わるいおとな
※最終話まで読まれている方向けです
(ネタバレ回避したい方はこの時点でブラウザバック推奨です)
↓以下ネタバレ非配慮の補足事項
※生存IF
※ざっくり設定→シリウスはアズカバン脱獄後、ヒロインと合流。1年強各所を転々としながら隠れ住んだ後、ヴォルデモート復活に合わせて騎士団の本拠地としてグリモールドプレイス12番地を提供、共にそこで住むようになる。ハリー達は4年生の時点でヒロインの存在をシリウスから聞いている(会ったことはない)。「1年生の時から全科目100点以上を取り、先生方からの評判も良い模範的な優等生だった」との評価から、ハーマイオニーが並々ならない興味を示している。
「今日はハーマイオニーが着くんだよね?」
世間が夏休みに入ってから、そろそろ2週間経つ。
私達がここに足を踏み入れたのは1ヶ月前のことだった。それまではあまりひとつの場所に定住せず、追手の目を逃れるための慌ただしい生活を送っていたのだが、ダンブルドア先生の要請を受けたシリウスが実家を提供したことにより、私達の拠点も固まった。
正直、ここにいても良い心地はしないというのが本音だ。全く掃除が終わらないせいでだだっ広い屋敷は未だに埃だらけだし、しもべ妖精のクリーチャーには完全に嫌われているし、誤って玄関で物音を立てればシリウスのお母様に怒られてしまうし。
明らかに私はこの家に歓迎されていなかった。それは私がマグル生まれだからというどうしようもない理由によるところが大半なのだが、"家"そのものと思想が合わないと思う日が来るなんて思っていなかったので、とにかく息苦しくて仕方なかった。改めてここに11年閉じ込められていたシリウスのことを思い、久々に胃が重たくなってしまったほどだ。
ただ、弱音を吐いてばかりもいられない。
昨日はウィーズリーさん達が一家揃ってやってきていたし、今日は冒頭の通りハーマイオニーがここを訪れることになっている。ただでさえ家の敷居を一歩跨げばいつ呪いが飛んできてもおかしくないような状況にいるのだ。自分がどう思われていようが、私はこの屋敷を守らなければならない。
「来るのは昼過ぎだろ?」
朝の早いうちからゴソゴソと支度している私に起こされたシリウスが、半分欠伸にかき消されながらも律儀に返事をしてくれる。
「私、ハーマイオニーが来てくれるのすっごく楽しみにしてたの。ジニーもそうだけど、久しぶりに女の子のお友達ができるんだって思ったら嬉しくて」
「友達ってったって、ハリーの同級生なんだぞ。親子ほど離れてるじゃないか」
「知らないの? 女はみんな自由に年齢を変える魔法を生まれながらにして持ってるんだよ」
付き合いきれないというようにシリウスがフンと鼻を鳴らす。自分だって、昨日フレッドとジョージの発明品を眺めながら20歳くらい退化していたくせに。私はその輪に加わらなかったが、なんとなくシリウスがいつもより無邪気に笑っている雰囲気なら感じ取っていた。あの双子は、まるで学生時代のシリウスとジェームズそっくりだったのだ。
「まあ、君は特にハーマイオニーと大いに気が合いそうだな。せいぜい魔法のなんたるかを教えてやると良いさ、先輩」
「潜り抜けてきた死線が違うからなあ。5年生になる年の夏休み、私達何してた? おもちゃの杖でパチパチ火花を散らして遊んでたんだよ? なんかむしろ私の方が色々教わることになりそう」
いつまで経ってもシリウスが起き上がる気配がないので、私は彼を置いてひとりで厨房へと降りて行った。すると、誰よりも早起きなモリーが朝食の準備をしてくれている光景が目に入る。
「おはよう、イリス」
「モリー…まだ着いたばかりなんだからゆっくりしててくれて良いのに。昨日だって結局夕飯の支度を手伝わせちゃったし…」
