- プロの世界(1/2)
- あのデートから数日経ったある日の放課後、1年1組の教室には、私と美奈の2人だけが残っていた。
「え?アイドルデビューの経緯…?」
「そう!私がアイドルとしてデビューする為には、どうしたら手っ取り早いか考えるのに、一応参考までに聞きたいなーって思って!」
「別に話してもいいけど、参考にはならないと思うよ…?」
「いいからいいから!とにかく聞かせて?夏希ちゃんがアイドルになった経緯!」
「うん…えっと……私の専属マネージャーの風音さん…は、この間紹介したし知ってるよね?」
「あの綺麗な人でしょ?」
「そう、その綺麗な人。その風音さん、実はうちの事務所の社長さんで…」
「えぇ!?あのマネージャーさんが、事務所の社長さんなの!?」
「うん。私、風音さんの家の近くの公園に倒れてたらしいんだけど、その倒れてた私を風音さんが助けてくれて…それで、私が目を覚ました時に色々話して、困ってる私見た風音さんがスカウト…って言うのかな?アイドルやらないかって誘ってくれて…」
「へぇー…」
「最初は、人探しと、あと生活費稼ぐ為にアイドルになったんだ。ほら、私両親とか兄弟もいないし、他に頼れる人もいなかったから……」
「そっか……その探してた人は、もう見付かったの?」
「うん、見付かったよ。って言うか、向こうが私を見付けてくれたって言った方が正しいかな?」
美奈の質問に、私ははるかの顔を頭に思い浮かべ、小さく微笑んで答えた。そんな私を見て、美奈も小さく微笑みを浮かべた。
「そう、よかった…。夏希ちゃん、もう1人じゃないのね…」
「うん!風音さんも、皆もいるし、それに…」「それに…?」
「……好きな人も、いるし…」
私はそう言って、微かに頬を染め笑った。
「え!?誰々!?夏希ちゃんが好きになる人ってどんな人?私達も知ってる?」
「うん、皆も知ってる人!」
そりゃ、皆知ってる人に決まっている。数ヶ月前まで、彼女達もまた、彼と一緒に戦っていた戦士なのだから…
だから私は正直に答えた。隠す必要もないし。って言うか、皆私とはるかが付き合ってるの知らなかったっけ…?
「えー…誰!?私達の知ってる男の子って言ったら、やっぱりスリーライツの3人の誰か!?」
「さーてね。…誰だと思う?」
「何よー、もったいぶらないで教えてくれてもいいでしょー?」
そう言って少し頬を膨らます美奈に、私が小さく笑いを漏らしたその時、ポケットの中の携帯が着信を知らせた。
「ごめん…電話掛かって来ちゃった…」
「あー…気にしないで?その代わり、この話はまた今度、じっくり聞かせてもらうからね!じゃね!」
美奈は私にそう言い残すと、嵐のように去って行った。私はそれを見送ったあと、漸く電話に出た。
「もしもし?」
『もしかして忙しかった?』
「違うの。美奈の相手してたら、出るの遅くなっちゃって……ごめんね、はるか。」
『ははっ…彼女、相変わらずなんだな…』
「うん。相変わらず元気一杯。いつもスリーライツのメンバー追い掛け回してるよ?」
『そうか……それより、今から少し会えないかな?今、十番高校の近くまで来てるんだけど…』
「いいよ!仕事まで、まだ少し時間あるし…」
『そうか、よかった…。今どこにいるんだ?』
「まだ学校にいるよ?」
『わかった。それじゃあ、5分でそっちに行くよ。』
「じゃあ、校門の所で待ってるね?」
『あぁ…じゃあ、5分後に。』
「うん、待ってるね!」
そう言って電話を切り、軽くメイクを直すと私はすぐに校門に向かった。
―――――
校舎の外に出た私は、校門に寄り掛かってはるかが来るのを待った。…まあ、待ったと言っても、そんな大した時間じゃないけど…
