屋上での大量殺戮の後、私は生きていた。
走ることも逃げることも抵抗することも苦手な私が、珍しい。
逃げる途中で気づいたのだが、感染者たちは都心部へ向かっている。新たな都でも築くつもりなのか。
何にしても、彼らが東京に向かっているなら私たちは逆に進むだけのこと。確か隣県に友達が住んでいたから、うん、一緒に逃げようって誘ってみようかな。

早速荷物をまとめて駅に向かう。線路沿いに歩けば着くはずだ。
しかし線路の中には沢山の人がいた。みんなして遊んでいる。比喩でも揶揄でもブラックジョークでもなく、遊んでいる。各々がバドミントンやテニス、サッカーやらキャッチボール。それだけ見れば体育の時間と錯覚するかもしれない。しかしそこは線路だ。
笑顔笑顔笑顔。見た目は平和で楽しそうだが皆が狂気を秘めた笑顔を浮かべている。こんな状況でそんな下らない遊びに興じるのなんて決まってる。感染者だ。
遊びに夢中で気づいていないのか何なのか、無事駅について電車にも乗れた。一人でボックス席を占領してなお余りある座席。こんなに人間が減ってしまったのかと絶望しながら考えた。
彼らが私に何もしなかった理由は遊んでいたからなのだろう。夢中になる対象がそこにあるから余所に目がいかない。私の手を踏んだときも彼らは全くの無関心だった。
実に単純な新人類ね。子供のようだ。殺戮に飽きたら拷問でも始めるのだろうか。大衆の娯楽は自分より下の人間の拷問風景である。きっと手を叩いて喜ぶでしょうね。歴史は繰り返すのです。
終点はまだかと思っているとずっと一人だったボックス席に人が来た。二人も。
「すみません失礼しま………あ」
「あ」
私の前に座ったのは私の友達だった。何たる偶然。こういうサプライズなら悪くないな。
二人も感染者の動きに気付いたらしく、都心から離れたところに行くらしい。二人して大きなリュックを背負っている。登山でもするのか。
「いざ出るとなったらあれもいるかなこれもいるかなって思って…」
「それでリュックから溢れてたから私のに入れて上げたんだ」
リュックどころか財布と学校鞄しか持っていない私に少しくらい分けてくれてもいいのよ。
そういえばさっきからお腹が痛い。空腹のせいかな。朝に少し食べたきりだもんな。人に食欲を感じ始めたから今かなりやばい状態だと思う。
「おなかいたい」
言いながらお腹を擦ったら、友達の一人が変な顔をした。それから私の顔を見て一言。
「お腹痛いって…感染の初期症状だった気がする…」
「え」
言葉にならないとはこのことだ。言葉になってるけど。驚いてこれ以上のことなど言えない。
そうかなるほど。やけに電車の中にいる人たちが美味しそうに見えるのは空腹のせいじゃなく感染していたせいか。いつかかったのか考えても浮かばないが彼らと一番近付いたのは手を踏まれたときと屋上で大量殺戮が行われたときか。具体的には分からないけど。
それより、みんなから感じる視線が気になる。友人二人だけではなくこの車両にいるほぼ全員の人が私を見ていた。この目はあれだ。私たちが頭のおかしい人間を見たときにする目。私はおかしくないと思わず襲いかかりそうになる。時間的に今日のおやつにしてやろうか。
そう、きっと他の感染者もこんな気持ちで人を襲うようになったのね。話しても通じなさそうな相手は暴力で屈服させるしかなかったと。今理解してもしょうがないな。

電車が停車してドアが開いた。色々あって一、二分停車するから手動で開くらしい。
私は鞄を持って席を立った。
「あのね、次の駅に友達の家があるの。多分感染してないからそこに行ったらどうかな」
「え、お前は来ないの?」
友達としての最後の善意でしょうか。そういうの見ると余計お腹空いちゃうよ。しかも言葉と表情が一致していない。降りるなら降りてくれって顔。
もしかして母さんと別れたときこんな顔してたのかな。思い出したくもないね。仮に私がそんな顔をしていたとして、それでも大丈夫、と私を逃がしてくれたんだ。
大丈夫。母さんも、名前も知らないあの女の子も、そう言っていた。
「大丈夫。だってほら、線路辿って戻っていけばさ、仲間いっぱいいるよ、多分」
もしかしたら食料と立場逆転してるかもしれないけど。
とりあえずそう言って降りていった。やっぱり歩いて帰りたいな。向こうに着くのが遅くなるように。感染してても自我は無くさないのかこれから無くなるのか。何にしても理性との戦いになりそうだ。果たして我慢強くない私がどこまで保つでしょうね。
しかしおなかすいた。電車を降りたところで空腹感がどうにかなるわけでもなし。
パンとか売ってないかな。売店を覗いても食べ物は見当たらず。できれば人を食べ物と判断してしまう前に何か食べ物を。
ふと目の前で食べ物を広げている三人組を見た。無意識に近くに行ってしまう。三人組からは不審な目で見られた。
「あっ、あー、その、食べ物を恵んでいただけないでしょうか」
普段の私なら目を逸らして逃げていたでしょう。そんなことをする余裕がないくらい切羽詰まっているんでしょうね。
三人組は顔を見合わせて、示し合わせたように頷くと食べ物の山に手を突っ込んで、袋を一つ投げて寄越した。袋の中身はメロンパンだった。
「わ、ありがとうございます!」
久しぶりの食べ物だ。と思いながら袋を剥いて食べ始めた。
やっぱり一袋じゃ足りないな。だからと言ってこれ以上寄越せと言うのはどうかと思うし、帰る途中コンビニもあるだろう。もう一度三人組にお礼を言って、その場を後にした。

まあつまり、余程空腹じゃなきゃいいんだよね。こまめに何か食えと。多分あのメロンパンがなければ私は三人組をメロンパンの代わりにしていたに違いない。
しかしメロンパンを食べたら余計にお腹が空いた気がする。中途半端に食欲を刺激したせいかもしれない。早く食べ物を見つけないと。
あああああ、今すれ違った人、凄くおいしそう。
やっぱりね、私我慢とは仲良くなれないみたいだ。下車しといて良かったね。


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