「もう染みついた習慣みたいなものだから良いのよ。それにお世話になってる身なんだから、このくらいやらせてちょうだい」
家主(代理)として引き下がってはいけなかったのだろうが、昨日食べたモリーのご飯は私達のうちの誰が作るよりおいしかったので、つい私は胃袋に負けて「ありがと」と言ってしまった。
「じゃあ…私は子供達でも起こして来ようか?」
「ありがとう。フレッドとジョージに気を付けて」
「あはは、そうするよ」
降りてきた階段を、再び上がる。
最初にジニーの部屋をノックすると、すぐに反応があった。
「おはようジニー、朝食だよ」
「ありがとう、すぐ降りるわ」
次が、ロンの部屋。ノックをすると、「…もにゃ」という言葉にならない返答が返ってきた。
「ロン? 開けるよ、モリーがご飯作ってくれてるから────」
そろそろ起きなよ、とドアを開けつつ言いかけた時だった。
バシッバシッ! と姿現しの音が聞こえたかと思うと、ロンのベッドの枕元に2人ののっぽの少年が現れた。そして次の瞬間、彼らは音に驚いて目を開けたロンが叫ぶための息を吸っている間に、その額に杖を突き付け、頭を魚に変えてしまう。
「アアアアアアーーーー!!!!!」
────なるほど、フレッドとジョージには気を付けて、か。
突如ロンの部屋に不法侵入を働いたのは、彼の双子の兄のフレッドとジョージだった。まったく同じ顔をしながら、悲鳴を上げる魚人を見てケタケタと笑っている。
「…朝から元気だね、少年達」
ジェームズも流石にここまではしなかった…と、思う。いや、ピーターに実は朝から暴行を働いていたという可能性がなきにしもあらずだ。後でシリウスに聞いてみよう。
残念ながら、私にいたぶられている子を見て笑う趣味はない。杖を振ってロンの頭を人間に戻し(単純な"フィニート"では解除できない可能性もあったので、ジェームズ考案の"魔法による悪戯や悪質な呪いを終わらせる呪文"を使った)、双子が姿現しをしたせいで部屋に舞った埃もついでに消した。
「あんれ、先客がいるとは思わなかった」
「今の呪い、そこらの反対魔法じゃ解けないようにしたのにな」
「"そこら"にはいない逸材が、奇遇なことに身近にいたものでね」
双子はすぐに"逸材"の正体に思い当たるところがあったらしい。早々に遊びを邪魔されたことに対して、拗ねるどころか余計に顔を輝かせながら、再び姿くらましでどこかへと消えた(おそらく厨房まで足を使うことを惜しんだのだろう)。私もロンに「姿現し防止の保護魔法が必要だったら言ってね」とだけ伝え、遅れて階下へと向かう。
「今ロンの悲鳴が聞こえたみたいだけど、何かあったの?」
ベーコンの香ばしい匂いを漂わせながら、モリーがひょっこりと顔を出す。視界の端で双子が縮こまっているのが見えたので、私はからからと笑って配膳を手伝うことにした。
「ああごめん、私、人を起こすのって慣れてないみたいでさ。そっとドアを開けたつもりだったんだけど、不法侵入者と間違われちゃって」
「それなら良いんだけど────私はまたフレッドとジョージが何かやらかしたのかと」
「ううん、それはなーんにも」
弟の頭を起きしなに魚に変えるセンスは理解できないが、彼らを見ているとホグワーツにいた頃のことを思い出させてもらえるので、できることならそのくらいの些細な悪戯心は守ってやりたい。私のすぐ後に階段を降りてきたジニーが、(きっと事の顛末を知っていたのだろう)クスクスと笑っている。
それからブスッとした顔のロン、更に寝起きが悪かったらしく不機嫌そうなオーラを纏ったシリウスを迎え、私達は揃って朝食のテーブルを囲んだ。
「13時になったらハーマイオニーを迎えに行ってくるよ」
「私が行きましょうか?」
「ううん、大丈夫。あの子も近くまでは地下鉄を使ってくるって言ってたし、マグルのやり方に慣れた私の方が多分すんなり会えるよ」
