「あの子」



※たくさんのモブで構成された短編群です。ヒロインのことが好きな子も嫌いな子も出てくるのでご注意ください。
※ヒロインの容姿や他のモブ生徒との関係性について深堀りされているので、読者様の中でヒロインの容姿・他の生徒との接し方に対するイメージがあったら読まれることを推奨しません。










【GRADE.1】

好きだったの。一目惚れだったの。
彫刻みたいな顔が。幼いのに、荒っぽいのに、どこか大人っぽい言葉遣いが。ただ薄暗い廊下を歩いてるだけなのに、王宮の玉座に向かっているみたいな歩き方が。

それって、やっぱり薄っぺらい?
だって私、彼の外面しか知らないもんね。でもさ、外見って一番表に出てきやすい内面とも言わない? 私の気持ちって、軽薄?

わかってたの。自分が結局、彼のお眼鏡に叶うわけがないなんてことは。
私はごくごく平凡な人間だ。成績だってぱっとしないし、顔がそこまで華やかなわけでもない。彼の隣に立つなんて、身の程知らずなことは最初から十分理解してる。

でも、止められなかった。たとえ私が彼の表面しか知らないただのミーハー女だったとしても、どうしたって彼に自分の存在を知ってほしかった。

だって、彼の隣にはいつもあの子がいたから。

イリス・リヴィア。

"イリス・リヴィアがいる限り、私の存在は彼の視界に一生入らない。"

正直、彼女に対しては入学した時に初めてシリウスを見て感じたほどの鮮烈な印象なんてなかった。────というより"印象"そのものがなかった。
私だって、初めて魔法の世界に入ってきたマグルの生まれだ。正直、血筋による派閥とか、名家の出の子供のブランド感とか、言われてもよくわからない。
だから余計に、マグル生まれの全く知らないどこかの出の女の子ひとり、しかも大して目立たないようなタイプの他寮生なんて、目に入るわけがないのに。

いつからだったんだろう。
まだ入学してから3ヶ月そこらしか経っていないのに、彼女の存在がやたら目に付くようになった。

多分、2人でよくいるところを見るようになったからなんだろうな。
単体で見る分には、リヴィアの存在なんて全く目立たないのに。

私からしたら、同じ寮のメイリアとかハリエットとかの方が、リヴィアなんかよりよっぽど目立っていて、華やかで、周りにも朗らかじゃないか…って、思ってしまうんだけど。レイブンクローじゃなくたって、グリフィンドールにもリリー・エバンズがいるし。彼女は特にそうだった。それこそ入学した当初から、周りの男の子がみんな振り返って、憧れの目で見て、その隣に立つところを想像してしまうような子だったの。だから彼に相応しい女の子なんて、リヴィアと比べたら────そう、私だって含めてたくさんいるって、そう思ってしまってたの。驕りだってわかっていても。

でも、シリウスの隣にはいつもあの子がいた。女の子どころか、仲間以外の人間自体に興味のないようなあの人が、ただ一人だけ懐に入れることを許していた。

でも、まだ私達だって入学してからそんなに経っていないから。
印象を変えることくらいならできるんじゃないかって思って、勇気を出して告白してみた。

そうしたら、返ってきたのはこんな言葉。

「そんなに一緒にいないし、親しくもない。イリスのことは好きじゃないし、付き合ってもない。でもきみのことも絶対に好きにならないし、付き合えない」

絶対に好きにならないし、付き合えない。その言葉だけでも十分に傷ついたの。でもね、最悪だったのはそこから。だって、リヴィアとも付き合ってない、って言ってたはずなのに────そんなことを言っていたはずなのに、直後に図ったように出てきたのはその"好きじゃない"はずのリヴィアだった。こんなのってもう、私ひとりだけ勝手に傷ついて、あとの皆が笑って終わるだけじゃないか。

ねえ、はっきりさせてよ。
私、あまりにもいたたまれなくてその場を走り去ってしまったけど、その後2人が喧嘩していたところ、陰から見てたんだから。

どっちなの? 本当に親しくないって言うの? でも、親しくない人相手にあのシリウスがあんな大声を出す?
顔しか見てない、家柄しか見てないなんて、そんなこと言わないで。
確かに私達みたいに直接の接点がない人からすれば、シリウスにとっては全員"外面しか見ていないミーハーなやつ"と思われてしまうのかもしれないけど。

でも、あれくらいならわかるよ。わかっちゃうよ。
シリウスにとって、リヴィアが────そう、そこに含まれる意味がたとえどんなものであろうと────特別な存在であるってことくらい。

だから────ごめんなさい、神様。
私は罪がないとわかっている女子生徒をひとり、心の中で呪ってしまいました。
そして、見えた気がしたのです。今はまだああやって剣呑な空気を出している2人が、その果てにいつか腕を組んで笑い合っている未来が。

────もう私には、そんな機会なんてきっと訪れない。
だって私は、彼のことを知る時間も環境も与えてもらえなかったから。そして私は、彼に私のことを知ってもらう時間も環境も────与えてもらえなかったから。

たったひとつ、寮が違うっていうそれだけなのに。
逆の立場だったら、きっとあの子だって認知さえしてもらえなかったはずなのに。

────ああ、でも。
こんなことを考えている時点で、きっと私と彼の寮が同じだったとしても、きっと私が選ばれることはないんだろうなあ…。





【GRADE.2】

あの日はとってもびっくりしたなあ、って今でもよく思い出せるよ。
あ、僕は別に、リヴィアにもブラックにも興味はないよ、念の為ね。
ただ、ブラックはポッターと一緒にまとめて学校中の有名人だったし…その2人、いや4人かな? 彼らといつも仲の良いリヴィアも同じようにみんなからなんだかんだで注目を集めていたんだ。本人にその自覚はなかったんだろうけど、きっと本人が思っている以上に、彼女は学校の有名人だった。この学年はきっと黄金世代としていつまでも語り続けられるんだろうな、なんて、ちゃっかり同じ学年ながらに思ったりして。

だってたぶん、あの4人の存在がなくても、彼女は周りの関心を十分に惹いていたと思うし。うちのアンナやウィリアムだって自慢の同級生だけど、この学年の…特にグリフィンドールは、とにかく"粒揃い"って言葉がぴったりな存在だったんだ。
その中でも一際存在感があったのが、イリス。
プラチナブロンドの細い髪を肩下まで下ろして、ブルーとグレーの合間を取ったような瞳と、長い睫毛がいつも伏し目がちに揺れていて、小さな口と高い鼻が顔にバランスの良い影を落としている。加えて(マグルの文化はわかんないけど)、多分良いお家で育てられてきたんだろうな、細い体が作る所作はいつだって誰よりも上品だった。
後に揶揄する意味も含めて"プリンセス"っていう渾名が広まっていたけど、僕らハッフルパフの2年生の間では既に、良い意味で彼女を"姫"と呼ぶに相応しいよね、なんて声も出ていたくらいだった。

