今はまだ、原石。



※最終話まで読まれている方向けです
(ネタバレ回避したい方はこの時点でブラウザバック推奨です)

↓以下ネタバレ非配慮の補足事項
※生存IF
※ざっくり設定→戦争が長引かなかった平和な世界線の話(ヴォルデモートがポッター家を襲った夜、なんやかんやうまいこと働いてヴォルデモートは死亡、一家は全員生き延びた的なご都合主義の雰囲気です。ピーター不在)。
※シリウスとヒロインの間に娘がいる設定です。名前は「グレース」、直接関連があるわけではないのですが、「贈り物」と地続きのお話です。
※基本全て捏造ですが、シリウスの使用している杖の素材について、完全な私の解釈に基づく記述が入っています。重要な部分ではないので、サラッと読み流していただけると嬉しいです。









「グレース、よく知らない人の前ではできるだけ背筋を伸ばしてね。上品な振舞いを"見せる"だけで、人は勝手について来るの」
「でも、自分を偽らないようにな。グレースにはグレースの良さがある。友達になれそうなやつがいたら、ちゃんと本性を晒しておくんだぞ。────お前は本当は、自由奔放なじゃじゃ馬娘なんだから」

グレースは頬を膨らませると、「ちゃんと淑女になれるもん。お母様みたいに、立派なレディになるんだもん」と生意気盛りのツンとした声で反抗する。
シリウスは何かを言いたげに顔をしかめたが、結局娘の可愛さにはこれ以上抗えなかったらしく、あからさまに喉を詰まらせながら言葉を呑み込んでいた。

グレース・イリス・ブラック。

彼女は今年で12歳になる、我が家の宝。私達は戦争がひと段落してから子を授かった身なので、比較的彼女を自由に育てることができた。
その点、リリー達は本当に大変だったと思う。戦争の真っただ中に生を受け、悪の総大将に命を狙われながらも3人無事に生き延びてきたのだから。戦争中の心労と体力の削れ方については、想像してもしきれないところがある。

ただでさえ、子育てというものは大変だった。会話が通じない。こちらの事情などお構いなしに、言いたいことを言い、注意を惹けないとすぐに癇癪を起こす。言葉が通じないので何を伝えたいのかわからないし、そうすると終わりのない涙と叫び声がこだまする。

これが同じ人間なのかと、不思議に思うことがある。
恥を忍んで言うと、その騒音に、暴れっぷりに、嫌気が差すことだってあった。

基本的には私が外に働きに出ているので、家でグレースの面倒を見てくれるのはシリウスが主だ。それでも、どうしたって仕事帰りに夜中まで泣かれてしまうと…もちろん可愛いことは前提として、なお困ってしまうところがあったのだが────。

「ほーらグレース、見てごらん。お星様だぞ」

シリウスはグレースの機嫌を取るのがとてもうまかった。

「いつも任せきりでごめんね。ありがとう」
「何言ってるんだ。仕事以外の時間では君だってずっとグレースと一緒にいるじゃないか。それに、暴れん坊の手綱を握ることなら慣れているからな」

お風呂を嫌がるグレースを連れて行く私に、シリウスが学生時代を彷彿とさせるような笑みを見せた。そんな悪戯っぽい顔を見ると、つい私の頬も緩む。
私の胎に命が宿ってから、シリウスは目に見えて優しくなった。────いや、優しいのは元からなのだが、その優しさがはっきりと表に出るようになったのだ。
そしてそれはグレースが生まれてから更に拍車がかかった。

甘い。この一言に尽きる。

すぐに欲しがる物を買い与えようとするし、真夜中を過ぎて突然起きたグレースが「遊んで」と言えば、どれだけ深い睡眠を取っていようが真っ先に飛び起きて「何をする?」なんて聞く始末。
娘を愛しているのは一目でわかるのだが、"愛する"ことと"言いなりになって甘やかす"ことは違うのだと、真剣に話し合う必要があるくらいだった。

自分の家の教育方針が私にとって正しかった、と思ったことはない。
だからこそ、私は両親を反面教師としながら、娘には"自由にさせる"ことを重んじていた。

自由であることの快感、それに伴う重み。自分の判断がもたらした結果は全て自分に返ってくるということ。まだ当時は幼かったグレースにその本質を教えることは本当に難しかった(し、彼女が決して理解していたとは思えない)のだが、それでも私は説き続けた。

シリウスはシリウスで、"自分の存在を認めてもらえない"という葛藤を持っていたからなのだろう、グレースのどんな言葉にでも耳を傾け、その意見を尊重しているのが窺えた。

そうして3人、仲良く過ごしていたある夏の日のこと。
我が家に懐かしいホグワーツからの入学許可証が届いた。

私がマグル生まれとはいえ、一応両方ともに魔法使いの身。グレース自身にも魔力は宿っているようだったので、心配はしていなかったのだが────やはりちゃんとした証書が届くとほっとする。

「ダイアゴン横丁に行くのが楽しみだな」

シリウスはもう早速遠足気分を味わっているようだった。羽根ペンはどこの店が良いだの、今のうちに服のサイズを計ってやれだの、落ち着かない様子でせこせこと動き回っている。
────良い意味で、以前と変わったなと…そう思った。

かつての誰とも馴れ合わない、誰も信用しない孤高の犬だった彼は一体どこへ行ったのだろう。
もちろん法律スレスレの"悪戯"を楽しむところは変わっていないし、逆に人々の生活の安寧を脅かすような"一線を越えた人間"に容赦がないところも変わっていない。芯は、11歳の頃初めて出会った時と全く同じ、シリウス・ブラックだった。

でも、私の妊娠が発覚してから、シリウスはあまり独り善がりな行動を取らなくなった。前からよく周りのことを見ているし、わかりにくいとはいえとても気遣いができる人ではあったのだが、それが目に見えて露呈した、という感覚だ。

そう思うと、やっぱり私はこの人を選んで良かった、選ばれて良かった。
16歳の頃には離別も覚悟の上で一度だけ本気の対立をしたことがあったが、それを乗り越えた先にこの幸せがあるというのなら、あの時にちゃんと意見を言えた自分も今となっては誇らしい。

成長を止めなかった私がいたから、今の環境がある。
常に歩み寄ろうとしてくれたシリウスがいたから、今の関係がある。

そして、そんな私達の間に生まれたグレース────…この子はまさに、私とシリウスが築いてきた時間と愛の果てにこの世に降りて来た天使だった(なんて言ったら、私も大概親バカだと思われるかもしれないな)。

