月の憧れ(1/2)
私がこの十番町に越して来て、早1ヵ月が過ぎた。最初はS・S女学院のものだった私の制服も、正規の十番中学の制服へと変わり、クラスにも、ここでの生活にも、すっかりと私に馴染んでしまった。そして皆が私を完全に受け入れてくれたのだと感じたある日を境に、私はもっと近付けたらいいなと言う願いを込めて、皆の事を呼び捨てで呼ぶようになった。

しかし、その一方で、私達のタリスマンと救世主の捜索の使命は、難航の色を強くするばかりで、何の進展もなかった。

そんなある日の放課後、私達は少し大きな公園の奥に、ひっそりと存在する小さなステージの客席に座り、ステージ上で優雅にヴァイオリンを演奏するみちるに目を向けながら、敵について話をしていた。


「…少なくとも、この町に強い妖気が集中しているのは、間違いないんだ…」

「その妖気が特に高まる時、奴らは突然姿を現し、人間を襲ってる…」

「焦っても始まらないわ。私達に与えられているのは、僅かに甦った、前世の記憶だけ…」

「…そうね…とにかく、今の私達の使命は、3つのタリスマンを探し出し、強大なパワーの源である聖杯を呼び出し、一刻も早く正統な持ち主である、救世主の手に委ねる事…」

「そのタリスマンを秘めたピュアな心の持ち主ってのは誰なんだ?それさえわかればな…」

「でも、そのタリスマンを取り出すと言う事は…」

「…その持ち主の、死を意味する」

「…仕方ないさ、この世界を救うと言う究極の目的の為には、多少の犠牲は已むを得ない。それが僕達に与えられた使命なら、突き進むしかない…」

「…そうね…それしか、この世界を沈黙から救う方法はないんだもの…」


私は隣に座っていたはるかにそっと寄り添い、目を閉じた。はるかはそんな私の肩を優しく抱き、持っていたレモンを客席の上に置くと、私の手にそっと自分の手を重ねた。


「…辛いか…?」

「…大丈夫…はるかが、側にいてくれるから……例え辛くたって、頑張れるよ…」

「夏希…」


そう言って儚く微笑む私を、はるかは強く抱きしめた。その時、ある人物が、みちるの演奏に惹かれて、私達の元へとやって来た。


「!はるか、夏希。」


私達2人は、みちるの声に後ろを振り返った。そこにいたのは、目をキラキラさせ、ステージ上のみちるを見つめるうさぎちゃんの姿があった。


「うわー…これよ!これこそ、理想のプリンセスの姿よ!」

「!いつかのお団子頭…」

「うさぎ!」

「私達に何か御用?」

「あ、あのー、そんな風にヴァイオリンを弾けるなんて、すごいなーって!プリンセスの…あー、じゃなくて!大人っぽくて、憧れちゃいます!」


そうみちるに向かって言ううさぎに、はるかは小さく笑みを零し、客席に置いたレモンを手に取ると、それをみちるに向かって投げた。みちるはそれを上手くヴァイオリンで受け止めると、ヴァイオリンの上でレモンを転がし、優雅に踊りながら、ヴァイオリンの演奏を続けた。


