- June bride(2/3)
- あれから食事を終えた私達は、いつものようにはるかと2人で食器を片付け、その後みちると一緒にお風呂に入って、はるかが買ってくれた大きなベッドに左からはるか、私、みちると3人並んで一緒に眠った。
翌日、起床した時間は朝の4時。いくら昨日早めにベッドに入ったと言えども、眠いものは眠かった。
しかし集合時間が7時なのだから仕方がない。今日撮影がある現場は、ここから車で約1時間程掛かるのだ。7時に間に合うように行くには、どんなに遅くとも、6時には家を出なければいけない。
私は眠気を何とか振り払い、顔を洗いに洗面所に向かった。それに続いて、みちるとはるかも目を覚まし、一緒に洗面所に向かう。
顔を洗って、完全に目が覚めた私は、みちるが顔を洗っている後ろで、順番を待っているまだ眠そうなはるかを見て小さく笑った。
「はるか、まだ眠いならもうちょっと寝ててもいいよ?はるかは準備にそんな時間掛からないんだから…」
「いや、今から起とかないと、頭がぼーっとして運転出来ない…」
「ふふ…そっか、じゃあ私はそんなはるかの為にコーヒー淹れてくるね?」
「ん、ありがとう…」
「どういたしまして。」
そんな会話をしている内に顔を洗い終えたみちるも一緒に、私は洗面所から出てキッチンに向かった。
私はキッチンに入ると、コーヒーの粉と水をはるかが置いていったコーヒーメーカーにセットし、一度着替えに部屋に向かった。
部屋に入ると、既に着替えを済ませたみちるが肌の手入れをしていた。
「あら、夏希。コーヒーの準備はいいの?」
「うん、大丈夫。前にはるかが置いてったコーヒーメーカーセットして来たから。」
「そう…それじゃあ、はるかが来ちゃう前に早く着替えておしまいなさい。」
「うん、そうする。」
私はクローゼットを開けると今日着る服を選ぶ。現場に着いたらどうせすぐに着替えるのだからと、脱ぎ着の楽なワンピースを選び、はるかが来る前に急いで着替えた。
私がちょうど着替え終わった頃、はるかが部屋に戻って来た。
「はるか、目覚めた?」
「まだ少し眠いけど…まあ、さっきよりはだいぶマシかな。」
「そっか、よかった。」
私ははるかと会話をしながら着ていたパジャマを畳んだ。
「夏希、こっちにいらっしゃい。」
「?なーに?」
私がみちるに呼ばれると、はるかは着替えを持って部屋を出て行った。みちるは私が近付くと、私の手を引き椅子に座らせ、私の肌の手入れをし始めた。
「…みちる、これくらい自分でも出来るよ?」
「いいじゃない、たまには…」
「もう、仕方ないなー…」
そう言いつつも、私はみちるに顔を弄られるのが嫌いなわけではないので大人しくしていた。そしてみちるによる肌の手入れを終えると、私は今日はメイクをせず、スッピンのままキッチンに向かった。
メイクをしなかったのは、昨日風音さんにスッピンのまま現場に来るように言われたからだ。
キッチンに戻ると、私ははるかとみちるの分のコーヒーを入れ、朝食作りを始めた。いつもは簡単にトーストとサラダや卵と言った洋食メニューだが、今日は撮影がある。いつ昼食を食べられるかわからない。その為、少しでも腹持ちのいい和食を作る事にした。
私が朝食を作り始めた頃、着替え終わったはるかがリビングに入って来た。
「あ、はるか。コーヒー淹れといたよ。目が覚めるように、ちょっと濃い目のやつね?」
「ありがとう、夏希。今日は和食?珍しいな…」
「うん。今日はさ、撮影でいつご飯食べられるかわかんないし、パンよりちょっとでも腹持ちのいいご飯の方がいいかと思って…」
「そうか…僕はこう言う撮影はした事ないからわからないけど、夏希は何度もしているんだもんな…」
「そう!だからさ、経験者の私が言うんだから、はるかもしっかり朝ご飯食べといた方がいいよ?」
「わかった。そうするよ…」
そう言うとはるかは私が淹れたコーヒーを持ってリビングに戻って行った。みちるも暫くしてから来たので、私はみちるにもコーヒーを渡し、朝食作りを続けた。
暫くして朝食の準備が出来ると、私は2人を呼び、それぞれが席に着いた。それから出来立ての朝食を3人一緒に食べ、朝食を食べ終えると、はるかと私は食器を片付け、洗面所が混雑する前に、みちるには先に出掛ける支度を済ませるように言った。
「えっと…タオル、メイク道具、財布に携帯……」
身支度を終えた私は、荷物を1つ1つ確認しながら、少し大きめの鞄の中に詰めていく。同時に、はるかも確認しながら荷物の準備をする。みちるはそんな私達を優雅に見ていた。
それから少しして、全ての準備を終えた私達は、現場へと向かう為に家を出て、はるかの車が停めてある、マンションの地下駐車場へと向かった。
「忘れ物はない?」
「大丈夫!」
「ええ…」
