髪結い縁(BSR三成夢)
「貴様は私を裏切るな」
これが、傭兵である私の雇主、石田三成が契約直後に告げた言葉だった。
傭兵に裏切るな、だなんて馬鹿げている。傭兵がどんなものか、彼は分かっているのだろうか。
『金さえくれれば裏切りはしない。私は傭兵だから』
「そうか」
傭兵とは金を対価に己の力を雇主の為に振るう者。そこに情なんて絡まない。雇主と敵対する軍の言う絆とか心底どうでもいい。私は一人で金の為に武器を操り、そして金が溜まったら遊んで暮らすんだ。
契約は東軍総大将、徳川家康を討ち取り天下分け目の戦い終了まで。それが終われば金が手に入る。そしたらこの雇主とはおさらば。
…そう、思っていたのに。
「アイ」
『…ん?』
後ろから三成に呼ばれて胸が高鳴る。そんなことを内に抑え、平常心を装って振り向くと案外近くに三成の顔があってまた胸が高鳴った。
「これをやる」
ずいっ差し出された三成の手のひらに乗っていたのは、髪紐だった。数種類の色の糸が丁寧に編み込まれている、見たところ中々上等なものだ。私は少しの間それに見とれ、そしてふと一つ疑問が頭を過ぎった。
『…どうした?突然……』
三成は女に贈り物をするような人間ではない。東軍の総大将、徳川家康の首以外に興味など無く他人に気を遣うような人間でもない。
そんな三成が、私に突然髪紐を贈ってきたのは何故?
三成は私の言葉を聞くと戸惑うように視線を泳がせ、いや、とかその、とか呟くだけで珍しく歯切れが悪くなった。
「…以前、貴様が髪が邪魔だと言っていたのを聞いて、たまたま髪紐を扱う店を通り掛かったのでな……」
『…あ』
そういえばそんなことを言ったような気がする。鍛練の途中、髪が顔にかかって邪魔だな、と呟いたような気もするが…その時は一人で鍛練をしていて、完全な独り言だった。それに戦が近くなったら切ろう、と思っていた為そのままにしていたが…聞いていたのか。
私が黙ってまま受け取らないでいると三成は気に入らなかったか?と小さめの声で言ってきて、私は慌てて手のひらに乗せられたままの髪紐を手に取った。
『いや、気に入った。ありがとう』
「そ、そうか。良かった…」
ほっとしたように三成が呟くのを聞きながら、私は髪紐に視線を落とした。
何気ない私の一言を覚えていて、贈り物をしてくれた…そう考えるとつい顔が笑ってしまいそうになる。いかにも女らしい髪紐が嬉しいとか、自分を女として見てくれていたとか、そんな女々しい感情をまだ持っていたなんて。
…私が、雇主に恋しているだなんて。離れたくないなんて。
「用件はそれだけだ。私は戻る」
『あっ…』
すっといつも通りに戻って踵を返す三成に、思わず声が出る。小さな、短い声にもならないようなものだったが三成には聞こえたらしく振り返った。
「どうした。何か用があるのか」
『あ、いや…次の戦、必ず活躍してみせる。その次も、更に次も…どの戦でも』
「ふん、当たり前だ。…だがそれをやったんだ、髪は切るなよ」
私は今の髪型を気に入っている、と言って、今度こそ立ち去った。
『…気に入っている、か』
完全に姿が見えなくなった後、己の髪の毛先を摘みつつ呟く。邪魔なだけだと思っていたが、なんだか自分まで気に入ってしまいそうだ。
まだ、捨てきれていないのならば。一度だけ、女に戻っても良いだろうか。金の為で無く、愛した男の為に、彼と彼の切り開くべき道を守る戦いをしても平気だろうか。
いや、そんなことはやってみなければ分からない。元々褒められた生き方ではないのだ、好きに生きる。
手早く髪を纏め、真新しい髪紐で結ぶ。これを何より価値ある報酬、そして縁とし、私は戦おう。私は傭兵…だけど今だけは、三成の忠臣として力を振るう。だから…
『私は絶対にお前を裏切りはしない』
―――
書いてるうちにだんだん三孫書いてる気分になっちゃった作品。夢のはずなんだけど…傭兵設定が良くなかった。因みに雑賀衆とは関係ない個人の傭兵です。あと縁はえにしと読んで欲しいです。
という訳で(?)ボツ行き。名前変換一回しかしてないし!
因みに最初と最後が対話になるようにしてみましたが特に意味はないです←
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[mokuji]
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