朝一の電車に乗ってどうにか帰ることができた。
「ただいまー」
小さい声でそう呟いた。まだ誰も起きてないんだろう。時間が時間だし、昨日ははしゃいでたし。
家族を起こさないように忍び足で自分の部屋に行く。昨日もこの部屋で寝ていたはずなのに遠い過去のことのようだ。それだけ深夜の攻防の密度が高かったということだろう。
愛しき俺の部屋。ふかふかの布団。そう布団。早く寝たい今すぐにでも寝たい寧ろ寝る。
ふらふらになりながら自分の部屋のある二階へ向かう。階段が辛い。何度滑り落ちそうになったことか。
漸く自分の部屋に着いて、あまりの感動に扉に縋り付きたくなった。実際扉にタックル仕掛けそうになって正気に戻ったわけだが。
ノブを回して部屋に入る。帰ってきましたよ俺の部屋!
「……え?」
部屋?思わず部屋の外に出て場所を確認する。そんな、二十何年この家と付き合ってきてるんだ。今更自分の部屋が分からないなんてそんな事はない。ここは確かに俺の部屋だ。
きっと見間違えに違いない。疲れてるんだよ俺。
まさかそんな、何もないなんて、さぁ。
「やっぱり、何も、ない……」
嘘だろと呟いて母さんの寝室に向かった。漸く寝られると弛緩しきった脳を叩き起こしてのろのろと歩く。
「母さん……」
絞り出すように声を出して布団にくるまる母さんを軽く叩く。
何回かそれを繰り返していたら母さんがうーんとか言いながら布団から顔を出した。
「母さん、俺の部屋の荷物ないんだけど何処やった?」
起きたと言っても返ってきた返事は寝惚けてるような言葉だった。
「うん……? 大体の荷物は向こうに送ったけど……、何してるの」
全く母さんは何を言っているんだろうね!まだ夢でも見てるのかな。向こうって何処だろう?
「いやだからさぁ、部屋の荷物。まさか捨てたとか言わないよな」
ごろんと寝返りを打って此方を向く。夢にでも浸ってるのかと思ったけど目はしっかりと俺を見ていた。
「……だから、向こうに送ったって言ってるじゃない……、早く帰りなさい」
そう言うとまた反対側を向いてしまう。本当に向こうとは何処なんだ。
とりあえず家を見て回ってみたがどこにもなかった。どう見てもないだろと思うような場所も探したら予想外に時間が掛かって、いつの間にか母さんが忙しなく行ったり来たりしていた。
「母さん……、本当に、俺の私物どこ?」
再度聞いてみたら母さんは呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。
「もうすぐアンタの嫁さんがくるから玄関でおとなしく待ってなさい」
どうしよう言ってることが分からない。俺いつの間に結婚したんだ。昨晩のか?ふと思い出される昨晩の悲劇。
「母さん、俺」
友達と約束あるから行ってくるよ、と言おうとした途端に鳴るインターホン。これが噂をすれば陰という奴なのか。こんなに恐ろしいなら実体験なんてしたくなかった。
ドアを開けるとそこには、まあお察しの通りというか、俺の嫁さんがいた。他に例えようもなく、俺の周囲の認識は俺の嫁らしいからそう例えただけで他意などない。あってたまるか。
「数時間ぶりです、旦那様」
ソイツは、出てくるのが俺だと決まっていて、そしてそれを分かっていたと言わんばかりの早さでそんな挨拶をした。