幸せを共に



※最終話まで読まれている方向けです
(ネタバレ回避したい方はこの時点でブラウザバック推奨です)

↓以下ネタバレ非配慮の補足事項
※生存IF
※ざっくり設定→戦争が長引かなかった平和な世界線の話(ヴォルデモートがポッター家を襲った夜、なんやかんやうまいこと働いてヴォルデモートは死亡、一家は全員生き延びた的なご都合主義の雰囲気です。ピーター不在)。







悪い夢を見た。
ヴォルデモートがリリー達を襲い、ジェームズ諸共殺してしまうという夢。ハリーだけは不思議な力が働いて守られたものの、すぐに様子を見に行った私とシリウスから引き離されて、どこかとても遠いところへ連れ去られてしまった。
その私とシリウスも、翌日になって裏切ったピーターを追いかけているところで不幸に見舞われる。ピーターを見つけたところで彼は自爆し、結果としてそれを追いかけた私だけが仮初めの自由を手に入れ、シリウスはアズカバンへ連行されてしまった。

そこで、目が覚めた。
あまりにリアルな夢だったので、すっかり現実と混同してしまった。全身にびっしょりと汗をかいており、まるで何キロも全力で走った後のように息も荒い。

そこが見慣れた自分の家だということがわかっていても、私は勢いよく起き上がって早鐘のように鳴る心臓に手を当てずにはいられなかった。
振り返って、隣に眠る恋人を見る。シリウスは私の騒々しさにも全く気付かず、規則正しい寝息を立てている。

大丈夫だ。シリウスはちゃんと、ここにいる。
私はひとつ長い息を吐いて呼吸を整え、シャワーを浴びようとぐしゃぐしゃに濡れたシャツを脱いだ。

温かいお湯が全身に沁み渡り、すっかり手足が冷えてしまっていたことに気づく。しばらく夢と現実を切り離すために目を閉じて深呼吸を繰り返し、たっぷり30分かけて心まで温めてから、私はようやく寝室に戻った。

すると、さっきまで大人しく寝ていたはずのシリウスの姿が、ベッドから消えていた。追い出したはずの焦りが再び戻り、私は慌てて家の中をバタバタを駆け回る。

「────イリス!?」

シリウスを見つけたのは、玄関でのことだった。なぜか彼まで血相を変えて、上擦った声で私の名前を呼ぶ。

「なんでそんなところにいるの?」
「ちょっと嫌な夢を見て起きたんだ。そうしたら君がいなかったから────焦ったよ、外にでも出たんじゃないかと思って」
「私も夢見が悪くてさっき起きたの。すごく汗をかいちゃったからシャワーを浴びてたところで…」

そう言うと、シリウスがたまらず私を抱きしめる。お湯が届かなかった心の芯までシリウスの温もりが入り込み、強張っていた体から力が抜けた。

「シリウス、ちゃんといるよね」
「いるよ」
「実はこっちの方が夢だったとか、そんなことないよね」
「ああ、僕らの今いる世界こそが現実だ」
「私達──── 一緒に幸せになれるよね」

確かめるようにシリウスの顔を見上げると、泣きたくなるほど優しい眼差しとぶつかった。

今日、それを誓いに行くんだろ?

────1982年、夏。
その日は、私とシリウスの結婚式の日だった。

予定より5時間も早く起きてしまったので、私とシリウスはベッドに入り直し、眠気がやって来るまで天井を眺めながらおしゃべりをすることにした。
飽きもしない昔話。出会った時のこと、仲良くなったばかりの頃のこと、何度も重ねた喧嘩、でもそれ以上に固く結んだ絆。
擦り切れるほど語り合ってきたはずなのに、思い出は何度蘇らせても色褪せることなく私の心を彩ってくれる。

「リリー達の結婚式、とっても素敵だったなあ。今度は私達があそこに立つんだって思うと、なんか変な感じ」
「きっと今頃リリーも眠れない夜を過ごしてるんだろうな。覚えてるか? 君が前日の夜から狂ったように騒いでたの」
「あはは、覚えてるよ。結局鎮静薬と睡眠薬をもらってなんとか寝付いたんだよね」

8時になったら、リリーとジェームズが訪ねてきてくれることになっている。リリー達の結婚式はジェームズの実家で行われたが、私とシリウスはどちらも家族との縁を切っているので、支度を手伝ってくれる人がいないのだ。最初は自分達で全て済ませようかと言っていたのだが、それぞれ花嫁と花婿の介添人を頼めないかと2人に連絡してみたところ、揃って「当日の準備も手伝う」と申し出てくれた。

「なあ、本当にドレスは式の直前まで見せてくれないのか?」
「ここまで秘密にしてきたんだから絶対見せない。リリーと一緒に半日かけて選んだんだ。たくさん試着しすぎて、目がチカチカしちゃった」
「…ちなみにその日、プロングズは」
「そりゃ、荷物持ちは必要だから。ハリーを連れて見に来てくれたよ」
「なんで当事者の僕だけ君の晴れ姿を知らないんだ!」
「当事者だからでしょ」

