い つ も 側 に
いつからだったかな…
君の姿を、目で追うようになったのは…

僕は今、みちると、彼女の双子の妹の名前と、とある公園の奥にひっそりと存在するステージに前にいた。

双子とは言っても、二卵性双生児だから、彼女達姉妹はあまり似ていない。

優雅で、いつでも冷静で、落ち着いた物腰のみちると、可憐で、いつも元気いっぱいで、眩しいくらいの笑顔で周りに元気を与えてくれる名前。見た目も似ていなければ、性格も対照的だと、最初彼女達に出会った時は思った。

だけど、彼女達と共に過ごす時間が増えるに連れ、やっぱり双子の姉妹なんだなと感じるようになった。

そう思うようになった理由の1つ上げると、やはり彼女達のシンクロ率の高さが、一番初めに思い浮かぶ。彼女達は何をするにも、同じタイミングで行動、発言する。その証拠…って程でもないけど、初めて彼女達と食事をした時は本当に驚いた。食べ始めから終わりまで、全く同じタイミングで、全く同じ物を口に運んでは食べていた。

その他にも、彼女達の仕草やら、意地の悪い時限定で性格、リアクション、身体能力、その他諸々…パッと見似ていなくても、彼女達を深く知って行けば行く程、2人はよく似た姉妹だと言う事がわかる。

そんな海王姉妹の妹、名前に、僕は今、秘かに想いを寄せている。最初は鬱陶しくて仕方なかった彼女達姉妹。だけどいつしか、たった1人の妹を守る為に戦い続けるみちるに、自分を守る為に戦い続ける、たった1人の姉を全力で支える名前に、僕は心惹かれて行ったんだ。

そして彼女達と行動を共にするようになって、僕はある事に気付いた。誰にも甘えず、ずっと1人で生きて来た僕が、たった1人…名前だけには、不安も、弱音も、何もかも…全てを曝け出し、甘えていたんだ。

その事に気付いた時、同時に、僕は苗字に対して抱く、自分の本当の気持ちにも気付いたんだ。


「(名前に、ずっと側にいて欲しい…いや、側にいたい、かな…)」


僕は客席に座り、そんな事を考えながら、ステージ上で優雅に、そして可憐に演奏する彼女達を見つめた。みちるの演奏するヴァイオリンと、名前の演奏するフルートの心地よい音色が、僕の中へと沁み渡る。

彼女達の演奏に静かに耳を傾け、目を閉じたその瞬間、突然僕達の間を、少し冷たい秋風が勢いよく通り抜けて行った。


「わっ…!すごい風…」


突然の突風に驚き、演奏を中止してスカートを押さえた名前は、ポツリとそんな言葉を漏らした。そして、少し寂しさを感じさせる秋の空を名前は見上げ、秋の空同様、少し寂しげな表情を僕達に見せた。

僕は彼女のその顔を見て、何故かはわからないが、何とも言えない不安に襲われた。何故だか、彼女が何処か遠くへ…僕の目の前から消えてしまいそうな気がしたんだ…。


「名前…?」


僕の呼び掛けに、名前は視線を僕達へと戻し、少し間を空けてから口を開いた。


「……はるか、お姉ちゃん…。私の話、聞いてくれる…?」


そう言って辛そうな、どこか苦しそうな笑みを僕達に向け話し始めた名前の言葉に、僕達は耳を傾ける。そして次の瞬間、彼女の口から発せられた言葉に、僕とみちるは、驚愕の表情を彼女に見せた。


「…留、学…?」

「うん……この間のコンクールにね、私が憧れてる、フルーティストの先生も来てたらしくて…。その先生が、私の演奏を聴いて、自分の下で勉強する気はないかって、誘って下さったの…」

「…そう……」


みちるは、妹の突然の言葉に、動揺を隠せない様子だった。斯く言う僕も、名前の言葉に動揺し、頭の中が真っ白になり、言葉を失った。

名前もまた、姉のみちると同じく、音楽の才能に優れ、みちるとは楽器が異なるが、みちる同様、まだ学生だが、十分世界でも通用するようなフルート奏者だ。

そんな彼女にこう言った話が来るのも理解出来るし、彼女は僕達と違って、戦士としての宿命を背負って生まれて来たわけではない。だから彼女の夢である、世界一のフルーティストになる為にも、このチャンスを逃すべきではないのはわかる。だが、あまりにも突然過ぎて、僕は自分がどうしたいのか、どうしたらいいのかがわからなくなってしまった。


