……っ…絶対に、死なせない…!…私が、守る…!」


私はそう言って、ダメージを負った事でふら付きながらも、再びウラヌスとネプチューンの元へ行こうと動き出した。

そんな私を見て、ウラヌスとネプチューンの表情から読み取れる恐怖の色は、更にその色の濃さを増した。


「!止めろシャイン!!」

「お願い!!それ以上動かないで!!」

「っきゃあぁあああああ!」


再び石板からの銃撃を受け、その場に膝を着いた私を見て、ウラヌスとネプチューンは悲痛な叫びを上げた。


「「夏希…!!」」

「…っ……はるか…みちる…!」


私は痛む体に鞭を打ち、再びゆっくり立ち上がると、2人の名前を消えそうな声で呟き、また一歩、2人の元へ行く為に足を踏み出した。

しかし、今度は石板から銃撃が放たれる事はなく、私はふら付く足取りで、ウラヌス、ネプチューンの2人に銃を向けるユージアルへと近付いた。


「ちっ…弾切れか…」

「っ…ユー、ジアル…!」

「!う、動くな…!それ以上近付けば、お前のピュアな心も…!!」


ゆっくりと近付いて来た私に、動揺を隠せないユージアルは、ウラヌス、ネプチューンの2人から、私へと銃口の向きを変えた。


「っ…取りたきゃ、取りなさいよ…!その程度の脅し…っ…私には、通用しないわよ…!!」

「ひっ……く、来るな…来るなー!!」


そう言いながら、ゆっくりと近付いて来る私に、ユージアルは短く悲鳴を上げると、焦りから、咄嗟にその手に持っていた銃の引き金を引いた。

その瞬間、私の中から心の結晶が取り出され、私は膝から崩れ落ちるようにその場に倒れた。


「!…っ………」

「はぁ…はぁっ……驚かせよって…」

「…そ、んな……っ…」

「…っ……夏希ぃいいいいいい!!」


その時、目の前でゆっくりと倒れて行く私を見たウラヌスの悲痛な叫びが、マリン・カテドラル内に響き渡った。
to be continued...
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