ちなみに、せっかくここまで持ち上げた後だけど、僕と彼女の接点はほぼ全くなかった。
いつだったかな、多分まだ、冬が終わる前のことだったと思う。偶然廊下の曲がり角でぶつかっちゃって、僕の持ってた教科書と羊皮紙が散らばったことがあった。

そうしたら、彼女、すごく慌てた様子で僕より早く床に落ちたものを拾ってくれたんだ。

「あっ、ごめんなさい、ボーッとしてて…これで全部?」
「ああ…うん、拾わせてごめんね、ありがとう!」
「ううん、私が前を見ていなかったのが悪かったから…ええと、あなた…ロジャー、だよね?」

ぺこりと軽く謝罪をしてもらった…多分気持ちとしてはそれだけなのに、彼女の礼はとても深く、指先まで揃えられた理想的な挨拶だった。こちらが気後れしてしまうくらい、とても丁寧で、謙虚。その上更に、彼女は話したこともない僕の名前を覚えていてくれた。

「その通りだよ。よく────知ってたね」
「そりゃあ、ホグワーツに来て初めて聞いた名前だったんだもん。アルベルト・ロジャー、ハッフルパフ! …ってね」

クスクスと笑いながら、冗談交じりに言うイリスは、遠くから見るより随分親しみやすく映った。

「薬草学でよくスプラウト先生に褒められてるから、一応顔と名前だけは知ってるつもりになってたんだ。人違いしちゃわなくて良かった」

そりゃあ、これは確かに皆が彼女に注目するのもわかるなあ、と自然と思わされた。

それで────ええと、なんだっけ…そうそう、"あの日"の話だね。

それは、学期末の試験が終わった日のこと。僕ら2年生は去年より遥かに難しくなった試験を終えて、完全に解放感に包まれ天国のような気分を味わっていた。
談話室に戻って小さなパーティーでもしようか、それとも久々に外の空気を味わいに散歩でもしようか、そんなことを考えながら大広間から続く階段を昇っていた時。

バタン、と何かが落ちる重たい音が響いた。
誰かが何かを落とした────にしては、あまりにも音が大きすぎる。まるで人が意識を失って階段のど真ん中で倒れたみたいだ。僕と友人は顔を見合わせ、すぐに音の方に駆け寄る。

そこは騒然としていた。誰もが顔を青ざめさせながら、"何か"を中心に距離を置きながらザワついた声を交わしつつ硬直している。
その"何か"を見ようと人の群れを掻き分け────同じく、僕も体が硬直したよ。

だってそこにいたのは、学年の…いや、下手をしたら学校のマドンナとすら言えるイリス・リヴィアその人だったのだから。
隣では、リヴィアと仲が良く、これまたあらゆる人からの人気を得ていたリリー・エバンズが泣きそうな顔をしながらなんとかリヴィアの体を担ごうとしていた。
でも、そこは同じ細身の女の子同士。医務室に運びたいのかもしれないがいくらなんでも無理があるだろう────そう思い、手を貸そうとしたその時だった。

「おやおや、何かと思えば我が同志が派手にぶっ倒れているじゃないか」
「まったく…本当にいつも人騒がせだな」

ポッターとブラックが、どこからともなく現れたのだ。人混みは2人の登場に気づくなりさっと道を開け、彼らを輪の中心に導く。

「ポッター、ブラック…イリスが…」
「状況はわかんないけど、とりあえず意識がないのは確かなんだね?」
「医務室になら僕が運ぶから。きみが無理に引きずって行ったところでイリスの痣が増えるだけだぞ」

誰もが驚いて仕方ない状況なのに、2人は動じる素振りを全く見せることなく、そしてエバンズに事情を聞く暇さえ与えず────まるで最初から全てをわかっているかのように笑っていた。そしてその直後、ブラックがひょいと軽々しくリヴィアを横抱きに拾い上げる。

「私も一緒に行くわ」
「それが良い。目覚めて最初に目に入ったのが僕らじゃ、却って"僕らがイリスを気絶させた"と思われかねないからな」

そう言って、ブラックは…いくら細いとはいえ、同い年の女の子を軽々と抱え上げたまま安定した足取りを踏み出す。
その姿はまるで、どこぞの国の王子様がどこぞの森で彷徨っていた異国の美しいお姫様を恭しく城に連れ帰る様のようで。周りにいた生徒みんなが、息を呑んで自然と2人に道を開けていたんだ。

「イリスが倒れた理由、わかる? …っていうか、エバンズはそもそも大丈夫?」
「わ…私は大丈夫、びっくりしただけだから…。イリスが倒れたのは…わ、わからない…けど、最近ご飯を食べてる姿をあんまり見てなかったし、夜も私が眠る前に帰ってきたとこ、ほとんど見てなかったから…きっと…きっとすごく根詰めて勉強してたんだわ…。私、それなのに…それを見てたのに、全然…気を回せなくて…」
「きみが自分を責めることじゃないよ。イリスが意外と頑固なの、きみも知ってるだろ? たぶん何か理由があって────うん、そうだな。譲れない理由があって、あの子は自分で自分を追い詰めたんだ」
「────…そうね、あの子は強い子だものね」

王子様とお姫様。さっきも言ったけど、まさにそんな言葉がぴったりだ。そしてそのおつきの人みたいに、後ろからエバンズとポッターが並んで歩いている。エバンズとポッターは仲が悪いという印象しかないんだけど…共通の友達の事故となったら、流石にお互いの確執くらいは忘れるのかもしれないな。

ゆっくりと、間違ってでもリヴィアの一部だけでも落としてしまわないように気を遣っているようなブラックが、前も見ず、ただ目を瞑っている彼女の顔にずっと視線を落とし続けながら階段を降りていく。幸い、医務室はその先の廊下をまっすぐ進んだところにある。心配と好奇心(と、これは僕が勝手に推測したことだけど…嫉妬もあるかな、主にリヴィアへのね)の目に晒されながら、彼はただただリヴィアを見続けながら、少しでも容態が悪化しないか確認でもしているのだろう、硝子細工を扱うように歩を進めていた。

「ねえ、あの2人って…あんなに絵になるのね」
「悔しいなあ、あんな王子が相手じゃ、どう足掻いても敵わないじゃないか…」

女子、男子、共にザワつく声が聞こえる。
はてさて、彼女は自分がここまで有名であることを、いつ自覚するんだろうね。
本人の容姿、仕草、成績、素行、全てが理想的な子なんだ。そりゃあ、大多数の生徒の目を惹いて当然なんだ。ポッター達がそれ以上に無茶苦茶だから霞んで見える、って自己評価をしてしまう気持ちもわからないではないけど────…君は、君単体の存在だけでも十分煌めく宝石みたいな存在として、誰もが無視できない存在になっているんだよ。きっとね。





