- 喧 嘩(2/2)
- 衛さんと別れ、走り出して数分後、走りで私がはるかに敵うはずもなく、遂に私ははるかに腕を掴まれ、そのまま路地裏へと連れて行かれると、彼の腕の中へと閉じ込められた。
「やだ…っ…離して!!」
「離さない…っ!」
私はさっきまでの素直さとは裏腹に、本当は抱きしめられて、はるかが追い掛けて来てくれた事が嬉しくて堪らないくせに、さっき大嫌いだと言ってしまった手前、素直になる事も出来ず、可愛げもなくはるかに抵抗してみせた。
しかし、そんな私の抵抗を物ともせず、はるかは私を抱きしめる腕の力を強めると、はるかには珍しく、今にも泣きそうな弱々しい声で私に言った。
「離さない……離れたくないんだ…っ…!」
「っ…何で…?何で、はるか…そんな泣きそうな声なの…?泣きたいのは、こっちの方なのに…っ!」
「ごめん…ごめん、夏希……傷付けて…泣かせて、ごめん…」
私は今にも泣きそうな声で何度も謝るはるかに、せっかく落ち着いた涙が、再び零れ始めた。そのせいか、感情が高まり、思ってもいない言葉が、次々と私の口を通じて外へと出て来た。
「…っ…何よ…もう、放っといてよ……私の代わりなんて、いくらでもいるんでしょ…?」
「夏希の代わりなんていない…っ!僕には!僕には…っ…夏希が全てなんだ…」
「そんなの嘘よ…!っ…私の目の前でだって、平気で他の女の子、口説く癖に…っ」
「もうしない!例え冗談でも、もう誰にも、声を掛けたりしないよ…癖も直す…」
「嘘…」
「嘘じゃない!…夏希を失わずに済むのなら、どんな事だって、必ずやり遂げてみせる…」
そう言うとはるかは、私の額と自分の額を合わせ、至近距離でじっと私を見つめて来た。
「本当に夏希だけを愛してるんだ……この気持ちに、嘘偽りはない…。だから、頼むから…別れるなんて、嫌いだなんて言わないでくれ…僕には、夏希が必要なんだ…」
「!はるか…」
そう言うはるかの目には、微かに涙の幕が張っていて、この瞬間、私は頭に血が上り、咄嗟に放ってしまった自分の言葉で、誰よりも大切で、大好きな彼を深く傷付けてしまった事を知った。
「……本当にもう、他の女の子に声掛けたりしない…?」
「しない。約束するよ……今回ので、さすがの僕も懲りた…」
「…じゃあもし、その約束をはるかが破ったら…?」
「その時は、煮るなり焼くなり、夏希の好きにしたらいい…」
「その言葉に嘘偽りは…?」
「ないよ…」
「……じゃあ、さっきの言葉…撤回してあげる…」
「ありがとう、夏希…」
私の言葉に、はるかは漸くいつも私だけに見せる、優しい笑みを浮かべた。そして額を離すと、私の涙をそっと指で拭い、頬を優しく撫でた。
「愛してる…」
「…知ってる…さっきも聞いたから…」
私は何だか恥ずかしくて、はるかから視線を逸らし、再び可愛げもなくそうはるかに言葉を返した。しかし、私が照れているのがわかっているはるかは、小さく笑みを零すと、私にある事を問い掛けて来た。
「夏希…キス、してもいい…?」
「!?こ、ここで…!?」
「ダメか…?」
「ダメかって…ここ外だよ!?それに、まだ明るいし…!」
「でも、誰もいないだろ…?」
「いや、まあ…そうだけど…」
「夏希が僕のものだって、ちゃんと感じたいんだ…ダメか?」
そう言ってはるかは、再び私に同じ問いを投げ掛け、顔を目と鼻の先まで近付けて来た。
「……もうキスする気満々じゃない…」
「でも、まだ許可を貰ってないからちゃんと我慢してるだろ?」
「そんなの屁理屈…」
私はそう言うと、はるかの不意を突き、自ら彼にそっと口付けた。
「…不意打ちとか、卑怯だろ…」
「いつも不意打ちでして来る人が、何言ってんのよ…」