「わぁー……」

「ふふ…すごいでしょ?」

「うん…すごい……すごすぎて、言葉が出て来ない…」


みちるを見つめたまま、驚きの表情を隠そうともしない彼女を見て、私とはるかは小さく笑みを零した。


「じゃ、お先。」


そう言ってはるかは席を立つと、私達に背を向け、愛車であるバイクを停めた場所へと向かった。


「え?あ、あの!」

「ちょっとイラついてるんだ。一っ走りして、頭冷やして来る。夏希も一緒に来るか?」


すぐ側に停めてあった愛車へと跨り、はるかは私へと視線を向けた。そんなはるかに私は近付くと、苦笑を1つ漏らし言った。


「いいよ、私の事は気にしなくて。それに…今は1人になりたいんでしょ?」

「さすが…よくわかってるな、僕の事。」

「当たり前でしょ!私を誰だと思ってんの?」

「だな…それじゃ、行って来る。」


そう言ってはるかは私にそっと口付けると、フルフェイスのヘルメットを被り、エンジンを掛けた。


「…事故んないよう、気を付けてね?」

「あぁ、わかってる…」


そしてはるかはバイクを走らせ、私達の元から去った。それとほぼ同時に、みちるは演奏を止め、走り去って行ったはるかの背中を見つめ言った。


「闇雲に走り回ったって、解決出来る問題じゃないって、わかってるくせに…」

「…いいじゃない、好きにさせてあげて?私も、ああやって走り回って、風を感じてる時のはるかが好きなの。…風を感じてる時のはるかが、一番キラキラしてる…」

「ふふ……そうね…」

「あ、あのー…」


私達2人の会話に着いて来れていないうさぎは、困ったような表情を見せた。



―――――



あれから公園を後にした私達は、みちるの描いた絵が展示されている美術館へと向かった。

美術館へと辿り着いた私達は、中へ足を踏み入れ、みちるの絵が飾ってある場所へと向かった。その途中、みちるのヴァイオリンを大切そうに抱えたうさぎに、みちるは話し掛けた。


「月野さん…でしたかしら?」

「そう、月野うさぎちゃん。」

「うさぎって呼んで下さい!」

「あら、そう?…うさぎ。」

「はい!あっ…」


彼女の言葉に、みちるがうさぎの事を少し間を開け、そう呼ぶと、反射的に大きな声で返事をしてしまったうさぎは、慌てて自分の口を手で押さえた。そんな彼女に、私とみちるは、クスクスと笑いを漏らした。


「ふふ…可愛い。…まあ、夏希が一番可愛いけれど…」

「もう、みちる!そう言う事言わないでよ!恥ずかしいでしょ…!」

「はー…本当に、仲良いんですね、2人とも…」


私達のやり取りを見たうさぎが、小さくそう呟いた。そんな彼女の言葉に、私達は昔の事を思い出しながら、ゆっくりと口を開いた。


「ええ、まあね…」

「…はるかもみちるも、ずっと昔からの知り合いで…。昔はよく、私のお世話とかしてくれたりしたの。」

「私達にとって、夏希は無くてはならない存在なの。私にとって夏希は、そうね……身近なもので例えるのなら、妹、みたいなものかしら…」

「私もみちるの事、お姉ちゃんみたいに思ってる!」

「へー……こんな綺麗で、優しくて、素敵なお姉さんがいるなんて、夏希ちゃんが羨ましい!」


そう言ってうさぎは、私達に向かって微笑んだ。


「まあ、素敵なお姉さんだなんて…。そんなに大した人間じゃないのよ、私…」

「そんな事ないです!さっきだって、あんなに素敵なヴァイオリン、聞かせてくれたじゃないですか!やっぱり、みちるさんはプロのヴァイオリニスト目指すんですか?」


うさぎのこの問いに、みちるは一瞬悲しそうな表情を見せた。しかしすぐに表情を戻し、薄く微笑むとゆっくりと語り出した。


「……さあ…私は……自分が何の為に生れて来たのか、進むべき道が掴めず、迷ってるって事かしら…」

「(みちる…)」


私は一瞬垣間見えた、みちるの悲しそうな表情が忘れられなくて、そっと彼女の手を握った。

それから暫く美術館で時間を潰した私達は外に出て、美術館の前まで来ていたはるかと合流した。


「ふー…気が晴れた。ついでに、奴らのアジトでも探してやろうと思ったけど、そう簡単に…」

「しっ!」


みちるは、はるかの言葉を途中で遮ると、後ろを振り返った。そこには、みちるのヴァイオリンをチューニングもせずに弾くうさぎの姿と、苦笑を浮かべ、彼女を見つめる私の姿があった。そんな私達を見て、はるかとみちるも困ったような表情を見せた。



―――――



あれから、パフェを奢ると言って、うさぎに演奏を止めさせた私達は、うさぎを連れて近くの喫茶店に入った。そこでうさぎに、ヴァイオリンを弾いた理由を尋ねると、うさぎは泣きながらも理由を話してくれた。