【GRADE.3】

私、最初はあの子のこと、すごく好きだったの。
誰の意見も平等に聞いてて、誰にでも優しい笑顔を振りまいていて、先生からの評判も良くて。"優等生"って言葉を揶揄の意味で使う人もいたけど、私からすれば彼女は、同じ寮にいることが誇りに思えるくらい、良い子だった。
イリスはほとんどの時間、リリーと一緒にいたから────私は自然ともうひとりの同僚、メリーと一緒にいる時間が長かった。でも、グリフィンドールの女の子達はみんな等しく仲が良かったから────あんまりそういう"派閥"みたいなものは感じずに、程良い距離感で接することができていたと思う。

でも、それができなくなった瞬間が────3年生になった時、唐突に訪れた。
一時、ジェームズとシリウスが一緒にいる時間が減ってた頃があったの。多分、ジェームズがクィディッチの名プレーヤーとして活躍し始めたから、キャプテンのデイヴィスにこき使われてるんだと思う。

シリウスがひとりでいることって、とっても珍しいことなんだ。
だからね、その時に私、彼と少しでも仲良くなれたら────って思ってた。

そうしたら、そこにいたのは────当たり前のような顔をして笑っている、イリスだった。

「ああ。1年の時に比べたら、かなり"今のは君自身の意見なんだな"っていうのがわかるようになってきた」
「良かった。まあでも、まだ人間3年生みたいなものだから、かなり言葉を選んじゃうところは変わらないんだけどね」
「それでも立派な成長だよ、ミス・リヴィア。グリフィンドールに300点」
「はは、寮杯ゲット間違いなしだ」

シリウスがあんな顔を見せる相手は、本当に極僅かに限られていた。ジェームズ、リーマス、ピーター…────それから、イリス。
しかも、2人のこの会話内容。ちょこちょこ揉めている姿だって見てきたはずなのに、まるで雨降って地固まる────そんな、"壁を乗り越えたが故の仲"を見せつけられているみたいだった。

なに、あれ。
もう誰も入れないじゃん、あんなの。

3年経ってからじゃ、やっぱりもう遅かった? 入学したばっかりの頃から、それこそ喧嘩を覚悟でぶつかっていかなきゃいけなかった?
でもさ、気づいたらあの子、シリウスともジェームズとも既に仲良くなってたんだもん。聞けば、入学の日のホグワーツ特急の乗車中の時が初めての出会いで、その時からお互いを認知していて、特にジェームズのお陰で気軽に話せる仲になってたんだって。
そんなの、ただの偶然じゃない。もしそこにいたのが私だったら、その年のクリスマスに私もホグワーツに残っていたら。リリーと一緒にジェームズの悪口を言っていたら────そんな、性格の悪いことを考えてしまうほど、私の人生のタイミングは何もかもが最悪だった。

ねえ、シリウス。
もしあの日、いくつもあった"あの日"のどこかひとつにでも、イリスの代わりに私がいたら、あなたはもう少し私のことを見てくれた? シルヴィア・ディケンズっていうひとりの女子生徒に、もう少し関心を持ってくれていた?

「あ、シルヴィア、これからご飯?」

────2人の仲の良さを見せつけられた直後、イリスがシリウスに向けるものと全く同じ笑顔を私に向けてきた。

「────…」

私、あなたのそういうところが嫌いなの。
あなたはきっと何も意識してない。シリウスに好かれたいから近づいてるんじゃなくて、純粋に相性が合うから必然的に互いが近付き合ってるだけ。
でもあなたの、あなたにしかできないそんな性格のせいで、本気で彼の隣を望んでいる大半の女子が、喉から手が出るほど欲しているものを、望んでもいないあなたがかっさらっていくの。それがどれだけ悔しくて、羨ましくて、恨めしいことなのか、わかる?

私は結局、そのまま何も返せずにイリスとシリウスの脇を通り過ぎて行ってしまった。チラリと最後に一瞬だけ振り向くと、とても不安そうに、なんなら泣きそうな顔をしながら私を見ていたので、目が合ったと認識される前に前を向く。

わかってるよ。
イリスはとっても良い子。誰の意見も平等に聞いてて、誰にでも優しい笑顔を振りまいていて、先生からの評判も良くて。
────あんな子、誰が嫌いになれるっていうの?

わかってるよ。
たとえ私とあの子、シリウスと出会うタイミングが逆だったとしても。
クリスマスに過ごしたのが私でも、試験後に倒れたのが私でも。

あの2人の関係は、きっとどうにかして今の形に収まっていたんだと思う。
だって────ねえ、ごめんね。
私、それでもあなたのことが────どうしても、好きになれなかったの。
誰もが好きになる子、私だってシリウスの隣にいなければ、きっとあの子のことが誰よりも好きになってた。
それがわかっているのに、この勝手な恋慕のせいで、罪のない良識ある女の子を嫌ってしまったことを────どうか、誰も許さないでください。





【GRADE.4】

あの女は悪魔だ。未だにあの時の顔が、悪夢として蘇る。
一度は忘却呪文で忘れさせられていたから、一体誰にやられたのか、それだけはどうしても思い出せなかったのに。夏が終わる頃、その"記憶"は唐突に戻ってきた。

ちょっとした出来心だったんだ。セブルスから"気軽に人を切り刻める呪文"だって聞いて。しかもそれは、別にすぐに致命傷には至らないとも聞いて。反対呪文を唱えればすぐに治るから、時機を見て使ってみれば良いなんて言われていたから────。

セクタムセンプラ。それは、セブルス自身が考案した呪いだった。

ちょうどその時、俺達はレギュラスからの指示で、ポッター達の隙を突いて"こちら側"の脅威を示せと言われていた頃だった。だから、それこそ"ちょうど良い"と思ってたんだ。
アバダケダブラが法律上許されないことくらいなら、知ってる。でも、即座に死に至らしめるわけじゃない"法律で規制されていない"呪文なら、試す余地があるって。

だから、使ってみた。
周りにポッター達がいたのは確かに悪手だったかもしれないけど、逃げる算段ならついていたし、どうせお仲間が傷ついたら報復云々の前にまずは回復を試みるはず。そこにいたのはポッター、ペティグリュー、それからリヴィア。どうせオタオタしているペティグリューとリヴィアを尻目に、ポッターがブラックを医務室に運んでいくのがオチだろうって────そう思ってた。

なのにあの女。イリス・リヴィア。
入学した時には、何の感情も持ってなかった。確かに美人だったが、妙にオドオドした態度ばっかり取ってるし。誰に対しても同じ態度で接しているが、それだって結局色んなところに媚びを売ってるだけだろ。
あいつが校内で人気を得ていることなら知っていたが、俺はあいつの評判が上がれば上がるほど不快感を募らせるばかりだった。

