Marauder-Serenade



急いでクリーチャーの身を起こし、傷の手当てを行う。本当なら服を替えてやりたかったところなのだが、それを解雇の合図と思われても困るので、仕方なく泥だけなんとか拭き取る。水を飲ませ、呼吸をさせ、恐怖に怯えた表情に手を添える。

「どうした」
「クリーチャーは…帰ってまいりました…。レギュラス様の…命ですから…」

今にも消え入りそうな声で、クリーチャーが喘ぐ。まさか内臓の方もやられたのだろうかと不安になったが、今すぐに死んでしまいそうというわけでもなく、流血もないままに少しずつ息が落ち着いてきたところを見ると、そこまでの対外的な傷を負っているわけではないのだろう。
ただ著しく目立つのは、恐怖の表情。よく見ると、外傷より精神的なダメージの方が大きいようだった。

「…何があったか、事実だけを、客観的に話してくれ

クリーチャーは唇を震わせ、僕を見上げると目に涙をいっぱい溜めた。しかし泣くことは許されないとでも思ったのか、手と唇にぎゅっと力を入れると、瞬きを大きくふたつして涙を振り払う。

「闇の帝王は、クリーチャーを洞窟に連れて行きました。そこがどこなのか、クリーチャーにはわかりませんでした。遠い遠い海の果てにある、小さな孤島です。とても人が住めるような広さはありません。そこにたったひとつそびえたつ洞窟に、ついて行ったのです」

クリーチャーの声は相変わらず震えていたが、事実を客観的に話せ、という僕の命令に従っているせいなのか、口調に淀みは見られなかった。

「入口では、血の洗礼が待っていました」
「血の、洗礼?」
「生きた血を壁に擦りつけることにより、閉ざされた洞窟の門が開くようでした。闇の帝王はクリーチャーの肩を切りつけ、その血を壁に塗りました。その途端、門は開き、奥にある湖が見えるようになりました」

淡々と言うのは良いが、躊躇いなく肩を切りつけてきたという闇の帝王の所業には、相変わらず期待を削がれるばかりだ。

「湖はとても暗く、底も果ても見えないものでした。闇の帝王は湖畔にある鎖を引き寄せると、遠くから小型のボートを岸辺に付けました。クリーチャーにもそのボートに乗るよう促すと、少し漕いだところにある小さな岩場で停泊しました」

そこで、クリーチャーの手が再び震える。僕の命令を聞いてもなお抗えない恐怖を植え付けられている証拠だ。本当なら、もう少し落ち着かせてやりたいところなのだが────場合によっては、それだけの時間を確保することも難しいかもしれない。
何せこれは、僕に対する"罰"なのだ。相当酷い目に遭っていることは想像できるものの、だからといってそれを甘んじて受けていれば、更に付け入れられる可能性もある。

早い情報収集、そして体制の立て直し。クリーチャーには酷なことを強いるが、僕にとってはそれが最優先されるべき事項でもあった。

「そこには、水盆があるのみでした。薬で満たされた水盆です。闇の帝王は、クリーチャーにその薬を飲むようお言いつけになりました」
「薬…それは一体、どういう?」
「わかりません。ただ、恐ろしいものを見たのです。体が焼け、その場にいないとわかっていながらクリーチャーは…クリーチャーは…坊ちゃまのお名前を呼んでしまったのです」

ぎゅうと、胸が痛くなる。
健気なクリーチャー。本来なら連れ出されることもなかっただろうに、僕の失態のせいで駆り出され、劇薬を飲まされ────それでもなお、僕の名を呼んでくれていた。

「助けてほしいと、思わず懇願してしまったのです。申し訳ございません、闇の帝王のお言いつけには必ず従うことをお約束しておりましたのに…我慢ができず、奥様の名も、坊ちゃまの名も呼んでしまったのです。しかし闇の帝王は────…笑っているだけでした。クリーチャーに薬を全て飲み干させると、その中にスリザリンの継承者の間で受け継がれてきたロケットを落とし込み、再び水盆に満たしたのです」

あの我慢強く、献身的なクリーチャーが欲のままに叫んでしまうほどの苦痛を与えられていた、その間僕は、ずっと彼の帰りを待っていることしかできなかった。のうのうと学生生活を謳歌し、新しい未来に向けた計画を独自に進めていた。