「そう…それでヴァイオリンを弾きたかったのね…」

「でも、ダメです…。まもちゃんに聞いて欲しくても、上手くなれない…」

「うさぎ、めげないで。努力するあなたって素敵よ?女の子は皆、そうやって進歩していくんだもの…」

「そうだよ、うさぎ。好きな人の為に頑張ろうって思えるその気持ちがあれば、いつかきっと、うさぎも立派なレディーになれるわ…」

「みちるさん…夏希ちゃん…!」

「頑張れよ、お団子頭。」

「はるかさん……ありがとう、皆!」


そう言って漸く笑ったうさぎに、私達も笑みを浮かべた。そしてみちるは、鞄の中から2枚のチケットを出すと、うさぎに向かって差し出した。


「差し上げるわ。素敵なヴァイオリンリサイタルがあるの…今日の夕方よ?大事な方と、一緒においでなさい。」

「はい!早速、まもちゃんを誘って来ます!ありがとう、はるかさん、みちるさん、夏希ちゃん!」


みちるからチケットを受け取ったうさぎは、嬉しそうな顔でそう言い残すと、慌てて喫茶店を出て行った。


「ふふ…可愛い…」

「夏希程じゃないが…まあ、そうだな…」

「それより、私達もそろそろ帰って準備しないと、開演時間に間に合わないんじゃない?」

「…そうだな、そろそろ帰って準備するか。」


私の言葉に、はるかは時間を確認するとそう言って立ち上がった。それに続き、私とみちるも席を立ち、会計を済ませると店の外に出た。


「夏希、あなたは私の家にいらっしゃいな。あなたに似合うドレスとアクセサリー、私が見立ててあげるわ。」

「うん!ありがとう、みちる!」

「それじゃあ、後でみちるの家に迎えに行くよ。」

「ええ、楽しみにしてて?夏希のドレス姿…」

「あぁ、楽しみ待ってるよ。それじゃ夏希、また後でな…」


そう言って私の額にそっと口付けると、はるかはバイクを取りに向かった。


「夏希、私達も行きましょう?女の子のドレスアップは、時間が掛るんだから…」

「うん、そうだね。」


私はみちるの言葉に頷くと、みちると共に、みちるの住んでいるマンションへと向かって歩き始めた。



―――――



暫くして、みちるの住んでいる部屋に着いた私は、みちるがドレスを見立てて来る間に、シャワーを浴び、前にみちるの部屋に泊まりに来た時に置いて行った部屋着に、一度着替えた。そして私が部屋で髪を乾かしていると、ドレスを選びに衣裳部屋へと入って行ったみちるが、私を呼んだ。


「夏希、こっちに来てもらえるかしら?」

「ん?なーに?ドレス決まった?」

「ええ…この薄い水色のドレスなんてどうかしら?あなたの綺麗な赤い髪がよく映えると思うのだけれど…」


そう言ってみちるは一着のドレスを私に見せて来た。


「わー…すっごく可愛い!」

「でしょう?それじゃ、夏希のドレスは、これにしましょうか。」

「うん!」


私のドレスが決まった所で、みちるは私にドレスを渡すと、シャワーを浴びに、衣裳部屋から出て行った。それに続き、私も衣裳部屋から出ると、部屋着からドレスへと着替えを済ませた。

それからシャワーから出たみちると2人で大慌てで準備をして、ちょうど準備を終えた所で、はるかが迎えにやって来た。


「はるか!」

私ははるかを迎えに玄関まで行くと、扉を開けてすぐにはるかに抱き付いた。


「おっと…どうしたんだ?今日の夏希は、随分と甘えん坊だな…」


はるかはそう言って微笑むと、髪型を崩さないように気を付けながらも、優しく私の頭を撫でてくれた。


「だって、みちるに可愛いドレス選んでもらったから、早くはるかに見せたくて…」

「…全く、可愛い事を言ってくれるな…」


そう言ってはるかは私をきつく抱きしめた。


「よく似合ってるよ、そのドレス…」

「ありがとう…」


はるかに褒めてもらえた事が嬉しくて、私は少し照れながらもふわっと笑った。


「お2人さん、イチャイチャするのは構わないけれど、そろそろ出ないと本当に間に合わないわよ?」

「仕方ないな。この続きは、また後でな…」


みちるの言葉に、はるかは私の耳元でそう囁くと、顔を真っ赤に染め上げた私の手を引き、歩き出した。


「全く、仕方のない人達ね…。もう少し、周りの事も見てくれないものかしら…」


そう言ってみちるも部屋を出ると、施錠を確認し、私とはるかの後を追った。
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