そんなお人形さんみたいな女が今、狂気の笑みを浮かべて俺の顔の横にしゃがみこんでいる。俺の喉に杖を突き付けたまま、まるで今日食べるおやつを選ぶかのように、俺に与える制裁をどれにしようかと悩んでいる。
イカレてる。完全に、頭がおかしくなってる。こんな顔ができる人間なんて、悪魔かサタンか、人の心を持った虐殺者くらいのものだ。

人はだいたいリヴィアのことを"気に入る"か"気に入らない"で分けている。誰にでも優しいとか賢いとか上品だとか、そういう部分を見て憧れの眼差しを向ける人間もいれば、ひ弱で自分の意思が薄弱で八方美人な人形だと、俺のように卑下している人間もいる。

何が"気に入る"だ。何が"気に入らない"だ。
これは、そんな能動的な感情を超えてる。
圧倒的な恐怖。人畜無害な無能だと思っていた人間の芯に宿っていた、何より苛烈な炎。何が人畜無害だ。あんなもの、無差別に危害を加える殺戮マシンと同等だ。

他の人間は、リヴィアのあの狂気を知っているのだろうか。
あの女にあそこまでの苛烈な感情が内包されていると、一体どれだけの人間が知っているのだろうか。

他の人間がどこまであの女を賞賛しようが、俺達反抗勢力には関係ない。あの女がどれだけ他の人間を助け、尊敬され、模範的な道徳的人間と評価されようが、俺達────いや、少なくとも身を以てその地獄を味わった俺にとって、あの女はホグワーツ内で最も危険な人間だった。





【GRADE.5】

彼女のことなら、3年生の時くらいに知ったよ。
だって、バレンタインの時。あのシリウス・ブラックの隣を優雅に歩く様が、あまりにも鮮烈な印象をこちらに残してきたのだから。
とっても可愛い子だ、って思っちゃった。元々優等生として僕らの学年内では有名な子だったけど、それをイリス・リヴィアっていう個人として認識したのは、それが初めてのこと。

仕草が綺麗だ。僕だってそれなりに厳しい教育を受けてきたつもりだったけど、彼女の振舞いは上流階級のレディとしてどこのパーティーに呼ばれても全く違和感を持たせないんだろうな。
口調が丁寧だ。言葉選びのひとつひとつに、配慮が感じられる。相手に合わせて抑揚も変えていて、誰に対しても不快感を抱かせないような最大限の気遣いがいつもそこにあった。
そして何より────こんな気持ちを持ったのは、初めてだったんだ。

女の子のことは等しく綺麗だと思っていたし、誰に対してもレディとして礼儀正しく接するべきだと、それが紳士の務めだと思っていたから────あまり"個"としての女性を見る機会がなかったんだ。
でも、彼女は僕の目を強制的に惹く"全て"を持っていた。

陽の光を受けてキラキラ輝くプラチナブロンドの髪が眩しくて。グレーとブルーの合間を取った瞳が細められる瞬間が、とても惜しいような、でもそこに浮かべられる控えめな笑顔がまさに花のようで、いつまでも見ていたくなるような、そんな矛盾を感じてしまって。細い手足の指先まで洗練された動きに、目を奪われない人なんて…いるんだろうか?

彼女は、その見た目と素行の割に────いや、そこであえて控えめな言動を取っているからなのだろうか────そこまで目立つ人ではなかった。それこそ、知っている人が勝手に憧れ、勝手に遠ざけるような、割と二極化されたタイプの子。

かくいう僕は後から彼女がマグル生まれの女の子だと知ったのだけど────これだけは幸いなことに、僕はよく純血の家に語り継がれる"純血優先主義"の思想に一切染まることなく生きていた。両親は恋愛結婚をした仲、それがたまたま純血の魔法使い同士だったというだけで、そこには一切の損得勘定がなかったのだ。

「私達は意思を持つと同時に、あまりにも繁殖しすぎた種族なのよ、ヘンリー。血や歴史に躍らされたところで、自分が楽しいと思えなければ、自分に誇りを持てる命でなければ、その人生に意味はないの。道を歩くために必要な術は私達が教えるから、あとはあなた自身の足で、正しいと思う方へ行きなさい」

そう言ってくれた母の言葉は、今も昔もずっと僕の中で一番大切な言葉として胸に刻まれている。
残念ながら僕の周りで同じような考え方をする人はあまり多数おらず、そのせいで「ヘンリーは変わった奴だ」と言われることも多かったが────僕はそれを、たいして気にしていなかった。だって一度も僕はそれが自分にとって損だと思ったことはないし、実際に恥をかいたことも失敗したと思ったこともないのだから(もちろん友達を喧嘩して後悔したり、正しいと思っていても親に怒られたりしたことはあったけどね)。

だから僕は5年生になった時、彼女と同じ監督生という肩書きをを得られたことが、心から嬉しかったんだ。憧れた人、自分が素直に"素敵だ"と思えた人と、同じところに並べたから。これで僕が彼女に声をかけても、きっと不快感を与えずに済むんじゃないかって期待して。

案の定、彼女はびっくりした顔こそしていたけれど、僕を拒絶するようなことは絶対にしなかった。僕は最初から割とあけすけに自分が彼女を恋愛対象として見ていることを伝えていたのに、それでも彼女は僕を拒まなかった。誰の手も取る気がないと主張はしながら、それでも"友人"で良いならとことわった上で、僕と共に笑ってくれたんだ。

結局彼女はその年が終わる頃、(想定はしていたが)ブラックと交際を始めた。
とてもお似合いだった。誰が見ても、あの2人こそが結ばれるに相応しいと最初から思っていたことだろう。
かくいう僕も、最初こそ彼女の心を奪ってみたいと思っていたが、月日を重ねるうちに「それはきっと、僕にとっての"正解"じゃない」という声が脳裏に響くようになった。

彼女が笑っていてくれたら嬉しい。でもその笑顔は、僕じゃ完全には引き出せない。
彼女が泣いていたら悲しい。でもその悲しみは、僕じゃ完全には払拭できない。

こんな風に、誰かを想うのは初めてだ。
初恋を捧げたのは、隣に住んでいたミス・レイラ・メルシェム。僕と同じ純血の家系に生まれた、2歳年下の自他共に認める令嬢だった。その子も笑顔が花のように愛らしく、声が鳥のように軽やかな子で。僕が花のつぼみを即座に花開いてみせると、手を上品に口元に当てながら喜んでくれた。たまにお転婆なところもあって…一緒に木登りをしたこともあったんだけど、当然そんな野蛮なお遊びなんて教えられていないレイラはすぐに木から滑り落ちてしまった。その時彼女を咄嗟に受け止めた僕に、彼女はほっとした顔をして言ったんだ。「ヘンリーがいてくれて良かった」って。