でも、今こうして帰って来てくれているのだ。痛みを与えたことには深い謝罪の念しか覚えないが────少なくとも、精神が狂ってしまうほどの衝撃や、一生治らない傷をつけられることがなくて良かった…そう、不幸中の幸いと言う他ない感想を抱く。

しかし、クリーチャーの話はそこで終わらなかった。

「それから闇の帝王は、動けないクリーチャーをその場に残し、お独りで小舟に乗り、元の湖畔に戻って行ってしまいました」
「…お前は、連れて行ってもらえなかったのか?」
「はい。クリーチャーはその時とても動ける状況ではなかったので…。それに、喉の渇きに耐えかねて湖の水に手を出したところ…水中には数えきれないほどの亡者がおりましたので、クリーチャーを連れて帰ることは、闇の帝王にはもはや不可能でした。クリーチャーはそのまま、死人の手に連れられて水の中に引っ張り込まれることしかできなかったのです」

亡者。命はそこにないのに、傀儡として体だけを動かされる哀れな存在。
命あるものに執着する習性を持っていることなら知っていた。そしてきっと────闇の帝王が手配した場所だ。そもそも湖の水自体に呪いがかけられており、そこに触れたものを例外なく水中に引きずり込んで絡めとり、同じ死者の仲間入りするまで放さないつもりだったのだろう。

「それでもお前は帰ってきた────…生きた状態で、健康とは言えずとも、確実に。…どうやって、出て来たんだ?」
「レギュラス坊ちゃまが"帰ってこい"と仰せになったからです」

いっそ死んだ方が楽だったのかもしれない。こんなにもボロボロの状態で────それでも、彼は僕の命令を忠実に守った。主を僕と最後まで定め、僕の命令で闇の帝王に従い、僕の命令でここに戻ってきた。

屋敷しもべ妖精が人間の魔法使いとは違った魔力リソースを持っていることなら知っている。理屈を尋ねたところで僕には理解できないような、彼らの種族が持ち得る力を使ってここに帰ってきてくれたのだろう。
それを思うだけで────僕の心臓が、中身を搾り取られるように痛む。

闇の帝王は、尊敬できる人だった。少なくともそう思って、ついていくことを決めた。
でも────それはあくまで、僕の意思だ。
僕の家族は、言ってしまえば関係のない人間のはず。僕が死喰い人に加わったことを親戚総出で喜んでくれたのは、あくまで"僕が"闇の帝王に隷従することが彼らにとっても"是"だったから。同じ価値観を、持っていたから。

ならば、それらの意思を無視して、感情を軽視して、しもべ妖精が持つ独自の魔力を軽視して、"下僕"である僕とは無関係な"家族"の命を勝手に消費されるのは────本来、お門違いと言われても仕方のないことなのではないだろうか。

もしここで言う闇の帝王の仕事が"未来の100人"を守るためのものだったなら。あるいは言葉通りクリーチャーを無事に返してくれるのなら。
僕はその後も、理不尽を押し隠して彼についていこう。

しかし、そのどちらも叶わないのだとしたら────。


叶わないのだと、したら?

きっと僕は、自らの夢見た理想を、一度捨てなければならないのかもしれない。
僕が大切に想っているものを、大切にし続けるために、
僕が描いた未来を、実現させるために。

僕は一度、闇の帝王を信じた。
自分の望みを自分で叶えられないことを知っていたから、それを叶えてくれる人をずっと探していて。その果てに、彼を知って。

「若くして正しき道を自ら選んだ賢い若者だと────ああ、実際に会ってみてよくわかった。おまえはきっと、私の忠実なる仲間としてこの馬鹿げた世直し騒動に早々に終止符を打ってくれることだろう」

僕の声は、聞き遂げられたとばかり思っていた。僕の道は彼にとっても同じく"正義"であり、今の世の中は"馬鹿げて"いるから"世直し"が必要だと考えているのだと、そう疑わなかった。

確かに、僕は僕の理想を叶えてくれる人を探していた。
僕には理想を叶えるだけの実力がないと思っていたから。
世間をひっくり返す、それだけの偉業を成し遂げるには、それこそ兄が持っているようなカリスマ性と行動力と説得力、それらを全て兼ね備えている必要がある。

僕には、存在だけで人を惹き付けるようなカリスマ性はない。
表立って、人を引っ張りながら先頭にを走れるほどの行動力はない。
僕は結局自分の理想に合致している人しか仲間に入れられないから。自分と相反する思想を持った人の心を掴めるほどの説得力も…持っていないから。

