- first kiss
- とある日の放課後、私、はるか、みちるの3人は、ゲームセンタークラウンの二階にある、喫茶店の方のクラウンでお茶をしていた。すると、突然隣の席から大きな声が発せられ、私達は驚きと共に視線を声のした方へと向けた。
「な、何事…?」
「さあ……ファーストキスがどうとか聞こえたけど…」
「…あら?隣の席にいるの、よく見たらうさぎじゃない?」
みちるのその言葉に、私とはるかは植物の隙間から、かなり失礼な事だとは思ったが、隣の席を覗き込んだ。
「「あ、本当だ…」」
そして見事に私とはるかの声が重なり、みちるはクスクスと笑いを漏らした。
「息ぴったりね…さすが、前世から結ばれていただけの事はあるわ。」
「当然だろ。な、夏希?」
「…私に同意を求めないでよ…」
私は微かに顔を赤く染め、照れを隠すかのように、コーヒーカップを両手で持つと、静かにコーヒーを飲んだ。その時、再び隣の席から、少し興奮交じりの、大きな声が聞こえた。
「ファーストキスは、本当に愛する人と!最高の時と場所で!それまでは、大切に取っておきたい……って思うのが当たり前でしょ!?」
そんなうさぎ達の会話を聞いて、はるかは小さく笑いを漏らした。そしてそのはるかの声に、漸く私達に気付いたうさぎが、こちらへと視線を向けた。
「はるかさん!みちるさん!夏希ちゃん!」
「?うさぎちゃん…知り合いなの…?」
「あ、うん!夏希ちゃんとは、同じクラスのお友達で…はるかさんとみちるさんは、夏希ちゃんを通じて仲良くなったの!」
「へー…」
うさぎと一緒にいた女の子は、私達へと視線を向けた。
「キスを夢見るなんて、可愛いね…」
そう小さく笑みを浮かべながら言ったはるかに、すかさずみちるが言葉を掛けた。
「あら、ロマンティックじゃない…。あなた方、世界で初めてのキスってご存知?」
みちるのこの言葉に、うさぎ達は静かに首を横に振った。
「世界で初めてキスをしたのは、アダムとイヴなんだよ?」
私の言葉に、はるかが続ける。
「キスと言っても、いろいろある…。手にするのは、尊敬のキス。額ならば、友情のキス。掌ならば、お願のキスなんだ…」
「へー…はるかさんって、物知りなのね!」
「15世紀のイタリアではね、若い男女がキスしたら、絶対に結婚しなければいけないと言われていたのよ…?」
「へー…厳しいんだ……」
みちるの言葉に、うさぎと一緒にいた少女は、そう言葉を漏らした。
「ファーストキス…。大切にしたいわね…」
「そうねー……って、私にはもう関係ない話だけど…」
私はそう言って苦笑を漏らした。
「え!?あなた、キスした事あるの!?」
「うん。もう何度も、この人に奪われてる…」
うさぎと一緒にいた少女の質問にそう答えると、隣にいたはるかを指差した。
「夏希の唇は、とても柔らかくて甘いんだ…。一度その果実に口付けると、病み付きになって…もう二度と、離れられなくなる…」
そう言ってはるかは、私の方に体を向けると、私の唇をそっと親指でなぞった。
「っ…ちょっ、はるか…!」
「出来る事なら、今すぐ触れたいな…。君のその唇に…」
「!……っ…」
はるかは私の耳元でそう囁き、ゆっくりと顔を近付けて来た。そんなはるかに、私は耳まで真っ赤に染め上げながらも、微かに抵抗してみせた。
「…はるか、これ以上夏希をからかうのはお止しなさい。いくら可愛いからって、少しやり過ぎよ?」
「…からかってるつもりはないんだけど…。ま、そうだな…この続きは、また今度ゆっくりする事にするよ。」
「(た、助かった……?)」
私から離れたはるかは、腕にしていた時計で時間を確認すると立ち上がった。
「そろそろ行くか…じゃあな、お団子頭。」
「御機嫌よう。」
「行くぞ、夏希…」
「あ、う、うん!それじゃ、うさぎ、また明日ね!」
私はうさぎにそう声を掛け、急いで席を立つと、はるかとみちるの後を追った。
喫茶店を出てすぐの所で、はるかとみちるは一度足を止め振り返ると、さっきまで自分達のいた喫茶店を見上げた。
「…ファーストキス、か…」