きっと僕は、"僕の力で誰かを幸せにしてあげられること"に喜びを見出すタイプなんだろうな、って、イリスを見ていたら思った。
レイラへの気持ちは、確かに恋だった。そしてイリスへの気持ちが恋であることにも間違いはないんだと思う────いや、それともこれは、"憧れ"と言うべきなのだろうか?
僕じゃなくても良い、って思ったんだ。僕はただ、イリスの笑顔を見ていたいだけで。イリスが幸せであることを知りたいだけで。

そんな風に思える子と出会えただけで、僕はもう十分満たされている。
ブラックといる時のイリスは、どれだけ辛い境遇に遭っていても、前を向いていたから。ブラックがそこにいるだけで、イリスはいつだって希望を捨てていなかったから。

そんな恋慕もあるのだと、初めて知った。
"恋"っていう言葉も一括りにはできないんだね。僕は君のことが確かに好きだったけど、それよりも、何よりも、君の幸せを第一に願ってた。

────ああ、でも少しだけ、面白かった時もあったよ。
6年生の時に迎えたホワイトデー。バレンタインの時、彼女はミス・エバンズと一緒にお菓子を配りまわっていて。"友人"として、僕も皆と一緒に同じようにその友情を受け取っていた。
当然僕は彼女に本命のお返しをしたさ。それは、最初から決めていたこと。
でも、思った以上にその年の彼女に贈られた"お返し"という名の愛の量は、あまりにも彼女のキャパを飽和していたと言わざるを得なかった。

そろそろ君も気づいたかい? 君がどれだけ、周りの憧れを集めているのかっていうことを。
確かにブラック絡みのせいで女子から嫉妬をされているところもあったさ。あとは、僕には理解しがたいところではあったけど、マグル生まれだからっていう理由で純血主義者から差別をされているところもあった。中途半端に成績が良かった生徒なんかは、彼女の努力も向上心も知らずに、その出された優秀な結果を見て勝手に敵視していたところもあったくらい。

でもね、イリス。
僕は君のこと、少し遠くから見てたからよく知ってる

確かに見た目だけでも十分周りの注目を集めるには十分だった。

でも、レイブンクローの下級生が授業でうまく呪文を使えずに泣いているところに君が現れて、何の躊躇いもなく「どうしたの?」と声をかけ、背中をさすりながら「どれだけ努力をしても報われないことって、あるよね。わかるよ。私もそうだった」って優しく語り掛けているところを見たのは、きっと僕だけの特権だったんだと思う。
「でも、リヴィアさんは結果を出してるじゃないですか…」って言い返されても、「それは私の力じゃないよ。私には、友達がいてくれたの。どれだけ私が失敗しても、成功するまで一緒にやろうよって言ってくれる友達が。だから、あなたも友達が苦手に思ってるところを助けてあげて…その代わりに少しだけ友達の力を借りて…そうやって友情を深めながら、お互いに高め合うことで得られるものは確かにあると思うよ」と力強く励ましていた。

ハッフルパフの新入生が道を間違えて困っていた時、「どの授業を受けるの?」と彼女はすぐその子の悩みに気づいて声をかけていた。「呪文学なら、この階段を抜けた先にある通路をまっすぐ進んで、通路の奥にある扉を抜けると教室のすぐ隣の扉に繋がってるよ」って、きっと…あの悪戯仕掛人と一緒に開拓した道なんだろうな、そんな知識を惜しみなく分け与え、新入生が授業に遅刻するのを防ぐ役割を進んで買って出ていた。

スリザリンの子が怪我をしているところに鉢合わせた時ですら、「大丈夫? 医務室に連れて行くか…簡単な治癒魔法なら今私にも使えるけど…」と臆することなく話しかけていたんだ。彼女が元々人見知りで、自分の行動を起こす前に一歩止まって考える癖がついていることなら噂に聞いていた────はずなのに、6年生くらいの頃の彼女には、もうそんな影なんて少しも見えなかった。
結局そのスリザリン生からはすげなく「あんたの力を借りるくらいなら、大人しくひとりで医務室に行く。放っておいてくれ」と言われてしまっていたのに、それでも彼女は「お大事にね」と言って気を害する様子もなく送り出していたくらいだったのだ。

僕が君に惹かれたのはね、確かにその綺麗な見た目や上品な所作を見たことがきっかけだったんだと思う。
でも、そこから君の幸せを心から願えるようになったのは、そういった君の"どんな人にでも分け隔てなく優しさを注いであげられる、平等な善心"に気づいてしまったから。
生まれや、ブラックという女子からも男子からも一目置かれている存在と付き合っているという環境のせいで、彼女の立ち位置は必ずしも安寧に満ちているとは言い難いかもしれない。

でも、僕はそんな彼女の在り方が、どうしようもなく眩しかった。
それに、そういう風に思っている子は────きっと君が思っている以上にとても多いはずだよ。

君はまだ、自分の魅力に気づいていないだけなんだ。君が"当たり前"だと思っている行動が、ひとつずつ誰かの救いになっていることに、いつか気づいてくれたら良いな。
僕が心から憧れた人。僕が心から尊敬した人。いつまでもどうか、幸せであってくれ。





【GRADE.6】

私、あの子のこと、正直最初はあんまり信用してなかったわ。
だって、せっかく自分の素行は良いのに、つるんでる連中の粗相に全く口を出さないんだもの。
何がしたいの? って正直思ってたし、そんな子と監督生に共になるなんて、どう考えてもうまくやれる気がしなかった。

でも、私はあくまでレイブンクローの監督生。目で見たものしか信じないし、先入観で人のことをわかった気になるなんて、驕りも良いところ。別に悪い子じゃないことはわかってるし、なんなら我がレイブンクローの寮生の一定数も、彼女に好感を持っていることは知っていたから。

そりゃあ、そうでしょう。物腰が柔らかで、見た目と素行には圧倒的な存在感があるのに、彼女自身はあくまでどこまでも謙虚に、人を立てることを優先していえる様子が窺えたんだから。ホグワーツにいる人間は基本的に、自己主張の強い人間が多い。そんな中で、自分より他人を優先して、人の話を真摯に聞いて────でも自分の意思もしっかり持っているなんて、そんな稀有な人間に注目が集まらないわけがないのよ。

ねえ、イリス。あなた、いつまで自分がただの通行人Aだと思い込んでいるの? 学校の人間はもう、皆あなたのことを知っている。あなたの振舞いを知っている。そこに好意だろうが嫌悪だろうが、とにかくほとんどの人があなたに対して何らかの"感情"を持ってるの。

でも私は、あなたに対して"懐疑"の目を持っていた。
確かに、友人として付き合う分には良い子なのだと思う。でも、監督生としてはどう?
情に動かされやすいあなたは、一体どこまでその役目を全うできるの?

