- 美術教室
- 夏休みに入って早数週間が経ち、8月に入った。今日も絵に描いたような雲ひとつない青空に、私の星である太陽が、その存在をキラキラと輝かせていた。
「夏希、しっかり掴まってろよ?」
「うん!」
そんな気持ちのいい晴天のある日、私ははるかのバイクの後ろに乗り、彼の腰にしっかり腕を回すと、はるかと共に、みちるの通う美術教室へと向かった。
「はるか、みちるの所に行く前に、この近辺1周してくれない?」
「それは別に構わないけど…どうした?」
「微かだけど、この辺一帯、嫌な気が流れてるから…」
「!ユージアルか…!?」
「わかんないけど…それを確かめる為にも、みちるの所に行く前に、この近辺を見て回りたいの。」
「わかった。」
はるかは私の声に頷くと、美術教室の前を通り過ぎ、私達は美術教室の半径1q圏内を見て回った。
それから暫くして見回りを終え、特に変わった様子がないのを確認した私達は、当初の予定通り、みちるの通う美術教室へとやって来た。
「(何の異常も、ユージアルが近くにいる気配すらない…)まだ動き出してないか、私がただ気配に敏感になり過ぎてるだけなのか…どっちなんだろ…」
バイクを降りた私は、ヘルメットを脱ぐと、太陽を見上げながら、小さくそんな事を呟いた。そんな私の独り言に、同じくバイクを降り、ヘルメットを脱いだはるかが言葉を返して来た。
「…僕は出来れば、後者であって欲しいな…。たまには、のんびりと休日を過ごしたい。もちろん、夏希と一緒にね…」
「…そうだね…」
そう口元に小さく笑みを浮かべて言うはるかに、私も笑みを浮かべ、同意の言葉を返した。
「そろそろ行こう…みちるが待ってる。」
「うん!」
そう言って、はるかは自然な流れで私の手を取ると、その手を引き、みちるのいる教室まで向かった。
「みちる!」
「あら、遅かったわね。デートでもして来たのかしら?」
教室に入り、みちると合流した私とはるかは、みちるのそんな問い掛けに小さく苦笑を漏らしながら答えた。
「だったらよかったんだけど…」
「夏希が、この辺一帯に、嫌な気を感じるって言うから、ちょっとこの近辺を見回って来たんだ…」
みちるにそう説明しながらも、はるかは私を連れて窓際へ移動すると、窓枠の空いているスペースに腰を下ろした。
「それで、何か見付かったの?」
「ううん、何も…。微かに嫌な気を感じるって事以外は、平和そのものって感じだった。」
私もみちるの問いにそう答えながら、はるかの隣に腰を下ろし、彼女の描く絵を見つめた。
「そう……ただの杞憂に終わればいいけれど…」
「あぁ……だが、それが杞憂だとわかるまでは、用心しておいた方がいいな…」
はるかの言葉に、私とみちるが頷いたその時、私達が今いる教室の隣の教室から、悲鳴と共に、何かの破壊音が聞こえた。
「……どうやら、杞憂には終わらなかったみたいだな…」
「そうね…残念だけれど…」
「2人とも、変身よ!」
私の言葉に2人は頷くと、リップロッドを取り出し、それぞれ変身スペルを口にした。
「ウラヌス・プラネットパワー!メイクアップ!」
「ネプチューン・プラネットパワー!メイクアップ!」
私も2人の後に続き、左手を高く掲げると、己の変身スペルを叫んだ。
「ブライトイノセンスパワー!メイクアップ!」
それから、変身を終えた私達は、窓を開け、そこから外へと出ると、急いで隣の教室へと向かった。
―――――
私達が滅茶苦茶になった隣の教室に行くと、既に抜き出されていた心の結晶を、ユージアルが手にした所だった。
「今度こそタリスマンに違いない…」
「それはどうかな…!」
「!?お前達は…!」
「新たな時代に誘われて、セーラーウラヌス!華麗に活躍!」
「同じく、セーラーネプチューン!優雅に活躍!」
「同じく、セーラーシャイン!優美に活躍!」
「ちっ、またお前達か!ええい…!邪魔はさせない!出でよ、ダイモーン!!」
ユージアルのその一言に、車のトランクが開き、中にあった箱が開き、そこからダイモーンが現れたその時、一瞬隙を見せたユージアルに、ちびうさちゃんが飛び掛かって行き、ユージアルの腕に噛み付くと、ユージアルの手から心の結晶を奪った。
