- 衝撃の事実
- 残暑の厳しい9月某日、学校を終えた私は、はるかとみちるの2人に連絡を取ると、シャワーを浴び、着替えを済ませる為、一旦家へと帰った。
区立十番中学は、以前通っていた私立S・S女学院と違って、各教室に冷暖房なんて完備されていない。あっても扇風機1台。
その為、8月さながらの暑さに、ただでさえ風通しが悪く、暑くて仕方ない制服に身を包んだ私は、学校を終える頃には汗だくになっていた。
「汗だくのままで、はるかに会いたくないもんねー…」
急ぎ足で自宅へと帰って来た私は、手に持っていた鞄をソファーに放り投げ、そんな事を呟きながら、着ていたものを脱ぎ、髪を下ろすと浴室へと入って行った。
はるかに1秒でも早く会いたいって気持ちはあったけど、そこは乙女心と言うやつで、これから好きな人に会うのに、汗だくになった姿は晒したくなかった。
それから暫くして、シャワーを終えた私は、着替えを済ませ、髪を適当に乾かすと頭の上で1つに纏め上げ、財布や携帯などの必要最低限の物を鞄に積め、寒くなった時用に薄手のカーディガンを持つと、待ち合わせ場所へと急いだ。
「はるか!みちる!遅くなってごめん…!」
待ち合わせ場所に着き、2人の姿を見付けた私は、急いで2人に駆け寄った。
「いいのよ。シャワー浴びて、スッキリした?」
「うん!」
「ちゃんと髪乾かして来たのか?」
「それは、待ち合わせもあったし、適当に……あはは…」
はるかの問いに、私は苦笑を漏らしながらそう答えると、はるかは少し心配そうな表情を見せ、小さく「風邪引くぞ…」なんて呟いた。
「それなら大丈夫!これくらいで風邪引く程、私柔じゃないから。」
「そう言われても、心配なものは心配なのよ…」
「どうして…?」
「夏希が大切だからに決まってるだろ?」
そう言うとはるかは、人目があるにも関わらず、私をギュッとその腕の中に閉じ込めた。
「僕達2人にとって、誰よりも、何よりも夏希が大切なんだ…」
「あなただって、はるかや私が、風邪引いて寝込んだりしたら、心配するでしょ?」
「うん…」
「それと一緒だ…」
「…ごめんなさい…次からは、ちゃんと気を付ける…」
素直に謝り、はるかの胸へと顔を埋めた私に、はるかとみちるは小さく笑みを浮かべると、優しく頭を撫でてくれた。
「わかればいいのよ…」
「全く…可愛いな、夏希は…」
はるかは私の額にそっとキスを落とすと、少し苦しいくらいきつく、私を抱きしめた。
それから少しして、私達はいつものように、近くの喫茶店へと足を運んだ。
「そうだ…夏希、これいらない?」
喫茶店に着き、席に座るなり、はるかは鞄の中から人形を1つ取り出し、私に見せて来た。
「え……何これ…どうしたの?」
「夏希と会う前、本屋寄ったんだけど…そこで偶然美奈子ちゃんに会って…」
「ピュアな心の持ち主のやりそうな事って何だと思いますか?って聞かれて、思い付きで適当に返したんだけど…」
「彼女、それを真に受けて……帰り際に、質問に答えてくれたお礼にって渡されたんだ。」
「ふーん…ピュアな心の持ち主、ね……。マークしておいた方がいいかな…」
2人の話を聞いて、私がポツリと漏らした言葉に、はるかとみちるは静かに頷いた。
「ところで夏希、この人形…」
「いらない。可愛いのならまだしも、それ全然可愛くないもん。」
「…だよな……」
そう言うとはるかは小さく溜め息を吐き、それを仕方なさそうに、再び鞄の中へと仕舞った。
―――――
あれから数日が経ち、暑さもだいぶ納まり、少しずつ秋らしくなって来たある日の午後、私達は、はるかとみちるが適当な思い付きを返したあの日から、毎日献血を梯子する美奈の周りをマークしていた。
「風が騒ぎ始めた…」
「やはり、今回のターゲットはあの子のようね…」
「みたいね…。ユージアルも近くまで来てるみたいだし…」
私は左手のブレスレットをそっと握りしめ、美奈と美奈へと差し入れを持って来たうさぎに視線を向けながら、はるかとみちるの2人にそう告げた。