厳しい目を持っていた。彼女の本来持った"優しさ"と、課せられた"役目"の狭間でどう動くのか────注意深く観察していた。

────だから、驚かされたの。

レイブンクローの友人…ハリエットになりすましたスリザリンの悪意ある生徒が現れた時の、彼女の行動の素早さに。状況把握能力、処理能力の速さ。自分がやるべきことの判断を、まるで本能で察知していえるかのように、彼女は淡々と、普段からは考えられないような冷酷さで相手を追い詰め、想像を遥かに超える熟練された戦闘態勢にすぐ入ってみせた。

脱帽した、と言わざるを得なかったわ。
ごめんなさい、多分きっと私、目で見たものしか信じないって言っていたくせに、あなたのことを勝手に侮っていたみたい。

私が思っていた"監督生"の姿なんて、せいぜい言うことを聞かない生徒を統率して、模範的な学生として振舞っていれば良いだけだと思っていたの。でもあなたは、その遥か先を見据えていた。
当然よね、だって一緒にいるのがポッターやブラックなんだもの。校則…所謂ホグワーツの法の穴を潜るようなやり方を熟知している人間のやることなら、彼女だって責められないと諦めるしかないんでしょうけど。
あの子は、もっと先を見ていたのね。校則破りなんて可愛いものじゃなくて、ホグワーツにもっと悪意にまみれた敵対組織があることを、とっくに知っていたのね。

私はその時初めて、彼女の慧眼に気づかされた。自分が叡智の寮に振り分けられたことを、正直恥じもした。
もしかして、皆そのことを無意識に察して、彼女について行っていたの? 彼女の中にちゃんとした矜持があって、譲れるところは寛容に譲りつつも、譲れないところは絶対に譲らないラインを定めている────そんな彼女の芯の強さに、周りの子は既に察していたの?

私が下手に疑っていたせいなのかもしれない。
実際、彼女の在り方は、誰から見ても憧れに値するものだったのかもしれない。

下級生が言っていた。

「イリスって、どんなに忙しそうな時でも絶対に私の話を聞いてくれるの。勉強を教えてもらうだけならまだ話を聞きに行っても迷惑じゃないかもな、って思ってたけど、流石に恋愛相談なんてしにくいなあって思ってて…。でも、イリスって、シリウスととっても良い仲でしょ? だから何かアドバイスが貰えたら嬉しいなあって…勇気を出して声をかけてみたの。そうしたらね、私の気持ちにどこまでも寄り添って、私の気持ちを髄まで想像してくれて、一緒に喜んだり悲しんでくれたりしたの。私、イリス以上に人の気持ちをわかってくれる人、知らないと思う」

上級生が言っていた。

「彼女の勤勉な姿勢、素晴らしいよね。マグル生まれなんてどうしようもない事情のせいでスリザリンの生徒から煙たがられているのに、彼女の様子を見ていると"それはそれ"って割り切って、少しでも好意的に接してくれる人を意図的に探そうとしてるんだ。ああいう良い意味の貪欲さは将来役に立つと思うよ。諦めずにコネクション作りに勤しむ人ほど、回りまわって人脈を広げるのに役立つからね。彼女はきっと、本当の意味で賢い人だ」

その言葉に対して、ようやく私も腹落ち感を持つことができた。
1年生の時ならともかく(その頃私は彼女の存在を認知していなかったから)、ここにきていよいよ彼女の存在がホグワーツの柱たる存在に相応しいのだと知る。
未だに彼女を謗る声は聞く。出しゃばり、外面だけ良いくせに内では損得勘定しかしていない────まあ、わからないでもない。

全ての人に好かれるなんて無理な話なんだ。
だから私は、彼女に損得勘定があろうとなかろうと、人に親切にしようと心掛けている姿が見えるイリスの姿を素直に尊敬するし、杖を抜くべきタイミングを決して誤らないイリスを信用している。
────それだけで、十分じゃない?





【GRADE.7】

ああ、イリスね!

よく覚えてるよ、初めて出会った日のこと。入学式、新入生の子達のうち、一体誰が同じテーブルに座ってくれるだろうって、私はとってもワクワクしていたんだ。

だってその年の夏休み、私は念願の監督生になれたんだからさ。私はあんまり勉強ができる方じゃなかったからきっと無理だろうなって思ってたけど、私自身が入学した時に監督生だった先輩にすごく良くしてもらってたから、単純な憧れがあって。
もちろん監督生になろうがなるまいが、後輩には優しくするつもりだったよ。でも、"監督生"って肩書き、すごく格好良いじゃん? なーんて思う私は、やっぱりきっと頭が弱いんだろうね。

バッジが届いた時、嘘なんじゃないかってまず思っちゃった。でも、宛先はちゃんと私の名前だったし、「宛先間違ってないよね」ってふくろうにもつい訊いちゃったけど、ふくろうは首を傾げるだけで、私がバッジを試しに着けてみるまで家から帰ろうとはしなかった。

「う、わあ…」

バッジ付きの制服を着た自分は、これまた馬鹿みたいな感想だけど、随分と大人になったように見えた。

だから新入生の組分け儀式も、5年前と同じか、もしかするとそれ以上に緊張しながら見守ることになった。アルベルト・ロジャー…ハッフルパフ。アシュクロフト・メリュー…レイブンクロー。ブラック・シリウス…おっ、グリフィンドールだ!

それからうちの寮のテーブルについてくれたのは、リリー・エバンズ、シルヴィア・ディケンズ、メアリー・マクドナルド、イリス・リヴィア、ジェームズ・ポッター、シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、ピーター・ペティグリュー。

去年までだったら、責任も何もない立場でありながら、初々しい緊張している新入生を見てはほっこりとした気持ちになっていたのだろうけど。
なんだか今年の1年生は────こう、遠目に見ても気圧される"何か"を持っていた。全員が、存在感を持っている。特にシリウス、ジェームズ。入学したてにも関わらず、容赦なくホグワーツの頂点に立ってやろうという目論見が透けて見えていた。
リーマス、リリーはグリフィンドールらしい正義感を持ちつつも、誰にでも分け隔てない優しさを振りまいているお陰で、同級生のみならず上級生からの信頼を勝ち得るのにもそう時間はかからなかった。

そんな中で、特に異質に見えたのが────イリス。
なんだろう。周りの空気を読もう、読もうと頑張っている姿がよく見える。雰囲気に合わせて自分の形を柔軟に変えて、"優等生"という当たり障りのない地位を確立させながら、"誰にとっても良い立場"を作ろうとしている姿が窺えた。

グリフィンドールの生徒は基本的に自我が強い。それこそ最初のうちはシリウスやジェームズには散々手こずらせられていたものだった。かくいう私もかなりマイペースに生きてきていたから、当時の先輩には相当迷惑をかけていたと思うんだけどね。

でもイリスは────妙に、透明感のある子だった。
真っ赤な炎と獅子を背負う寮にいるにしては、良い意味で空気を薄めるのが上手だったのだ。良い意味で、って言うのは、必要があれば自分の空気をどこまでも濃くする────そんなバランスを巧く取ることができる子だ、だってわかっていたから出てきた言葉。

喧嘩っ早い寮生の中でも、できるだけ人の意見に耳を傾けようとしている。
いつも一緒にいるリリーは、同じくとても優しい子だったんだけど────割と頑固で自分の意見を貫こうとする節もあったから、そこには納得してた。彼女はグリフィンドールらしい生徒だって。

でも、イリスはどうしてグリフィンドールに組分けられたんだろう────。
勤勉さと平等性を重んじるなら、ハッフルパフの方が良かったんじゃない?
自分の立ち回りを賢く客観的に認知して、自分の優位な地位を確立させたいならレイブンクローの方が良かったんじゃない?
スリザリンは…うーん…あんまり想像できないけど、でも、やっぱり私は彼女がグリフィンドールに組分けられたその意図がどうしても気になって仕方なかったんだ。

でも、そうしたらどうだい!
その学期末、イリスは我らが敵対するルシウスに杖を上げたと来た!
しかも翌年、彼女は"自分の貫きたいもの"を見つけるためにぶっ倒れるまで図書室にこもってたとも聞いたよ!