「…いつ…?…いつから、行くんだ…?」


僕は驚愕により失った声を、やっとの思いで絞り出し、そう彼女に尋ねた。そして彼女はこの問いに、眉を下げ、今にも泣きそうな顔で笑い答えた。


「来月。…来月から、高校卒業までの約2年半…ブリュッセルにある、音楽院に通うの…」

「来月って……もう1週間しかないじゃないか…!!」

「!そんな急に…!」


彼女の返答に、僕とみちるは再び驚愕の表情を見せた。そんな僕達に向かって名前は泣きそうな顔で微笑むと、ただ一言、弱々しい声で謝った。


「…ごめん…っ…」

「!…名前……」


静かに涙を流しながら言った彼女の“ごめん”には、色んな意味が込められているような気がして、とても重く感じられた。そんな彼女の言葉に、僕達2人は何も言えなくなり、ただじっと、ステージに立つ名前を見つめた。




―――――




あれから、早くも1週間が経った。今日は、名前が留学先である、ブリュッセルへと旅立つ日。

僕はあの日以来、名前に会っていない。彼女に会うと、行くなと引き止めてしまいそうで、会いたくても、会いに行く事が出来なかった。


「っ……名前…!」


僕は自分の拳を握りしめ、壁を強く殴った。その時、部屋中に携帯の着信音が鳴り響き、それに気付いた僕は携帯を手に取り、特に着信相手を確認する事もなく電話に出た。


「…もしもし?」

『はるか、本当に名前に会わなくていいの…?』


電話の相手はみちるで、名前の見送りに来ているのか、電話の向こうから構内アナウンスが聞こえて来た。


「…いいんだ…今名前に会ったら、行くなって、引き止めてしまいそうで…っ……夢の為に頑張ってる、名前の邪魔は、したくない…っ」

『はるか…』


本当は会いたいのに、強がってそんな言葉を口にするはるかに、私は眉を下げ、小さく彼の名を呟いた。

私は名前を想う、はるかの気持ちを知っている。そして、名前の気持ちも…

あの子、誰にも言わないでいるけど、名前がはるかを想っている事くらい、私にはわかっている。双子だからなのか、はるかを想う名前の気持ちが、私の中へと流れ込んで来るのだ…


「(本当は会いたくて会いたくて、仕方ないくせに…)」


私ははるかの言葉に、想い合ってるのに擦れ違う2人が切なくて、胸が締め付けられるような思いになった。その時、私の隣に立っていた名前が、私に声を掛けて来た。


「お姉ちゃん、携帯貸して…?」

「ええ…」


私はこの言葉に、名前に携帯を渡した。


「…もしもし?はるか?」

『!名前…』

「あのね、はるか…私ね、今までずっと、はるかに秘密にして来た事があるの…。聞いてくれる…?」

『…何だ…?』

「…私ね、本当は、はるかと出会う前から、ずっとはるかの事知ってて、ずっとはるかの事見てたの…」

『え……?』

「友達の応援で、初めて陸上の大会見に行った時、はるかもその大会に出場してて……それで、はるかの走りを見て、何て速い…風みたいな人なんだろうって思った…」

『…それって…』


「いつの事?」って僕が言葉を紡ぐ前に、名前は口を開き、僕の疑問に答えた。


『もう、3年くらい前かな……私達が、中学1年の時だから…』

「…そう…」

『うん……それでね、はるかが大会に出場するって聞く度、お姉ちゃん引き連れてはるかの走る姿見に行って……気が付いたら、全然どんな人か知らないのに、風のように走るはるかに恋い焦がれてる自分がいて…』


名前の言葉に、僕は自分の耳を疑った。何かの間違いか、それとも真実か…どちらにせよ、彼女が今言った言葉に、僕は驚き、声を失った。


『だからね…っ…はるかが、お姉ちゃんのパートナーになってくれた時、すごく嬉しくて…っ……私の事なんか、見てくれなくても…側にいられるだけで、毎日楽しくて…すごく、幸せで……っ』

