花の手入れをしていたルカは、エアリスの髪がピンクのリボンで結われていることに気が付く。
話を聞くと、以前スラムを案内した際の御礼も兼ね、ザックスから貰ったらしい。
思い起こせば、伍番魔晄炉から教会に落ちてきた際にもエアリス相手に「デート1回」と言っていた男だ。凄まじい行動力だとルカは苦笑する。
ちなみに、今しがた話題に上がった青年は、花売りワゴンの製作に必要な部品を収集すべく、スラム中を駆け回ってくれている。

「あのね、ルカ」
「ん?」
「――…ザックス、泣いてたの」

ルカの胸は動悸が増し、引き攣ったように指先の動きを止める。
エアリスは静かに語り始めた。

「あの大きな剣、背負ってやってきた日。すごく、つらそうだった」
「そっか…」

アンジールからザックスへ引き継がれた誇りの剣。
彼にとって自分の感情を曝け出せる場所は、この教会だったのだろう。
凄惨な情景は幾度となく心を蝕み、辛苦や悔恨、懺悔は尽きることがない。
それでもなお、彼はソルジャーとして生きていくと誓いを立てた。

「あたしも、ソルジャーなんだ」

ルカの発言に、エアリスは真摯な翡翠色を瞬かせながら小さく頷いた。
長剣を携え、神羅カンパニーの関係者と共に行動している姿から勘づいていたのだろうか。あるいはザックスから話を聞いていたのかもしれない。

「初めて会った時、ルカがソルジャーだって、分からなかった」
「そうなの?」
「うん、私が想像してたソルジャーと、違うから」

エアリスは一呼吸の後に再び口を開く。

「スラム、案内した後、ザックスにひどいこと、言っちゃった」
「ひどいこと、」
「ルカにとっても、ひどい言葉、だと思う」

詳細は不明だが、ザックスやルカがソルジャーだと理解する前に何か告げた言葉があったようだ。
エアリスは過去を責めているのだろう。酷く傷つき、憂悶に掻き乱された表情を浮かべている。

「ソルジャーは普通じゃないわ。恐怖心を抱いたり、忌避したくなるのは自然な事よ」
「ルカ…」

理由はどうあれ、普通の人間があえて肉体を変異させるのだ。
魔晄による強化によって、肉体に宿る大いなる力をどう使うかは本人次第。まさに諸刃の剣というべき存在だ。

「だからこそ、ソルジャーの誇りを忘れるなって言ってくれた人がいたの」
「――ルカの、幼馴染の人?」

弾かれたようにルカは顔を上げ、隣にしゃがみ込んでいる少女を凝視する。

「どうして…」
「前にルカ、言ってたよ。幼馴染の人達が、何を考えてるか分からないって」

ウータイでの殲滅戦後、ルカはジェネシス・コピーとの対峙とアンジールの失踪に打ちのめされていた。
下っ端のくせに神羅ビルでの待機命令を無視し、教会に訪れたのだ。


『幼馴染達がね、何考えてるか分からなくて…色々と困ってるんだ』
『幼馴染?』
『そう。ひとりは責任感が強くて優しいひと。もうひとりは高飛車であたしのことをからかって楽しんでるひと…』
『……ルカは、その人たちのことが大切なんだね』



大切な人達。
「ふたりもルカを思っている」と、少女は春風の温もりをもって包み込んでくれた。
そして今も。

「ルカがよければ…つらくなったら、ここに来て」

静寂に包まれた空間に光を差し込み、エアリスは慈愛に満ちた微笑を浮かべる。



「私、ここにいるから。ずっとここで、待ってる」



――魔晄色の瞳の淵から、雫が柔く融けだしていく。
ありがとう。
声にならぬ感謝の言葉を込めて、ルカは少女の肩にほんの少しだけ凭れかかった。










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「なんか、かわいくないね」

回収した花売りワゴンの材料は無骨な廃材が多かった。組み合わされて出来あがったそれは案の定、不格好。白い頬を膨らませ、不満げなエアリスに対し、ザックスは明るく笑う。

「そうか?ま、いいじゃない。メインは花なんだから」
「納得、できない。ルカもでしょ?」
「そうね、女の子が持つならかわいい方が良いかも」

現在は休業中だが、「なんでも屋」の事務所の内装に使われている布地や造花の余りがあったことを思い出す。出来れば愛らしい装飾を施してあげたい。
だが外観からも伝わってくる重量感に、そもそもエアリスが扱う事が可能か試した方が良さそうだ。
「ぜいたく言わない!」とザックスが言えば、「ささやかな希望、言っただけ」とエアリスが反論する。
まるで子犬や子猫が戯れるかのようだ、ルカは目を細めて彼らのやり取りを見守っていた。

「ささやかだけど、たくさんあるんだろ?」
「あたり!聞く?」
「ふふ、何個あるの?」
「うーん…ニジュウ、サン?」

指折り数えつつ無邪気に振り返った少女に、流石のザックスも肩を落とした。ルカは必死に笑いを堪えていたが、唇を尖らせた彼に軽く小突かれる。
「ささやかな希望」を紙に書き留めてもらっている最中、ルカの携帯が着信を告げる。
ディスプレイに浮かび上がった恋人の名に相反して、彼女の心に過るのは言い知れぬ不安だ。

『状況が変わった、本社に急げ』
「了解。今ザックスも一緒なんだけど、連れていくわ」
『ああ、頼む』

ルカが電話を切ると、共にいるザックスからの真剣な眼差しを感じる。互いに思うところは同じなのだろう、ルカが頷き返すと躊躇いがちにエアリスが口を開いた。

「…お仕事?」
「残念」
「ごめんね、エアリス」

彼女は「構わない」と首を横に振った。傍にいたザックスに、23個のささやかな希望を書き連ねた紙を渡す。
またすぐに会いに来ると約束をし、祈りを束ねた光を浴びながら、2人のソルジャーは教会を後にした。


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