「ねえイリス、僕達もついて行っていい?」
モリーが納得して「じゃあお願い」と言ったところで、代わりに双子の…どっちだ、多分フレッド…いややめておこう、とにかく双子のどちらかが期待に満ちた眼差しで首を伸ばす。
「あなた達は家にいなさい。必ずイリスに迷惑をかけるでしょう」
「いや、私は構わないよ。ちょっと観光するだけでしょ?」
「そりゃあイリス、あなたがそう言ってくれるのは嬉しいけど…お恥ずかしい話、この子達が街中で問題を起こさないように見張ってるのって本当に苦労するのよ、あなたにそんなこと頼むわけには…」
何を仰る。こちらは16歳の時に既に同じかそれ以上に手のかかる悪ガキを街に放流しているのだ。言うことを聞かせることはできないかもしれないが、そういう輩の扱い方なら一通り心得ている。
「怪我と他人を巻き込む問題を起こさないっていう最低限の約束だけならできるよ」
「ねえママ、イリスもこう言ってくれてるんだ、少しだけ許してよ」
「僕達、ちょっと外の世界を見てみたいだけなんだ。イリスの言うこと、ちゃんと聞くから」
都合の良い時にきちんと"子供らしい振舞い"をできる辺りは、シリウス達より大人かもしれない。モリーはひとつ溜息をつき、結局じゃじゃ馬2頭を私の手に委ねることとなった。
午前中は皆でダイニングの掃除を進め、昼食を挟んでから外出の支度をする。
「あなたに迷惑をかけるようだったら遠慮なくウサギに変えて良いですからね」
「うーん…生き物のままじゃ暴れん坊は治らないからな…。最悪ティーポットとかにするかも、ごめん」
双子があからさまに嫌そうな顔をしているところに、シリウスが「イリスの変身術の腕は他の追随を許さないからな」と朗らかな追い打ちをかけてくれた。
「…僕、イリスはもっと良心的だと思ってた」
「シリウスから聞いた話と違うぞ」
路地を歩きながら、2人は何やら文句に紛れた作戦会議を始めてしまった。大方どこで私を撒くか、プランの練り直しでもしているのだろう。
まあ私としては、最終的に五体満足で戻って来てくれればどこで何をしていようが構わないと思っている。こういう手合いの悪ガキは下手に拘束するより、程良く自由を与えて好きに行動させた方が余程倫理的な振舞いをしてくれるものだ。
それに、何か勘違いをされているみたいだけど────私はシリウスと比べれば十分良心的だし、シリウスと比べれば全くたいしたことのない小さな存在だ。私の話をあの人に聞くこと自体が間違っている。
20分程歩いてキングズクロス駅が見えてきた頃、私は一度だけ振り返り────予想通り双子の姿が見えないことを確認した。ボソボソと囁き合う声がだんだん小さくなってきた辺りからそろそろだろうとは思っていたので、特に驚かない。むしろ15年以上前にもこうやって連れを見失っていたことを思い出して、奇妙な懐かしささえ覚えていた。あの頃はまだ魔法が使えない年だったから、このまま永遠に会えなかったり、どこかで法に触れるような大問題を起こされたらどうしようとそれはひどく狼狽えたものだった。
ポケットから方位磁針を取り出し、2つの小さな光が北の方で点滅していることを見ると、再びそれをしまいこむ。ジェームズが生前、ゴドリックの谷で暇を持て余して開発した小型追跡機が、こんなところで役に立つとは。ジャミング機能付きなので、魔法で検知されることはまずない。出しなにフレッドとジョージの服の裾にこっそりこれを付けておいたので、どこに行かれようとある程度の方向は追うことができる。
悪戯には、悪戯で対抗するのが最も効果的だ。
予め示し合わせていた時計台の下で待っていると、5分程経った頃におそらく電車から降りてきたのであろう人の群れがわっと改札口から出てきた。ええと、ハーマイオニーは確か青いシャツに黒いデニムを履いて来ると言っていたっけ…。
あ、あの子かな?