夜中に起きているせいか変なところで怒り出したシリウスに、小さく笑みを漏らす。

「今日しっかり目に焼き付けてよ。私、人生で一番のおめかしをするから」
「あまりの眩しさで僕が卒倒しない程度にしてくれ」
「もう、そんなこと言って絶対平然とした顔してるくせに」

話し込んでいるうちに、だんだんと空が白んできた。その頃にはもう私もシリウスも二度寝を諦めており、太陽が昇って親友達がドアをノックしてくれる時を静かに待っていた。

「────イリス」
「うん?」
「僕達が今全員生き残っているのは、奇跡だと思うんだ」

1年前、リリーとジェームズとハリーは確かに一度ヴォルデモートの手にかかった。ピーターの裏切りに気づいた時、私は本当に生きた心地がしなかったのだが────幸か不幸か、予言は的中したらしい。未だに何の力がどう働いたのかはわからないものの(ダンブルドア先生が解明中だと言っていた)、彼女達は傷ひとつ負うことなく朝を迎えてくれた。

私とシリウスだって、しばらくは死喰い人との残党との小競り合いに巻き込まれ続けていた。主を失ったからといってすぐ大人しくなるような敵ではなかったのだ。

それでも、全員生き残った。生き残って、こうして祝いの場を設けられるまでに回復した。

今日この日に至るまでに、何人もの罪なき人が犠牲になっている。仲間だって、たくさん失ってきた。
私達が生きているのは、強いからじゃない。ただ、運が良かっただけなのだ。

「────そうだね」
「式は挙げない方が良いんじゃないかって相談したこともあったけど…でも僕は、今日を迎えられて良かったと思う。平和のために戦ってくれた仲間に胸を張って"幸せだ"って言えるように…何より命を懸けて、全てを捨てる覚悟で戦ってきた過去の僕達に"未来は明るいぞ"って言えるように────僕はやっぱり、君との未来を全ての人の前で誓いたい」

人の顔色ばかり窺って、人の気持ちばかり慮って、怯えてばかりいたあの頃の私はいない。
そして同時に、家の名に縛られ、肝心な時に後ろを向いてしまうあの頃のシリウスもいない。

私達はようやく、足並みを揃えて顔を上げることができるようになった。幸せなことを素直に「幸せだ」と受け入れ、笑って"自分本位になる"ことができるようになった。

「私もだよ」

ドアを破れんばかりに叩きながら「おーい! 今日の主役達ー!」と叫ぶジェームズと、彼を止めようと「シレンシオ!」と怒鳴るリリーが家の戸口前に現れたのは、私がシリウスに自信を持って笑い返したそんな瞬間のことだった。

「まったく、あいつは本当に毎回タイミングが良すぎるな」

シリウスが扉を開けると、ハリーを抱いたジェームズが魔法で黙らせられたばかりだというのに、満面の笑みを浮かべて立っていた。腕の中のハリーも、何が面白かったのか父親と全く同じ表情をして笑っている。リリーだけがひとり、恥ずかしそうに「朝からうるさくしてごめんなさい」と杖を持ったまま眉を下げていた。

「朝早いのにありがとう。ハリーは大丈夫?」
「ええ、この子もいつも早起きなの。見て、こんなに機嫌が良さそうなのって本当に久しぶりだわ。きっとあなた達の結婚式を喜んでるのよ」

それは単にジェームズの顔がおかしいことになっているからだと思うのだが、せっかくリリーがそう言ってくれたので「ありがとう」とハリーに向かって伝えておくことにした。

「さあ、じゃあイリスは早速支度に入りましょうか。どこかお部屋を貸していただける?」
「うん、客間にドレスを置いてあるから、手伝ってくれる?」
「そのつもりで来たのよ。ジェームズ、あなたはリーマスが来たら飾り付けの仕上げをしておいてね」
「……」
「あ、ごめんなさい。呪いを解くのを忘れてたわ」
「……ん、がってんだ! 世界で一番豪華な会場を作るよ!」
常識の範囲内でね

ある程度事前に打ち合わせしておいたとはいえ、リリーは非常にてきぱきとした手際で指示を出し、私を2階の客間まで案内させた。庭の飾りも料理も下ごしらえまでは昨日のうちにシリウスと済ませているが、最後に手を加えて完成させる仕事はジェームズとリーマスが請け負ってくれている。11時になって準備が完了したら、あとは参列してくれる騎士団の仲間や学生時代の友人(監督生軍団が久々に集まることになっていた)や、魔法省の同僚達を迎えるだけだ。

「ヘンリーも来るんでしょう? よくシリウスが許したわね」
「あはは、もうそれは昔の話だよ。ヘンリーもね、今は可愛い年下の彼女にそろそろプロポーズしようとしてるんだって」
「まあ!」

リリーを連れて行った先の部屋には、真っ白なウェディングドレスが鎮座して着られる時を待っていた。

「そう、これよこれ! あなたとほぼ丸一日かけて選んだ最高のドレス!」

何度も見たはずなのに、リリーは歓声を上げてドレスの傍まで駆け寄る。いつになく元気な彼女のワントーン高い声に、私も釣られて嬉しくなってきてしまった。

「まずはこれを着てね。背中は私が留めるわ。それからヘアメイクも任せて。私、今日のために1ヶ月かけて研究してきたの。あなたとそのドレスに一番似合うスタイルにしてみせるから」
「頼もしいなあ」

