- 本 音
- Heroine side―…
「え…?明日、ダメになったの…?」
「うん…ごめん…」
「そっか…うん、わかった!私なら大丈夫だからさ、お仕事頑張って!」
部屋で静かに本を読んでいると、夜天が急に部屋に訪ねて来たから何かと思えば、明日のデートをキャンセルしたいとの事だった。夜天は申し訳なさそうな顔で私を見る。それに私は、いつものように笑顔で彼に言う。
「大丈夫だよ!ほら、明日がダメでも次があるし…それにさ、姉様を探す為に、夜天達がいつも頑張ってるの知ってるし!だからさ、私の事は気にしないでお仕事行って来て?ね?」
「ごめん…ありがとう、名前…」
「うん…」
夜天は私を強く抱きしめ、小さく呟いた。私も彼の背中に腕を回し、それに応えた。
思えば、私はいつも強がるばかりで、一度だって彼に本音を話した事がないする気がする。
夜天は大人気アイドルグループ、スリーライツの一員だ。そんな夜天と想いが通じ合い、付き合い始めて明日でちょうど2年が経つ。
付き合い始めた当時は、私達の故郷であるキンモク星も平和で、私達はいつも姉様やファイター、メイカーと一緒に城を抜け出してはのんびりとした時間を過ごしていた。
しかし、ギャラクシアに故郷を滅ぼされ、姉様を探しに地球に来てからは、そんな生活もなくなってしまった。
彼らと一緒に住んでるとは言え、今の私は一般人で、彼らは大人気のアイドル…生活のリズムが重なる事なんかほとんどない。
彼に会えない寂しさから素直になろうと思った事は何度もある。けど、いざ彼を前にすると迷惑を掛けたくないと言う想いから、つい本音を隠して、平気な振りをしてしまう。本当はすごく寂しいし、デートをキャンセルされれば悲しいと思う。それでも、私は嘘の笑顔を貼り付けて、本当の気持ちは心の奥底に厳重に隠し、私なら平気だよ?心配しないで?って彼に言い続ける。
只でさえ重荷になってしまっているだろう私が、これ以上彼らに迷惑を掛けるわけにはいかないのだ…
「明日の埋め合わせは、今度必ずするから」
夜天はまだ気にしているのか、それとも私を気遣ってなのか、そんな事を言ってくれた。
「もう、そんなの気にしなくていいの!私は、夜天の隣にいられるだけで幸せなんだから…」
違う。夜天の隣にいられて幸せなのは本当。だけど、気にしなくていいって言うのは嘘。本当は、埋め合わせなんかしなくていいから、明日はずっと一緒にいて欲しい。けど、そんな事言えるはずがない…
「僕も幸せ…名前が側にいてくれるだけで、本当は嫌だけど、仕事も頑張ろうって思える…」
「本当?」
「本当。名前に嘘なんか吐かないよ…」
「えへへ…嬉しいっ」
私は夜天の胸に顔を埋めた。そして、言えない本音達を必死に押し殺す。
普段鋭い夜天でも、こうしてる時は勘が鈍るのか、私の本音には全く気付かない。ただ優しく私の頭を撫でてくれる。
私は夜天の手付きがあまりにも優しくて、つい泣きそうになってしまい、慌てて顔を上げる。
「あ、そうだ!洗濯物干さなきゃ!」
「そんなの後でいいじゃん…」
「ダメ!いつまでも干さないで洗濯機の中に放置してたら、せっかく洗った洗濯物臭くなっちゃうでしょ!臭い服着たい?」
「……やだ」
「でしょ?だから、パッパと洗濯物干して来るね?」
「…わかった」
夜天は不満そうな顔をしてたけど、私は何とか彼を言い包め、急いで部屋を出た。これ以上夜天と一緒にいたら、本当に泣いてしまいそうだったから…
―――――
Yaten side―…
「え…?明日、ダメになったの…?」
「うん…ごめん…」
「そっか…うん、わかった!私なら大丈夫だからさ、お仕事頑張って!」
「本当にごめん…」
「だ、大丈夫だよ!ほら、明日がダメでも、また次があるって!それにさ、姉様を探す為に、夜天達はいつも頑張ってるの知ってるし!だからさ、気にしないでお仕事行って来て?ね?」
「ごめん…ありがとう、名前…」
僕は名前を強く抱きしめ、彼女の耳元で小さく呟いた。
名前は僕に何も言わない。少しの我が儘も、仕事でデートをキャンセルしなきゃいけなくなっても、ドラマの撮影で他の女の子とキスしなきゃいけなかった時も、ファンの女の子に2人の時間を邪魔されても、彼女は何も言わなかった。
ただ笑顔で、仕方ないよ。それが夜天の仕事なんだから。私の事は気にしないでって言うんだ。
気にしないでって言われても、僕が名前を気にしないわけないのに…。