栗色の豊かな髪を靡かせながらこちらに向かって小走りに駆けて来る少女を見る。まるで人形のように可愛らしい子だった。
「ハーマイオニー?」
「ええ、そうです。じゃあ、あなたがリヴィアさん?」
「イリスで良いよ。はじめましてだね」
「はじめまして、私ずっとあなたに会ってみたかったんです!」
うーん、可愛い。
こんな風に誰かにわかりやすく慕ってもらえたのは、随分と久しぶりのことのような気がする(ヴォルデモートと一騎打ちした後に行われた騎士団の会合のことを思い出して、またしても懐かしくなってしまう)。特にリリー達が殺されてしまってからずっと人目を避けて暗がりばかりを生きてきていたので、太陽のようにまっすぐな明るい笑顔を向けられた私はあまりの眩しさに自然と目を細めていた。
「私も会いたかった。シリウスから話は聞いてるよ、ホグワーツで一番優秀な魔女なんだってね」
聞いた通りのことを(正確にはハリーがそう言っていたとシリウスが言っていたことを)そのまま伝えると、ハーマイオニーの耳がぽっと赤くなる。
「好きな本の話とか、聞かせてよ。とは言っても、私がホグワーツにいたのって15年以上前のことだから、新しい蔵書になるとわからないけど」
「それなら、『歴史とともに振り返る"変化魔法"の神秘』とかどうですか? 私、この間試験が終わったご褒美にと思って何気なく手に取ってみたんですけど、とっても面白くて────」
「えーーっ! 私、その本大好き!」
忘れもしない。それは4年生の時、リーマスがクリスマスプレゼントとして私に贈ってくれた本だ。卒業後の戦いで残念ながら焼失してしまったのだが、内容はほぼ一言一句丸暗記できるほど何度も読み返している。
まさかハーマイオニーが私の一番好きな本を真っ先に言い当ててくれるとは思わなかったので、つい声が上擦ってしまった。
「1日中読んでいられちゃうよね。私、あの本の240ページに書いてある"一角獣の魔法"が大好きなの。もちろん禁忌指定だから実践はできなかったけど…」
「わあ、わかります! 幻獣に姿を変えるってとても神秘的だなって、私も思いました! あと、それだったら私は387ページの"セストラルの特性を模倣することはできるか"という考察がとても気になっていて────あれ、聞いていた方向と違うみたいですけど、こっちで良いんですか?」
「うん。疲れてなかったら少し寄り道に付き合ってくれる? 落とし物をしちゃって」
「ええ、それはもちろん…」
「ありがとう。それで、セストラルの考察だよね? 私もあのテーマについては自分なりに考えてみたんだけど…」
リリーやリーマスもよく本を読む子だったが、それぞれ私とは得意分野が少し違っていたので、ここまで深い話をすることはなかった。そう考えると、自分が読んだ本について同じ熱量で語れる相手というものは今までにいなかった気がする。
私達は雑踏の中を掻い潜りながら夢中になって変身術の変遷について語り合った。ハーマイオニーは聞いていた通り賢い子で、本の中に綴られていたテーマのひとつひとつにしっかりとした自分の意見を持っていた。しかも喋るうちに彼女の態度もだいぶ柔らかくなっていたので、方位磁針の示す位置まで来る頃には、私達はすっかり昔からの友人のように打ち解け合っていた。
「────あー、その解釈好きだなあ。なるほど、生態系の誕生にまで遡るのか…あ、落とし物見つけた」
繁華街の裏通りで、何やらポケットをパンパンにした双子の片割れを見つける。"落とし物"は私とハーマイオニーに気づくと、こっそり杖でポケットの中身を消し(あるいは中身を縮めてその異常な膨れを隠し)、まるで彼の方も私達を探していたかのような顔をしてみせた。
「こんなところにいたの、イリス。ハーマイオニーも」
「ちょっと、ジョージ────」
「フレッドは?」
ジョージ(ハーマイオニーが言うならそうなんだろう)をキッと睨みつけるハーマイオニーを制し、私はここにいないもう片方の所在を尋ねる。まあ、そう遠くないところにいるのだろうが。
「えー…あー、トイレ」
「オッケー。じゃあ私達も一緒に待ってよう。ところで、首尾はどう? 羽は伸ばせたかな?」
そう問いかけると、ジョージはきょとんとした顔をした後、ニヤリと笑んで────ようやく仮面を剥いだ顔を見せてくれた。
無法者は頭が回らないとやっていけない。最初こそ下手な演技が挟まれたが、私の今の一言でどうやら"イリスはあえて自分達を泳がせていた"ことにも、"その上でイリスに自分達を咎める気はない"ことにも気づいてくれたようだ。