彼女の口数が普段の3倍多いのは、きっと私と同じくらい今日を楽しみにしていてくれたから。
支度を手伝わせることになった時は申し訳ないという気持ちもそれなりにあったが、ここに来て謝るのは却って失礼になってしまうのだろう。私もリリーの結婚式の日には他のことが何も手につかないくらい興奮していたことを思い出し、この時ばかりは彼女の厚意に全身で甘えることにした。

柔らかい素材の、眩しいほどに真っ白なドレスを手に取る。裾を踏まないように足を通し、爪が引っ掛からないように腕を通す。ドレスショップでも試着はしていたが、いざ"自分の服"として身に纏うと、なんだか気恥ずかしい。

「リリー、お願いしても良い?」

声をかけると、メイク道具を机の上に並べていたリリーが満面の笑みで私の後ろに回った。いくつもついているホックを丁寧に留めてくれている感触が伝わってくる。ついでに、少し体から浮いている部分を魔法でぴったりのサイズに直してもらい、「ばっちりよ」と声が返ってくる頃には、まるで私のために一から仕立てたかのような形に仕上がっていた。

「よし、ここからが本番よ!」
「リリー…言うまいと思ってたけど、今日なんかものすごく元気だね…?」
「当たり前でしょう! 今日はイリスを送り出す日なのよ! あなたのことを世界で一番綺麗にできるのは私だけなんだから、腕が鳴るわ」

そう言うと、彼女は本当に腕まくりをしながら私を化粧台の前に座らせた。手際良くメイク道具を手に取ってムラなく私の肌に塗り込む姿は、まるで本物のメイクアップアーティストだ。

「人にメイクしてもらったことなんてないから、なんかくすぐったいな」
「絶対笑っちゃダメ」
「わかってるよ」

目を閉じて、瞼に何かが乗せられる感触を楽しむ。ずっと無言でいるのもどうかと思ったので、「リリーの時は────」と口を開いたら、「喋らないで。筋肉が動いて線がヨレちゃう」と怒られた。あまりにもその声が緊迫しているので、喋るなと言われたばかりなのについ笑いそうになってしまった。

我慢すること、1時間。

「もう良いわよ」と溜息混じりにリリーが言う。その溜息は何を意味するのだろうと緊張しながら目を開けると────。

「わあ…」

思わず、自分の顔だということを忘れて感嘆の溜息をついてしまった。
どう足掻いたところで結局は自分の顔だ。どれだけ手を尽くしてもらっても限界はあるだろうと思っていたのだが、どうやら私はまだリリーの真髄を侮っていたらしい。

私はそこまでメイクを研究したわけじゃないので、何をどうしたからこんな顔になっているのかはわからない。ただ、いつもより顔が明るく見える気がする。しかも決して濃いメイクというわけではないのに、ひとつひとつの顔のパーツがいつもよりハッキリとしている。リリーの結婚式の日にも最大限の気合いを入れていたつもりだったが、正直あの日とは比にならない出来だと思った。

「自分で言うのって変だけど…なんだろ、私の人生の中で一番今日が美人かも」
「私は素材を生かしただけ。今のあなたは、あなたの人生どころか世界中の人の人生の中で一番の美人なんだから、胸を張るのよ」

それからリリーは、メイク以上の時間をかけて念入りに私の髪を結い上げてくれた。

「魔法は使わないの?」
「何のために1ヶ月も準備したと思ってるの。魔法は確かに便利だし日常に当たり前にあるものだけど、特別な時には自分の手だけを使いたいわ」
「そんなこと言ってくれるなら、私もリリーの結婚式のお手伝いしたかったなあ」
「ふふん、晴れの日を迎えた親友を着飾れるこの気持ちは私だけの特権ね」

最後に小さな宝石の散りばめられた髪飾りをつけてもらって、私のおめかしが完了する。最初にドレスを着た時は全く首から上が仕上がっていなかったせいで妙に浮いて見えていたが、今は髪も顔も全てがまとまっている。
何度も夢に見た理想の"花嫁さん"が、鏡越しに私に微笑みかけていた。

「すごい、自分じゃないみたいでくすぐったいなあ…リリー、ありが…」

お礼を言おうと振り返ると、メイク道具を片付けようとしていたリリーが目に涙を滲ませて鼻を啜っているのが見えた。

「リリー!?」
「ごめんなさい────ちょっと、色々思い出しちゃって」

彼女が「色々」と口にした時、私の脳裏にも彼女との11年が蘇る。
リリーが結婚する時に胸を詰まらせていたのは私の方だった。そこにあったのは、少しの寂しさと、それを圧倒的に上回る喜び。

「だって私、ずっとあなた達のこと見てたもの。楽しいことばっかりじゃなかったはずだし、何度も衝突していたのも知ってる。本当に好きなのかわからないなんて言ってた5年生の時のことだって、よく覚えてる。私だって最初は"ブラック"のこと、大嫌いだったし…」