そして3年目────私が卒業する年。
これはあくまで噂でしか聞いてないことなんだけど────リーマスの秘密(グリフィンドールの寮生なら、粗方予想はついていたことだけどね。リーマスの中にちょっとやんちゃなペットが共生してるってことは)を守るために、彼女を良く思っていないスリザリンの連中と真っ向からぶつかり合ったとも聞いた。

私はその時、いよいよイリスの存在が他の誰にも真似できない唯一無二の価値を持っていることにようやく気付いた。
入学した当初、どことなく違和感を持っていたのは、まだ彼女が自我を確立させられていなかったから。
組分け帽子はわかっていたんだ────。彼女がその"自我"を見つけた時、誰よりも"グリフィンドールの精神"を継ぐに相応しい人として成長するってことを。

4学年下の子達のやり取りを見ているのは楽しかったよ。
シリウスはしょっちゅうイリスと喧嘩してさ。ピーターはいつも泣きそうになりながら、それでもジェームズ達に頑張ってついて行ってさ。リーマスはイリスを、ジェームズはリリーをなんだか気にしてるみたいだなあ、って青春の匂いも感じてさ。ああ…シルヴィアがどう見ても失恋しそうな道に歩んでいるのは辛かったけど…まあ、あの子にはメアリーがいてくれたから。いつも平等な視線で物事を見てくれるメアリーに助けられた子は、多かったんじゃないかな。

ありがとうね、皆。
私の憧れの監督生就任の年に、君達が来てくれたことを、心から誇りに思うよ。

私はもう卒業するけど────。

「君らが5年生になる年の監督生は…そうだな、リーマスとイリス辺りに務めてほしいな」
「えっ、僕?」
「何言ってるのミラ。私も無理だよ、そんな大役」

2人にそっと話を振ってみると、案の定謙虚な2人はぶんぶんと首を振ってみせた。

でもね、ぽんこつながらも3年間監督生を務めてきた私が、自信を持って君達を推薦する。
リーマスなら、きっとアウトラインを弁えながら、ジェームズ達の"悪戯"を自由にやらせてあげつつ、彼らにとって本当に楽しい学生生活を送ることを応援してくれると思う。
そしてイリス、君なら寮の垣根を超えて────君にしかできない、優しさと賢さと芯の強さで、きっと"ホグワーツの監督の眼"を立派に勤めてくれるんだろうさ。

大丈夫。こんな私でも、3年間なんとかやってこれたんだ。
君達みたいな優秀な子になら、安心して次の世代を任せられるよ。

だからどうか。どうか、君達はそのままの笑顔で────。

「────思うがままに、大好きな人と、大好きなことを思い切り楽しんで、そしてこの限られたあと数年の中で一生の思い出を作っておいで」

卒業間際、私は可愛い可愛いグリフィンドールの3年生達全員の頭を撫でてホグワーツを去った。

────ああ、そっか。イリスの話だったね。
まあそういうわけだから、私は彼女に対して心からの信頼を置いていたよ。
その結果? それは────もう、君達の方がよく知っているだろう。
彼女が潜在的に持っていた賢さ、高みを目指す貪欲さ、そしてその上で多くの人の意見を尊重しようとする優しさ────そんな"イリスだからできること"は、きっとこれからも多くの人の心を揺さぶって行くんだろうね。

改めて思うよ。私はあの年、監督生になれて良かった。
私を見本にしてほしいなんてことは微塵も思わないけど、それでも────どこかでまた、"監督生"っていう肩書きを繋がりに、どこかで思い出してくれたら嬉しいかな。
だって、彼女もその他の子も────皆、私の大切でならない優秀な後輩ばかりだったのだから。





【Extra】

あの学年の生徒達ですか? ええ、覚えています。きっと一生忘れることはないでしょう。
とにかくポッターとブラックには悩まされました。まったく、悪戯と悪意ある行為の区別が中学年になってもつかないなんて、もうあれは天性の才能とさえ言えるでしょうね。

その分、女子生徒は品行方正な子が多かったですよ。ディケンズ、マクドナルド、エバンズ、そしてリヴィア。
特にリヴィアについては、入学前の説明に上がった時から目をかけていました。贔屓をするつもりはもちろんありませんでしたが────彼女には確実に"意志"がある、それなのに環境のせいでそれを押し殺している────そんな様子が、一目見た瞬間からありありと窺えたからです。

エバンズと楽しそうに遊んでいる間、私も内心ではホッとしていました。大人の前では過剰すぎるほど"淑女"の振舞いを隙なく見せてきていたのですから。下手に初対面の時、彼女の内心にはもっと複雑なものが渦巻いていると気付いてしまったがために、模範的なその言動を素直に評価すると共に、寮監として心配していたのも事実です。

もちろん、校則違反を起こすようなことは許しません。
でも、課題はきちんと毎度納期までに間に合わせ、授業の際も積極的に手を挙げ、周りが見習うべき優等生として振舞うことのできる彼女に、少しも遊びはないのかと────年相応の少女としての笑顔がまさか全くないのではないかと────それがどうにも、ずっと気がかりでした。

彼女の言動は、大人になりながら身に着ければ良いもの。
まだ齢11歳の少女がそれを基準の態度として完成させている姿を見ていると、こちらが既に相当の年を取っているからなのか、彼女自身にもそれ以上の成長がないような気がしたり、何より彼女自身の"楽しい"、"面白い"という体験がないまま"模範的な大人"としてこの先の人生を送ってしまうのではないかと────1人の生徒にそこまで固執してしまうのは寮監としてどうなのかと思いつつ、それでもその心配はどうしても心の内から消えませんでした。