シリウス達もそうだったが、私はこういう人間の大胆さと慎重さのバランスをいつも尊敬してしまう。
「上々さ」
「それは何より。あー…ただ、異臭がする奴だけは何か工作しておいた方が良いと思うよ。鼻が麻痺してるのかもしれないけど、そのまま帰ったら一発でモリーにバレる」
「げ、そういえば何か変な汁の出てる袋があると思ったんだ」
慌ててポケットの中身をひっくり返すジョージを眺めていると、ハーマイオニーが何か言いたげに私とジョージをチラチラ見比べているのが視界に入った。
「気になる?」
「ええ────だって、これ…どう見ても違法な薬物だわ」
「まあ、マグルの法律ではそうだね。よく手に入れたと思うよ」
「それが大変だったんだ。賭けに勝ったらくれるって言ったんだけど、僕達はマグルの金なんて持っちゃいないからさ」
「ジョージ!」
うーん…流石にジェームズも路地裏で違法賭博に違法薬物を賭けて参戦したことはなかった気がするなあ…まあ私が知らなかっただけかもしれないけど…。
「まあまあ、私もこれをジョージが服用するって言うんなら止めただろうけど────そんなバカなことはしないでしょう?」
「それは誓って…というより、自分で試すことには正直興味がないんだ。ただ、これを応用したらもっと効率的に気分高揚薬が作れるんじゃないかと思って、成分を調べてみたかったんだよ。もちろん、依存性は排除する」
「発明家のアイデアを邪魔するわけにはいかないからなあ…。ただそれ、街の往来で持ってるとマグルの警察に捕まるから、言った通り臭いにだけは十分気を付けて」
「イリス!」
今度はハーマイオニーの叱責が私に飛んでくる。
「私────あなたはこう、もっと────」
「規則に厳格で倫理的な模範生だと思ってた?」
まったく、シリウスはこの子達に一体何十年前の話を聞かせていたんだろう。
空飛ぶオートバイ用に警察避けの魔法をかけたゴーグルを贈った日のこと、忘れたんだろうか。
それからハーマイオニーはしばらく憤然としながらジョージに文句を言い続けていた。味方だと思っていた私が一向に加勢してくれないので、ひとりでも戦い続けてやると言わんばかりの勢いだ。
「ねえ、イリスからも何か言ってよ!」
「残念だけどハーマイオニー、ジョージの方が一枚上手みたいだよ。魔法界の────この子を真に縛れる法律には、今のこの子を咎める理由が載ってない」
「人道的に考えて間違ってるわ」
「うーん…そうだなあ、じゃあジョージ、フレッドが戻って来たらその薬は破棄するってことでどう? 成分を調べて良いのはそれまでの間に限ることにするの。それだったら私とハーマイオニーの監視があるからこれ以上怪しいことはできないし」
出してみた折衷案は2人ともに嫌な顔をされてしまったが、これなら少なくともどちらか一方だけが大きな不満を抱えるということにはならずに済むだろう。しばらく睨み合った後、ハーマイオニーは「この場で確実に破棄してくれるなら」と引き、ジョージも「じゃあ手早くやらないと」と袋の中身をゴソゴソ突っつき始めた。
うーん、リリーと悪戯仕掛人のやり取りを見ているみたいだ。さっきから昔のことばかり思い出して浸ってしまうのは、年を取ったからなのだろうか。
私はハーマイオニーの機嫌を取ろうと、ジョージを見つける前に話していた内容から彼女が一番顔を輝かせていた話題を持ち出すことにした。
「そういえばハーマイオニーは、屋敷しもべ妖精が気になるの?」
…思った以上に効果は覿面だったようだ。ハーマイオニーはジョージの存在ごと忘れたとでも言うようにぐりんとこちらを勢いよく振り返り、ぶんぶんと頷く。
「私、これまであんまりしもべ妖精のことを知らなかったんだけど────去年、しもべ妖精を関わる機会を得て、衝撃を受けたの。彼らがいかに不当な扱いを受けていることか…そして、そのことに世間の人がどれだけ無頓着なことか!」
「へえ、詳しく聞かせて?」
結局、フレッドが戻ってきたのはそれから30分も経ってのことだった。絶対にトイレではないことだけならわかるのだが、こちらも何食わぬ顔をして薄いポケットの中にこれ見よがしに手を突っ込みながら歩いてくるので、見た目にわからない変化について言及することはよしておくことにした。
というより、ハーマイオニーが水も飲まずに30分喋り続けていたので、滝のように流れる言葉を処理するので手一杯になってしまっていたのだ。…ちょっと、賢すぎない?