「お母様、私グリフィンドールに入りたいの!」
「どうして?」

入学許可証が届いた晩、少し早めのホグワーツ入学祝いにといつもより豪華な食事を作ったところ、いつも以上に笑顔を増やしたグレースがステーキ肉を頬張りながら元気良く言った。

「お母様もお父様も、ジェームズおじさんもリリーおばさんも、それにハリーお兄ちゃんも! みーんなグリフィンドールの格好良い人なんだもん! グリフィンドールが絶対一番良いに決まってるよ!」

自慢げに笑うグレースの表情は、ホグワーツに入学した日、ホグワーツ特急で見たシリウスの顔にそっくりだった。今でも明確に思い出せるあの高慢な表情は本来諫めるべきなのだろうが、あまりにも彼の面影を感じてしまったがために、つい笑ってしまう。

「グレース、確かに私は自分がグリフィンドールに入ったことを誇りに思ってるよ。でも、格好良い寮はグリフィンドールだけじゃ────」
「ハッフルパフは誠実で、レイブンクローは堅実。スリザリンは…そうだな、まあ…志の高い奴もいたよ。どこの寮に入ろうが、お前は格好良い自慢の娘さ。組分けなんて、血液型みたいなもの…そうだろ?」

フォローの役は私だと思っていたのに。シリウスがスリザリンを(不本意そうではあったが)擁護するようなことを言うなんて。

でも、常々"組分けは血液型のようなもの"と思っているのは私の方だ。それがシリウスの口から出るということは、彼も彼なりに、スリザリンを受け入れようとこの十数年葛藤してくれていたのかもしれない。

「組分け帽子が何を言おうとも、それはあくまであなたの"可能性"。そこからどういう生き方をするのかは、あなたが自由に決めて良いんだよ」
「じゃあ、私は赤い色が好きだから、やっぱりグリフィンドールに入りたいなあ」

灰色の瞳と艶やかな黒髪、それから勝気な態度はシリウス譲り。
でも、顔のパーツと"私の"お母様仕込みの仕草は私に似ている。
どこからどう見ても"私達の娘"であるグレースは、お腹いっぱいになるまでデザートのパンナコッタをおかわりすると、早々に眠気を訴え始めた。

「ねえお母様、ご本読んで」
「お父様の読み聞かせじゃなくて良いのか?」
「お父様のご本はすぐ怖がらせてくるからねむれない」
「……」
「あはは、これは完全にシリウスの負けだね」

一瞬でぶすくれた顔になったシリウスは、「臨場感があると言ってくれ」とブツクサ言いながら食器を洗うために流し台に立ってくれた。すれ違いざまに軽くお礼を言いながら、私はグレースを寝室に連れて行く。

「今日は何の話が良い?」
「今日はね、お父様とお母様のお話が聞きたい」
「えっ?」
「お父様がね、ホグワーツにいた時にずっとお母様のことが大好きで、いっぱい告白したのに全然本気にしてもらえなかったんだって。だからね、お母様はいつお父様のことが好きになったのかな〜? って思って!」

まだ子供とはいえ、華の10代。ホグワーツにいた頃、1年生だったその時からシリウスがあちこちの女の子から告白されていた話は聞いていたので、この子ももうそんな年なんだなあ…とついしみじみしてしまう。

いや、それより。

「シリウスがそんな話をしたの? 私のことが大好きだって?」
「うん。これ以上に素敵な女性はいない、僕だけが最初からわかっていたんだ、ってすっごく自慢げに」

よくもまあ、あれだけの喧嘩をしておきながらそんなことが言えたものだ。"僕だけが最初からわかっていた"のは、私がいかに本当は臆病者かということくらいじゃないか。

「そうだなあ…私もきっと、最初から好きだったんだと思うよ」

あくまでその時は、"人として"だったけど。

「シリウスは昔からあんな感じだったの。いつも自分の意見を持ってて、友達に優しくて────それから、とっても熱い人だった。自分が楽しいと思ったことにはどこまでもまっすぐで、一生懸命で…たまにそれが失敗するとついみんなで笑っちゃうんだけど、その代わり成功した時はみんなでいっぱい喜んで────…」

────きっといつかは、彼とスリザリンの人達の確執についても話さなければならなくなるのかもしれない。そうでなくたって、私達から何を聞かされる前に、グレース自身が寮同士のいざこざに巻き込まれるかもしれないのだ。

現実は────理想通りにいかないのが普通。その理想が高ければ高いほど、失望した時の落ち方も激しくなる────私はそれを、身をもって知っていた。目の前で、見たことがあった。

だからこそ、ここで"人の体験談"を聞かせて怖がらせるようなことはしたくなかった。
厳しい話だが、こういった類のものは自ら経験しなければ意味がない。どれだけ人から聞かされても、それは結局"他人事"に過ぎなくなるのだから。

だから────私は、彼女には彼女なりの理想を持ってほしかった。自我を、持ってほしかった。

「あの人は、笑顔を生み出す天才だった。どれだけ辛い状況でも、自分だけじゃない…人のことも巻き込んで、盛り上げることがとても上手だった。だからね、私、そんな素晴らしい人が私のことを選んでくれたのが、本当に嬉しいの」
「お父様の好意に気づかなかったのに?」
「そりゃあ、シリウスは学園のプリンスだったんだもの。私なんかが彼の隣に立てるわけがないって、無意識に思いこんでたの」

懐かしいな、5年生の時。デートのつもりで誘われたホグズミード行きの日、私はてっきい"同類同士でたまにはゆっくり語ろうか"くらいの気持ちでいるものだとばかり思っていたから。

ちゃんと告白された後だって、暫くは信じられなかった。リリーとジェームズ達の後押しがあったからなんとか受け入れようと思えたけど、そこから先も、まあ──── 一悶着はあったからなあ。

「人が人を好きになって、お互いに好きだったとしても、うまくいかないことって多いんだ。でもね、きっとグレースにもわかるよ────…本気で好きだと思えた相手となら、本気でこの先も一緒にいたいと思える人とお互いその気持ちを持てていたら、どこかで衝突したとしても、きっと最後には縁が繋がるから」

少し難しい話だっただろうか。グレースはむしろ目をギンギンに開いたまま考え込んでしまったようで、「好きになったひと…でも、いつか他の人を好きになっちゃうかもしれないのに…」と、幼心らしい言葉を呟いていた。

私はそっと微笑み、グレースの瞼に優しく手を乗せた。

「大丈夫。どこでどんな人をどれだけ好きになっても────最後には、ちゃんと答えが出るよ。それが誰かひとりとの未来かもしれないし、たくさんの人との絆を深める未来かもしれない。あるいは────…どこかで、ひとりぼっちになることを選ぶ未来があるかもしれない。でも、安心して。どんな未来をあなたが迎えようと、それが"私達の正義"と合うものである限り、私達は絶対に味方でいる」

