- 片 想 い
- あれから、何年経っただろう…
私の片想いは、今でも続いてる。
私の片想いの相手は、今や天才レーサーとして活躍中の天王はるか。彼とは、小学校からの付き合いで、まあ…所謂幼馴染みたいなものだ。
彼は、才能に溢れ、何をしても、つい目を惹かれてしまうような美しさの持ち主だ。
そんな彼に私が恋をしたきっかけは、小学生時代まで遡る。私は、両親の遺伝なのか、昔から身長が高く、そして何より、父から空手を習っていた事もあって、腕っ節が強かった。そのせいか、同級生の男の子達に、昔はよくいじめられたりした。
あの日もそう…
掃除当番で残っていた私を、同じクラスの数名の男の子が取り囲んで言う。
「おい、名前!お前本当は男なんだろ?」
「違うもん!私女の子だもん!」
「嘘つけ!そんなデカくて強い女がいるかよ!」
「嘘じゃないもん!本当に女の子だもん!」
「じゃあ、証拠見せてみろよ!」
「は…?ちょ、やだ!止めろ、バカ…放せ!」
私を取り囲んでいた男の子達は、私から服を剥ぎ取ろうと、私を抑え込み、服を脱がせようとした。数人掛かりで抑え込まれたりしなきゃ、1人でも何とかなったかもしれないけど、数人で抑え込まれてしまった私は、身動きが取れなくなり、ただ止めろと泣き叫び、動ける範囲で抵抗するしかなかった。
そんな嫌がる私を見て、取り囲んでた男の子達は笑いながら服に手を掛けた。もう駄目だと思ったその時、同じく掃除当番で、ゴミを捨てに行っていたはるかが戻って来た。そして泣き叫ぶ私の姿を見るなり、彼は取り囲んでいた男の子達のリーダーを殴った。それに続いて、私を抑え込んでいた数人の男の子達を凄い目付きで睨み、私を解放させた。
「大丈夫か?」
彼は私にそう声を掛けると、私を守るように自分の背後に隠し、男の子達に向かって言った。
「女の子1人に対して、ぞろぞろと…こんな事をして恥ずかしくないのか?」
「な、何だよ天王…!」
「消えろ。お前達みたいな屑は、目障りだ」
「何だと…!」
「聞こえなかったのか?なら、もう一度言ってやる。消えろ」
この時、はるかがどんな顔をしていたのか、後ろにいた私には見えなかったけど、男の子達の顔が青ざめるくらいだから、相当怖い顔をしていたんだと思う。
「名前、大丈夫か?」
「うん…助けてくれてありがとう、天王くん…」
「はるかって呼び捨てでいいよ。それより、無事でよかった…」
そう言ってはるかは優しく微笑んでくれた。この瞬間、私は生れて初めて恋をしたんだ。
それから数年…
高校生になった私は、彼と同じく十番高校に入学した。しかし彼は、入学早々、十番高校から、才能溢れる人達が集まると言う噂の新設校、無限学園へと転校してしまった。
1年程で戻って来たけど、その時、はるかの隣には世界的に有名なヴァイオリニスト、海王みちるがいた。
この1年で大きく変わった事は、私が読者モデルとした働き始めたと言う事と、みちるの存在、そして何より、これまでの私と彼の関係が大きく変わってしまった。
これまで、付き合ってはいなかったけど、家にいる時以外はずっと一緒にいて、どんな事でも話し合えるような、そんな関係だった。けれど、彼が十番高校に戻って来た時、その場所にはみちるがいたのだ。それだけじゃない。彼とみちるは付き合っていると言う噂も流れていた。
その噂が私にとっては辛いものでしかなくて、私は学校に行っても、彼らと距離を取るようになった。
それからと言うもの、彼と私の間の溝は深まるばかりで、今じゃもう、挨拶を交わす程度でしか話さないくらい、彼と私の距離は開いてしまった。
「名前ちゃん、受験どうだった?」
「結果はわかんないですけど、出来るだけの事はして来ました!」
「そっか、受かってるといいね!」
「はい!」
撮影の予定があって、スタジオに来ていた私は、準備中にヘアメイクを担当してくれている伊織さんとそんな会話をしていた。
