月に焦がれた狐(BSR三成夢)
「狐の社…ですか」
我が主、秀吉様の私室にて私の呟いた言葉に目の前にいる豊臣軍随一の軍師、半兵衛様は頷かれた。その顔は穏やかに笑まれている。
「そう、狐のお社。何でもそのお社には美しい狐の神がいてね、幸運を与えてくれるとか」
「はぁ…」
半兵衛様の話を聞きつつも訳が分からず首を傾げる。私は半兵衛様ほどの頭脳は持ち合わせず、何事も直接的なので、半兵衛様の意図することが読めないのが歯がゆい。
「それで、その社がどうかなされたのですか?」
「いや、たまには願掛けでもどうかなと思っただけだよ。特に君は自分を省みない戦い方をするからね、少しでも怪我が少なくて済むようにという秀吉の意向さ」
「秀吉様が…」
秀吉様、その言葉に自分の胸が熱くなるのを感じる。秀吉様が私などの心配をなさってくださった。
「うむ。三成よ、ぬしは豊臣の大きな戦力だ…我はできる限り怪我をせずに帰って欲しい。…気休めにはなるだろう?」
黙って私を見つめていた秀吉様もそう言い、少し笑まれる。
「有り難きお言葉…!ならば、今夜にでも訪れてみます」
「そうすると良いよ。用件は終わりだ、下がって良いよ」
「はっ、失礼致します」
頭を垂れて、秀吉様の部屋から退出する。空を見上げれば太陽は西に傾き、辺りを炎の如く赤く染め上げている。もうじき日が暮れ、月が空に浮かび上がる時刻になる。
…もうじき夕餉だ、その後にでも行くか。秀吉様の勧めるような社だ、すぐにでも行きたい。普段は神など信じない私だが、今なら信じられる気がする。秀吉様のお言葉も相俟って少なからず効力を発揮するだろう。
「…それまでは自室にいるか」
そう呟いてから踵を返し、自室へと歩を進めた。
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日は沈み、淡く優しく光を放つ月が夜空に浮かぶ。周りには数多の星が煌めき、暗い夜の空を賑わせる。人の気配が無くなり静寂に包まれた社は、もの寂しく見る人によっては不気味にすら感じられるだろう。
『…今夜も風が気持ち良いわね』
そんな夜、小さな社の屋根に腰掛け風を肌に感じながら私は呟いた。風が吹く度に豊かな金色の毛に覆われた耳と尻尾が揺れる。狐の持つそれと同じ、耳と尻尾。
私は神の子だと母は言った。神の使いの狐と霊力を持った男との間に生まれた、生まれながらにして神聖な力を持つ娘。私は村の者に社に閉じ込められた。決して外に出ぬよう念を押されて。
『ま、そんな言いつけ守る気は無いけれど。夜は誰も来ないし、良いよわね』
思い返してから一人呟いてまた空を見上げる。
度々願掛けに来る者や昼には見張りらしき村の者がくるが知ったことではない。
足をぶらつかせながら月を見る。月は美しい。太陽のように身や目を焼かれる心配もない。ただ静かに、包むようにそっと照らすだけ。嗚呼なんと美しい。
その時、ぱきっと木の枝が踏まれて折れる音がした。それもかなり近くで。まさか、こんな時間に参拝客などと音のした方を見た時には遅かった。
「…貴様、は……!?」
驚きで目を丸くしながら呟くのは、男だ。細すぎるほど細い長身の体躯、前が目を隠さんばかりに伸ばされた銀色の髪、色の薄い肌、藤色が映える戦装束。鋭く長い目は真直ぐにこちらを見つめている。
『夜に社を訪れる人がいるなんて、驚いたわ。おかげで見られちゃった』
本当は誰にも見られてはいけないと言われていたのだが、いざとなれば誤魔化せるだろうと考え、声をかけてみる。他人に声をかけるなんていつぶりだろうか。
少しの間男は呆然としていたが、我に返ったようで鋭い目を光らせながら睨み付けてきた。その眼光は凄まじい威圧感を放ち、私が普通の人間かもっと気の弱い者だったら畏縮していただろう。けれど私は好奇心の方が勝ったので気にしない。
「貴様は誰だ。怪しい輩だ…」
『この姿見て分からないのかしら、ここは狐の社よ』
「…貴様が狐の神というやつか?」
『そんなものよ』