"私達の正義と合うものである限り"。それは、親が発するには残酷なものだったかもしれない。
でも、私はグレースを突き放すつもりでそんなことを言ったわけではなかった。

ただ、私は彼女の意思を大切にし、貫いてほしかったのだ。
それが親と違う思想だって構わない。世間一般で是とされている常識とズレていたって構わない。
人にはそれぞれの正義があるのだから────合う、合わないがあるのは当然だ。
大切なのは、その正義・思想を貫くこと。他の人に何と言われようとも、自分の考えが正しいのだと自信を持ち続けること。その信念に基づいて、自分にとって正しい行いを続けること。

だから。

「…お母様と"正義"が違っちゃったら、私はどうなるの…?」
「あなたと行動を共にすることはないかもしれないね…でも、私はあなたの行動が"あなたの思想"に基づく限り、それを否定したりはしない。…少し、難しいかな」
「うん」

何が何やら。そんな様子だった。
そりゃあ、まだ12歳の子供にそれを期待する方が間違っているのだろう。でも、いつか彼女が年を重ねて、この言葉の意味がわかるようになった時────私達が真の意味で娘を尊重し、応援していることが伝われば良いな、と思う。

「さあ、明日はダイアゴン横丁に行く日でしょう。ハリー達も一緒に来てくれるって言ってるし、ねぼすけさんの顔を見せちゃわないように早く寝なきゃね」

目を瞑らせた後は、とんとんとお腹を一定のリズムで叩きながら、彼女の眠気を誘う。素直にとろんと目を伏せた彼女の顔は、何の不安もなさそうな緩みきった表情になっていて────…"あの頃"の自分と重ねながら、私は少しでも娘がこのまま健やかであれるよう、心から願っていた。

────翌日、お昼頃。

私達は自分の家の煙突飛行ネットワークを使い、漏れ鍋の暖炉に行くことになった。

「頼むからイリス、」
暖炉からは早く出ろ、でしょ。まったく、何年前の話をしてるの」
「どうにも初手のインパクトが強くてね。それじゃあまず僕が先に行くから」
暖炉からは早く出てね
「随分と偉そうに言ってくれたものだ。────とにかく、それでグレースが出てくるところをサポートするよ」
「オーケー。それなら私はグレースがちゃんとここから消えるところまで責任を持って見届けるね」

グレースが煙突飛行ネットワークを使うのは初めてのこと。緊張した面持ちはどうにも隠せていなかったが、大丈夫、見送るまでは私がちゃんとサポートするし、ダイアゴン横丁の先ではシリウスが迎えてくれるから、何も心配はいらない。

「グレース、シリウスのやり方をよく見ていてね」
「簡単なことだよ。こうやって粉を一掴み、足元に落としてからはっきり、ゆっくりと言うんだ────ダイアゴン横丁

そうシリウスが言った瞬間、エメラルドの炎がぼうっとシリウスの体を包む。グレースがハッと息を呑む新鮮な声を出したが、私は「大丈夫だよ」と言いながら彼女の肩を抱く。

「全然痛くないの。ぐるぐる回るから最初はびっくりするかもしれないけど、安心して。その先には、シリウスがグレースをエスコートするために待っててくれるから」

グレースは、シリウスのことを────もちろん私のことも────絶対的に信頼してくれている。私の言葉に勇気を得たのか、はたまた持ち前の好奇心にそそられたのか、グレースはぐっと拳を固めると、私に向かってニヤリと笑ってみせた。

「お母様、見ててね。稀代の優等生と稀代のカリスマの娘らしく、優雅に向こうへ降りてみせるから」
「あらまあ、いつのまにそんな懐かしい二つ名なんか覚えちゃって」
「ジェームズおじさんが教えてくれたの!」

そう言って、暖炉の中に入る。小さな掌に掴んだ灰だったが、彼女の小さな体を包むには十分だった。エメラルドの炎に巻き上げられても彼女は全く臆する様子なく────。

ダイアゴン横丁!

シリウスそっくりの威厳に満ちた言い方で目的地を告げ、そのまま炎の欠片と共に消えて行った。
あれだけの堂々とした発音だ、きっと向こう側ではシリウスがちゃんと迎え入れてくれていることだろう。
私はグレースがゆっくり暖炉から出られるだけの間を取ってから、今ではすっかり慣れきった動作でダイアゴン横丁へと向かう。

ちゃんとグレースは、格子の外でシリウスに灰を払ってもらっているところだった。私が暖炉から出ると、「上手にできたしょう?」と嬉しそうに煤の残った顔で笑ってくれた。

「上手にできたね」

素直に褒め、灰を払いがてら頭を撫でてあげると、グレースはくすぐったそうに顔を更に綻ばせた。こういう素直なところは、私にもシリウスにも似ておらず…うん、とても可愛い。

「じゃあ、まずは服を仕立ててもらおうか」

グレースとはぐれないよう、手を繋ぎながらマダム・マルキンの洋装店へ。
私が最後にそこに行ったのはもう十数年前のことになるのだが、マダムの外見は全く変わらない、愛想の良さそうな笑みを浮かべた恰幅の良いあの頃の店主のままだった。

「あら、ミスター・ブラックにミセス・ブラック。娘さんの制服ですか?」

マダムは私達を見ると、人懐っこい笑顔を浮かべてすぐに用を察してくれた。
私が覚えている限り、私達との関わりが濃かったとは到底思えないのだが────?