私の一瞬で離れたそれでも、滅多に私からしないキスに、はるかは珍しく顔を赤く染め、そんな照れた様を見せたくないのか、顔半分を手で覆い隠し、そんな事をポツリと呟いた。
―――――
あれから少しして、互いに落ち着きを取り戻した私達は、通信機でみちるに連絡を取り、みちるの居場所を確認すると、彼女の元へと向かった。
「みちる!」
「…どうやら、無事仲直りは出来たようね…」
暫くしてみちるの姿を見付けた私達は、2人仲良く手を繋ぎながら彼女の側まで駆け寄った。そんな私達2人を見て、みちるは口元に小さく笑みを浮かべ、ホッとしたような表情を見せた。
「あぁ…おかげ様で…」
「みちる、心配掛けてごめんね…?」
「いいのよ…無事でよかった…」
そう言うとみちるは、はるかから私を引き離し、私をギュッと抱きしめた。そんな彼女に、はるかは不満そうな顔を見せた。
「あ、おい、みちる!別に僕から夏希を引き離す必要はないだろう…!」
「夏希を泣かせた罰よ。少しくらい我慢なさい。」
みちるのこの言葉に、はるかは何も言い返せず、不満気な顔から、拗ねたような表情へと変えた。そんなはるかを見て、私とみちるはクスクスと小さく笑みを零した。
「はるか…」
「…何だ…?」
「大嫌いなんて言ってごめんね…?本当は、はるかの事大好きだよ?って、ちょっ…はるか!?」
私の言葉を聞いたはるかは、人が見ているのにも関わらず、街のど真ん中で私をきつく抱きしめた。
「僕も夏希が大好きだ…。誰よりも、何よりも、夏希が一番好きだ…愛してる…」
「…その言葉、嘘じゃないって、信じてるからね…?」
「あぁ…信じて……っ!」
はるかは言葉の途中で口を閉ざすと、空を見上げた。そんなはるかに、私は疑問の言葉を口にした。
「はるか…?」
「…風が騒ぎ出した…」
「!!」
「ここのすぐ近くだわ…」
みちるの言葉に、私達は妖気の元を探し、近くの電話ボックスの陰に身を隠し、商店街にある、とある店の様子を窺った。
「ここって、ガラス工芸店…?」
「!誰か出て来るぞ…!」
はるかのこの言葉に、私達は息を潜め、プレゼント用に綺麗に放送された包みを大事そうに抱え、店内から出て来た人物を目に捉え、驚きの表情を浮かべた。
「!あれは…!」
「衛さん…!!」
「しっ…もう1人出て来くるぞ…!」
その言葉のすぐ後に、はるかが言った通り、今度は赤い髪の女の人が店から出て来た。そしてプレゼントを大事そうに抱え走る衛さんの後姿を確認し、その場から一瞬にして消え去った。
「…今のは、確かにカオリナイト!」
「あぁ…今度のターゲットは、あいつかもな…」
「…あのババア…今度こそ始末してやる…!はるか、みちる、行こう!」
私の言葉に2人は頷くと、私達3人は裏路地へと入り、人目がない事を確認すると戦士の姿へと変身し、走り去った衛さんの後を追った。
―――――
あれから衛さんの後を追って来た私達は、商店街を抜けて少しした所にある、新設ビルの建設現場近くへとやって来た。
「妖気がどんどん濃くなってる…」
「あぁ…ダイモーンの出現が近いのかもしれないな…」
私の言葉に、ウラヌスがそう言葉を返したその時、衛さんとは反対の方向から、1人の少女が彼の名前を呼びながらやって来た。
「まもちゃーん!」
「!!この声は…!」
私はよく見知った人物の声に反応し、隠れているビルの陰から、その人物の姿を確認した。
「やっぱり、うさぎ…!」
「!海の荒れが激しくなったわ…!」
「っ…今回のターゲットは、あいつじゃなくて、お団子の方か…!」
「!うさぎ…!…っ……クソッ…!!」
私はウラヌスの言葉に、今すぐこの場から飛び出し、彼女を助けに行きたい衝動を、ビルの外壁を思いっきり殴る事で何とか抑えた。
「シャイン…」
「…辛いのはわかる…だけど、あれがもしタリスマンだったら…!」