目の前の男は尚も警戒心を解かず睨み付けてくるが、手にした刀を突き付けてこないだけマシだろう。
この耳と尻尾見てよ、と意識して尻尾を揺らすと、そこに視線が集中する。
「貴様が神とは、俄かに信じがたいな」
『神は気紛れってご存じない?それよりもあなた参拝客?こんな時間に』
音を立てずに跳躍し、男の目の前に降り立つ。男は刀に手をかけ何時でも斬りつけられるよう構えたが、私がただ見つめるだけだったので構えを解いた。
『ねぇ、私暇なの。参拝ついでに話し相手になってくれない?』
微笑みながらそう言うと、警戒心は解かないまま眉間に皺を寄せ、聞くだけならしてやろうと言い放った。
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『ふぅ、こんな風に人と話したのいつぶりかしら』
ぐぐ、と社の屋根に腰掛けたまま伸びをして言う。隣には男が座っていて、腕組みをしている。
私の生い立ちやらその他の他愛もないことを話している間に大分時間が経ったようだ。私が一方的に喋り男はたまに相槌を打つだけだったけど。
「神の子とは相当暇らしいな。よくそんなに喋れるな」
『む、確かに暇だけどさ…でもちゃんと全部聞いてくれたし、相槌も打ってくれたね』
「…ふん」
ふい、と顔を逸らす男にくすりと笑う。狐の耳と尻尾をつけた怪しい女の話、適当に理由つけて帰ることも出来たはずだけどしなかったし、この人はきっと不器用なだけで優しい人なんだな。顔も良いし強そうだし、なんだか興味が沸いてきた。
『私、あなたのこと知りたいな。ね、名前なんて言うの?見た目からして武将だよね』
「何故言わねばならん」
『良いじゃない、別に』
「…石田三成だ。豊臣軍に属している」
石田三成。頭の中で名前を呟いて覚える。それと豊臣軍。参拝客の中にそれ関連のお祈りした人いたな。
『じゃあ三成と呼ばせてもらうかな』
「好きにしろ。…予定外に時間を食った、私は帰る」
『あ、ありがとうね、話聞いてくれて。話し相手出来て嬉しかったよ』
屋根から降りて来た道を戻ろうとする三成にそう言って手を振ると振り返ってくれた。
「…ならばまた話を聞いてやる。貴様は嫌いではないからな…」
『本当?嬉しいね』
「…またな、アイ」
隣にいる間ずっと仏頂面だった三成が小さく微笑んで言った瞬間、心臓がどくんと大きく波打った。
ほんの一瞬の出来事で、すぐにさっきまでの仏頂面に戻ると何事もなかったように歩き去り、森の中に消えた。
三成が闇に溶けてからも私は時が止まったように暫く固まって、ふと気付いた時には鼓動が早くなっていた。苦しい、今までこんな苦しいことなかった。
『…名前を呼ばれるのって、こんな嬉しいものだったっけ』
名前を呼ばれるのは別に普通だ。村の者は私の名を知っているから呼ぶ時もある。何だ、今までと何が違う……
…ああそうだ、様が付いてないんだ。村の者は神の子、普通とは違う者の私に様をつける。その声は重々しくて、畏怖の念がありありと出ている。
けれど三成は、私を一人の人間として、普通に呼び捨てたのだ。私を見て畏れない人なんて、初めてだ。私に笑顔を向けてくれた人なんて…
『…石田三成、かぁ……』
私は変わらず星が瞬き月が浮かぶ空を見上げる。そういえば三成、私の話聞いてそのまま帰ったけど結局何しに来たんだろう、と気付いたのはそれから少し後だった。
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中編書こうと思って書き始めたは良いけど続きが全く浮かばないまま数年経ち面倒になったという酷い経緯のお話。多分書かないからこっち行き。お狐様と三成様という組み合わせを書きたかっただけなんです…!
あと秀吉様と半兵衛様書けない
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[mokuji]
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