「やあ、お待たせ。僕の子猫ちゃん…」
「ごきげんよう、夏希。」
「みちる!久しぶり!!」
私がはるかの車に乗り込み、シートベルトを装着すると、車はすぐに走り出した。
「みちる元気だった?」
「ええ、元気よ。夏希はどうかしら?この間、はるかに何もされなかった?」
「あはは、大丈夫。何もされてないよ?」
「まあ…本当かしら?」
「おいおい…僕を信じてくれよ、みちる。これでも我慢したんだ、色々とね…」
「ふふ…冗談よ。」
「全く…意地悪だな、みちるは…」
私は、久しぶりに見たはるかとみちるの遣り取りに、心が温かくなるのを感じた。
「(懐かしいな…昔も、こうやってよく話してたっけ…)」
「夏希…」
「?何?」
「おかえりなさい…」
「!うん…ただいま!」
私は、みちるに向かって笑顔でそう言った。するとはるかが…
「さっきからみちるばかり狡いな…夏希は僕のものなのに…」
「あら、はるかは独占欲が強いのね。」
「そんなの、昔から知ってるだろう?」
「ええ、もちろん…。はるかの独占欲の強さも、嫉妬深さも、夏希への愛情の深さも、全部知っているつもりよ?けどね、はるか…私だって夏希が好きなのよ。妹のように可愛がって来たんだもの…可愛くて仕方ないのよ。」
「…可愛くて仕方ないって言うのには同感だな。」
「もう、2人とも!本人の前でそう言う話しないでよ…恥ずかしい……」
「まあ…」
みちるとはるかはクスクスと笑った。はるかと2人っきりでいるのも好きだけど、こうしてみちると3人でいるのも私は大好きだ。
「そう言えば、今日は何の仕事なんだ?」
「今日?今日は新曲のレコーディングだよ。見に来る?」
「あら、部外者の私達が見に行ってもいいの?」
「大丈夫。はるかとみちるの事は、風音さんによく話してるし…それに、風音さんはそう言うのに理解のある人だから…」
「それじゃあ、お言葉に甘えようか、みちる。」
「そうね…なら、お願いするわ。」
「了解!風音さんに連絡入れとくね!」
そう言うなや否や、私は携帯を開き、風音さんへと電話を掛けた。すぐに電話に出た風音さんに事情を話し、2人の見学の許可を取ると、風音さんは予想していた通り、あっさりと見学のOKをくれた。
「OKだって!」
「…初めてだな、Erikaとして夏希の歌を生で聴くのは…」
「そうね、楽しみだわ…」
「今度の新曲もね、すごくいい曲なんだよ?」
「どんな曲なの?」
「えっとね……大切な人と一緒なら、例えどんなに険しい道だって、その道を選んだ事を後悔しないで、歩いて行ける…って曲!」
「何だか、僕達みたいな曲だな…」
「確かに…私達は夏希さえいれば、そこがどんな道であろうとも、どんな場所であろうとも、選んだ事を後悔せず、夏希と共に行ってしまうでしょうね…」
「だな…」
「2人とも……私も、2人と一緒なら、どこに行ったって、後悔しないよ?2人の事、大好きだもん…」
「私達もよ…」
「僕達はずっと一緒だ…。例え何年経っても、どれだけの時間が過ぎようとも…ずっとな…」
「うん…」
それから仕事までの時間、私達は他愛のない話を交わしながら、束の間のドライブを楽しんだ。
―――――
あれから暫く、新曲の収録も終わって、数日が経ったある日、美奈はスリーライツの付き人になったらしく、朝から慌ただしく動き回っていた。
「(大変そう…)」
私はそう思いつつも、他人事なので静かにその様子を伺っていた。
それから更に数日が経って、美奈がスリーライツの付き人になって早くも数日が経ったある日の放課後、私はスリーライツの3人と一緒に、某フォトスタジオで雑誌の撮影の仕事が入っていた。