「……わかってる…私なら、大丈夫だから…」
そう言って気情に振る舞い、ビルの陰からうさぎと衛さんの様子を窺う私に、ウラヌスとネプチューンは心配そうな視線を向けた。
その時、うさぎと衛さんを包む妖気が最高潮に達し、衛さんがうさぎへの誕生日プレゼントとして用意したガラスの靴は、その姿をダイモーンへと変化させた。
「!現れた…!」
「「!!」」
私の言葉に、ウラヌス、ネプチューンもビルの陰から少しだけ顔を覗かせ、その様子を窺った。
「お前の、その男を想うピュアな心を頂くシエンタ!」
「な、何これ…どう言う事!?」
「うさこ!!」
衛さんはダイモーンに掴まってしまったうさぎを助けようと、ダイモーンに向かって行くが、戦士でもない人間がダイモーンに敵うはずなんてなくて、衛さんはダイモーンに殴り飛ばされてしまった。
「まもちゃん!!」
「これで邪魔者はいなくなったシエンタ…!」
「っ…嫌…!離して…!!」
うさぎは衛さんを心配しながらも、必死にダイモーンに抵抗し、胸のブローチに手を伸ばすと、それをダイモーンに向け、腕を振り上げた。
しかし、それにいち早く気付いたダイモーンは、その手をすぐに叩き落とした。
「あんな物で殴ろうとするなんて、とんでもなく危険な奴シエンタ…!ふっ…!」
そしてダイモーンはうさぎの体を、うさぎの後ろにあったショーウインドウに中途半端に押し込むと、彼女から自由を奪った。
「!?な、何よこれ…!」
「これでもう抵抗は出来まシエンタ!」
「嫌…」
「安心シエンタ…ピュアな心を取り出すだけシエンタ」
そう言うとダイモーンはうさぎのピュアな心を取り出すべく、無抵抗な彼女に攻撃を開始した。
「っ…あぁああああ!!」
「…っ……」
私はダイモーンの攻撃により、苦しむ友人の姿を見て、再びその手の拳を強く握り締めた。
「…シャイン、本当に助けてあげなくていいの…?」
「っ…助けない……もしかしたら、うさぎが、タリスマンの持ち主かもしれないでしょ…?」
「そうだ…でも、シャイン…」
「あなたからは、もしそうだったらどうしよう…。違ってて欲しいって強い気持ちが感じられるのよ…」
「……だけど、私は世界を救うと言う使命を…諦めるわけにはいかない…っ…!!」
私がそう言葉を漏らしたその時、今まで見た事もないような強い輝きを放つ、うさぎのピュアな心の結晶が現れた。
「!何て強い輝きを放ってるの…」
「確かに…あんな輝き、見た事はない…」
「…まさか、本当にうさぎが、タリスマンの持ち主…?」
私達3人は、うさぎから取り出されたあまりにも強い輝きの結晶に、驚愕の表情を見せた。そんな中、ネプチューンが私に問い掛けて来た。
「…シャイン、どうするの?」
「っ…本当にあれがタリスマンなら、私達が頂くまで…!」
そう言って心の結晶を取りに出ようとした私の腕を、ネプチューンが掴み、私は元の場所へと引き戻された。
「そうじゃないわ!あれが本当にタリスマンなら、もうあの子に戻さないって事なのよ!?」
「…そうね…」
「それはつまり、お団子頭の死を意味するんだぞ…?本当に、後悔はしないか…?」
「…そんなの、後悔するに決まってるじゃない…!!でも、世界を救うのが、太陽系を守る事が!…私の戦士としての、太陽系のプリンセスとして与えられた使命なの!!どんなに辛い結果が待っていようとも、それでたくさんの人々の命が救われるのなら、私はやらなきゃいけないのよ…!!」
私は目に若干の涙を溜めながらも、強い意志を持った目でウラヌス、ネプチューンの2人にそう告げた。
「「シャイン…」」
「…やらなきゃ、いけないのよ…っ…」