だから、驚きました。
1年生の最後、ルシウス・マルフォイに杖を向けたこと。

2年生の最後、図書室(本当にあれは図書室だったのでしょうか)にこもりすぎて倒れたこと。

3年生の時、スラグホーン先生を騙くらかしてポリジュース薬を作っていたこと。

4年生の時、友人の仇とはいえスリザリン生に真っ向から立ち向かい戦意を喪失させたこと。

5年生の時、ブラックというどこからどう見ても問題児であり、周りを積極的に遠ざける男子生徒と急速に距離を縮めたこと。

6年生の時、監督生として、そして不死鳥の騎士団に加入することを志望する若き戦士として、校内に蔓延っていた闇の陣営と大規模な戦争を起こしたこと。

そして────7年生、卒業する時に、数多くの生徒の憧憬の視線を集めながら、堂々とした背中でホグワーツを去って行ったあの時のこと。

────ええ、そうですよ。
リヴィア、私はあなたのことをずっと気にかけていました。
あなたがきっと秘密にしたかったであろうことも、実は私の耳にはちゃんと入っていたんです。

特別扱いしたつもりはありません。あなたのことだけを見ていたわけではありません。
平等に、厳しく、私は常に自分の寮の生徒を指導してきました。

それでも、そんな中で、あなたの存在がグリフィンドールの…ひいてはホグワーツの生徒にとっての"光"であったことは、私も素直に認めていました。
自己保身を大切にするかと思いきや、友人の危機が迫ればなりふり構わず危険に突っ込むところ。
周りの顔色を窺いながら無難に生きていくのかと思いきや、いつの間にか自分の思想を確立させ、そのラインを踏み越えた者には容赦なく杖を向けるところ。

あなたの成長ぶりは、他の生徒と比べても圧倒的と言わざるを得ませんでした。
だからこそ、気になったことがひとつだけあったのです。

"魔法省の国際協力協力部に行きたい"と言われた、彼女が4年生になる年の夏。
あの子の眼には、エバンズやブラックと一緒にいる時のような煌めきがなかった、そう直感的に思ったのです。

だから少し躊躇い、一度は彼女の家庭環境も鑑みた上で彼女の母親との話し合いを承諾しました。
でも、どこかに彼女の本心が────まだ"誰にも言えていない本当の望み"があるのではないかと、ずっと疑っていました。

だからこそ…進路相談で「不死鳥の騎士団に入りたい」と言われた時、どう"志を折らないまま教師としての正しい答えを返そうか"と本気で悩んだものでした。
私はその瞬間、5年彼女を見守ってきた中で初めてイリス・リヴィアという人間にしか出せない本気を見せてもらえたことに、内心では留めきれない喜びを覚えたのです。

もちろん、不死鳥の騎士団は秘匿団体。学生のうちから入団を斡旋することなどできませんし、外の世界を知らない可愛い寮生達に"死"という概念を教え込まなければならないことを、私自身が許せるかどうかがわからなかったので────結局その時は、国際魔法協力部へ進むよう指導しました。

ただ────その時から私は、彼女には"国際魔法協力部へ入省した後で"なお不死鳥の騎士団の団員としても活躍できる場があるのではないかという目論見を持っていました。
ええ、そうです。彼女の可能性を、私はずっと信じていました。きっと、彼女自身が想像している以上に。

彼女ほど思慮深く慎重な人間が、不死鳥の騎士団の存在について明確に言及したのです。軽率ではない、確実な覚悟があることはすぐにわかりました。
あくまで不死鳥の騎士団の入団条件に合っていないから…その理由で一度は跳ね除けたものの、彼女が卒業後に戻ってきてくれるよう"道"は示し、その上でアルバスにも彼らの入団を推薦しました。

明確な目標を持って、騎士団の活動に専念することを誓っていたポッターとブラック。彼らの理念に賛同し、また自分達の社会活動に限界を感じているために騎士団行きに生き甲斐を感じてくれたルーピンとペティグリュー。
そして、製薬会社で技術を培いつつ、騎士団にその"表向きの職"で得たものを還元しようと考えてくれたエバンズ。

では、リヴィアは?

リヴィアは、どうしてあの時国際魔法協力部へ行きたいなどと言ったのでしょうか。
もちろん親御さんを納得させるために魔法省の名を持ち出したのはわかっています。でも、その中でもあえて"国際魔法協力部"を選んだのは?

そしてその上で、あえて魔法省入りの目標を捨てるような素振りで騎士団入りを志望したのはなぜなのでしょうか。彼女は──── 一体自らの人生を、どのように描いているのでしょうか。

楽しみでした。あの日以来、彼女にはもう何の不安も持っていませんでした。あくまで彼女の未来に対する懸念は、"彼女はどう成長するのだろう"という期待を込めてのもの。その先で騎士団に専念してくれるならそれで良し、自分の言葉通り国際魔法協力部で活躍してくれるのなら、それも良し。

────結果として、彼女はその両方を勝ち取ってきました。
国際魔法協力部で魔法省内部からの腐敗を防ぎ、騎士団の一員として真っ向から闇の勢力を対峙してくれる────私が"もしかしたら"と朧げに描いていた未来を、想像以上に鮮やかな色で塗りながら、彼女はホグワーツに帰ってきてくれました。

その時の私の喜びと言ったら────ええ、そうです。だって、私が目を掛けていた、私なりに可愛がっていた寮生達が、こぞって同じ志を持って、今度は"仲間"として再びこの地に足をついてくれたのですから。

だから────だからこそ、彼らの人生の幕引きがあまりにも早すぎたことに、私は今も────……。

いえ、暗くなるような話はここまでにしておきましょう。
あなたはイリス・リヴィアのことを知りたくて、私の元へ取材に来たのでしょう。
ならば私が告げるべきは、これだけです。

イリス・リヴィアは私が知り得る中で最も賢く、優しく、強い志を持った、技術も精神も共に卓越した能力を持った至高の魔女のひとりでした。










【記者は語る】
────こうして、7人の人からミス・リヴィアの話を聞くことができた。
その人生について調べることは容易い。様々な文献や、彼女自身あるいはその友人、周囲の生存者から"表面的"な発言であればいくらでも集めることは可能だった。

ただ、彼女を真に知る者はそのほとんど全員が亡くなっている。辛うじてマクゴナガル教諭に話を聞くことができたのは幸いだったが、私が本当に知りたかった彼女の"真実"を語ってくれそうな人は、もはや誰もこの世にいなかったのだ。

その代わり、彼女に対して好意を持つ者、嫌悪を抱く者、表面的とはいえ様々な方向からの意見を聞く機会が得られたのは貴重だったのかもしれない。
亡くなった今となっては英雄として讃えられがちなミス・リヴィアだが────。

彼女も、あくまで生きていた"人間"だったのだ。誰かにとっては希望であり、誰かにとっては絶望である。そんな、とても"人間らしい人間"だった。

そのことを知れただけでも、この本はきっと良いものになるだろう。
ひとりの女傑を追う者として、この本が書き上がった暁には、その名が後世に長く語り継がれるものとなってくれることを願うばかりだ。









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