わざと昔の言い方でシリウスを呼んで、悪戯っぽく笑うリリー。

「でも今なら、あなたを任せるならシリウスしかいないって、私も自信を持って言えるわ。あなたの選んだ人がシリウスで良かった。あなたが大好きな人と結ばれて、本当に良かった」

リリーはあの時の私と同じ気持ちになってくれていた。潤んだ瞳でにっこりと笑いながら、私の肩にそっと手を乗せる。

「今でもあなたのことが一番大切よ、私のイリス。どうか、誰よりも幸せになってね」

いつかリリーに対してそっと語り掛けた言葉が、そのまま私に返ってくる。
何年経っても変わらない友情に、つい釣られて泣きそうになってしまった。でも泣いてしまったら、せっかくのリリーの最高傑作が崩れてしまう。私はぐっと歯を食いしばり、涙の代わりに大きな笑顔を浮かべてみせた。

「リリーの加護があれば、きっと容易いね」

目を合わせて笑い合った時、ちょうど客間の扉がノックされる。

「そっちはどう? こっちは準備できたよ」

ジェームズの声だ。時計を見ると、10時40分になっている。

「ちょうど今終わったところだわ。シリウスは?」
「一緒にいる」
「ふふふ…驚くわよ」

不敵な笑みを漏らすリリーは「じゃあ時間になったら降りてきてね。私は会場のチェックをしてくるわ」と私に言って、ひとりで先に部屋を出て行った。彼女は自分の体が通るギリギリのところまでしかドアを開けなかったが、一瞬その隙間からジェームズの顔が覗く。

「わーお。パッドフット、これは失神する前に床にマットを敷いておいた方が良いぞ」

リリーに引きずられて行ったのだろう、ジェームズの声はだんだんと遠ざかっていった。代わりにシリウスの咳払いの声が扉のすぐ向こうから聞こえてきたので、つい私は背筋を伸ばしてしまう。

この向こう側に、シリウスがいるんだ。

「────イリス、開けても?」
「ど、どうぞ」

どんな格好をしているんだろう。どんな髪型で、どんな表情をしているんだろう。
ドキドキと胸を高鳴らせながら、扉が開けられるのを待つ。

「────……」

シリウスは、薄いグレーのスーツと同色のネクタイを締めていた。髪はリリー達の結婚式と同じように、すっきりと額を出して後ろに撫でつけられている。
そして、その表情は────驚きに、見開かれていた。

「わ…わあ…格好良いね、シリウス…」

今まで見てきていたのは、ホグワーツ時代の黒い制服か、ラフな私服だけ。きっちりとした服を着なければいけない場面でも彼は暗い色を好んでいたので、明るい色に包まれているシリウスはとても珍しかった。
でも、最高に似合ってる。そろそろこの人が着こなせない服などないのではないだろうかと思えてくるくらいだ。整った顔に引き締まった体、スーツを着て直立している姿はまるでどこぞの王子様のようだ。

その王子様が、私を見て完全に言葉を失っていた。

「………」
「あの…?」
「…………結婚してくれ」
「あ、はい。そのつもりです」

思わず反射で真面目な答えを返してしまったが、シリウスはどうにも正気を失っているようだった。ふるふると唇が震えている。鼻の頭がだんだんと赤くなっていって────まさか、泣きそうになっているの?

「え、待って、シリウス、ちょっと!?」

慌てて立ち上がろうとしたが、ドレスが重くてうまく動けない。私を制するように片手を挙げ、もう片方の手で両方の目頭を押さえるシリウス。俯かれてしまったので真偽はわからないが、傍目に見ると完全に泣いている人の挙動だ。

「大丈夫…?」
「…正直、言葉が出ない。君が綺麗なことは知っていたし、君と結婚することだってずっと前からわかってた。でも────…」

そこまで言って、彼は言葉を詰まらせてしまった。一瞬私の方に視線を向けたが、すぐにそれも逸らされる。そして彼は案の定、目尻に涙を浮かべていた。

驚いた、というのが本音だ。
シリウスはよく私のことを素直に褒めてくれるが、こんな風に感情を乱されているところは見たことがなかったから。

「…っは、感動してくれてるの?」
「あんまり、見ないでくれないか」

そう言われると見たくなってしまうのが人間の性だ。シリウスの泣き顔なんてこの先一生見られないかもしれないし。

「シリウス」
「なんだよ」
「私、幸せだよ」
「…僕の方が、きっと幸せだ」

涙を拭って、シリウスが私の傍までゆっくり近づく。こちらを見下ろすその顔は、今までで一番優しかった。
愛を感じないわけがない。慣れたと思っていたはずなのに、眩しそうな視線に私の頬が熱くなる。

「────邪魔してごめんよ。そろそろ時間だ」

言葉もなく見つめ合う私達に声をかけたのは、そっと階段を上がってきたらしいリーマスだった。シリウス越しにその姿を捉えると、目が合った瞬間、彼も少し驚いたような顔を見せる。