「────だから私はこれからも訴え続けていくつもりなの。しもべ妖精は洗脳されてるだけで、誰かがきちんと対等な立場に引き上げてあげないと真の幸せを手にすることはできないって!」
「うーん…言いたいことはわかるけど、私もホグワーツにいた頃はお世話になりっぱなしだったから強くは言えないなあ…。要はしもべ妖精に"自分のために生きる"意識をもっと持ってほしい、ってことだよね」
「ええ、だって彼らにだって意志はあるんだもの!」
「まあ、それは仰る通りだ。でもあの子達は種族単位で"奉仕することが喜びだ"って刷り込まれてるからな…どこでその前提が成り立ったんだろう。しもべ妖精のルーツとか歴史とか、知ってる? あの子達も元々は人間と同じだけの自我を持っていたのにどこかで捻じ曲げられたのか、それとも種族の特性として"奉仕する"ことに喜びを見出すDNAが形成されてるのか…しもべ妖精の社会ってどんな構造になってるんだろうね」
「ああっ…その観点は思いつかなかったわ…。なるほど、今を変えるためにはしもべ妖精の辿った歴史から紐解く必要があるってことね」
脳の8割をハーマイオニーに割きつつ、私は身振りでフレッドにその場で一回転するように指示した。首を傾げながらもフレッドがくるりと回ってくれた時、ついでに杖もちょいと振ると────何も入っていないように見えるポケットが、発光した。
「簡単な検知魔法で引っかかるようになってる。道草食ってたことはもうバレてるだろうし、モリーに怪しまれてポケットをひっくり返させられたら終わるよ」
「ええ────私、ホグワーツに戻ったらもう一度片っ端から本をひっくり返してみるわ」
せっかく白熱していた議論から意識を逸らした私も悪かったが、ハーマイオニーは完全に自分の世界に入り込んでいるようだった。
片や周りのことなど歯牙にもかけずブツブツと呟き続ける少女、片や試行錯誤しながら限りなく黒に近いグレーゾーンの痕跡を消そうと躍起になる双子。あまりに異様としか言いようのない連れの姿を見て、私は思わず笑ってしまった。
渦中にいた頃はわからなかったが、こうして一歩引いて見ると、必死に今を生きる少年達とはやはり輝いて見えるものらしい。
「さ、じゃあそろそろ戻ろう」
双子の隠蔽工作が一通り終わったようなので、私はグリモールドプレイスに向かって歩き始めた。
「────そうしたらね、ロンったらSPEWのことを"反吐"だって馬鹿にするの。他の人もそんな感じ。みんな"しもべ妖精はそういう生き物だから"って、考えようともしないのよ。私、そもそも前提を疑わないその姿勢が問題だと思うわ」
「常識を疑うのには勇気がいるからね。多分それは、あなたが特別柔軟なんだと思うよ。もちろん、それが間違ってるなんて思わないしね」
そう言ったところで、屋敷の前に着く。私はこの時ばかりはハーマイオニーの弁論を止め、ダンブルドア先生がメモに書いて残してくれていた不死鳥の騎士団の本拠地を明かした。
「ダンブルドア先生が守人となって、ここは忠誠の術で守られてる。あなたが秘密を漏らすことはできないけど、念のため出入りする時は周りに気を付けて」
こくりと頷いたことを確認し、私達は素早く屋敷の中に入る。音を立てないよう気を付けながら玄関を通り抜けたところで、厨房の方からスコーンの焼ける良い香りが漂ってきた。モリーがハーマイオニー歓迎の準備をしてくれていたらしい。
「ようこそ、グリモールドプレイス12番地へ。あ、そうだ。さっきはサラッと流しちゃったけど、忠誠の術は────」
「もちろん知ってるわ」
「訊くまでもなかったね、ごめん」
「いいえ、理論として知ってはいたけど、本物の"秘密"を見るのは初めてなの。ねえイリス、教えてほしいんだけど────」
ハーマイオニーの言葉が、そこで途切れる。視線の先を辿ると、ちょうど反対側から階段を降りて来ていたシリウスが私達を見てニヤニヤと笑っているところだった。
「随分と仲良くなったようだね」
「シリウス! 久しぶりね」