「覚えておいででしたか、マダム」

シリウスが半ば皮肉を交えたように丁寧な口調で言う。マダムの言い分としては「この間までの魔法戦争の第一線で戦っていた勇敢な戦士のお名前ですからね。皆が覚えていますよ」とのこと。なるほど、敵陣営から悪名高い噂を流されていることは知っていたが、一般の魔法j使いにもこうして良い意味で覚えてもらえていたのか────と思うと、少しだけ誇らしくなるような…そんな気がした。

「お嬢さん、お名前は?」
「グレース・イリス・ブラックです」
「グレース…良い名前をもらったのね。じゃああちらで採寸しますから、一緒に来てもらえる? ミスター・ブラックとミセス・ブラックはどうぞ外で他のお買い物でもなさっていてくださいな。お戻りになるまで、グレース嬢はこちらで責任を持ってお預かりしますわ」

グレースの方を見ると「大丈夫!」と親指をグッと立ててくれたので、私とシリウスは先に教科書と大鍋その他諸々の備品を揃えるべくフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店と薬問屋へ向かうことにした。

「ああいう仕草は僕より君の方に似て欲しかったんだけどなあ…」
「まあ、グレースにとってあれが一番楽しい仕草なんだったらそれで良いよ。私の所作ってあくまで叩き込まれたものでしかないから、あの頃の年の子には窮屈だろうし」
「それもそうか。僕に生き写しの新たなカリスマ女子が誕生すると思えば、悪い気はしないしな」
「それ、私とリリーがあなた達ほど暴れてなかったことへの当てつけで言ってる?」
「想像に任せるよ」

学生時代から変わらない軽口を叩きながら、これまた懐かしのフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に足を運び、1年生に必要な教科書を買い揃える。次いで向かった薬問屋では、むしろシリウスの方があれこれと怪しげな材料を買おうとしていたので、「今日はグレースの教育資金しか持ってきてないでしょ」とガリオン金貨の袋を取り上げる始末になった。

教科書と鍋や秤を買い終える頃には、マダム・マルキンの店での仕立ても終わったようだった。様子を見に店に戻ると、ちょうど体のサイズにぴったりのローブを誂えてもらったところだったようで、鏡の前でくるくると楽しそうに回っている。

「あ、お父様! お母様! 見て、ローブを作ってもらったの! 似合う?」
「とっても似合うよ」
「自信を持ってホグワーツに入ると良い。きっとその立ち姿だけで皆君に視線を取られるだろうさ」

マダムは私達親子の会話を微笑ましげに眺めつつ、金貨と引き換えにグレースが大変気に入っていたそのローブを着せたまま退店させてくれた。

「さて────あとは杖と…もし欲しい動物がいたら、入学祝いにペットも何かお迎えしようか」
「えっ、入学祝いを買ってくれるの!? それなら私、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーのいっちばん高いメニューを食べても良い!?」

グレースの要望は、私達の予想を軽く超える…というよりかは、却って大幅に下回るささやかなものだった。
入学祝いは、私とシリウスとの話の間ではふくろうでも迎え入れようか、という話になっていた。ちょうど12年前、ハリーが真っ白なふくろうを連れてきてはうちで嬉しそうに飛び回らせていた時のことを思いだしたのだ。
1年近くホグワーツ以外への移動を制限されるのだ。手紙なり贈り物なり、ふくろうは相棒になってくれるだけでなく、優秀な郵便配達人にもなる。親の意見としてはあくまでふくろうが一番有益だ、と思ったのだが────。

「ふくろうとかじゃなくて良いの?」
「ふくろうなら、家にいるステラを貸りて良い?」

ステラは、グレースが生まれた時とほぼ同時期に迎え入れた新しい家族だ。同じ時期にこの家に来たということもあってか、幼少期からグレースとステラの相性は良かった。
一応、我が家にはもう一匹、今の新居を構えた時に迎え入れたふくろうがいるので、貸し与えたところで何か困るということはない…のだが…。

「私、今から新しいふくろうを飼うくらいなら、ステラと一緒にいたいの。だからペットは今の私にはいらない。それより、アイスパーラーのグローマジックスペシャルパフェが食べたい!」

私とシリウスは、思わず目を見合わせる。

「…そういうところは君にそっくりだな」
「…実は私も食べたかったりして…」
「……だろうと思ったよ」

"ステラと一緒にいたい"。その言葉がこの年で出てくる、その価値をこの年で理解できる、そのことが私は思った以上に嬉しかった。そしてそう言ってくれるのなら、その意思を尊重したいとも(決して私もパフェを食べたかったからとか、そういう理由は含まれ…含みたくない)。

「それなら、先に杖を買いに行こうか。買い物を全て済ませたら、皆で美味いパフェを食いに行こう」

そう言うと、今度はシリウスがグレースの手を取って、オリバンダーの店まで行った。

彼が私達のことを覚えているだろうということなら、なんとなく察していた。彼は一度杖を売った人のことは忘れないらしいと聞いていたし、実際私達が入店した直後に「ああ…お久しぶりですね」と言ってくれたので、本当に私達をあの頃のイリス・リヴィアとシリウス・ブラックだと認識しているのだろう。

「覚えておりますとも…ミセス・ブラック。30cm、リンゴの木、ドラゴンの心臓の琴線…しなやかに曲がる、大志ある者に相応しい杖じゃった。そしてミスター・ブラック、あなたは…35cm、ヤマナラシの木、同じくドラゴンの心臓の琴線…その堅さもあって特に決闘などにおいては敵のいない杖じゃった」

全くその通りだ。当初は杖の違いなどないに等しいと思っていたのだが、実践演習でリリーやリーマスの杖を借りた時、全く普段通りの力が出せずに不思議な気持ちを覚えてからというものの、杖を買った当時にオリバンダー氏から言われた「杖が持ち主を選ぶのです」という言葉に現実味が備わったのだ。

「そしてこちらは…もしや、お2人のご息女で?」
「ええ、グレースと言います」
「ミス・グレース・ブラック。ここにはきっと、貴女に最も相応しい杖がありますよ。そうじゃの……」

オリバンダー氏は私とシリウス、それからグレースをまじまじと眺めた。

「ご夫妻のご活躍は私も耳にしておりました。そうじゃな…誰からも愛され、大志を抱いて生きたミセス・ブラック…争いを運命づけられながらも必ず勝ち続けてきたミスター・ブラック…その間に恵まれた星の子…」

ブツブツと呟きながら、オリバンダー氏が梯子を使いながら上下左右に移動しつつ、相変わらず所狭しと並べられた杖の箱を出したりしまったりする。
たっぷり10分は待たされた後、オリバンダー氏はようやくひとつの箱を手に取り、やたら遠い場所から戻ってきた。

「────こちらはいかがですかな。32cm、マツの木、一角獣のたてがみを芯に使ったものじゃ。細身の杖で、しなやかに曲がる」

グレースは私とシリウスの顔をそれぞれ見てから、恐る恐るオリバンダー氏から杖を手渡しで受け取った。

────その瞬間、紫色のパウダーのようなキラキラとした粉が杖先から噴き出し、グレースの頭から爪先まで螺旋を描きながら取り囲んだ。

「わあ…!」

私の時には、リンゴの香りを含んだ光で店がいっぱいになったことを思い出す。
オリバンダー氏は言っていた、「使い手を選んだ杖は、まず最初にその魔力に応えるのじゃ」と。

