さ よ な ら 君 の 声
「名前…」

「私なら大丈夫!だから、心配しないで?短い間だったけど、いっぱい愛をくれてありがとう……元気で、ね…?」


そう精一杯の強がりを言って、私は笑って故郷の星へと帰る大好きな彼を見送った。


“さよなら”


彼が旅立つ瞬間、小さくそう呟いた私の声が彼の耳に届いたのかは定かじゃないけど、何となく、彼の顔が、一瞬だけ、悲しみに歪んだ気がした。

だけど、そんなの確認する術なんてなくて、私はただ、彼らが旅立って行った夕焼けに染まった空を見上げた。


「…これからもずっと、夜天が大好きだよ…」


“悲しくなんてない”


そう自分に言い聞かせて、今にも溢れそうな涙を必死に堪え、空を見上げながら、小さく呟いた。



―――――



夜天が自分の星へと帰ってから、既に10年と言う歳月が流れた。あれから、住んでる星が違うから、当然と言えば当然なんだけど、彼からの連絡は一切ない。

私は彼を見送った母校の屋上へと来て、夜空に懸かる綺麗な満月と、燦然と輝く星々を見上げながら、誰もいない、静かな屋上で小さく呟いた。


「ねぇ、夜天…あなたが星に帰ってから、今日で10年……この10年ね、すっごい色の濃い10年だったんだよ…?」


私がそう思った理由は、この10年の間に、私達の共通の友人であるうさぎ達が結婚、うさぎに関しては、子供までいる。

そして何より、東京が、クリスタルトーキョーに変わり、そのクリスタルトーキョーを統べるクイーンとキングが、あのうさぎと衛さんだから…


「世界も、皆も変わった……だけど私だけ変わらない……そりゃ、見た目は流石に変わったけどさ、あの日から、私の中の時間が止まったみたいに、私の世界は動かないの…」


大好きだった…否、今でも大好きな彼を想えば、彼の男の子にしては少し高めの声を、エメラルドグリーンの澄んだ瞳を、月にも負けないくらい綺麗な銀色の髪を思い出して、胸がチクチクと痛みだす。

本当は離れたくなかった。だけど、そんなのは私の我儘で、彼を困らせるだけとわかっていたから言えなかった…。

誰よりも夜天が好きだから、彼を困らせたくない一心で、当時の私は、必死に“行かないで”って言葉を呑み込んで、自分の気持ちを一生懸命押し殺して、旅立つ彼を見送ったんだ。


「…あの時は平気だって言ったけど、本当は悲しくて、寂しくて仕方なかったんだ…。夜天がいないのが辛くて、辛くて……こんなに辛いなら、夜天に出逢わなきゃよかったって思った事もあったけど…でも今は、夜天に出逢えて、本当によかったって思ってる。本当だよ…?」


確かに悲しいし、寂しいし、辛いけど…でも、それと同時に、夜天を想うと、幸せな気持ちになる。

もう10年も経ってるのに、未だに忘れられなくて引きずってるなんて、何て重い女だって自分でも思うけど、それだけ私の中で、彼の存在が大きかったのもまた事実で…

彼を想えば、愛しさやら、寂しさやら、色んな感情が私の中に溢れて来て、それは涙となって私の頬を静かに伝い、秋の冷たい夜風に冷えたコンクリートへと落ちて行った。


「…もう、泣いてもいいよね…?10年も、経ったんだし…もう、涙我慢出来ないよ……っ…」


私は母校の屋上で夜空を眺めながら、ここにはもういない愛しい彼を想って、静かに涙を流した。


「…好きだよ…っ……今でも、ずっと…夜天の事が…」

私の涙交じりの震えた声は、誰もいない静かな空間に、静かに消えて行った……はずだった。


「僕も、今でもずっと名前が好きだよ」


突然背後から聞こえた、聞こえるはずないその声に、私は目を見開き、驚きのあまり、体を硬直させた。

しかし次の瞬間、後ろから包まれた懐かしい温もりに、私は一瞬肩をビクつかせ、ゆっくりと、私を抱きしめる人物へと視線を向けた。


「………夜、天……?」

「ただいま、名前…」


そう言って微笑む愛しい人に、私は思いっきり抱き付き、何度も何度も彼を呼び、彼に逢えた嬉しさに、涙を流した。

そんな私を、夜天は何も言わず、昔と同じように抱きしめ、優しく頭を撫でてくれた。一つだけ昔と違う点があるとしたら、あの頃よりも、私も彼も、大人になっていると言う事くらいで、他は何もかもが、あの頃と同じだった。


「ずっと君に逢いたかった…1日だって、名前を忘れた事なんてなかった…」

「うんっ…うん…っ……夜天…っ…夜天…逢いたかった…!」

「もう絶対に離さない…これからは、ずっと一緒にいよう…?」


私を抱きしめながらそう言った夜天の言葉に、私は涙を流しながら、何度も頷いた。



さよならは、出逢いの始まり



(ねぇ、名前……“夜天”に、なってくれる?)
(!っ…ん…なる…私、“夜天”に…なりたい…)
(よかった…愛してる、名前…)
(私も、愛してる…)
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