「元気そうで何よりだ。イリスのことは気に入ったかな?」
「ええ、とっても博識でリベラルで…話していてこんなに楽しいと思ったの、私初めてよ!」
同じようなことを感じてくれていたハーマイオニーに、にっこりと微笑み返す。5人揃って厨房に行くと、案の定そこにはモリーと、彼女を手伝うジニーが待っていてくれた。
「フレッド、ジョージ、イリスに迷惑はかけなかったでしょうね?」
そして開口一番にこれである。ハーマイオニーがすぐさま「ほら見なさい」というような顔をしてみせたが、私と双子は揃って目を見合わせ、素知らぬ顔を通した。
「マグルのお店をいくつか冷やかしたくらいだよ。ね?」
「うん。僕達にしちゃ随分と良い子にしてた方だと思うな」
「それはこれから確認します。あなた達、ポケットの中身を見せなさい」
モリーの口調は厳しかったが、その検閲なら先程私が済ませたばかりだ。ということはつまり、ここに持ち帰られているものは無害なガラクタか────良心的な魔法使いによるチェックでは暴けないほど巧妙に隠された爆弾だけということ。
同族のシリウスが探ればまた結果は別だったかもしれないが、双子は涼しい表情でポケットを裏返し、自身の潔白を表明してみせた。
「どうやら言っていることは本当のようね…」
「だって、イリスの監視がついてるんだよ。滅多なことはできないさ」
ハーマイオニーだけがまだ何か言いたそうにムッとした顔をしていたが、ジニーが「ハーマイオニー、こっちのは私が焼いてみたの。味見してみてくれる?」と声をかけたことによって、結局うやむやになってしまった。きっと彼女がこのタイミングで現れたのは計画的なことなのだろう。双子といいこの末子といい、ウィーズリー家の人達は揃ってみんな頭の出来が良いようだ。
それから私は、希望していた通りハーマイオニーとジニーと夜が更けるまでおしゃべりに興じていた。一緒に掃除や家事をこなしながら、ジニーの物真似を見て笑ったり、ハーマイオニーと尽きない議論を交わしたり、忙しい時間を過ごす。
ようやく私達が別れたのは、22時を回った頃だった。モリーの「そろそろ寝なさい」という言葉を合図に、子供達が部屋へと追い立てられたのだ。
「ねえ、その話の続き、また改めて聞いても良い?」
名残惜しそうにハーマイオニーが席を立つ。ジニーは既に眠たそうにしていたので、なんとか立ち上がるところまで支えてやりながら「もちろん」と答えた。
「イリス、今日はありがと」
女子達を見送ったところで、今度は後ろからやってきた双子が揃って私にお礼を言う。
「なんのことかな? 私はただあなた達が無事に帰って来られるよう行き帰りの引率をしただけだよ」
モリーに見えないところでニヤリと笑うと、彼らも同じ顔を返し、嬉しそうに階段を駆け上がって部屋へと戻っていった。
さて、年甲斐もなくついはしゃいでしまったが、ここからは大人の時間────騎士団の会合がやってくる。今日は確かアーサーとビル、それから珍しくキングズリーが訪ねてくると聞いていたので、ネタとしては魔法省の問題辺りが上がってくるのだろう。私も本当ならそこで内部腐敗の撲滅に力を注いでいたはずだった────と思うと少し悔しい気持ちにもなるが、屋敷の外に出ることすら叶わないシリウスの方がもっとやりきれない思いを抱えているはずだ。
頭を切り替えて、私は私にできることをしよう。
「────相当子供達に懐かれたな。特にハーマイオニー辺りなんか、明日には愛の告白でもしてくるんじゃないか?」
気合いを入れたところで、のんびりとしたシリウスの声が私を再び楽しかったあの頃に引き戻す。子供達の前では落ち着いた大人のような話し方をするシリウスも、こうして私と2人でいる時には昔の悪ガキの口調が戻ってくるのだからたちが悪い。
「双子のやんちゃを止めなかったところで大きい減点が入ってるから、多分無理かなあ」
「やっぱりあれ、何かやらかしてたのか。フレッドとジョージが手ぶらで帰って来られるはずがないと思ってたんだ」