「…なんと、素晴らしい。まさにマツの持つ独創性と神秘性を備えた使い手に相応しい杖です…!」

なんでも、一発で"これ"という杖が見つかるのはそれなりに稀な出来事らしい。

「それもこれも、ご夫妻の存在が世に広く知れ渡っていたからこそ────。きっとミス・ブラックの魔法を、この杖が存分に助けてくれることじゃろう」

グレースはいよいよ顔いっぱいに満面の笑みを浮かべ、「ありがとう!」とオリバンダー氏を含めた私達大人3人に礼儀正しくお礼を言った。しっかりと教えたことに従ってくれているが、やはりずっと"魔法使い"としての存在証明にもなりうる杖が欲しかったのだろう。私やシリウスの杖を使おうとしては小爆発をしょっちゅう起こしていた子なので、これからその正しい使い方を学べることに好奇心も抱いているはずだ。

グレースは、決して杖だけは荷物袋の中に入れようとしないまま店を出た。

「振り回したり、何かを言ったりしたらまた爆発するかもしれないから、くれぐれも持つだけにするようにね」
「はーい!」

さて、買い物がひと段落したところで今度はフローリアン・フォーテスキュー・アイスパーラーだ。
私とグレースが揃ってグローマジックスペシャルパフェを注文する傍ら、シリウスはいつも通りアイスコーヒーを頼んだだけだった。

「わあ、見た目がすっごく可愛い!」
「見て見て、これ生クリームとバニラアイスが混ざってるみたい。それにほら、スプーンで突いたら星形のイチゴが飛び出してきたよ!」

グレースと大いに盛り上がりながらパフェを食べていると、対面に座っていたシリウスのクスクス笑いが目に入った。

「何か変?」
「いや、普段はイリスもグレースの手本になるようなレディなのに、食べてる時の姿がそっくりだなと思って」

言われて、思わずグレースと目を合わせる。その口元に生クリームがついていたので拭ってあげてから、「もしかして私にもついてる?」とシリウスに訊くと、「見事なまでに同じ場所にな」とまたも笑いながら返された。

ちょっと恥ずかしい…けど、こういうふとした瞬間に親子だと実感できることが、少しだけ嬉しい。
私はそもそも外でこんなに豪華なパフェを食べること自体が許されていなかったし、ご飯のおいしさをお母様と共有することもできなかった。食事のマナー、栄養バランス、見栄え、姿勢に表情に至るまでそのひとつひとつを指摘され、私は"楽しく"食べることより"正しく"食べることを教え込まれてきた。
もちろん、ホグワーツに入ってからは楽しい食事ができるようになった。それに正しい食事の仕方も、年を重ねれば重ねるほど役に立つことがわかったし────やはり私には、あの教育を恨むことはできない。

でも、だからこそ。
グレースには、正しい食事の仕方も適宜教えながら、今日のように外でおやつを食べる時には存分にその味を楽しんでほしかった。

「お母様、これとっってもおいしい!」
「本当?」
「うん! これ食べたら、きっとホグワーツの勉強もちゃんとできると思う!」

そういう調子の良いところは、シリウスによく似ているんだよなあ…。
心から嬉しそうな顔で懲りずに口の周りを生クリームだらけにしながら飛び出すパフェを頬張るグレース。シリウスと似たようなことを私と同じ表情で言う愛娘を見て、私もいよいよ笑みを抑えられなくなった。

「さて、そろそろ時間が来るな」
「時間? なんの?」

時計を見たシリウスが私に目配せをする。グレースが不思議そうに私達の顔を交互に見ていたが、私達のどちらも"時間"の意味するところを口に出さなかった。

だって────。

「やあ、グレース!」
「!! ハリーお兄ちゃん!!」
「パッドフットとフォクシーとは一週間ぶりだな」
「君の顔は生憎見飽きてるんだよなあ、プロングズ」
「リリー、ジェームズ、時間を合わせてくれてありがとう」
「当たり前よ。グレースの入学の年なんて、私達にとっても節目なんだから」

ポッター一家が総出で私達のテーブルを訪ねてきてくれることになっていたのは、グレースにはずっとサプライズとして内緒にしていたのだから。ジェームズとリリーとはほぼ毎週会っているので何の変化もないが、数年前にホグワーツを卒業したハリーは今や独立して魔法省に勤めており、会えるのは大抵この夏の日くらいになっていた。もう成人しているとはいえまだ若い子なので、毎年少しずつ背が伸びていたり、髪型が変わっていたり、今の流行に乗っていたり…何かと変わっていく姿を見るのは楽しい。

ハリーとリリーが空いていた2つの椅子に座り、ジェームズは他のテーブルの空いていた椅子を勝手に引き寄せ私達のテーブルに合流する。

「それ、おいしそうね。私もそれを頼むわ」

とリリー。メニューを見ることなく決めたリリーを煽るように、穴が空くほどメニュー表を見始めたジェームズは「それなら僕はエッグトースト、ホットサンド、生ハムのサラダ、ナッツ盛り合わせ、鹿肉のロースト、フルーツパンケーキを頼もうかな」と一度も舌を噛むことなくオーダーしてみせた。

「途中で共食いが入ってたの、気づいてるか?」
「ジェームズだったら多分人間も食べるから大丈夫だよ」
「ちょっとイリス、多分人間は不要な栄養素を摂りすぎてるから流石にジェームズの舌にも合わないと思うわ」
「君達って本当に何も変わらないよね…。ていうかむしろ、リリーについては過激化してない?」

ハリーがクスクスと笑いながら、ジェームズからメニューを受け取って「僕はミートパイを食べるよ」と控えめな注文をした。きっとこんな低俗な両親のやり取りも、彼にとってはいつものことなんだろう。自分のオーダーを済ませると、終わらない両親の痴話喧嘩になど目もくれずグレースの方を向く。

「グレース、ホグワーツに入ってやりたいことはあるの?」
「いっぱいあるよ! お母様やリリーおばさんみたいに全部良い成績を取って先生から特別扱いされてみたいし、お父様みたいに秘密の道も見つけたい! ジェームズおじさんやハリーお兄ちゃんがクィディッチですごく格好良かった話も聞いてるから、私もジニーお姉ちゃんみたいな素敵な女性プレーヤーになりたいの! それからね────」

グレースは勢い込んで、私達6人の仲間達が7年かけてようやく遂げた数々の"冒険"を全て叶えたいのだと豪語した。

「────グレースって、どっちかというとシリウス似なんだね」
「それはどういう意味かな、ハリー」
「自分でもわかってるでしょ、シリウス。私があんまりうるさく言わないのを知ってて夜中に変なことばっかり吹聴してるの、知ってるんだからね」
「イリス、僕が持ってる忍びの地図をグレースにあげたら────」
怒るよ、ハリー。せめて5年生になってからにして」
「忍びの地図!?」
「あなたにはまだ早い魔物だよ、グレース」