「痛っ!な、何て野蛮な事を…!」
「あたしの大事な正紀くんの心は、誰にも渡さないわ!!」
大事そうに心の結晶を抱え、ユージアルに向かってそう叫ぶ小さな勇敢な少女に、私達は小さく口元に笑みを浮かべた。
「まあ…」
「へー…やるじゃん、あのちびちゃん。色んな意味でね…」
「本当…。…でも、それとこれとは話が別…!」
私はユージアルとちびうさちゃんが睨み合っている隙を付いて、彼女から心の結晶を奪い取り、それをウラヌス、ネプチューンの2人に見せた。
「どう?」
「…違うな。タリスマンじゃない。」
「そっか…」
「こらー!正紀くんの心の結晶を返しなさいよ!!」
「安心なさい、おちびちゃん。すぐ返すわ。」
「これもタリスマンじゃなかったからな…」
「ほら、早く戻してあげて…?」
私はちびうさちゃんに向かって微笑んでそう言うと、彼女に向かってそっと心の結晶を投げた。
「っ……後は頼んだわよ!チョーコッカー!」
私達の言葉を聞いたユージアルは、悔しそうな表情を浮かべると、ダイモーンにそう言い残し、早々に引き揚げて行った。
そしてダイモーンは、そんなユージアルの命に従い、私達に視線を向けると、すぐに攻撃を仕掛けて来た。
「チョーコッカー!」
「「「!」」」
私達は何とかその攻撃を避け、私は少し離れた所に着地したウラヌス、ネプチューンの2人に声を掛けた。
「ウラヌス、ネプチューン!ここじゃ、関係ない人達まで巻き込んじゃう!」
「確かに…ここで戦うのは不利だ…!」
「そのようね…」
「ダイモーン!!」
「僕達を倒したいのなら!」
「私達の後を追ってらっしゃい!」
私達はダイモーンに向かってそう声を掛けると、ユージアルが破壊した窓から教室を出て、美術教室近くの、あまり人が来ない公園に向かって走り出した。
「!待てチョー!!」
―――――
それから少しして、上手くダイモーンを連れ出す事に成功した私達は、互いの顔を見て、次の行動を確認すると、一斉に飛び上がった。
「チョ!?どこだ!?」
「ここだ!はぁ…っ!」
キョロキョロと私達の姿を探すダイモーンにそう言うと、ウラヌスは立っていた木の上から、ダイモーンへと向かって飛び蹴りを繰り出した。
ダイモーンは突然の事に反応し切れず、ウラヌスの飛び蹴りをまともに食らい、後方にあった砂場へと蹴り飛ばされた。
それを見た私とネプチューンも、木の上から下へと下り、ウラヌスの元へと向かった。
「やれやれ…手応えのない奴だ…」
ウラヌスは砂遊びをしているダイモーンを見下ろしながら、面白くなさそうな声で、小さくそう呟いたその時、ダイモーンが砂で作っていた人形のようなものが、巨大化し、ウラヌスに襲い掛かった。
「作品001、殺戮の彼方に…行け!芸術は突撃だ!」
「何…っ!?」
「「ウラヌス…!!」」
油断していたせいか、ウラヌスはダイモーンの作った砂の人形の勢いに押され、砂の人形と共に、林の中へと姿を消した。
私達がウラヌスの心配をする間にも、ダイモーンは砂遊びを続け、また新たな砂の人形が作り出された。
「作品002、静寂の野望!」
「ちょ、ちょっと…もっとわかりやすい作品にして欲しいわ…」
「芸術は前衛よ!」
「!ネプチューン!!」
ネプチューンは迫り来る砂の人形の攻撃を何とか避け、ウラヌスと同じく背後にあった林のへと逃げ込んだ。
「くそ…っ…!」
私はおかしそうに笑うダイモーンを睨み付け、攻撃を仕掛けようと構えを取ったその時、ダイモーンの背後にあった滑り台の上に、2つの陰が現れた。
「真性な芸術の心を邪悪な魔の手で踏み躙り!」
「あまつさえ、大事な正紀くんを危ない目に遭わせるなんて許せない!!」
「愛と正義の、セーラー服美少女戦士!セーラームーン!月に代わって、お仕置きよ!」
「同じく、未来の月に代わって、お仕置きよ!」
「!セーラームーンに、セーラーちびムーン!!」
突然現れた2つの陰に、私とダイモーンは驚きの表情を見せ、滑り台の上に立つセーラームーン達を見上げた。