「今日は確か、夏希ちゃんも同じ現場なのよね?」
「え?そうなの?」
どうやら、うさぎも興味本位で一緒に付き人をやっているらしい。まあ、美奈子ちゃんの横で見てるだけらしいけど…
「うん。何かよくわかんないけど、スリーライツ×Erikaの素顔!とか言う、コラボ記事書くから、その写真撮らせて欲しいんだって…」
「へぇ〜、そうなんだぁ…」
「あれ?美奈子ちゃん、知らなかったの…?」
美奈の反応を見て、疑問に思ったうさぎが、美奈に問い掛けた。
「うん…実は、何時に、どこで何のお仕事があるとかは知ってるんだけど…仕事の詳しい内容についてまでは、知らされてないんだ…」
「そうなんだ…まあ、とりあえず…今日はよろしくね?」
「うん!」
「あは、スリーライツだけじゃなくて、Erikaちゃんの撮影まで見れるなんてラッキー!」
「うさぎちゃんったら…」
私達は能天気なうさぎちゃんを見て苦笑をもらした。
―――――
放課後、学校が終わった私達は、皆一緒に、撮影現場であるフォトスタジオへと向かった。
スタジオの中に入ると、私はすぐに風音さんと合流し、各々撮影の為の準備に取り掛かった。
それから暫くして準備が終わった私は、楽屋として用意された控室から、撮影を行っているスタジオへと向かった。私がスタジオ内に入ると、既に準備を終えていたスリーライツの3人は、先に板に就いていた。
「遅くなってしまってすみません!」
そう言って私も、急いでアシスタントの人に指定された場所に立った。すると、私の左隣に立っていた星野が話し掛けて来た。
「おっ、その衣装なかなか似合ってんじゃん。馬子にも衣装って奴だな!」
「…星野、それ褒めてない…」
「あれ…?使い方違った!?」
「使い方自体は間違ってはいませんが、女性を褒める時に使う言葉ではありませんね…」
「え!?そうなの!?…すまん、夏希…」
「いいよ、別に…星野がバカなの知ってるし。」
私がそう言えば、星野はうっ…と小さく声を漏らして落ち込み、大気と夜天の2人は、声を殺して笑っていた。
それから少しして、照明の調整などが終わり、いよいよ撮影が始まった。
この撮影は、スリーライツのみ、私のみ、そしてスリーライツと私が一緒に写っている写真、最低でも3パターンは撮るらしい。時間次第では、星野、大気、夜天、それぞれとのツーショット写真も撮るとの事だ。
「星野くん、もう少し斜めに。大気くんは前向いて!Erikaちゃん、もうちょっと目線下!そう、そのまま…!」
今回のカメラマンは女性で、名前を板橋サキさん。彼女は写真界の超新星、今話題の天才カメラマンらしい。あんまりよく知らないけど…
―――――
撮影が始まって既に4時間は過ぎていた。今はたぶん、夜の9時くらい…
「このシャッター音!ストロボの光…!あたしスターよ!って思える一瞬よね〜…」
私達の撮影を見ながら、美奈は目をキラキラと輝かせ、うさぎは何だか元気がないように見えた。
「お腹空いた〜!…みんな一体いつになったらご飯食べんのかなぁ…?」
「アイドルはねぇ、仕事が終わるまでご飯なんか食べないのよ〜」
「はぁ…あたしには到底無理だ…。コンビニ行って何か買って来よう…」
そう言ってうさぎはスタジオを出て行き、それとほぼ同時に、台車を押しながらこっちに近付いてくる美奈の声がスタジオ内に響き渡った。
「えー、スタジオの使用時間が過ぎましたので、今日の撮影はこれで終了で〜す!お疲れ様でした!」
その一言で、アシスタントの人達は照明を切って、片付け始める。
「お疲れ様!」
そう言って美奈は、私達一人一人におしぼりを手渡してくれた。
「お、サンキュー!」