美奈は、うさぎから受け取った大量の栄養ドリンクを腕に抱え、それを飲みながら、次の献血所へ向かおうと、うさぎと一緒に歩き出したその時、今までいた公園を出てすぐの所で、背後からユージアルに襲われ、ピュアな心を取り出されてしまった。
「「「!」」」
「!美奈子ちゃん…!!」
ユージアルにピュアな心を取り出された美奈を見て、うさぎは美奈の名を叫び、すぐに彼女へと駆け寄ろうとした…のだが、美奈の取った行動を見て、驚きの表情と共に、その足を途中で止めた。
斯く言う私達も、自分のピュアな心を手に取り、うさぎの方へと振り返って、妖しく、でも何処か嬉しそうに笑う美奈に、驚きを隠せなかった。
「「「!」」」
「どう言う事…?普通、ピュアな心を取り出されたら…」
「気を失うか…例え気を失わなくても、動くどころか、立つ事すら、不可能なはず…!」
「……恐ろしい精神力だな…」
はるかが小さくそう呟いた瞬間、美奈は妖しい笑いと共に、自分のピュアな心を持って逃亡した。
「「「な…!?」」」
「ちょっ、美奈ったら、本当にどう言う神経してんの…!?」
「それも気にはなるが…!」
「今は早く彼女を追いましょ!」
みちるのその言葉に、私達はうさぎに気付かれないよう、素早く、身を隠しながら美奈とうさぎの後を追った。
それから暫くして私達が辿り着いたのは、公園から少し離れた所にある、文化ホールの地下駐車場だった。
私達は地下駐車場の入口にある柱の陰に身を隠しながら、中の様子を窺った。
「待って!それ以上その子に近付かないで!!」
「何?生意気な…出でよ、ダイモーン!!」
ユージアルのその声に反応し、車のトランクが開くと同時に、トランクの中からダイモーンが姿を現した。
「戸締りなさい。」
「閉めます!」
ユージアルの命に従い、ダイモーンは入り口となりえる場所を、鉄板で封鎖し始めた。
「!まずい…!」
それを見た私達は、完全に入り口が封鎖される前に、地下駐車場の中へと潜り込んだ。
「だーれ?」
「え…?」
ユージアルのその声に、うさぎは私達のいる後ろを振り返った。
「!はるかさん、みちるさん、夏希ちゃん…!」
「余計な事に首を突っ込まなければ、長生き出来たのにね…」
そう言ってゆっくりと美奈に近付くユージアルに、私は歯を食いしばり、拳を強く握った。
「っ…(ここで変身するわけには……!)」
「待ちなさい!」
「ん?」
私がどうやってこの場を切り抜けようか必死に考えていると、うさぎがユージアルに向かってそう叫び、何処からかコンパクトを取り出すと、それを天に掲げ、変身スペルを口にした。
「ムーン・コズミックパワー!メイクアップ!」
「「「!」」」
そしてセーラームーンへと変身したうさぎを見て、倒れている美奈以外の、その場にいた全員が驚きの表情を見せた。
「何ですって…!?」
「やっぱり、うさぎが……!」
「…ピュアな心を大切にしたい。そんな純情な乙女の心を狙うなんて許せない!愛と正義の、セーラー服美少女戦士、セーラームーン!月に代わって、お仕置きよ!」
セーラームーンへと変身したうさぎを見て、最初は驚いていた私達も、すぐに冷静さを取り戻し、ユージアルの命に従い、セーラームーンに襲い掛かるダイモーンを見て、私達の取るべき行動は決まった。
私達は一度互いの顔を見て頷くと、今にも美奈から取り出したピュアな心を手にしようとしているユージアルに向かって、美奈に貰った人形を投げ付けた。
「!」
「それを渡すわけにはいかないわ!」
「くっ……ドアノブダー!あいつらを先に片付けて!!」
「渋々…」
ユージアルの命に、面倒そうな顔を見せながらも私達に襲い掛かって来るダイモーンに、今度ははるかが持っていた人形を、ダイモーンに向かって投げ付けた。
「…仕方ないわね…」
「…そうだな…」
「はるか、みちる!行くわよ…!」
私の言葉に2人は小さく頷くと、リップロッドを取り出し、それぞれ変身スペルを唱えた。
「ネプチューン・プラネットパワー!メイクアップ!」
「ウラヌス・プラネットパワー!メイクアップ!」
そんな2人に続き、私も左手を掲げると、自分の変身スペルを口にした。
「ブライトイノセンスパワー!メイクアップ!」
