- 新たな敵
- 7月某日、長い長い梅雨も先日漸く明け、私達の住んでいる街にも、いよいよ本格的に夏がやって来た。
そんな夏のある日、私はみちる宅で、彼女が私の為に用意した浴衣を着付けてもらっていた。
私が何故、そんな事をしているかと言うと、今日と明日の2日間、街の中心部で催される十番祭りに、はるか、みちるの2人と、浴衣を着て一緒に行こうって約束をしてたから。
「さ、出来たわよ。」
みちるのこの一言に、私は姿見の前へと移動し、どんな風に仕上がったのかをその目で確認する。
そして姿見の前に立った私の目に映ったのは、髪を可愛らしく、涼しげにアップにし、白地に薄紫の花の絵が散りばめられた浴衣を身に纏い、ほんのり涼しげなメイクをした私の姿…
そんな、いつもの自分とは全然違う姿に、私は小さく感嘆の声を漏らした。
「はー……私じゃないみたい…」
「ふふ…その浴衣も、髪型も、夏希にとてもよく似合ってるわ…」
私はそう言って私の隣に立ち、同じく浴衣を身に纏い、髪をアップにしたみちるの言葉に、少しだけ照れたような表情を見せ、お礼を言った。
「…ありがとう、みちる!」
「どういたしまして…さ、そろそろ出ましょう?はるかが迎えに来る頃だわ。」
「うん!」
私はその言葉に頷くと、みちると一緒に彼女の部屋を出た。それから少ししてマンションの外へと出た私達は、タイミング良く迎えに現れたはるかの車に乗り、会場近くの駐車場へと向かった。
「確か、夏希の浴衣、みちるが用意したんだよな?」
「ええ…夏希によく似合ってるでしょ?」
「あぁ…夏希はいつも可愛いけど、今日はまた一段と可愛くて、綺麗だ…」
私の隣で、浴衣を着崩す事なく、器用に運転しながらはるかが発したこの言葉に、私は耳まで真っ赤に染め上げ、照れや恥ずかしさから顔を俯かせた。
そんな私を横目で見たはるかは、小さく笑いを零し、私に問い掛ける。
「何だ…照れてるのか?」
「だ、だって、はるかが…!」
「僕が?」
「あ、あんな事…か、可愛い、とか…き、綺麗、だとか……言うから…」
何度も吃りながらそう言う私に、はるかとみちるはクスクスと笑いを漏らすと、再び可愛い…なんて呟いてた。
私達がそんなやり取りをしている間に目的地に着いた私達は、はるかが車を停めるのを待ってから、3人で車を降りた。
「夏希」
「ん…?」
「手……人混みで逸れたりしたら、まずいだろ?」
そう言って私に向かって手を差し出すはるかに、私は微かに頬を染めながらも、手を繋いで、はるかと一緒にお祭りを回れると言う嬉しさから、素直に彼の手を取った。
そしてはるかは、私の指と自分の指をしっかり絡め、手を握ると、私の手を引き、ゆっくりとお祭りへと向かった。
それから少しして、祭り会場の入り口に着いた私は、本日二度目の感嘆の声を上げた。
「わー…っ……すっごーい!」
まだ会場の入り口に着いただけだと言うのに、あまりにも無邪気にはしゃぐ私を見て、はるかはおかしそうに小さく笑みを零した。
「何だ、初めて祭りに来た子供みたいな反応だな…」
「だって、私お祭り来たの初めてだもん。」
私のこの言葉に、私を挟むようにして立っていた2人は、驚きの表情を見せた。
「…今まで、一度も来た事ないの…?」
「うん。ほら、私、小さい頃に両親亡くしたって言ったでしょ?それでさ、遺産狙いの奴らに、昔はよく狙われたりしてたから…あんまり屋敷の外には出してもらえなかったんだよね…。…それに、バカにされたくなくて、必死に勉強したり、自分の身くらい自分で守れるようにって、朝から晩までずっと武道の鍛錬したりしてたから…遊んでる暇も、遊んでくれる友達もいなくって…」