「あの子達、可愛くていいわね。」
「そうだね……でも、あの手の純粋な子は、ダイモーンに狙われやすい…」
「!……そうね、ピュアな心の持ち主…」
「注意しておかないとな…」
はるかの言葉に私達は頷くと、一旦その場を後にした。
―――――
あれから一度家に帰った私達は、余計な荷物を部屋に置き、制服から私服に着替えると、再びクラウンの前に集まり、先程喫茶店で見た女の子を張り始めた。
「…海が荒れ始めたわ。」
「わかってる。僕も感じた…」
「やはり、次のターゲットはあの子…」
彼女の回りを張り始めて数時間…彼女の回りに、妖気が集中し始めた。そして、それを敏感に感じ取ったはるかとみちるの言葉に、私は女の子の部屋を見上げた。
「(ファーストキスを夢見る、ピュアな心か…)…私には、そんなのなかったな…」
「夏希?」
「今、何か言ったか?」
私が小さくポツリと呟いた言葉に、はるかとみちるは首を傾げ、そう問い掛けて来た。私はそんな2人に向かって微笑み、少し間を開け答えた
「…ううん、何でもない!」
そう言って、私は再び少女の部屋を見上げた。その瞬間、少女の部屋から怪しい光が漏れると共に、妖気が最高潮に高まった。
「!2人とも、変身よ!」
私の言葉に2人は頷くと、それぞれリップロッドを取り出し、変身スペルを口にした。
「ウラヌス・プラネットパワー!メイクアップ!」
「ネプチューン・プラネットパワー!メイクアップ!」
「ブライトイノセンスパワー!メイクアップ!」
私も2人に続き、左手を空に掲げると、変身スペルを叫び、セーラーシャインへと変身した。
「タリスマンは頂いたゾウ!」
「あんたなんかに、渡しはしない!」
少女から奪ったピュアな心を片手に、高らかに笑うダイモーンに向かって私はそう叫ぶ。その声に私達の存在に気付いたダイモーンは、私達の方へと視線を向ける。
「!何者…!?」
「新たな時代に誘われて、セーラーウラヌス!華麗に活躍!」
「同じく、セーラーネプチューン!優雅に活躍!」
「同じく、セーラーシャイン!優美に活躍!」
「ふん!これは私が奪ったもの!お前達に渡しはしないゾウ!」
ダイモーンはその言葉とほぼ同時に、私達に向かって攻撃を仕掛けて来た。私達はダイモーンの攻撃を避け、ウラヌスがダイモーンに向かって技を放つ。
「ワールド・シェイキング!」
ウラヌスの攻撃がダイモーンの手に当たり、ダイモーンはその手に持っていた心の結晶を離した。
「!貰った…!」
それに気付いた私は、いち早くそれに手を伸ばした。しかし、心の結晶を取ろうと手を伸ばす私に、ダイモーンは再び攻撃を仕掛けて来た。
「っ…!しまった…!」
ダイモーンの放った突風の攻撃により、私と心の結晶は吹き飛ばされ、私よりもはるかに軽い心の結晶は、風に流され、遠くへと飛んで行ってしまった。
「結晶ー!」
「お待ちなさい!」
遠くへと飛んで行った結晶を追うダイモーンにそう叫んだネプチューンは、いち早くダイモーンの後を追い、それに続き、私とウラヌスも彼女の後を追った。
「タリスマンは…!?」
「どこだ!?」
結晶を追って通りへと出て来た私達は、辺りを探すが心の結晶はどこにも見当たらなかった。
「どうして…!?確かにこっちの方に…!」
「とにかく、今は急いで心の結晶を探しましょ!」
ネプチューンのその言葉に、私とウラヌスは頷くと、私達はその場から飛び去った。
―――――
あの場から飛び去った私達3人は、屋根の上へと登り、ウラヌス、ネプチューンの2人は肉眼で見える範囲を探し、その間に私は意識を集中させ、心の結晶とダイモーンの気配を追った。
「……北に向かって、ダイモーンがすごい速さで移動してる…。その先に、微かだけどエナジー反応を感じる…」
「なら、急ごう!奴らの手に渡る前に、心の結晶を手に入れないと…!」
私とネプチューンはウラヌスの言葉に頷くと、すぐにダイモーンの気配を追って北へと向かって走り出した。
それから暫く走って、私達は廃車などが集まる集積所へとやって来た。
「この中か…!」
「手分けして探しましょう!」