彼女には、読者モデルを始めた頃からずっとお世話になっている。ヘアメイクを始め、はるかとの事、学校での事、メイクの事、受験に関してまで、いろんな話を聞いてもらい、たくさんのアドバイスを貰った。
「受験も終わったし、高校生活も残すは卒業式だけだね!」
「はい…」
今、私は高校3年。再来週には、卒業式を控えている。相変わらず、はるかとは挨拶程度でしか口を利いてない。
「…幼馴染くんとは、まだ話せてないの?」
「はい…今更、何を話していいのかもわかんないですし、それに…やっぱり、2人を見るのが辛くて…」
「そう…」
それから暫く、沈黙が続いた。
「さ、出来たわよ」
「ありがとうございます」
髪とメイクのセットを終えた私は、伊織さんにお礼を言った。
「いえいえ…それより名前ちゃん。後悔したくないなら、ちゃんとその幼馴染くんと話さなきゃダメよ?想い続けるにしても、諦めるにしても、今話さなきゃ、絶対に後悔するから…」
「絶対に…?」
「そうよ!ちゃんと話して、気持ち伝えて、自分の中で何か変化を起こさなきゃ!名前ちゃん、変わりたい、女の子らしく、可愛くなりたいって思ったから、努力して、今ここにいるんでしょ?だったら、他の事からも逃げちゃダメだよ」
「私…はるかから、逃げてる…?」
「少なくとも、私には逃げてるように見えるかな…。そりゃ、好きな人の隣に、自分以外の人がいたら辛いけどさ、でも、辛いからって目を逸らしてるだけじゃ、何も変わらないよ?また戻りたいんでしょ?元の2人に…」
伊織さんの言葉に、私は小さく頷いた。はるかの隣にいるのが私じゃなくても、また元の私達に…何でも話せたあの頃の私達に戻りたいと、私はずっと思っていた。
しかし、はるかにはみちるがいるからと、2人を見るのが辛いからと、いつも目を背け逃げていた。
「(逃げているばかりではダメ…想い続けるにしても、諦めるにしても、私が行動を起こさなきゃ、何も変わらない、か…)わかった…頑張ってみるね、私」
「うん、頑張って!応援してるからさ!」
「ありがとう、伊織さん!それじゃ、撮影行って来るね!」
私は伊織さんに笑顔でお礼を言うと、スタジオに向かった。
それから時は流れ、気が付けば、ついに明日…と言う日まで来ていた。卒業まで、もう時間がない。だけど、私は未だにはるかと話せないでいた。
何度も話そうと思ったが、何を話していいのか、何をどう伝えたらいいのかがわからなくて、戸惑っている内に今日まで来てしまった。
「…どうしたらいいのかな…」
誰もいない教室に、私の声だけが響いた。私は机に突っ伏すると、静かに窓の外を眺める。
「…隣にいられなくてもいいから、もう離れたくない…友達のままでもいいから、一緒にいたいよ…っ…」
後半に連れ、私の声は震えを増して行った。
誰もいない場所だと、こうも簡単に気持ちを口に出せるのに、いざはるかを前にすると、私の口からは何も出て来ない。
「どうして、素直になれないのかな…っ……こんなに、好きで好きで、仕方ないのに…」
「名前…?」
「!」
その時、教室の扉が開く音と共に、私の大好きな声が教室内に響いた。その声に、私は慌てて涙を拭った。
「そんなに擦ったら赤くなるぞ…」
はるかは私に近付くと、涙を擦るように拭っていた私の手を優しく掴み、そしてそっと親指で私の涙を拭ってくれた。
それからはるかは、私が落ち着くまでずっと側にいてくれた。暫くして、漸く落ち着いて来た頃、はるかは私と向かい合うように座り、泣いていた理由を聞いて来た。
「どうした…?1人で泣くなんて、水臭いじゃないか…」
「それは…っ…ほら、仕事の事とかで悩んでて!…はるかこそ、どうしてここに…?みちると一緒に、帰ったんじゃなかったの?」
私は何て言っていいのかわからなくなり、咄嗟に誤魔化すとはるかに話を振った。
「あぁ…ちょっと忘れ物してね、みちると別れて戻って来たんだ」
「そうなんだ…珍しいね、はるかが忘れ物なんて…」