それでも彼女は気にしないでって、いつも笑顔で僕を送り出す。
彼女が本当はどう思ってるのか、会えなくて寂しいと思うのは、デート出来なくて悲しいと思うのは僕だけなんだろうか…
それとも、僕に迷惑を掛けまいと、無理をしているのだろうか…
名前が一言嫌だと言ってくれれば、僕は仕事なんていくらでもキャンセルするし、演技とは言えど、他の女の子とキスなんて絶対にしない。
ただ一言、行かないで、側にいてって言ってくれれば、明日の仕事だってキャンセルしたのに…
せっかくの名前との記念日に、仕事なんてやってられない。プリンセス探しもそりゃ大事だけど、僕の中の一番は常に名前なんだから…
「明日の埋め合わせは、今度必ずするから」
「もう、そんなの気にしなくていいの!私は、夜天の隣にいられるだけで幸せなんだから…」
僕が埋め合わせをすると言うと、彼女は微笑み、また気にしなくていい、そう僕に告げた。
僕の隣にいられて幸せだって言ってくれたのは素直に嬉しい。でも、僕が望んでるのはそんな言葉じゃない。
「僕も幸せ…名前が側にいてくれるだけで、本当は嫌だけど、仕事も頑張ろうって思える…」
「本当?」
「本当。名前に嘘なんか吐かないよ…」
「えへへ…嬉しいっ」
僕は彼女の本当の気持ちが知りたいと言う本音を隠し、僕の胸に顔を埋める彼女の頭を優しく撫でた。
こうやって名前に触れるのも、随分と久しぶりな気がする。そう思うと、僕はこの腕の中に名前を閉じ込めて、離したくない衝動に駆られた。
そしてそのまま彼女の頭を優しく撫でていると、急に彼女は顔を上げた。
「あ、そうだ!洗濯物干さなきゃ!」
「そんなの後でいいじゃん…」
僕は名前を離したくなくて、不満そうな顔で彼女を見つめた。
「ダメ!いつまでも干さないで洗濯機の中に放置してたら、せっかく洗った洗濯物臭くなっちゃうでしょ!臭い服着たい?」
「……やだ」
「でしょ?だから、パッパと洗濯物干して来るね?」
「…わかった」
結局僕は彼女に上手く言い包められ、大人しく部屋で待つ事になった。そして僕が腕を離すと、名前は慌てて部屋を出て行った。
「!」
その時、僕はある事に気付いた。慌てて部屋を出て行く彼女の目が、僅かに涙で濡れていた。
「(今、泣いてた…?どんな時でも、名前は絶対に涙なんて見せなかったのに…)」
その瞬間、僕は気付いた。やはり彼女は、僕に迷惑を掛けまいと無理をしていたのだ。彼女の言動が、僕にとって迷惑だなんて事は絶対にありえないのに…
「名前…!」
そう思うと僕は居ても立ってもいられなくなり、すぐに彼女の後を追い部屋を出た。
―――――
部屋を出た私は、星野達の制止の声も聞かず、マンションの外へと飛び出した。それからフラフラとマンションがいくつも並ぶ住宅街を1人とぼとぼと歩いた。
そして辿り着いたのは、住宅街から少し離れた夜景の綺麗な高台。
私は備え付けのベンチに座り、1人静かに涙を流した。
「っ…どうして…涙、止まんない…」
どれだけ経っても、私の涙は止まる事を知らず、私は何度も何度も袖口で涙を拭い続けた。
すると突然、誰かの手によってその腕を掴まれてしまった。
「ッ…ハァ…ハッ…そんなに擦ったら、目赤くなっちゃうでしょ…」
「!夜天…」
そこには、息を切らせた夜天がいて、私は驚きのあまり目を見開いた。
「どうして…」
「名前が泣いてたから…1人でなんか泣かせたくなかったんだ…」
呼吸を整えた夜天は、私をじっと見つめながらそう答えた。
「何で…夜天、学校と仕事で疲れてるんだから…私の事なんて、放っといてくれてもいいのに…っ」
「放っておけるわけない!」
夜天は珍しく声を荒げた。それに驚いて、私は言葉を失う。
「放っておけるわけないじゃん…僕は誰よりも名前が大事で、誰よりも名前を愛してるんだから…」
そう言って夜天は私を抱きしめた。それに私の涙腺は再び緩み、涙が溢れて来る。
「夜天…っ…」
「誰よりも好きだよ…仕事なんてどうでもいい。僕には、名前さえ側にいてくれれば、それでいいんだ…」
「ん…っ…」
「今まで無理させてごめん…これからは、デートのキャンセルもしないし、出来るだけ側にいられるようにするから、だから名前も1人で泣かないで。僕がずっと側にいるから…」
私は夜天の胸に顔を埋めて、そのまま静かに頷いた。