ネプチューンの言葉に、私達はバラバラに心の結晶とダイモーンの捜索を始めた。
「一体どこに…!」
「ふはははは!漸く見付けたゾウ!」
「!」
ダイモーンの存在に気付いた私は陰に隠れると、通信機でウラヌス、ネプチューンの2人に連絡を取った。
「ウラヌス!ネプチューン!ダイモーンと心の結晶を発見したわ!今すぐ来て!」
「「わかった(わ)!」」
2人の返事を聞き、通信を終えた私は、通信機を仕舞うと、ダイモーンに向かって技を放った。
「フレイム・バースト!」
「!」
しかし、私の声にいち早く気付いたダイモーンは、私の攻撃を避け、私と向き合った。
「その心の結晶を渡しなさい!」
「誰が渡すものか!そんなに欲しければ、私から奪ってみろ!」
「上等…!」
ダイモーンの言葉に私は構えると、ダイモーンに向かって殴り掛った。しかしダイモーンはそれを避け、今度は反対に、私に向かって拳を向けて来た。何とかそれを避けた私は、廃車の上へと立った。
「「シャイン!」」
「ウラヌス!ネプチューン!」
「っ…次から次へぞろぞろと…!」
私の姿を見付け、私の元へと駆け寄って来た2人を見たダイモーンは、私達3人を睨み付けた。それに対し、私達3人もダイモーンを睨み付けるように見下ろした。
「大人しくタリスマンを渡せ!」
「これは私が奪ったもの!欲しければ、力尽くで取ってみろ!」
ダイモーンが私達に向かってそう叫んだ瞬間、別の方向から、新たな陰がまた1つ現れた。
「いいえ!そのピュアな心の結晶は、誰にも渡さないわ!」
その声に、私達は一斉に声のした方へと視線を向けた。
「素敵な男の子とファーストキスを夢見る女の子。その純粋な心を奪うなんて許せない!この愛と正義の、セーラー服美少女戦士セーラームーンが、月に代わってお仕置きよ!」
「ええい…!またダニが1匹増えたか…っ…ダニは、絶対に許せん!!」
そう言うとダイモーンは、セーラームーンに向かって攻撃を放つ。セーラームーンは叫びながらも、それをギリギリのところで何とか避ける。しかし、避けて体勢を崩している所を、再びあの突風の技により、セーラームーンは吹き飛ばされてしまった。
「っ…ウラヌス、ネプチューン!私達も行くわよ!」
地面へと倒れてしまったセーラームーンを見て、私は2人に声を掛けた。その声に2人は頷くと、3人で一斉にダイモーンに向かって攻撃を仕掛けた。しかし、ダイモーンはそれを避けると、今度は私達に向かって攻撃を仕掛けて来た。
「ゴミでも食らえ…!」
「んな、汚いもん、食らいたかないわよ…!シャイン・シールド!」
私は咄嗟にシールドを張り、何とかダイモーンの攻撃からウラヌス、ネプチューン、そして自分の身を守った。しかし、そのせいで体勢を崩してしまった私は、上手く着地出来ず、ダイモーンの次の攻撃に備える事が出来なかった。
「ふはははは!死ねぇええ!」
「!しまった…っ…(間に合わない…!)」
「「シャイン!」」
ウラヌス、ネプチューンの2人は慌てて私の側まで駆け寄ると、私を庇うように、敵の前に立ちはだかった。その瞬間、どこからか薔薇が一輪飛んで来て、攻撃を仕掛けようとしていたダイモーンの頭に刺さり、ダイモーンは持っていた心の結晶を落とした。それと同時に、私達は薔薇の飛んで来た方向へと一斉に視線を向けた。
「タキシード仮面様!」
「穢れた心の持ち主には、ピュアな心の結晶は似合わない。直ちに結晶を返し、この鉄屑と共に埋もれるがいい!セーラームーン!正義のパワーを見せてやれ!」
「はい!」
彼の言葉にセーラームーンは頷くと、ずっと倒れたままだった体を起こし、ロッドを取り出すとあっと言う間にダイモーンを浄化した。
―――――
ダイモーンを無事浄化し終えたセーラームーンは、安堵の息を漏らす。それからすぐに心の結晶の事を思い出し、セーラームーンはそれを取りに行こうと走り出した。
「心の結晶!」
「!ウラヌス!ネプチューン!」