顔を俯かせ震える私に、ウラヌスが手を伸ばしたその時、いつぞやの戦いの時のように、どこからか薔薇が一輪飛んで来て、うさぎを拘束していたガラスを割った。それと当時に、ダイモーンによって取り出されてしまったうさぎのピュアな心は、再び彼女の中へと戻って行った。
「「!あれは…!」」
「…タキシード、仮面…!」
突然現れたタキシード仮面は、ピュアな心を抜き取られた事により気を失っているうさぎを抱き抱えると、すぐにその場を飛び去った。
「!!ウラヌス、ネプチューン!急いで彼の後を追うわよ…!」
「「あぁ(ええ)!!」」
私は2人に声を掛けると、すぐに向かい側のビルの屋上へと飛び去って行ったタキシード仮面の後を追った。
―――――
「…あのビルか…」
「先回りして、地下の駐車場から侵入しましょ!」
私達は目を覚ましたうさぎが、タキシード仮面に連れられ入って行ったビルを確認すると、ビルの屋上から飛び降り下り、数件先にある、彼らが逃げ込んだビルに向かった。
そしてビルの前へと着いた私達は、地下駐車場の入り口からビルの中へと侵入し、柱の陰に身を隠しながら彼らがいないか辺りの様子を窺った。
「!いた…!」
「…囲まれてしまっているな…」
「…本当にいいの?シャイン…」
「…よくないけど…仕方ないのよ!私達の目的は、3つのタリスマンを揃え、聖杯を手に入れる事…!その為にはっ…その為には、多少の犠牲は…已むを得ない…」
「「……シャイン…」」
握った拳を震わせ、そう話す私を、ウラヌス、ネプチューンの2人は心配そうに見つめた。
そんな中、タキシード仮面はうさぎを守りながらダイモーンと戦い、何とか彼女が逃げ出す隙を作った。
「うさこ今だ!早く行け!!」
「は、はい!」
タキシード仮面の言葉に、うさぎは身を潜めていた車の陰から飛び出し、出口へと向かった。しかし、彼女の前にカオリナイトが姿を現し、彼女の行く道を塞いだ。
「!」
「どこにも逃がさないと言ったはずよ?」
「!うさこ!!」
「っ…どこを見てシエンタ!!お前の相手は私シエンタ!!」
「く…っ…!」
ダイモーンと戦いながらも、うさぎの心配をするタキシード仮面に、ダイモーンは攻撃の勢いを増した。それをタキシード仮面は何とか避けるも、体勢を崩し、その場に尻もちを付いてしまった。
「止めシエンタ!」
「!タキシード仮面様!!」
タキシード仮面はダイモーンの剣を、何とかギリギリのところで避けると、体勢を立て直し、再びダイモーンへと向かって行った。
「…っ…タキシード仮面様…!」
自分を守る為に戦うタキシード仮面を見つめながら、うさぎは心配そうな声を漏らした。そんな彼女に、カオリナイトはある物を懐から取り出すと、余裕のある笑みを浮かべながら彼女にそれ見せた。
「これを取り戻したくはないの…?」
「!そ、それは…!」
「要らないの?要らないんだったら、壊してしまおうかしら…」
その言葉と共に、カオリナイトは持っていた何かを地面に落とすと、慌ててそれを拾おうとするうさぎの目の前で、それを踏み付けた。
「!」
「大人しくピュアな心を奪われてしまいなさい…そうしないと、本当に壊しちゃうわよ…?」
「っ…やめてぇええええ!!」
目の前で大切な何かを踏み付けられ、壊されそうになったうさぎは叫んだ。そんな彼女の声に気付いたタキシード仮面は、ダイモーンの剣を叩き折ると、彼女の元に駆け寄ろうと走り出した。
「うさこ!」
「バカめ!」
ダイモーンはそんなタキシード仮面に向かってそう言うと、口からガラスの息を吐き出し、彼をガラスの中へと閉じ込めてしまった。
「!嘘…!」
「っ…うさこ…!」
「まもちゃん!!」
そしてガラスに閉じ込められてしまったタキシード仮面を目の前に、悲痛な声を上げるうさぎを、カオリナイトとダイモーンは嘲るように笑った。
to be continued...