「名前はもっと我が儘言ってもいいんだよ…側にいてとか、もっと構ってとかさ…言っていいんだよ?」
私は夜天の言葉に顔を上げる。私の目にはまだ涙が溢れていた。
「っ…でも、それじゃ…!」
「迷惑だなんて思わない…むしろ、そうやって素直に思ってる事を言ってくれる方が僕は嬉しい。そうすれば、名前に悲しい思いも、寂しい思いもさせる事はないから…」
夜天はそっと私の涙を拭って、微笑んでくれた。その言動に、今まで必死に押し殺して来た感情が私の中に一気に溢れ出す。
「……行かないで…側にいてよ…っ…他の女の子に向かって微笑まないで…演技でも、仕事だとしても、他の子とキスなんてしちゃ嫌だよ…!」
「うん…」
「同じ家にいたって、夜天達は仕事があるから会えるのなんて学校でくらいだし、デートだって、ずっと楽しみにしてたのに…いつもいつも仕事で…っ」
「ごめん…」
「……側にいてよ…1人じゃ、寂しいよ…」
私は声を震わせながらも、今まで溜め込んでいた寂しさや悲しみを全て夜天にぶつけた。夜天はそれを嫌な顔もせずに、私を抱きしめたまま、静かに聞いてくれた。
「うん…ごめん…でも、これで名前の気持ちは伝わったから。もうデートのキャンセルもしないし、仕事だとしても他の女の子とキスなんか絶対にしない。明日の仕事も、帰ったらちゃんとキャンセルするし、ずっと名前の側にいるよ」
夜天はそう言って、私の頭を優しく撫でてくれた。それだけで、今まで決して満たされる事のなかった私の心が、満たされていくような気がした。
あの後、一頻り泣いた名前は、泣き疲れたのか、僕の腕の中で眠ってしまった。
「……名前?…寝てるし…」
僕は名前の寝顔を見て微笑むと、名前を抱きかかえ、星野達の待つマンションへと帰った。
「ただいま」
「夜天!」
「名前はっ…無事のようですね…」
家の中に入ると、扉の開く音を聞き付けたのか星野と大気が慌てた様子で玄関までやって来た。そして、僕の腕の中で眠る彼女を見て、2人は小さく安堵の息を漏らした。
僕達は家の中に入ると、彼女を僕の部屋のベッドにそっと寝かせ、リビングに戻った。リビングに戻り、ソファーに座って漸く一息吐く事が出来た。
「なぁ、お前ら喧嘩でもしたのか?」
「違うよ…ってか、こうなったの元はと言えば星野が仕事受けたせいなんだからね…」
「は?俺?」
僕の言葉に星野はわけがわからないと言った顔をしていた。
「そうだよ!明日は、名前と付き合い始めて2年目の記念日なのに…」
「そう言えば、先日そんな事言ってましたね…」
「明日は大切な日だから、絶対に仕事入れないでって前から何回も言ってたのに!」
「あー…っと、その…悪い…」
星野はそう言われ、何かを思い出したのか素直に謝って来た。
「悪いと思うなら、星野がキャンセルの電話入れといてよ。僕は知らないから」
「はぁ!?俺かよ!」
「何?何か文句あるの?」
僕は星野を軽く睨んだ。すると星野は、引き攣った顔で何でもありませんと僕に言った。
「夜天、キャンセルの電話は私が責任持って星野に掛けさせるので、あなたは名前の側にいてあげて下さい」
「言われなくても、そうするよ…星野、ちゃんとキャンセルしといてよね」
僕は立ち上がり、一度星野に視線を向ける。
「わかったよ!掛けりゃいいんだろ!!」
「絶対だからね…」
「あーもう、わかったって!早く行けよ!」
僕は星野に念を押すと、名前の待つ自室へと向かった。
自分の部屋に着き、彼女を起こさないように、そっと扉を開け中に入った。中に入ると、まだ僕のベッドですやすやを寝息を立てる名前に思わず笑みが漏れた。
「ごめんね…寂しい思いさせて…もう、そんな思い絶対にさせないから…」
僕は静かにベッドに近付くと、ベッドの端に座り、彼女の寝顔を見ながらそっと呟いた。
「んん…っ……夜、天…」
その時彼女が声を漏らした為、起こしてしまったのかと思ったが、どうやらただの寝言だったらしい。
今の寝言から、僕の夢を見てくれているのだと思うと、彼女への愛しさが胸の中に溢れた。
「愛してる…」
僕は静かにそう呟き、彼女の目蓋にそっとキスを落とした。そして彼女を起こさないようにそっとベッドに入ると、彼女を抱きしめ、久しぶりに名前の体温を感じながら一緒に眠った。
僕の一番は、永遠に君だけだよ…
(泣かせて、いっぱい寂しい思いさせてごめん。
これからは、ずっと名前の側にいるから…
だからもう、1人では泣かないで…?)