そして変身を終えた私達の姿を見て、今度はユージアルとセーラームーンが驚きの表情を見せた。
「!そんな……夏希ちゃん達が…!」
「セーラー戦士が4人も…」
そんな驚く2人を余所に、ウラヌスがユージアルに向かって技を放った。
「ワールド・シェイキング!」
「っ…!」
ウラヌスの攻撃を避ける為、美奈からユージアルが離れた隙に、私とネプチューンが倒れている美奈へと近付いた。
「残念だったわね…」
「戸締りなんかしなきゃ、いくらでも逃げられただろうに…」
そんな事を言いながら、美奈の心の結晶を手に取り、調べる私達を見て、セーラームーンは慌てて私達の元へと駆け寄って来た。
「!待って!止めて、みちるさん!夏希ちゃん!!」
「…ネプチューン、どう?」
私の問い掛けに、静かに首を振るネプチューンに、私は小さく言葉を漏らした。
「そう…」
その時、私達の側までやって来たセーラームーンは、必死に私達に心の結晶を返すように懇願して来た。
「お願い!!その結晶を返して…!!」
「安心なさい。これは、タリスマンではないわ…」
「何…!?」
「早く戻してあげて?」
驚きの声を上げるユージアルを余所に、私はセーラームーンに向かってそう言うと、手に持っていた心の結晶をセーラームーンに差し出した。
そしてセーラームーンは、私から心の結晶を受け取ると、すぐに美奈の中へと結晶を返した。
美奈の中へと無事ピュアな心を戻した事により、安堵の息を漏らすセーラームーンに、私は少し強めに声を掛けた。
「セーラームーン!まだ戦いは終わってないわよ!!」
「!は、はい…!」
私の声にハッとしたセーラームーンはすぐに立ち上がり、ユージアルへと視線を向けた。
「ちっ……!」
ユージアルが悔しそうな表情を見せたその時、封鎖された入り口から、他の内部戦士達の声が聞こえて来た。
「バーニングマンダラー!」
「スパークリングワイドプレッシャー!」
「シャインアクアイリュージョン!」
「!外にもセーラー戦士…!?っ……ドアノブダー!1人残らずやっつけてー!!」
「ドアノブ、やぶれかぶれー!!」
このユージアルの命に、ダイモーンが私達へと向かって突進して来た。しかし、ダイモーンが私達に攻撃を当てるよりも早く、ネプチューンがダイモーンに向かって技を放った。
「ディープ・サブマージ!」
「!?うわぁっ…!」
ネプチューンの攻撃を受け、後方へと吹き飛んだダイモーンを見て、ユージアルは不機嫌そうに言葉を発した。
「っ…もう、役に立たないわね…!」
「だから、戦いは向いてないんですよぉ…!!」
「セーラームーン、ダイモーンは任せた!」
「!うん…!」
私の言葉に頷き、ロッドを取り出したセーラームーンを見て、ダイモーンは焦ったようにユージアルを指して言った。
「こ、こいつからやっつけた方がいいっスよ!!」
「なっ…!?」
「喧しい!どっちも纏めて倒す!ユージアル!あんたの相手は私よ!!」
ダイモーンの言葉にそう返し、私はユージアルへと向かって行き、セーラームーンはダイモーンに向けて浄化技を放った。
「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!」
「あ……ラブリィイイイイ!」
「ちっ……ウィッチーズ・ユージアル・ファイアー・バスター!」
セーラームーンによりダイモーンが倒された事によって、入り口などを封鎖していた鉄板が消えたのを見て、ユージアルは慌てて車の中から何か機械のような物を取り出すと、それを私に向けて、機械に付いていた引き金を引いた。
「!シャイン・シールド!」
ユージアルが持っていたのは、俗に言う火炎放射器みたいなもので、炎が放たれた瞬間、私はユージアルに向かって行くのを止め、その場に止まるとシールドを張り、自分の身を守った。
「…!」
「「「!?」」」
「「シャイン…!!」」
シールドで防いでいるとは言え、ユージアルの攻撃を受ける私を見て、ウラヌスとネプチューンは焦ったような表情を見せ、すぐに私に駆け寄ろうと、足を一歩前に踏み出した。しかし、それに気付いたユージアルの一言に、ウラヌスとネプチューンはその足を止めざるを得なくなった。