「リーマス! 来てくれてありがとう!」
「まるで神話でも見てるみたいだな。君達、すごくお似合いだよ」

彼は部屋の戸口に立ったまま、心から嬉しそうに笑ってくれていた。

「いつまでも2人きりにしてやりたいのは山々だけど、参列者の皆さんがお待ちかねだ」

そう言って、彼は私達のために道を開ける。シリウスの方を見上げると、彼はいつまでも私のことばかりを見ていて────最後にひとつ、頷いてみせた。

「行こうか」

彼の手を取って、立ち上がる。ドレスの裾を踏んでしまわないようにゆっくり歩を進めると、後ろでリーマスがトレーンを直してくれている気配が伝わった。

「リーマス、そんなことしてくれなくても…」
「良いんだ。どのゲストより先に君達を見たいって、この役を買って出たのは僕なんだから。今日の君の仕事はお姫様みたいに一番幸せな顔をして僕ら旧友に世話を焼かせることだよ」

そう言われてしまっては、あまり気を遣うのも野暮な気がしてくる。チラリとシリウスを見ると、「だ、そうだぞ。プリンセス」と悪乗りしてくるので、私も笑って「ありがと」と厚意を受け入れることにした。

階下では、リリーとジェームズがそれぞれ待ってくれていた。庭の方は俄かに騒がしくなっている。この先には、私達のことを祝福しようと集まってくれた大好きな人達がいるのだ────そう思うと、なんだかとても誇らしい気持ちになってきた。

「お披露目はうまくいったみたいね。シリウスの顔を見れば一目瞭然だわ」
「わかる、わかるよ。僕もリリーの花嫁姿を見た時は今ここで世界が終わっても良いと思ってた」
「これから世界を始める人達に何を言ってるのよ」

5人揃ったダイニングで、昔のように笑い合う私達。
誰も、そこにいないもう1人のことは口にしなかった。もちろんそのことを忘れたわけではない。ただ私達は、人の関係に絶対というものがないことを、人より少し早めに経験したことがあるだけだった。無数にある人生の選択の果てに、それでも同じ方向を見て歩めることの方が余程奇跡的なのだと、人より少し深く知っているだけだった。

自分の人生がいつ終わるか誰にもわからないことと同じように、人との繋がりもいつ切れるかわからない。だから私達は、こうして誓い合うのだ。たとえ永遠の愛というものが本当はどこにも存在しなくとも、少なくとも今の自分はそれを信じているという決意を口にして、見えない縁の糸を縒り合わせる。

「最初に僕が花道を歩くよ。そうしたら次にシリウスとジェームズ、最後にイリスとリリーだ」
「コケるなよ、ムーニー」
「はは、誰に言ってるんだい。僕の役目は新郎新婦両方の親族だからね。ばっちり決めてくるさ」

日の当たる庭いっぱいに、音楽が鳴り響く。ガタガタと参列者が着席する音が聞こえ、会場は私達の入場を待ち構えていることがわかった。

「じゃあ、後でね」

最初に入場するのはリーマスだ。親族らしい親族のいない私達にとって、彼らだけが家族のようなもの。リーマスは最初「僕が花道を歩くなんておこがましくないか?」と及び腰になっていたものの、私とシリウスが「ジェームズとリリーに役目がある以上、もう家族として紹介できるのはあなたしかいない」と説き伏せ、なんとか納得してもらったのだ。

そして、今日集まってくれている人達は、全員そんな私達の関係を知ってくれている。リーマスの登場によって、会場は確かに沸き立っていた。

「────よし、それじゃあ僕らも行こう」

リーマスが席に着いたことを確認すると、ジェームズが明るくそう言った。シリウスは私を一瞥してから、彼の隣に立つ。

「イリス」

庭に出る直前、ジェームズが私の方を向いた。

「僕の兄弟をよろしく」

全く顔は似ていないのに、私はその瞬間、前に立つ2人が本当の双子のように思えてしまった。ジェームズが安心してくれるように大きく頷くと、彼もにっこりと私の大好きなお日様笑顔を浮かべ、シリウスを連れて一歩先に儀式の場へと出て行く。

シリウスが現れたことによる効果は絶大だった。男女ともに大きな歓声が響き渡り、音楽が一層賑やかになる。この世のどんなものより美しい花婿に全ての人が魅了されているのだろう、と私は根拠もなくそう思った。

「さあ、更に驚かせに行くわよ」

その様子を見ていたリリーが、ジェームズそっくりの自慢気な顔で私を見る。

「私の手を取って、イリス。最後まで、きっちりと案内してあげる」
「ずっと傍にいてね、リリー」
「もちろんよ」

他には誰もいなくなった居間で、こっそりともうひとつの誓いを結ぶ私達。リリーの細い手をしっかりと握ると、彼女は出会った時から変わらない優しい微笑みで私を包んでくれた。