「「ダブルセーラームーンキーック!」」
「!チョー!」
セーラームーン達は、勢いよくダイモーンに向かって飛び蹴りを繰り出すが、少し間があり過ぎたせいか、ダイモーンはハンガーのようなものを取り出し、それを軽く投げると、自分の前に小さな別空間のようなものを作り、セーラームーン達の攻撃を防いだ。
「「うわぁあああ!」」
「!セーラームーン!セーラーちびムーン!!」
「はははっ!そのまま潰れてしまえ!!」
ダイモーンが作ったその空間の中は、重力の圧がおかしくなっているのか、セーラームーンとセーラーちびムーンは、押し潰されそうになっていた。
「そうはさせるもんですか…!シャインフレイム・レイザー!」
私はすぐにロッド取り出すと、この空間を作り出している、ダイモーンが先程投げたハンガーのようなものを狙い、技を放った。
そして私の放った技は見事命中し、セーラームーン達はダイモーンの攻撃から解放され、それを見たダイモーンは顔色を変えた。
「!しまった…!」
「はぁ……助かった…」
「本当…」
「「シャイン!」」
「ウラヌス!ネプチューン!」
そして私がセーラームーン達を助けたその時、砂の人形の相手をしていたウラヌスとネプチューンが無傷でこの場に戻って来た。
「心配掛けたな…」
「ごめんなさい、シャイン…」
「ううん…無事でよかった…!」
「!私の作品が…っ…」
無傷で私の元へと戻って来たウラヌス、ネプチューンの2人を見て、ダイモーンは更に動揺を隠せないようだった。
「さあ、覚悟するんだな…」
「あなたも実は、水に弱いんでしょ!」
「!!」
「ディープ・サブマージ!」
「うわぁあああああ!っ……水に溶けない粘土にしておけばよかったチョ…」
水属性のネプチューンの攻撃を食らい、粘土質だったらしいダイモーンの体は水に溶け、ダイモーンは弱り果てていた。
「シャイン、セーラームーン、仕上げは頼んだぜ。」
「わかってるわよ!」
「OK、任せて…!」
ウラヌスの言葉にセーラームーンは立ち上がると、ロッドを取り出し、ダイモーンに向かって技を放った。
「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!」
「シャイン・ハート・キュア・エイド!」
セーラームーンに続き、私もダイモーンに向かって浄化技を放ち、それをまともに食らったダイモーンは、その姿を留めておく事が出来ず、元の彫刻刀へと戻った。
「ふぅ……さてと、ダイモーンも片付いた事だし、ウラヌス、ネプチューン、戻りましょ。」
「ええ、そうね…」
「また会おうな、御両人。」
「じゃあね!」
私達は2人にそう言い残すと、颯爽とその場を立ち去った。
あれから美術教室の元の部屋に戻った私達は、変身を解くと、ユージアルが攻めて来る前の位置にそれぞれ戻った。
ただ1つ変わった事があるとしたら、私の座ってる位置が、はるかの隣から、はるかの膝の上になったって事だけ…
「やっとゆっくり出来るな…」
「だね…」
そう言って私の腰に腕を回し、私を後ろから抱きしめ呟いたはるかに、私は寄り掛かり、そっとその頬に口付けた。
「ん……珍しいな、夏希がキスしてくれるなんて…」
「…無傷で戻って来た御褒美。」
「…心配した…?」
「当たり前でしょ!?やられる事はないだろうけど……それでも、怪我でもしたら…どうしようって…」
そこまで言って俯いてしまった私を見て、はるかは私をきつく抱きしめ、耳元で小さく謝った。
「ごめん……」
「…ダメ…許さない。」
「どうしたら許してくれる…?」
「……もう戦闘中に油断しないって、私の目見て誓って…」
この私の言葉に、はるかはじっと私の目を見つめ、誓いの言葉を口にした。
「もう戦闘中に油断しない。隙も、そう言う作戦の時以外は作らないよ…」
「…約束出来る…?」
「あぁ…約束するよ…」
そう言うとはるかは、いつもの事とは言え、みちるがいるのにも関わらず、私を抱きしめたまま、日光が差し込む窓の下でそっと私に口付けた。
「(全く…本当、しょうがない人達ね…)」
to be continued...