「言っとくけど、止めなかったっていうだけで、手を貸してもいないからね」
「はっ、まったく恐ろしい奴だよ。モリーと双子とハーマイオニー、全員丸め込んで味方につけた上で"私は誰にも後ろめたいことはしてないよ"なんてひとりで勝ったような顔をするんだから」
「ジェームズとスネイプの仲を取り持つことに比べたら、お茶の子さいさいよ」
「パン職人の腕は健在ってわけか、頼もしい限りだ」
鼻で笑いながら、シリウスは私の昔の渾名を揶揄う。
「2週間後、ハリーがここへ来た時にもぜひその力を遺憾なく発揮してくれ」
「どうして?」
「きっとハリーは今、全ての情報を遮断されて非常におかんむりだろうからさ。プロングズの癇癪みたいな感じで来るか、リリーのひたすら理詰めで追及するような感じで来るか…それはまだわからないけど、あの子が自分の置かれている状況に満足してるとは思えないね」
私より少しだけ早く、長く、ハリーを知っているシリウス。彼がそう言うのなら、ハリーはきっと本当に怒っているのだろう。私はハリーと会ったことがないが、彼の両親の性格を思えば…まあ、確かに問題の当事者である自分が除け者にされて一方的に守られているという状況を良しとしないその思考も頷ける。
「…できれば、良い友達になりたいんだけどな」
誰よりも会いたいと思っていた子が、2週間後にやって来る。
きっとその日私は、今日の比にならないほどそわそわとしながら朝を迎えるのだろう。
最初は喧嘩になってしまうかもしれない。私の言うことを、聞いてもらえないかもしれない。
それでも────。
「なれるさ。プロングズとリリーの子供だぞ、僕達が仲良くなれないわけがない」
シリウスの言葉に、私は根拠もなく笑って頷いてしまった。
「ヒロインが存命ならハーマイオニーが懐いていたかも」>>椎名様
リクエスト…と言ってしまうのは驕りかもしれませんが、とても素敵なテーマをいただいたので作品にさせていただきました。
ハーマイオニーとヒロインの絡み、楽しすぎて思った以上に長くなってしまいました…!
そして同時に、私の中には「次期悪戯仕掛人」であるフレッドとジョージと絡んでいる話もいつか書きたいという思いがあったので、この機会に便乗してしまっております。
ヒロインもいい年の大人になっているので、子供達よりは一枚上手になるように立ち回ってもらいました。学生時代に知り合っていたらもっと翻弄されていたこと間違いなしなのですが、伊達に15年以上シリウスの相棒を務めていません、というところが強調できていたら良いなと思います。ヒロインも成長しました。まあ…生きていたら…の話なんですが…。
そのシリウスも大人になって一人称が変わり、随分と落ち着いた話し方をするようになっていますが(原作翻訳版)、ヒロインの前でだけは学生時代から変わらない態度を取っています。時が流れて変わっていっても、ひとつだけ変わらないものがある、変わらずにいて良い存在がいる、って素敵な関係だなと思ったので…。
また、原作では双子とシリウスの会話があまり目立っていませんが、この話には(シリウスが悪戯仕掛人だったことまでは知らなくとも)双子がシリウスのことを無法者の先輩として自分と相通ずるものがある存在、あるいは尊敬できる存在だと感じていてくれたら良いのにな〜〜〜〜〜という妄想も詰め込まれています。
なのでそんなシリウスを上手に御しているヒロインにもだいぶ懐いていますね。良き理解者、強力な味方、意識としてはそんなところでしょう。
とにかくヒロインは子供の頃から印象操作が上手な人だったので、子供達を相手にするとよりその特徴が顕著になっていますね…。ただその辺りの好感度設定は闇の陣営からの嫌われようでうまいことバランスを取ってくれると思います。
これまでいただいてきたお題も含め、本編の"その後"を書く作業が本当に楽しいです。
最高の機会を与えていただき、ありがとうございました。
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