そうして踏み出すこと、一歩。

空はすっきりと晴れていた。外に出た途端、全ての人の視線が私に集まる。どこか遠くに聞こえる音楽と、テントに飾り付けられた豪華な装飾が、私の到着を待っていた。

笑顔の間を抜けて、前方に立つシリウスの元へと足を向ける。

────バージンロードは、花嫁の人生の象徴だと誰かが言った。

この先に待っているのは、シリウスとの未来だ。そしてこれから踏みしめていくのは、私の短くも濃厚だった過去。

「シリウスは…わたしのこと、そんなに好きじゃないよね。人としても」
「イリスこそ、僕を嫌ってると思ってた」
「嫌いじゃないよ。でも────シリウス、今日は普通に接してくれたけど…昨日、わたしのことすごく汚いものを見るような目で見てた。きっと…ジェームズたちにももう話してるんでしょ。わたしが弱虫で、お母さまの言うことを聞くことしかできない優等生だって。…一緒になって、バカにしてるんでしょ」
「…弱虫な優等生だとは思ってる」


今思い出しても笑ってしまう、あまりに険悪な出会い。それどころかシリウスは最初の頃、私のことなんて視界にすら入れてなかった。ジェームズに引きずられて会話を重ねるうちに、だんだんと彼の冷たい目が怖くなっていって…その果てにあったのが、私の人生初の大喧嘩だった。

「…僕、君のこと尊敬してるよ」
「…うん? ありがとう…でも急にどうしたの?」
「1年生の時はあんなにペラペラだったのに、今はちゃんと地に足つけて、自分で道を選んで歩いてる感じがする。最高にクールだよ、君」
「シリウスにそう言われると嬉しいな。1年生の時からシリウスは私の憧れだったから」


でも、最初のうちに幾度となく衝突したお陰で、私達は他の人より随分と互いを理解するペースが速かった。どちらも家の呪縛に囚われていたからこそ、そこから先に抜け出した私のことを、彼は素直に尊敬すると言ってくれた。────そして振り返れば、その時から彼は私のことを特別に思ってくれていたのだという。

「だから、僕は今日、デートのつもりで君を誘ったんだけど」
「…冗談?」
「…冗談じゃなく、もし僕が本当に君のことを好きだって言ったら、どうする?」


そのことに気づかされたのは、5年生になってからのことだった。
相手を特別視していたのは、私も同じだ。でもその時はまだ、応えられるだけの準備が整っていなかった。
だから私は、賭けに出た。
彼の気持ちを受け入れて、彼を唯一の存在として愛せるのか────それとも、受け入れられない人として決別すべきなのか。

「スネイプと憎み合うことだって、基本的には何も言わないつもりでいた。私が侮辱された時に代わりに怒ってくれたことも、ありがたいことだと思ってる。でも────あなたがそうやって、これからもスリザリン生を"スリザリンだから"っていう理由で傷つけて、相手を無力化させてもまだ攻撃して、それでも平気で笑っていられるようなら────私はもうあなたとは二度と"人として"付き合えない」
「────少し、時間をくれないか」
「…何のための?」
「僕も、もう一度ちゃんと考えたい。君の言っていることを。僕のしてきたことを。何が善で何が悪なのか────。もちろんこれは、君に媚を売るためにいきなり自分の価値観を変えようとしてるとか、そんなつもりじゃない。そんなその場しのぎの…弱腰で、薄っぺらな気持ちで言ってるんじゃない。でも────僕は、まだ君に嫌われたくない。君と縁を切りたくない」


1年生の時の、自分の思想をただ語っただけの衝突なんて比にならない。初めてその時私達は、"相手ありき"の喧嘩をした。相手を想うからこそ、譲れないものがある。共にいたいと願うからこそ、引けない場面がある。

あの時、自分の中の迷いをうやむやにしなくて良かったと思う。
結果論にはなってしまうが、最終的にシリウスはそれでも私の手を取りたいと言ってくれた。私自身、彼の考え方には学ばされることがあって────私達はまたしても、互いに影響を与え合い、その上で共にいようという結論を自然に導き出すことができた。

「子供の戯言だと思って聞いてくれて良い。僕はまだ、騎士団がどれだけ危険なことをしているのかを知らないし、世の中がどれだけ脅威に晒されているのかも知らないんだから。でも────たとえ何を知っても、僕のやることはきっと何一つ変わらないだろう。そして、その先で僕はどれだけ危険を冒そうとも、何を知ろうとも、必ず最後には君のところに帰るよ。何年もかかってようやく僕の手を取ってくれた君のことを、離したりはしない。それだけは約束する」
「────ついて行くよ、シリウス」


シリウスと付き合うようになってから、私はどんどん自分が強くなっていくことを感じていた。
愛したい人がいる、守りたい場所がある。いつも自分のことで精一杯だった私が、初めて誰かのために生きたいと思えた。それが、シリウスだった。

この人と出会えて良かったと、心から思う。
全ての過去が良い思い出だ。どんなに苦い記憶でも、私達の今を構成するためにはなくてはならないものだった。
私達に、無駄な時間などない。何もかもが有意義で、いつだって全力だったのだから。