「名前…」

『っ…大好きだよ…はるかの事が……今までずっと一番だった、お姉ちゃんよりも…ずっとずっと、はるかの事が好き…!」


そう電話越しに、涙混じりに話す名前の声に、僕はバイクの鍵とヘルメットを手に持つと走り出した。


「っ…名前、出発の時間まで、あとどれくらいある!?」

『え…?えっと……大体、30分くらい…』

「わかった」


僕は短く名前にそう告げると、電話を切り、携帯をポケットに仕舞うと、急いで空港へと向かった。


「(30分…ギリギリだな……間に合えばいいが…!)」


そして僕はバイクに跨り、空港まで全速力で駆け抜けた。




―――――




「15:00発、JAL***便、ブリュッセル行きに搭乗される―――」

はるかと電話が切れて約30分。最終搭乗手続きの案内が構内に流れた。それを聞いた私は、待合室の席を立ち、自分の半身でもある姉に向かって微笑んだ。


「…それじゃあ、お姉ちゃん。行って来るね」

「ええ……頑張ってね、名前…」


私の言葉に、席をお姉ちゃんも立ち上がると、私をギュッと抱きしめ、応援の言葉を掛けてくれた。そんな姉の背に手を回し、私も彼女を抱きしめると、小さくお礼を言った。


「ん…ありがとう……戦いの最後まで、支えてあげられなくてごめんね…」

「そんな事、気にしなくていいのよ…。私の戦士の宿命を、あなたまで一緒に背負わなくてもいいの。名前は、名前の思うように…あなたの選んだ道を信じて、どこまでも進んで…?」


私の手を握って、優しくそう微笑む姉に、私は嬉しさから目に微かに涙の幕を張りつつも、彼女に笑顔を向けた。


「っ…うん…ありがとう、お姉ちゃん!それじゃ、行って来ます!」

「行ってらっしゃい、名前」


そう言って、姉に背を向け、搭乗口に向かおうと、足を踏み出したその時、私の大好きな声が、搭乗口に向かおうとする私を引き止めた。


「名前!!」


その声に、私とお姉ちゃんは振り返り、私の名を呼び、こっちに向かって全速力で走って来る人物へと視線を向けた。


「「!はるか…!」」

「ハッ…ハァッ…よかった、間に合って…」


私の目の前までやって来たはるかは、足を止めると、私に向かって微笑んだ。


「っ…もう、会ってくれないのかと思ってた…」

「…本当は、会わないつもりだった……会ったら、せっかく夢に近付くチャンスを手にした名前を、僕の勝手な思いで、引き止めてしまいそうだったから…」

「じゃあ、何で…っ…会いに来てくれたの…?」


涙を浮かべ、彼を見上げる私を、はるかはきつくその腕で抱きしめると、私の耳元で小さく囁いた。


「自分の好きな子に、あんな事言われたら…誰だって会いたくなるだろ?」

「え……?」


私は、突然のはるか言葉が、行動が信じられなくて、夢でも見てるんじゃないかと思って、これが現実かどうか彼に確かめようと、私を抱きしめるはるかを見上げ、私が口を開こうとしたその時、それよりも早く、はるかが言葉を発した。


「好きだ…誰よりも、名前の事が…」

「!」
「どうしようもなくらい、名前を愛してる……言っておくが、これは夢じゃなくて現実だぞ…?」


私ははるかのその言葉に、これが夢じゃなく、現実だと言う事を再認識した。そして、それと同時に、彼の言葉が何よりも嬉しくて、私は目いっぱいに溜めていた涙を、静かに流した。


「おいおい…せっかく、両想いになったんだから泣くなよ…」

「だって、嬉しくて…っ…」

「…しょうがないお姫様だな…」


そう言うとはるかは、顔を俯かせて泣く私の顔を上げさせると、指で優しく涙を拭い、私に向かって微笑むと、そっと私の唇に、自分のそれを重ねた。


「!」

「………涙、止まった…?」

「止まった、けど……っ…」


数秒で離れたそれにも、私は驚きを隠せず、はるかの質問に答えた後、耳まで真っ赤に顔を染め上げた。そんな私を見て、はるかは小さく笑いを零すと、再び優しい眼差しを私に向け、微笑んだ。


「…名前、いつでも君が帰って来これるように、僕はみちると一緒に、世界を迫り来る沈黙から守るよ…」

「!はるか…」

「だから名前は、自分の夢の為に、向こうで精一杯、フルートの勉強しておいで……僕は、名前が帰って来るその日まで、ずっとここで待ってるから…」

「っ…ありがとう、はるか…!」


私ははるかの言葉に、はるかに思いっきり抱き付き、はるかはそんな私をきつく抱きしめた。

それから少しして、私は大好きな2人に見送られながら、夢に向かっての第一歩を踏み出した。


「はるか、お姉ちゃん、行って来ます!」

「「行ってらっしゃい」」




どんなに遠く離れていても、心はいつも、あなた(君)の側に



((君が帰って来るまで、
必ず、守り抜いてみせる。
世界も、君の帰るこの場所も…
僕がずっと、守り抜くから))
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