私は苦笑を漏らしつつ、2人にそう話した。そんな私の言葉に、はるかとみちるは切なそうな表情を浮かべ、私を見つめた。
そんな2人の視線に気付いた私は、2人に向かって微笑み、口を開いた。
「だからね、今こうして、はるかやみちると一緒にお祭りに来られて、すっごく嬉しいんだ!」
「「夏希…」」
「今日は、いっぱい美味しい物食べて、いっぱい遊んで、お祭り楽しもうね!」
「…あぁ、そうだな…」
「そうね…夏希の気の済むまで、ゆっくりとお祭りを楽しみましょ?」
私はみちるのこの言葉に、満面の笑みを浮かべ、彼女にお礼を言うと、今度は私がはるかの手を引き、会場の中へと足を踏み入れた。
―――――
会場に足を踏み入れて数分、私達は色んな店をゆっくりと回りながら、最奥部にある物見櫓を目指し、歩みを進めた。
その途中、何かに気付いたみちるが、小さく声を漏らす。
「!あら…」
「みちる…?どうしたの?」
「ふふ…あれ、うさぎ達じゃないかしら?」
彼女のその言葉に、私とはるかは彼女の指し示す方へと視線を向けた。
「あ、本当だ…」
「行ってみるか?」
「うん!」
はるかのその問い掛けに頷くと、はるかは私の手を引き、うさぎ達の元へと向かってゆっくり歩き出した。
「うさぎ!」
「ん?」
私の呼び掛けにこちらに振り向いたうさぎは、私達の姿を目に捉えると、驚いた表情を見せた。
「!夏希ちゃん!それに、はるかさんとみちるさんも…!」
「「「こんばんわ」」」
「何だ、皆でアルバイトか?」
「え?まあ……あ、そうだ!3人とも、金魚すくいどうですか?金魚すくい!」
私達3人に近付いて、そう訪ねて来るうさぎに、私達は互いの顔を見合わせると小さく笑った。
「そうね…それじゃ、ちょっとだけ。」
「そうだな…夏希、やってみるか?」
「うん!」
私の言葉にはるかとみちるは微笑むと、テントを潜り、亜美に1回分のお金を渡し、まことからラケットみたいな形をしたプラスチックの棒に、紙が貼られている謎の物体を受け取った。
そしてそれを受け取った私は、暫くじっとその謎の物体を見つめた後、隣にいたはるかへと視線を向けた。
「……ねぇ、はるか…これ、何…?」
「金魚をすくう道具。ポイって言うんだ。」
「え!?これで金魚すくうの!?」
「そうよ?何だと思ってたの?」
「いや、それがわかんないから聞いたんだけど……」
私達のこの会話に、うさぎ達がキョトンとした顔で、私達を3人を見た。そして美奈が、私にある事を尋ねて来た。
「…ねぇ、夏希ちゃん…。もしかして夏希ちゃん、金魚すくいした事ないの…?」
「え?うん、ないよ…?お祭り来たの、今日が生まれて初めてだもん。」
私のこの言葉に、はるかとみちるの2人以外が、一斉に驚愕の声を上げた。
「「「「えぇえええ!?初めて!?」」」」
「え……そんな驚く事なの…?」
「「「「そりゃ、驚くわよ!」」」」
私は彼女達の勢いに苦笑を漏らした。はるかとみちるの2人も、私を挟んでクスクスと小さく笑いを零した。
「…夏希はこう見えても、正真正銘のお譲様だからな…」
「パーティーや舞踏会に足を運ぶ事はあっても、今までこう言った場所には、来る機会がなかったのよ…ね、夏希?」
「え?あ、うん…!」
「へー……そっか…」
私は2人の機転のおかげで、私の、日向夏希としての過去を、下手にごちゃごちゃと説明せずに済んだ。
「…で、金魚はすくわないのか?」