まったく、これだから男の子達は。隙あらばすぐにグレースに余計なことばかり吹き込もうとする。そりゃあ、グレースが自由奔放で規則を重視しなくなるのだって当たり前のことだ。

────ただ、私はグレースがそれで"楽しい"と思えているなら、人として大切な一線だけは守らせておき、基本的に後のことはどうなっても良いと思っていた。
私からグレースに教えるのは、"大人の前での賢い振舞い方"、"命を守る術"、"不要な争いを避ける処世術"くらいのものだ。人生を"うまく"生き残っていくための方法さえ頭に入れることができるのなら、その後でどんな経験をしようが、それは全てグレースの財産になると思っている。

だって、ほら────。

「あらハリー、久しぶりね! 皆様もご無沙汰しています」

ハリーの大親友であるハーマイオニーが突然人混みから現れ声をかけてくれた瞬間、グレースの表情が変わった
もちろん、私達もハーマイオニーとは初対面ではないし、それはグレースも同じこと。でもグレースは本能的に、ハーマイオニーには"きちんとした"態度を取った方が話しやすい相手なのだということを理解しているらしい。

「ハーマイオニー! ひとりでここに来たの? 珍しいね」
「ええ、たまにはこういうところで息抜きしないとね。皆さんは────グレースの学用品を買いに来られたんですか?」
「そんなところ」
「ハーマイオニーお姉さん、ホグワーツに入ったら、是非魔法史のこと、教えてください!」

ハーマイオニーにこの手の話は効果覿面だ。今日はたまたまダイアゴン横丁に遊びに来ていたらしいのでここで会えたのは本当に偶然だったのだが、彼女はすぐにグレースの方を見て嬉しそうな顔をした。

「もちろん、魔法史に留まらずどんなことでもあなたの興味の向くものは喜んで教えるわ! でも、どうして魔法史なの? それにイリスだって、全ての科目においてとても優秀だったって聞いているわ────」
「…お母様、魔法史だけはあんまりちゃんとやってなかったみたいなんです」
「こら、グレース」
「お母様は"やってるフリ"がうまいだけで基本的には何も聞いてなかったからな」

せっかくグレースを諫めたのに、シリウスがすぐに悪乗りをしてきて全てが台無しになってしまった。ハーマイオニーもハリーと似たようなクスクス笑いをしながら、「そういうことなら土台は私が教えるわ」と快く引き受けてくれる。

「3年生の時に選ぶ科目も、全部知ってるのは私だけですし…ね、イリス?」
「もうねえ、逆転時計を使ってまでそんなに勉強しようとする発想は流石の私にもなかったよ。お手上げです」
「でも、その分イリスは誰よりも"効率の良い"結果の出し方を知っている、ってハリーから聞いています。だからイリスはきっとずっと、私の憧れだわ」
「ありがとう、ハーマイオニー」

少し悪戯っぽい顔をして挑戦的に私を見たハーマイオニーだったが、本当に冗談だったようで────私が素直に白旗を挙げると、すぐに顔を解して本音を語ってくれた。
本当に、彼女は良い子だと思う。ハリーが…ジェームズとリリーの子が大事にするのも、よく頷ける話だ。

「今日、ロンはどうしてる?」
「さあ…今日はWWWのお手伝いをするって言ってたから、きっと店にいるんじゃないかしら。私も顔を出そうと思ってたんだけど、お食事が終わった後に良ければ一緒に行く?」
「行きたいです!」

誰よりも先にその申し出に答えたのはグレースだった。そう、こういうところなのだ…態度は立派な淑女としてどこに出しても恥ずかしくないのに、"中身"をわかってくれる人にはすぐに自分の意見を出して、自由に振舞う。

「じゃあ、また1時間後にでもこの辺りに戻ってくるわ。まだ魔法の使い方を学んでないグレースからしたら、あそこはお宝探しに持ってこいだものね」

そして"中身"をわかっているハーマイオニーは、快くそんな"淑女"の申し出を受け入れてくれた。

それはいつか、私が"こうあれたら良かったのに"と何度も後悔した子供の姿だった。

それから、上品ながらも急いでパフェを食べ終えたグレースに何度も急かされつつ、テーブルいっぱいに並べられた料理を優雅にジェームズが食べきるのを待って(もちろんその頃にはとっくにハーマイオニーも合流していた)、私達はロンの兄である双子のフレッド、ジョージが経営するWWWに大きな列を作って行った。

悪戯仕掛人の魂を生まれながらにして継いだ双子の作ったお店は、いつだって大繁盛していた。ここに来ると少年時代のジェームズとシリウスの姿が蘇るところも、私とリリーからすると面白い点である(ただ、私が素直に面白がっているところに反し、リリーが少し呆れているところまで含め…きっと、"あの頃"の私達全員が戻ってきているのだろう)。

「フレッドとジョージの手腕には本当に感心させられるよな、パッドフット。大多数の人間の心を掴んで、それを金儲けに使いながら自分達も楽しむ…なんて発想、僕らにはなかった!」
「まあ、僕らは誰に受け入れられずとも自分達さえ楽しめればオーケー、ってスタンスだったしな。それにそれを"商品"にしようとしたら根気強く同じクオリティの同じ物をいくつも作らなきゃいけなくなる。そもそも我々に"経営"なんて向いてなかったのさ、プロングズ」

あちこちで鳴る小爆音、燃えているわけではないのに立ち上がる黒煙…と、ピンクの煙? ひしめき合う客の隙間から時折聞こえる歓喜の声と悲鳴。WWWは、今日も大いに盛り上がっていた。

「お母様、お店の商品を見る前にウィーズリーのお兄ちゃん達にご挨拶しなきゃだよね?」
「偉いねグレース、その方が賢明だよ。まあ、この店ならわざわざそんなことしなくても────」
「やあハリー、ハーマイオニー…」
「…そして未来の我らが承継者と、尊敬して止まない永遠の悪戯仕掛人の皆様方!」

ほうら、フレッドとジョージの方から勝手に私達を見つけて、声をかけてくれた。

「入学前の下準備かい?」
「本当ならね」
「そういうことなら僕らからの入学祝いもしなきゃ。グレース嬢、今日はどんなものでも好きなだけ持って行くと良い。入学した直後にお勧めするのは────」
暴れバンバン花火とニキビ取り!!!!
「────おや、もう既に我が商品をよくご存じで」