「動かないで!一歩でも動いたら、そこに転がってるお嬢さん諸共、この子丸焼きにしちゃうわよ?さあ、一纏まりになりなさい!全員纏めて、あの世へ送ってあげるわ!!」
「っ…雑魚が、いい気になってんじゃないわよ…!」
そう言うと私はその場から飛び上がり、ユージアルの車の上へと着地した。
それに気付いたユージアルは、車の上に立つ私を見て、再びすぐに火炎放射器を向け、炎を放とうとするも、目を覚ました美奈の咄嗟の攻撃により、それは阻止された。
「きゃ…っ!何…!?」
「ヴィーナス・スターパワー!メイクアップ!」
驚いた表情で自分を見るユージアルを余所に、美奈は変身アイテムを取り出すと、それを掲げ、変身スペルを口にした。
そして変身を終えた美奈を見て、ユージアルは今日何度目かの驚愕の表情を見せた。
「なっ……ぜ、全員セーラー戦士だったの!?」
「ヴィーナス・ラブ・ミー・チェーン!」
そんな驚くユージアルを余所に、ヴィーナスはユージアルの持っていた火炎放射器に向かって技を放った。そしてそれは見事命中し、ユージアルの火炎放射器は壊れた。
「あ……っ…くそー!覚えてらっしゃい!正体は見ちゃったんだからね!!」
ユージアルは私達にそう言い残すと、慌てて車に乗り込み、逃げて行った。
―――――
ユージアルが立ち去ってすぐに、私はウラヌスとネプチューンの側に行くと、2人に声を掛け、さっさとその場を立ち去るべく、セーラームーン達に背を向けた。
「……ウラヌス、ネプチューン。」
私の言葉に、ウラヌスとネプチューンも私の後に続き、地下駐車場を後にしようと歩き始めたところで、それに気付いたセーラームーンが、私達を呼び止めた。
「待って!!はるかさん、みちるさん、夏希ちゃん!!」
「「「え…?」」」
セーラームーンの言葉に、私達は一度立ち止まり、振り返る事なく、彼女の言葉へと耳を傾けた。
「ねぇ、教えて?あなた達の本当の目的は何?どうして人の命と引き換えにしてまで、タリスマンを手に入れようとするの?」
セーラームーンのこの言葉に、ウラヌス、ネプチューンが冷たい声で彼女達に言い放った。
「余計な詮索はするな。」
「深入りしない方がよくってよ?」
そんな2人の声に負けず、セーラームーンが再び私達に声を掛けようと、口を開いた。
「っ…でも…!」
「うさぎ…前に言ったでしょ?この世界に沈黙が迫ってるって…。その沈黙から世界を救うには、どうしてもタリスマンが必要だって…」
「だけど…皆で力を合わせれば……っ!」
「くどい!」
「っ……」
尚も私達を説得しようとするセーラームーンに、ウラヌスが声を上げた。その声に驚き、畏縮したのか、セーラームーンは口を閉じた。
「……ごめんね、うさぎ…」
私は少しだけ振り返り、うさぎにそう言い残すと、ウラヌス、ネプチューンの2人を連れ、その場を後にした。
―――――
あれから暫く経ち、変身を解いた私達は、はるかの車に乗って、夜の海までドライブに来ていた。
「……正体がバレてしまったな…」
路肩に停めた車に寄り掛かり、潮風を浴びながら、夜の海を静かに眺めていたはるかが、突然ポツリと言葉を漏らした。
「…あの時変身したのは、軽率だったかな…?」
そんなはるかの言葉に、私は隣にいたはるかの顔を見上げると、彼に向かって問い掛けた。
「…あの時、うさぎ達の前で変身した事、後悔してる…?」
「…どうかな…」
はるかは私の問いに、小さく笑みを零し、そう答えた。そんなはるかを見て、私はみちるにも同じ質問を投げ掛けた。
「みちるは?あの時変身した事、後悔してる?」
「…いいえ…私は、後悔してないわ…。そうしなければ、私達助からなかったし…。それに…」
「それに…?」
「あの子達、助けてあげたかった…」
そう言って、夜の海を見つめながら微笑むみちるに、私も小さく笑みを浮かべ、彼女の言葉に同意した。
「そうだね…。…皆が無事でよかった…」
私はそう言葉を漏らすと、潮風を感じながら、大切な友人達を思い浮かべ、空に浮かぶ真っ白な月を見上げた。
to be continued...