「……どうやってすくったらいい…?」
「こうするんだ…」
そう言うとはるかは私の背に腕を回し、私の両手にそれぞれ自分の手を添えると、私の手を掴んだままそっと動かし、目の前にいた金魚を1匹すくった。
「おぉっ…すごい!金魚すくえた!」
自分1人ですくったわけじゃないけど、それでも紙を破かずに金魚をすくえた事が嬉しくて、私は無邪気に笑い、喜んだ。
そんな私を見て、皆は口元に小さく笑みを浮かべ、金魚をすくって喜ぶ私を、微笑ましそうに見つめた。
それから私とはるかが一緒にすくった金魚を、まことに小さな袋に入れてもらい、私はそれ受け取った。
「はい、夏希ちゃん。」
「ありがとう、まこと!えへへ…」
「よかったな、夏希…」
「うん!」
「それじゃ、そろそろ次へ行きましょう?他にもまだたくさん見て回るんでしょ?」
「そうだね…!それじゃ、皆、店番頑張ってね!」
私は金魚を持っている手とは反対の手を、再びはるかと指を絡ませて繋ぐと、次の出店へと向かって歩き始めた。
―――――
あれから私達は、はるかが言っていたお祭りの定番と言えば、と言う出店を中心に、色んな出店を見て回った。
「はぁー……さすがに人多いから、ちょっと疲れちゃった…」
「そうね…どこか静かな場所で、少し休みましょうか。」
「そうするか。大量に買って来た物も、食べなきゃいけないしな…」
「んじゃ、どこかに座って、ご飯にしよ?」
私のこの提案に2人は頷くと、出店の並ぶ通りから外れ、少し歩いた所にあったベンチに私を挟んで腰を下ろすと、はるかは買って来た物を持っていた袋から出そうとして、その手を止めた。
「?はるか…?」
「…風が騒ぎ始めた…」
「!!」
はるかのその言葉とほぼ同時に、一瞬にしてこの場に漂っていた妖気の濃度が濃くなった。
「はるか、みちる!」
2人は私の言葉に頷くと、懐から変身アイテムであるリップロッドを取り出し、それを高く掲げ、変身スペルを口にした。
「ウラヌス・プラネットパワー!メイクアップ!」
「ネプチューン・プラネットパワー!メイクアップ!」
そして私も2人の後に続き、ブレスレットをしている左手を空に掲げると、変身スペルを口にした。
「ブライトイノセンスパワー!メイクアップ!」
そして変身を終えた私達は、妖気の発信源、一番妖気の濃度が高いと感じられる場所へと急いだ。
「!いた…!」
「…ついこの間、カオリナイトを倒したばかりだと言うのに…」
「また新しい奴が出て来たな…」
「そんな事より、あいつらが油断してる今の内に…!」
私のこの言葉に、ウラヌス、ネプチューンの2人は頷き、私達はピュアな心の確認へと向かった。
「ウラヌス、ネプチューン、心の結晶はど…」
「誰だ、貴様ら!?」
私が、ウラヌス、ネプチューンの2人に、このピュアな心がタリスマンかどうかの確認の声を掛けようとしたその時、私の言葉を遮り、新たに現れた敵、ユージアルが私の言葉を遮り、そんな言葉を発して来た。
「っ…あんたねぇ…!人に名前を聞く時は、自分から名乗るのが筋ってもんでしょ…!!」
「さっき名乗ったのを聞いていなかったのか!?ちっ…仕方ない……私は、Witches5のユージアル!さあ、私は名乗ったぞ!貴様達は誰だ…!?」
「仕方ないなー……新たな時代に誘われて、セーラーシャイン!優美に活躍!」
「同じく、セーラーウラヌス!華麗に活躍!」
「同じく、セーラーネプチューンですわ。」
「さて、名乗り終わった所で改めて……ウラヌス、ネプチューン、心の結晶の方はどう?」