双子のどちらかが感心したようにグレースの食い気味の言葉に反応すると、「そりゃあ、初代がここにいるのでね」となぜか自慢げなシリウスが笑いながら答えた。

「でも良いのかい、ミス・リトルブラック? 入学前の子にはずる休みスナックボックスなんかが大人気商品なんだが────」
「ううん、大丈夫です。授業にはちゃんと出て、模範生を気取っておいた方が人間関係がうまくいきやすいって、お母様の話を聞いていたらそう思ったので。ニキビ薬は多分必要になるし────花火は冬になる前に新しくできたお友達と遊ぶために使いたいんです! だから、それだけいただけませんか?」
ホーウ、ホウ、ホウ。やっぱり話に聞いていた"稀代の優等生"の血を引く子はその辺りの考え方からして違うんだな」

そう。あくまでグレースは私とシリウスの子。私の思想だって、この子は望んで引き継いでくれているのだ。なるほど、ちょっと自慢げな顔になってしまうのもわかる気がする(ついでにハーマイオニーも「良い心がけだわ」と満足そうに言っていた)。

後から出て来たロンが不器用ながらも可愛らしい女の子向けのラッピングシートに包んで、グレースに渡してくれる。ハリーとハーマイオニーはそこでロンと合流し、久々に3人でまた街歩きをすると言うので、彼らとはそこで別れた。ついでに言うと、店の前で別れる時、ハリーからは万眼鏡、ハーマイオニーからは"いつでも使える魔法薬の素材と用途図鑑"をそれぞれ入学祝として貰っている。グレースは一層嬉しそうに、「学校でたくさん使うね!」と礼儀正しくお礼に加えてレディらしいお辞儀をしていた。

「さて────それじゃあ、今度はまた9月1日ね。私達もあと1ヶ月のうちに入学祝いを用意するから、楽しみにしていて」

一通りの買い物が済んだところで、ジェームズとリリーが漏れ鍋から煙突飛行粉を使って帰ろうとする私達一家を見送りに来てくれた。

「ううん、お見送りだけで嬉しいもの。お祝いは大丈夫! でも、その代わり絶対駅に来てね?」
「もっちろんさ! もうカートに入りきらないくらいの贈り物を抱えて────」
ジェームズ。カートには入れきらなきゃダメ」
「そういうことじゃないんだよ、リリー」
「そうそう。カートの中身はもう我々が満杯にしておくから────」
「だからそういうことじゃないんだよ、シリウス

まったく。ここにはどこかネジの外れた人間しかいないのか。頼みのリリーまで、人の子供となると甘やかしの癖が強くなるから困ったものだ。

そして元気いっぱい、それでも正確に彼女は家へと帰って行った。その日は買った教科書や備品の確認を一緒にして、先に空の状態で荷物が入る時を待っていたトランクの中に一通り詰め込む。

「もう来月にはホグワーツへ行けるんだもんね! 楽しみだなあ、お友達できるかなあ」

最近、グレースの寝る前の口癖はこれだ。どうやら相当新生活に期待を寄せているらしい。私なんかはホグワーツでそれこそ"本当の自分"を見つけることができたので、その行く先に幸あれと願うばかりなのだが────逆に、スネイプやレギュラスのように、ホグワーツにいたことによって人生を一気に狂わせた人のことも知っていたから────。

────だから私は8月31日、グレースを自分の部屋に呼んだ。

「お母様、お話ってなあに?」
「グレース、私の隣に座ってくれる?」

ベッドに2人、横並び。シリウスには既に"この話"をすることは伝えていたので、彼は今頃自室で本でも読んでくれているところだろう。"ホグワーツで私達が得たものと失ったもの"については、私の方が敏感にひとつずつ感じている。そしてそのひとつひとつを慎重に覚え、全てを学びに変え、最終的に"何もなかった私"を"何でも選べるようになった私"にしたのも私自身(もちろんシリウスのお陰が大きいが)。
だから、この件については全てシリウスが私に託してくれた。

「あのね────…グレース、ホグワーツに行くの、きっととっても楽しみにしてるよね」
「うん! お勉強して、お友達を作って、ご飯を食べて、クィディッチにも参加して…楽しみなこと、たくさんあるよ!」
「私も、グレースにたくさんホグワーツの生活を楽しんでほしいって思ってる。でもね────ホグワーツには、本当にたくさんの人がいるから…だから、もしかしたらグレースに嫌な思いをさせる人や、どうしたってわかりあえない人がいるかもしれない。友達だと思ってた人が、ある時からだんだん自分と気が合わなくなることだって…ありえるの」

脳裏にリリーとスネイプの姿が蘇る。

「でも、どうかそこですぐに人を判断しないで。…難しいことを言ってるのはわかってる。これは実際にきっとあなたが体験しない限りわからないし、体験することなく卒業できたなら、それはそれであなたの学生生活は穏やかで楽しい思い出でいっぱいになると思う。────ただ、もし意見が合わない人や、苦手だなあと思う人がいても────そういう"感情"だけでは割り切れない、"大切な人"っていう存在が生まれる可能性もある」

そしてこれは────私にとっての、レギュラスのような人だ。

あまりにも抽象的すぎるのはわかっていた。きっとこの時点で、グレースに私の感情と経験を全て伝えるのは、到底無理な話。

だから、そんな長すぎる前置きは置いておいて。
このことだけでも、今のうちに理解────できなくとも、"その時"が来たら思い出せるようにしていてほしかった。

「グレース、あのね。自分の道を決めることは、自分にしかできないの
「自分の、道?」
「"何を選ぶか"、"誰と一緒にいるか"、"大切にしたいものは何か"、"誰にも譲りたくない思想は何か"────…言葉が難しい、かな?」
「うん」
「ええとね、つまり…友達が"朝ご飯を食べよう"って言っても、お腹が空いていなかったら一緒に行かなくて良いの。でも逆に、友達が"一緒に授業をサボろう"って言ってきて…グレースが今みたいに、"授業にはちゃんと出たい"って思うことがあったら、それを断る勇気を持たなきゃいけない」

小さい例を出して、少しでも心に残せるような言葉を選ぶ。
いつかきっと、もっと大きな決断を迫られる時が来るのだろう。
一度大きな戦争は落ち着いたが、それでもまた、この数年の間に大小関わらずいざこざが起きることなら十分考えられる。

だからその時、グレースが後悔しない道を選べるように。

グレースが、「私は他の誰でもない、グレース・イリス・ブラックだ」と胸を張れるように。

「自分が一緒にいて、安心できる人と一緒にいなさい。そして友達だと思えた人のことは、大切にしなさい。それから────何かに迷った時は、納得できるまで迷いなさい。その代わり、たくさん考えて、たくさん悩んで、最後に出した結論に、自信を持ちなさい。────…私の言いたいこと、少しでもわかりそうかな」