バージンロードを端まで渡り、私の人生はいよいよ未来へと続いていく。シリウスは微笑んで、私とリリーを迎え入れた。

一度だけ、歩いてきた道を振り返る。メイリアやヘンリーをはじめとする元監督生仲間。マチルダやハリエットのように懐かしい友人もいれば、入学した時からお世話になっていたミラもいる。都合をつけて駆けつけてくれたホグワーツの先生もいるし、騎士団の創立メンバーなんて半分以上が顔を出してくれていた。
ここにはいなくても、手紙でお祝いしてくれた人もたくさんいた。パトリシアが最たる例だ、彼女は私の家族に気遣って結婚式に参列できないことを羊皮紙3巻分に渡って謝って来た後、インクを滲ませながら「おめでとうございます」と何度も書いてくれた。マクゴナガル先生やダンブルドア先生も、忙しい合間を縫って祝電を寄せてくれている。

私の"今"は、この人達に支えられて成り立っている。
だからこそ、今度は私の方が、この人達を支えていきたいと思うのだ。
────シリウスと、共に。

迷っていたあの頃が懐かしく感じられるほど、今の私は心からシリウスのことを愛していた。皮肉屋で、厭世的で、超がつく現実主義者。でも理想に掲げるものはいつでも煌めいていて、彼の歩みには迷いがない。疑い深い代わりに、一度信じたものに対してはどこまでも一途。
そんな彼のことが、大好きだ。そんな彼だからこそ、信じられる。

「シリウス」

彼の名を呼んだのはリリーだった。私と繋いだ手をそっと差し出し、にっこりと微笑む。

「イリスを託すなら、あなたしかいないと思ってるわ。世界中の誰よりも幸せにしてあげてね」
「ああ、君達の友情に誓って」

そうして、私の手がシリウスの手の上に渡される。リリーは最後に私を潤んだ目で見つめた。

「おめでとう、イリス」
「ありがとう、リリー」

リリーが席に戻るタイミングで、シリウスは大きな両手で私の手を包み込んだ。ずっと憧れ続けてきた何よりも強い瞳が、まっすぐ私を貫いている。

私達が揃ったところで、前に立っている小柄な魔法使いが開式の合図を出した。私達を中心に、光と音の全てが集まる。

「新郎シリウス、あなたはここにいるイリスを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「誓います」

シリウスが深く頷くと、同様の問いが私にも投げられた。
愛し、敬い、慈しむ。言われなくたって、私はずっとそうしてきた。一度心が通じ合った後は、たとえどれだけ苦しい場に立たされても、決してその手を放そうとはしなかった。だってその迷いは、付き合う時に切り捨ててきたのだから。他の人より悩んで、迷って、回り道をしてきた分、信じられると確信した後の想いは強かった。

私は、シリウスを愛し続けることを、自信を持って誓える。

「誓います」

そう答えると、魔法使いは私達の頭上に大きく杖を掲げた。杖先から降り注ぐのは、無数の銀の星。

「されば、ここに2人を夫婦となす」

シリウスがそっと私を抱き寄せ、あっという間に私達は割れんばかりの拍手に包まれた。

その時唐突に、世界がまるで私達を中心に広がっているかのような錯覚を抱いた。鳴り響く音楽のボリュームが上がり、飾られていた風船が弾け、たくさんの笑顔と光が私達の周りを彩っている。
今までずっと世界に嫌われていた私達が、こんなにも祝福されている。

長いこと、この日を夢見ていた。
彼のことを好きになった時から、こんな未来を願っていた。

「イリス」
「うん」
「一緒に、幸せになろう」

一筋の涙が、私の目から流れる。黙ってシリウスを抱きしめる腕に力を込めると、彼は私の頭に小さなキスを落とした。










それから、9年の月日が流れる。
私達の日常は、何も変わっていなかった。朝同じベッドで起きて、共に仕事の支度をする。夕方になって帰ってからは、一緒に夕飯を作ってひとつのテーブルを囲み、ゆっくりと流れる時間を隣で過ごして、また同じベッドで眠る。

結婚したからといって、劇的に変化が訪れるわけじゃない。戦いのない日々の中では尚更だ。
それでも、たまに左手の薬指に輝く指輪を見ていると────あの日誓い合った愛は確かに今もそこにあるのだと実感させられて、顔が綻んでしまう。

「何呆けてるんだ?」
「幸せだなあって思って」
「それは何よりだが、あんまりぼさっとしてると遅れるぞ」

シリウスは揶揄うように笑いながら、シャツに腕を通す。それを見て、私も慌ててベッドから抜け出して着替え始めた。

────その日は9月1日、親友のひとり息子が私達の母校に通い始める日だった。

「どこの寮に入るか楽しみだね」
「どこの寮に入っても大物になるだろうな」

キングズクロス駅に向かいながら、親友の息子────ハリーが過ごす7年間に想いを馳せる。

「きっと色んなことがあるんだろうなあ。良いなあ、ホグワーツでまた7年過ごせるなんて」
「またも何も、ハリーにとっては初めてのことだろ」
「そうなんだけどさ…すごく楽しかったから、私も戻りたいなあって」

駅に着いて、9と3/4番線のホームへとすり抜ける。
多くの魔法使いがごった返す中でも、リリーとジェームズ、それから好奇心に溢れた顔で周りをきょろきょろと見回しているハリーの姿を見つけるのは容易かった。彼女達もすぐ私達に気づき、手を振ってくれる。