「はい、夏希ちゃんもどうぞ!」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
私が微笑んで彼女にお礼を言えば、彼女も微笑んで、言葉を返してくれた。スリーライツの付き人なのに、今日は私の世話まで焼いてくれて…本当にありがたく思った。
「お腹が空いたな…」
「確かに……もう9時過ぎでしょ?」
「じゃあ、皆で何か美味しい物でも食べに行きましょう!」
「おう、いいぜ!」
「わーい、行こう行こう!」
「夏希も一緒に行くよね?」
「え?私も一緒でいいの…?」
「もちろん、一緒にどうですか?」
「じゃあ…そうしよっかな。」
私の返事を聞くと、何となくだけど、2人が嬉しそうな顔をしたように見えた。
私は風音さんにこの事を伝え、スリーライツの3人と美奈と一緒にスタジオを後にしようと歩き出した。
「待って!」
しかし、サキさんのその声に、私達はその場で一旦立ち止まった。
「もうちょっと…付き合ってくれないかな?やっと、いい顔になって来たとこじゃない…私が納得いくまで、撮らせてちょうだい!」
サキさんのその言葉に、この2人には何か因縁があるのか、美奈が食って掛かった。
「だって、もう時間なんですよ〜!?」
「ここは学校じゃないのよ!?チャイムが鳴ったから終わりってわけにはいかないの!!」
「皆、ご飯も食べないで頑張ったんですよ!?それなのに…!」
「最高の写真が撮りたいのよ!」
「!(…そっか…)」
サキさんの言葉に、私は体の向きを変えた。それに続くように、スリーライツの3人も、私と同じ事を思ったのか、踵を返し、スタジオの中心へと向き直る。
「失礼ですけど、いい写真が撮れないのはサキさんの腕が〜…」
「ちょっと黙っててくれないかな…」
未だサキさんに食って掛る美奈の肩に、夜天が手を置いて、美奈を黙らせる。
「だって…」
美奈が私達の事を気遣って言ってくれたのはわかる。彼女は、本当に心の優しい子だから…。でも、私達はここで止めるわけにはいかない。だって…
「…わかったよ」
「気が済むまで撮ってくれ。ただし…」
「誰よりも美しく。…それが条件です。」
「任せて…!」
私達はサキさんの横を通り過ぎ、各々立ち位置まで戻る。
「でも、もう時間だし、皆お腹空いてるし…」
「確かに、腹は減ってるけどさ…」
「私達、プロだから。」
「(プロ……これが、プロの厳しさなの…?)」
そう、私達はプロ。応援してくれてるファンの皆の為にも、こんな所で妥協しちゃいけないんだ…!
私達の言葉を聞いて、明らかに落ち込んでる美奈に、サキさんが優しく諭す。
「…私達は毎日が真剣勝負なの。常にベストの結果を得る為に、持てる力の全てを出し切るのよ。妥協なんかしない。頑張ったからとか、お腹空いてるからとか言ってられないの!見た目の華やかさに期待して、憧れて…それだけでやって行けるような、そんな甘い世界じゃないのよ。」
そしてサキさんは、美奈に向かって優しく微笑んだ。
「あなたが言ったんじゃない、プロの世界は厳しいのよ、って…」
その時、アシスタントの人達が準備を終え、サキさんに声を掛ける。
「しっかりしてよ…さあ、気合入れていくよ!」
サキさんのその一言で、美奈は元気を取り戻したみたいだった。
「星野くん、もっと背筋を伸ばして!大気くん胸を張って!Erikaちゃんはもっと夜天くんに寄って!そう、そのまま!」
再びシャッター音がスタジオ内に鳴り響く。
「(サキさんもプロ、スリーライツも、夏希ちゃんもプロ……あたしはまだまだ甘ちゃんだ…)」
そして、黙って撮影を見守る美奈の顔は、とってもいい顔になっていた。