「それじゃ、出発するぞ。」
車に乗り込み、最終確認を済ませた所で、車はゆっくりと現場へ向かって走り出した。
―――――
「夏希、今日はどんな風に撮影するか聞いてるの?」
家を出てから数分が経った頃、ふいにみちるがそんな事を尋ねて来た。
「一応、大まかにはね。実際の式と同じような流れでCM用の動画撮った後、チャペルの前で広告用の写真撮るみたい。あ、あと一般募集したエキストラが、何人かいるって…」
「……それはつまり、一般募集で集まったエキストラの前で、はるかと夏希の擬似結婚式をするって事かしら?」
「まあ、そう言う事だろうな…」
「…何だ複雑な気分だわ。いつか本当にそんな日が来るんだろうけど、目の前で夏希がはるかに奪われるのを見るなんて…」
「他のどこの馬の骨かもわからない奴に、夏希を奪われるよりはいいだろう?」
「そりゃそうだけど…」
私はみちるとはるかの会話がおもしろくてクスクスと笑った。
そうこうしてる内にあっという間に時間が過ぎ、集合時間ギリギリの所で現場に到着した。
「あ、来た来た…迷わず来れた?」
「はい!ただ、ここまで来る途中、ほぼ全部の信号に引っ掛っちゃって…」
「あはは!まあ、たまにそんな事もあるわよ。そんな事より、さっそく準備に取り掛かるわよ!花嫁の準備は、結構時間が掛るんだから……あ、はるかくんは彼に付いてって!みちるちゃんは〜……とりあえず私に付いて来て?」
現場で風音さんと合流した私達は、風音さんの指示で、それぞれ別の控室へと移動した。とは言っても、隣の部屋だけど…
「さっ、早速ドレスに着替えてもらうわよ!あ、着替えはこのお姉さん達が手伝ってくれるから!」
「え?あ、ちょっ…!」
控え室に着いて早々、落ち着く間もなく、私は更衣室に連れて行か、用意された新作ドレスに着替えさせられた。
体のラインがはっきりと出るトップに、ふわっとしたスカート部分。よくあるシンプルな形のドレスを基に、レースや白い薔薇のコサージュなど、あまり目立つ物はない物の、よく見れば見る程、可愛く、そして綺麗に見えて来る、そんな純白のドレスを、私は身に纏った。
「(うわぁ…本当に結婚するわけでもないのに緊張する……)」
着替え終えた私は、ドレスとセットの、少しヒールが高めの真っ白な靴を履き、更衣室を出る。するとそこには、何故かめかし込んだみちると、至極楽しそうな顔の風音さんがいた。
「あれ…?みちる、そのドレスどうしたの…?」
「これ?素敵でしょ?風音さんが用意してくれたのよ。」
「うん、確かに素敵だけど……え?」
「実はね、みちるちゃんにもお願いしてたの。まあ、エキストラの1人だけどね?」
「えぇ!?」
「他にも、ほたるやせつな…うさぎ達も来るわよ?」
「なっ……ちょっ、風音さん!!そんなの聞いてない!!」
「だって言ってないもーん!」
風音さんはドッキリが成功したと大喜びしていた。こんなドッキリおもしろくも何ともないのに…
「じゃあ、一般募集のエキストラって嘘…?」
「いいえ?それは嘘じゃないわ。抽選で当たった、40人の一般エキストラがこの撮影に参加する事になってるのは事実よ。けど、全員知らない人じゃおもしろくないでしょ?だから、みちるちゃんにこっそり頼んだの。」
「私がこの話をしたら、皆快く協力してくれたのよ?」
「…ちなみに、この事はるかは知ってるの?」
「いいえ?言ったらつまらないでしょ?」
そう言ってみちるは、私に凄く綺麗な笑顔を向けた。
「…はぁ……何にもしてないはずなのに、何かどっと疲れた…」
「ちょっと、撮影はまだ始まってないのよ?しっかりしてよね!」
「…疲れたの、風音さん達のせいなんですけど…」
私と風音さんとのそんな会話の間にも、メイクさんの手によって、私のメイクやヘアアレンジはどんどん進んで行った。見る見る内に、撮影の為の偽者と言えど、花嫁が完成されて行く。
「……CM撮影の時は、ヴェールも被るんですよね?」
「そう。ヴェールも被ってもらうし、ブーケも持ってもらうわ。」
「…仕事なのに、何か本格過ぎてちょっと恥ずかしいな…」
私がそう言って苦笑を漏らしたその時、全ての準備が終わり、私の視界は、ドレスに合わせたヴェールに遮られた。
「夏希、とても綺麗よ……でも何だか、本当に夏希がお嫁に行ってしまいそうで、少しだけ寂しいわね…」
私の仮の花嫁姿に、みちるは少し寂しそうな表情を浮かべ、そう私に優しく告げた。
「もう、みちるったら…私がお嫁に行くのは、まだ先の話だよ?……でも、ありがとう…」
そう言って、私はみちるに微笑んだ。そんな私に、風音さんが声を掛ける。
「さ、夏希、張り切って撮影行くわよ!」
「はい!」
それから私は、風音さんとみちるに手を引かれ、控え室から、撮影が行われるチャペルへと移動した。