「わざわざ見送りにきてくれてありがとう」
「そりゃあ、ハリーのめでたい門出だからな」

彼女達と会うのは実に1年ぶりのことだった。リリーとジェームズの顔は変わっていないが、子供の成長とは早いもので────ハリーの姿は、前回見た時より随分と大きくなっているようだ。

「シリウスおじさん、イリスおばさん、来てくれたんだね!」

幸せいっぱいな顔で、ハリーが笑う。その顔はどこからどう見ても、1年生の時のジェームズと瓜二つだった。たくさんの愛を注がれて、自由にのびのびと育ってきた面影がありありと窺える。でもやっぱり、目だけはリリーのものだ。悪戯っぽく笑っているのに、どこか上品に見えるその雰囲気は、まさしく2人の持つ特徴を兼ね備えているが故のもの。

「僕、ホグワーツに入れる日のことをずっと楽しみにしてたんだ。友達できるかなあ?」
「すぐにできるよ」
「友達ができたら毎日が楽しいぞ。夜中にベッドを抜け出したり────」
「こら、シリウス」
「冗談だよ」

その時ちょうどハリーの後ろを、燃えるような赤毛の一家が通り過ぎる。母親らしき人にあれこれ世話を焼かれている男の子が、私達の声に反応して一瞬だけちらりと視線を寄越してきた。あの子も新入生だろうか、もしそうなら、ハリーの友達になってくれるかもしれない。

「手紙、書いてくれる?」
「もちろんだよ」
「母さんに言えないことは私達が引き受けてあげよう」
「シリウス、いい加減にしないと────」
冗談だって

ハリーはまたにっこりと笑うと、くるりと振り返って両親に別れのハグをした。

「気を付けてね」
「目一杯楽しんでおいで」

私達4人に見送られて、特急に乗り込んでいくハリー。

「ああ…良いなあ…」
「そんなに言うなら君も一緒に乗ってくれば良い。ダンブルドアならきっと歓迎してくれるぞ」
「マクゴナガル先生に追い出されるから多分ダメだよ」

リリー達は、そんな私達の会話を聞いて笑っていた。
ハリーが窓から身を乗り出して別れを惜しむことはなかった。どうやら、中で早速友達でもできたらしい。なんといったってあのリリーとジェームズの子なのだ、人気者にならないわけがない。

「さて…久しぶりに会ったし、これから一緒にランチでもどう?」

走り出した特急が見えなくなるまで一方的に手を振り続けた後、リリーが私達に向かってそう言った。

「良いね。私、すぐそこにあるカフェ行ってみたかったんだ」
「1年会ってなかった分、色々と話したいこともあるしね。────イリスのお腹の中の子のこととか

即座に提案に乗ると、ジェームズがニヤリと笑って私を見る。その視線の先には、もうすぐこの世界に生を受けることになる小さな命が宿っていた。私がつられて微笑むと、シリウスも笑って私のお腹にそっと手を乗せる。

「目当てはそれだろ、プロングズ」
「君達の子がどんな子になるか、昨日一晩かけて考えてきたんだ。うちのハリーとはちょっと年が離れることになるけど、あの子は良い兄貴になれると思うし────」
「たくさんもらってきた分、これからお返しもしたいし!」

ポッター夫妻に背中を押されて、私達は駅のすぐ近くにあるカフェへと向かっていく。
歩きながらそっとシリウスの顔を盗み見ると、彼はすぐ視線に気づき、いつまでも変わらない優しい顔で私を見てくれた。

そこには、紛うことのない幸せがあった。
「一緒に幸せになろう」────その約束は、どれだけの月日が流れても決して尽きることなく果たされ続けていたのだ。








「結婚できていたら、平和な世界があったら」>>めい様
大変お待たせいたしました…。こちらはめい様に捧げます。

IFストーリー、楽しすぎてものすごい文量になってしまいました。
「結婚できていたら」というお題ではシリウスとの結婚式に焦点を当てたい、「平和な世界があったら」というお題ではハリーの旅立ちの日を見送りたい、という思いがあったので、少し継ぎ接ぎ感がありますが2本立てのテーマでお送りしております。

ヒロインが死んだ結末は「別にそれでも不幸になるわけじゃない」と納得した上で書いていたつもりだったのですが、いざ生きて幸せになれる未来というものを描くとやっぱり少し寂しくなるな…と思ってしまいました。
本編とはあまり関係ないのですが、最後に出てきた11歳のIFハリーにも、目一杯幸せそうな顔をしてもらっています。原作ではやせ細り、両親の愛も知らず、期待と同じくらいの不安を抱えているはずなので、そことの差異を浮き彫りにしてみました。意識的に差をつけたくせに、そこでも「戦争さえ終わっていればハリーもこんな風に無邪気に笑っていたのかな…」と切なくなってしまいました。色々と自業自得ですね。

ちなみに今回リーマスがちょい役で出てきますが、彼は2人の結婚を心から祝福しています。この頃にはもう報われない片想いも吹っ切れているはず。

素敵な機会をくださってありがとうございました。本当に楽しかったです。









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