それに気付いた私達は、すぐにセーラームーンの後を追った。そして彼女に追い付いた私は、彼女の体を背後から拘束し、ウラヌス、ネプチューンの2人は心の結晶へと手を伸ばした。しかし、再び飛んで来た一輪の薔薇によって、その手と心の結晶は弾かれてしまった。
「渡さん!」
「ちっ…」
そう言って飛び掛かって来たタキシード仮面の攻撃をウラヌスが受け止めた。そして一瞬の隙を付き、彼の背後に回り込むと、ウラヌスは私と同じように、彼の体を後ろから拘束した。
「…悪いけど、少しの間じっとしててもらえるかな?」
「っ…離せ!」
「あら、離せと言われて、素直に離すお人好しはいなくってよ?」
ネプチューンはタキシード仮面にそう言うと、弾き飛ばされた心の結晶を取りに、廃車の上から下へと降りた。そしてネプチューンは心の結晶を手に取り、それがタリスマンかどうかを調べる。
「!これは…」
「どうだ、ネプチューン!」
「違うわ。これはタリスマンではない!」
「何ですって!?」
「ちっ…また無駄足だったか…」
ネプチューンの言葉を聞いた私とウラヌスは、拘束していたセーラームーンとタキシード仮面を解放した。そして拘束から解放されたセーラームーンは、すぐにネプチューンの元へと走り、ネプチューンから心の結晶を奪い取った。
「返して!この心の結晶だけは、絶対に誰にも渡さないわ!!」
心の結晶を大事そうに抱え、私達に向かってそう言ったセーラームーンに、ウラヌスが「勝手にしろ…」そう告げた。そして私達は彼女達に背を向けると、静かにその場から立ち去った。
それから暫く時が経ち、私達ははるかの車で、いつものように海までドライブに来ていた。
「また外れだったな…」
「そうね…。一体、タリスマンは誰のピュアな心に封印されているのかしら…」
はるかとみちるが、静かに空を見上げそう呟いた。私はそんな2人の横顔を見つめるも、すぐに顔を俯かせ、暗い夜の海へと視線を向けた。
「……ファーストキスを夢見る少女の、ピュアな心か…」
「夏希…?」
「…私には、今回ターゲットとなったあの子みたいに、ファーストキスを夢見るなんて事、なかったなって…」
「あら、そうなの…?」
私が零した言葉に、みちるは首を傾げ、そう私に問い掛けて来た。そんなみちるの問い掛けに、私は小さく頷くとゆっくり口を開いた。
「…前世の記憶がある分、何だか初めてって気がしなくて…」
私は苦笑を漏らし、みちるにそう告げた。そんな私の言葉に、はるかは小さく笑いを零した。
「その割には、転生後初めて君にキスした時、耳まで真っ赤にさせてたな…」
「なっ…そ、それは、はるかが不意打ちでするから…!」
小さく笑いながらそう言ったはるかに、私は顔を赤く染めた。はるかはそんな私の顎を指で掬うと、ゆっくりと顔を近付けて来た。
「それじゃ、不意打ちじゃなかったら平気…?」
「そ、そう言うわけじゃ…っ…」
「ま、どっちでもいいけど。赤い顔の君も、可愛いからね…」
そう言ってはるかは、優しく私の頬を撫で、愛し気に私を見つめた。
「そんな事より夏希。…そろそろ、喫茶店での続き、したいんだけど…?」
「喫茶店での続きって……!み、みちるがいるのに…!?」
「あら、私の事は気にせずにどうぞ?あなた達のキスなんて、もうとっくに見慣れてしまっているもの…。今更気を使う必要なんてないわ。」
驚く私に、みちるはあっさりとそう言って退けた。そんなみちるの言葉を聞いたはるかは、余裕の笑みを見せると、再び私に問い掛けて来る。
「だってさ。…ダメか?夏希…」
「っ…だ、ダメ…!…じゃ、ない…」
惚れた弱みと言うやつで、はるかにとことん弱い私は、結局はるかの要求を断り切れず、耳まで真っ赤に染めながらも小さくそう呟いた。そんな私に、はるかは小さく笑いを零し、耳元に唇を寄せると、そっと囁く。
「目、閉じて…?」
私が大人しくはるかの言葉に従うと、はるかはゆっくりと、優しく私のそれに、自分の唇を重ねた。
「(全く…。本当、しょうがない人達…)」
月夜の下で、静かに口付けを交わす私達を見て、みちるは小さく笑みを浮かべ、目を閉じると波の音に耳を傾けた。
to be continued...