私は自分で聞いた癖に、はるかの言葉を聞いて俯いてしまった。それを見たはるかは、ゆっくり話始めた。
「…みちるにさ、怒られたんだ。このまま卒業していいのかって…」
「……?」
はるかの突然の言葉に、私は首を傾げた。
「このまま卒業して、名前と離ればなれになってもいいのか、君を置いて無限学園に行ってしまった事を、後悔してたんじゃないのかって…」
「え…?」
はるかのあまりにも真剣な眼差しに、私は目を逸らす事が出来なくなってしまった。
「ずっと後悔してたんだ…。為すべき事があったとは言え、名前を置いて、無限学園に行った事を…」
「そんな事、今更言われたって…」
「わかってる…今更こんな事言ったところで、何かが変わるわけじゃない。でも、言わせてくれ!僕は本当に後悔したんだ…この1年が、僕達の間に大きな溝を作った…」
「…うん…」
私ははるかの言葉に小さく同意した。
「僕はその開いた溝を埋めようと、この2年努力した…けど、努力をすればする程、君は僕から離れて行った…。…それが辛く、悲しかった…」
「辛く、悲しい…?どうして…?」
私の問い掛けに、はるかは思いも掛けない言葉を口にした。
「名前が好きだから…。好きなんだ、名前の事が…昔からずっと…」
「な…っ!?」
私は、驚きのあまり目を見開き、固まった。それでもはるかは構わず言葉を続けた。
「愛してるんだ!誰よりも、名前だけを…」
「ちょ、待って!そんな…でも、だって、はるかには…!」
私は突然の事に混乱し、頭の中が真っ白になった。
「みちると噂になってるのは知ってる。けど、みちるとは本当に何でもないんだ!僕が好きなのは、この世で愛してるのは名前だけなんだ…」
そう言って、はるかは私を強く抱きしめた。それによって、はるかの胸の鼓動が私まで伝わって来た。
「!(はるか、すごくドキドキしてる…)」
「好きだ…これからも、側にいてくれ…」
はるかに抱きしめられた事で、私ははるかの想いの強さを感じ取った。いつもは強気で、どんな事にも緊張や恐怖を感じないはるかが、微かに震えていたのがわかったから…
「(はるか……私も、素直にならなくちゃダメだよね…)」
私はそっと彼の背に腕を回すと、ゆっくりと口を開き始めた。
「ねぇ、はるか…私、素直じゃないよ?」
「あぁ、知ってる…」
「デカいし、あんまり女の子っぽくないよ…?」
「そんな事ないさ…身長が高くたって、名前は誰よりも女の子らしい、僕にとってのお姫様だよ」
はるかに問い掛ける私の声は、少しずつだが、どんどん震えを増していく。
「私…っ…泣き虫、だよ…?」
「名前が泣く時は、ずっと側にいて、こうやって抱きしめてるよ」
「…っ…はるか…」
「ん…?」
「っ…好き……」
「ありがとう、名前…愛してる…」
私の言葉を聞いて、はるかは私を更にきつく抱きしめた。もう二度と、離さないと言わんばかりに…
こうして、私の長い長い片想いは幕を閉じた。
その翌日、無事卒業式を終えた私達は、屋上で今まで話せなかった分の時間を取り戻すかのように、たくさん話をした。
「…はるか、ずっとずっと大好きだよ!」
「どうしたんだ、突然…」
「いいじゃない!言いたくなったの!そんな事より、はるかはどうなの…?」
「名前が好きだよ…今も、昔も、そしてこれからもずっと、君だけを愛してる…」
はるかの返答に満足した私は、思いっきり彼に抱き付いた。
高校は卒業したけれど、はるかとの新しい関係は、まだまだ始まったばかり。この先、たくさん辛い事や悲しい事があると思う。だけど、これからは1人じゃない。はるかと2人なら、どんな困難にも立ち向かって行ける、強くなれる…そんな気がした。
私ははるかの腕の中で目を閉じ、まだ冷たい春の風を感じながらそう思った。
私に勇気をくれたのは、今も昔も、大好きなあなた…
(…名前)
(?なーに…?)
(好きだ、愛してる…)
(ん…私も、はるかが大好き…)