私のこの問い掛けに、ネプチューンが抜き出されたピュアの心を手に取り、それを調べた。
「!こら!私の結晶に勝手に触るな!!」
ネプチューンのその行動を見て、文句を言うユージアルに、ウラヌスは視線を向け、落ち着いた声で言った。
「…せっかくの初陣なのに、失敗に終わりそうだな。」
「何!?」
「お生憎様、これはタリスマンじゃありませんわ。」
ユージアルに向かってネプチューンはそう言うと、心の結晶を持ち主の中にそっと返した。
「っ…くそ…!ソイヤ!後は任せたわよ!!」
ネプチューンの言葉に、ユージアルはダイモーンにこの場を任せると、早々にこの場から立ち去った。
「さて…それじゃ、用は済んだし、私達も行こっか。」
「あら、今日は助けてあげなくていいの?」
「今日はいいの!あれくらいなら、あの子達だけでも何とか出来るレベルでしょ?」
「それに、そういつも助けたんじゃ、サービスが良過ぎる…」
「…それもそうね…」
「ね、早く戻ろ?お腹空いちゃった…」
「そうだな…早く戻って、食事にしよう…」
私の言葉にウラヌスとネプチューンは小さく笑うと、先に歩き出した私の後を追い、その場を後にした。
―――――
あれから変身を解き、元いた場所に戻った私達は、たこ焼きやら、お好み焼きやら…出店で買ったたくさんの食べ物を、3人で全て綺麗に平らげた。ま、とは言っても、そのほとんどを食べたのは私で、はるかとみちるは、炭水化物の連続コンボに、早々にギブアップしてた。
「はー……美味しかった!」
「満足したか?」
「うん!」
「それじゃ、そろそろ櫓の所に行きましょ?和太鼓の演奏が始まるわ。」
みちるの言葉に、私達はベンチから立ち上がると、会場の最奥部に立つ、物見櫓のある場所へと向かった。
それから少しして、最奥部に辿り着いた私達の目に、再びよく見知った顔が映った。
「あ、うさぎ!」
私の声に気付いたうさぎは、櫓の方から私達の方へと視線を移した。
「!夏希ちゃん!」
「また会ったわね。」
「どうも…」
うさぎは私達の登場に驚いた顔をしながらも、私達に返事を返してくれた。そんな時、うさぎにおぶられた少女の顔を見たはるかが、うさぎに疑問を投げ掛けた。
「あれ…その子、お団子頭に似てないか?」
うさぎと、うさぎにおぶられていた少女は、はるかの言葉に、首を左右に思いっきり振り、その言葉を否定した。
「!ぜ、全然似てません!単なる、いとこなんです…」
「へー…そっか!うさぎに、そんな可愛いいとこがいたなんて知らなかった。」
彼女の言葉に、私がそう言いながら微笑んだその時、レイの声が会場に響き渡り、私達は櫓の上へと視線を移した。
「皆さーん!それではこれから、遠野摩弥さんの和太鼓を始めたいと思います。遠野さん、よろしくお願いします!」
レイのこの一言により、和太鼓の演奏が始まった。
「…力強くて、いい音だね…」
「そうね…この太鼓の音を通じて、彼女の和太鼓に懸ける情熱が伝わって来るわ…」
「うん……ね、来年もまた、浴衣着て、3人で一緒にお祭り行こうね…?」
私は、私を挟むように両隣りに立つはるかとみちるの2人に視線を向け、そう言葉を掛けた。
そしてそんな私の言葉に、はるかとみちるの2人は口元に小さく笑みを浮かべると、優しい眼差しで私を見つめ、微笑んだ。
「あぁ、そうだな…」
「来年もまた、3人で一緒に、ね…」
私は2人の返事を聞き、満足気に微笑むと、はるかとみちるの手をそっと握り、静かに和太鼓の演奏へと耳を傾けた。
to be continued...