グレースはしばしの間、黙ったまま私の言ったことを反芻し────(こういう思考を重要視するところは、我が子ながら尊敬する)────そして、慎重な顔で軽く頷いた。

「"言ったこと"はわかった。でも、まだ自分がそうなった時のことが想像できないから…お母様のその言葉、できるだけ覚えておくようにするね。それで、もしそうなった時…うん、できるだけ後悔しない生き方ができるように、頑張る」

これが、11歳の娘の言葉。
きっとこの子は、本当に私の発した言葉を覚えてくれるのだろう。私が「いついかなる時でも模範的な人間でありなさい」という呪いを掛けられたように、きっとこの言葉は良い意味でも悪い意味でもこの子の"縛り"になるはず。

これだって、結局は私が私の経験から得た、あくまで私がそうあるべきと考えた人生観。この子がもっと成長して、自分の"思想"を持った時、それが彼女の枷になる可能性は大いにありえる。

だから。

翌日、私達は親子3人でキングズクロス駅に向かった。駅は当然マグルでごった返しているのだが、チラホラと魔法使いの家庭らしき親子の姿も見受けられる。

そんな中、私はグレースの肩を抱いて────狭い9番線と10番線の間の柱を一緒に通り抜ける。小さなグレースを端に寄せれば私一人くらいならなんとか柱の幅に収まったし、何よりグレースが不安そうに「本当にここ、通り抜けられる?」と言うので、ものは試しと思いながらカートを押して────そして、無事に9と3/4番線のホームへと通り抜けた。

そこにはいよいよ、大荷物を抱えた魔法使いが溢れていた。
さて、そんな中でポッター一家を探さなければならないわけだが────彼らはちょうど汽車の最後尾車両の辺りで待っていてくれると言っていたので、ええと…────ああ、見つけた。
リリーの太陽のように輝く髪は、いつどんな時でも人の目を惹き付けて離さないから。

「リリー!」
「イリス!」

リリーは私に固いハグをした後、グレースの頭をまるで愛娘のように優しく撫でてくれた。

「準備はばっちりかい?」とジェームズ。グレースはいつも以上に元気な顔をして「うん!」と頷いている。隣には、ハリーの姿も。忙しいだろうに、こうして旅立ちを見送りに来てくれたことに「ありがとう」と礼を言うと、ハリーは私とシリウスを交互に見ながら「イリスもシリウスもこうして見送りにきてくれたの、僕…嬉しかったから」とあどけない顔で笑ってくれる。

リリーとジェームズは、グレース自身が断ったにも関わらず、結局2人からと言ってひとつの鏡を入学祝いに手渡してくれた。

「この鏡はね、勝手に後ろまで見てくれるものなの。寝ぐせがもし見えないところについていても教えてくれるわ」
「それに、背後に敵が潜んでいてもすぐにわかる」
「グレースにそんな場面が訪れるとは思えないけどね」

リリーとジェームズ、きっと2人とも違う理由でこの鏡を贈ってくれることに同意したのだろう。全く動機は違うが、それがまたこの2人"らしく"て、私もシリウスも、そして当然グレースも心から喜んでその鏡を受け取った。これなら、満杯のカートの中にも…なんなら、今着ている服のポケットにだって入る素敵な逸品だ。

「お母様、お父様…私、行ってくるね」

赤ちゃんの時からずっと傍で見てきた女の子が、今ようやく、あるいはまだこんなに早いうちから自分達の手を離れて遠いところへ行く。それはとても誇らしいようで、やっぱり寂しいようで────。私は思わず、グレースの小さくて細い体を目一杯抱きしめてしまう。
そうか、子を見送る親というのは…こういう気持ちになるものなのか。

リリーもジェームズもハリーも、一歩離れたところから優しくそれを見守ってくれていた。

私からの抱擁を受けたグレースは、そのままシリウスの腰にも腕を回す。彼は優雅な動きでそっと跪くと、改めてグレースの腕を受け入れて背中をぽんぽんと撫でた。

「グレース────ホグワーツは、とても自由なところだ。そしてたとえ何か困った時が起きたとしても、その時にはすぐ後ろに僕達がついている。だからたとえ他の大多数の人と違う意見を持つことになったって、僕達はそれを尊重するし────僕らがそうだったように、きっとお前のそんな意見を尊重してくれる仲間がどこかにいる。焦らないで、お前の思うままに、勉強も遊びも楽しんでおいで」

これだって、結局は私が私の経験から得た、あくまで私がそうあるべきと考えた人生観。この子がもっと成長して、自分の"思想"を持った時、それが彼女の枷になる可能性は大いにありえる。

だから。


だから、私の足りない分は、シリウスに任せた。
自由でいなさい。私の言ったことでさえ、必ずしも守る必要はない。

彼女がどんな考えを持つことになろうが、私達は────絶対に、彼女の意見を尊重し、人として敬意を持って接する。それが、彼女を胎に宿した時、シリウスと約束したことでもあった。

グレースのシリウスを抱きしめる腕にぐしゃりを力が入る。その動作で、彼女の中にも少しの寂しさが残っていることを察した。

────彼女にとって、私達が"家族"と思える存在で良かった。
そしてこれからも、私達の住む家が彼女にとっての"ホーム"であれたら良いと思う。

────ホグワーツ特急の、汽笛が鳴る。そろそろ発車時間だ。
グレースは何度も振り返りながら、手を振りながら、汽車に乗り込んだ。

リリーが私の手を取ってくれながら、もう片方の手でグレースに挨拶を振り返す。
ジェームズはハリーの肩を後ろからがしっと掴みつつ、グレースに笑顔を向ける。
シリウスは────いつも通りの不遜な笑みで、グレースの姿が消えるその瞬間までずっと彼女を追っていた。

「────僕がこれに乗った時、父さん達もこんな気持ちだったのかな」
「多分、その500倍くらいは強い感情を持っていたと思うよ」

ジェームズがそう言いながら、私達夫婦に向かって年を感じさせないウィンクをしてみせる。

「さ、数年ぶりのお見送り会だ。この後は恒例のブランチにでも行こう」

そう言って、今度はハリーも増えた5人の家族で、私達は駅を出た。
次にグレースに会えるのはクリスマスだろうか。それとも次の夏にまで延ばされるだろうか。

どちらでも構わない。どちらでも────私達の宝が、それで笑っていられるなら。









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