夕暮れの中、照らされる青紫のリンゴ。 帰り道の途中、どこかの家からか漂ってくる美味しそうなカレーのにおい。 いつまでも遊んでいたいと駄々をこねて。 三人で手をつなぎながら 変わらない明日が来ることを 信じてやまなかった、あのころ。
『ルカ、』
村のはずれにあるバノーラホワイトの木の根元に、青い髪の少女が蹲っていた。 僅かに顔を上げたものの、彼女の視線は足元の地面に落ちたままだ。
『もう日が暮れる、帰るぞ』
少年は幼きルカの腕に触れるが、彼女は首を横に振り、立ち上がることを拒絶する。 少年は無理強いすることなく、ルカの横に座り込んだ。 しばしそよ風が木々を揺らす音だけが辺りに漂っていたが、やがてルカは口を開く。
『アンジールは、どうしてここにいるってわかったの』
声をかけられた少年・アンジールは大人びた微笑みを浮かべる。
『かくれんぼすると、ルカはここら辺に隠れるだろう』 『…そっか』
観念したようにルカは溜息をついて、ようやく顔を上げた。 痛々しい、子どもらしからぬ疲労が滲んだ表情。 それでいて彼女の双眸は、不思議な輝きをたたえていた。 ――英雄と呼ばれている男の瞳。 大人達にけして近づいてはいけないと言われていた、「魔晄」の湖と同じ色だ。 それは彼女の身体が異質なものへと変化してしまった証であった。
『…俺は認めないって言われちゃった』
誰に、と言わなくてもアンジールには十分伝わった。 善良な村人達は、突然の不幸に見舞われたルカの境遇をいたく不憫に思い、励まし、出来る限りの援助をし――心身ともに無事であったことを何よりも喜んでくれた。 たったひとりを、除いて。
『ジェネシスは寂しいだけなんだ』 『寂しい?』 『置いていかれたような気がしてるんだろう』
アンジール自身も、ルカに突然訪れた変化に戸惑いはあった。とはいえ彼女の精神や思考はルカに他ならない、ほんの少しだけ外見が変化しただけ。 けれどジェネシスは――。
『ルカ、見てみろ』
鮮やかな夕焼けが、バノーラ村を染めていく。 それはかつてのルカの瞳と、同じ色。
『きれい』
彼女は微笑む。 昨日と変わらない笑顔のままで。
「……アンジール」
震える声に呼ばれ、目を開ける。 彼女は幼い頃よりもずっと眩しく、哀しい眼差しで自分を見つめていた。 顔も髪も汗と埃で汚れ、返り血は涙のように頬を伝っている。 情景を照らす陽は丹色に濡れていた。 今は黄昏、あるいは暁の刻なのだろう? けれど彼からすればどちらでも良かった。 故郷で見上げた空によく似ていて、ひどく懐かしく愛おしく、寂しかった。
「ルカ…」
たとえ血の繋がりなどなくても、家族同然に大切に想っていた。 ――きみを、心から愛していたんだ。
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