僕は、結局兄の下位互換に過ぎない。
僕には、兄ほどの影響力がない。

だから、他人に縋ったのだ。他人に縋らなければ、僕の理想は叶わないから。

────家族を傷つけられ、自分が道具に過ぎないことを思い知らされ────あれだけ期待をかけられていると思っていたはずなのに、やはりたったひとつのミスでここまで精神的に追い詰めてくる闇の帝王のやり方を身に刻まれて────。

ようやく気づいた。
自分の夢を他人に託すことの愚かしさを。
いくら今まで同じ思想を持った人に出会えなかったからといって、僕の望んだ理想をたった一度甘く囁いた人を根拠もなく妄信していた、僕の落ち度だ。

本当なら、もっと注意深く観察していたはずじゃないか。
元々そこまで人を簡単に信用する性格ではなかった。それなのに、ずっとその夢を叶えてくれる存在を渇望していたからなのか────それとも、闇の帝王の懐柔術があまりにも人智を超えていたからなのか────ずっと疑いの目を持っていたはずなのに、自分が道具に過ぎないことはわかっていたはずなのに、それでも希望を捨てきれなかった。

────でも、もうこれ以上は耐えられない。
彼の"思想"は、あまりにも身勝手すぎる。こんなことを続けていたら、闇の帝王以外の全ての人間が不幸になると言っても過言ではないだろう。だって彼は、誰の望みも聞かないのだから。誰の理想も尊重しないのだから。
闇の帝王にとって"善"であれば、他の全人類がそれを"悪"だと判断しても、力によってねじ伏せられてしまう────それが、今回のやり口でよくわかった。

僕は闇の帝王の存在を盲目的に慕っているわけじゃない。

闇の帝王が口にしていた理想が、僕の理想と一致すると思い込んでいたからついて行っていたに過ぎないのだ。

「レギュラス様…申し訳ございません…」

腕の中のクリーチャーが、か細い声で何度も僕に謝罪をする。

────こんな未来のために、僕は彼に忠誠を誓ったわけじゃない。
こんな現状は、僕の望んだものじゃない。

ずっと心の奥底で燻っていた疑いという火種に薪が投下され、大きな風が吹く。
炎は瞬く間に心を焼き、僕の理想を灰にした。

迷っていた。このままで良いのかと。
竦んでいた。今更逃げ出せないと。

選んでしまったからには、その道を外れられない。
一度信じたものを捨ててしまったら、僕の信条は"その程度"のものになる。


本当にそうだったのか?

絶対に選択を間違わない人間など、本当に存在するのか?
信じたものの方から裏切られた時、それに見切りをつけることは、本当に僕の信条に傷がつくのか?

間違えた"かもしれない"。
僕の信条は"その程度"のものではなく、"目を瞑って縋り続けている方が曇っていくものかもしれない"。


相反する感情に挟まれながら、僕は一度信奉した主に仕え続けた。
疑いながら、竦みながら、それでも僕は"彼が正しい"可能性に賭け続けた。

それでも。
それでも────もう、本能が拒絶している。

今度は母や父の番かもしれない。直接こちらの陣営にはついていない親戚が突然命の危険に晒されるかもしれない。それか、今度こそクリーチャーが確実に殺されるかもしれない。

僕の理想は、僕だけのものなのに。
共感してくれる人がいるなら、仲間と思える人がいるなら、そういう人と"自分の意思"で未来を目指したかったのに。

それとも、僕のそういう言い分の方が今では"日和見な理想論"なのだろうか。
未来とは、どうしたって大切な人の命を、平穏な生活を脅かさなければ変えられないものなのだろうか。

「……違う」

違う。

違う。たとえ現実が僕の思っていた以上に厳しいものだったとして。たとえ僕の理想が、闇の帝王の"行き着く"先にあったとして。

今の彼の歩みは、僕の求めている道にはない。
いくら"結果"が全てだと言われようが、僕は僕の望まない"過程"の渦には巻きこまれたくない。理想を掲げるなら、主張を声高に上げるなら、結果としてそれが叶おうが叶うまいが、そこに根差す思想こそが変えるべきではない最も大切なものだ。

お金が欲しいならまず働くべきであり、盗めば良いというものじゃない。
家族が欲しいならまず人との関わりを増やすべきであり、誰かを攫えば良いというものじゃない。

僕は、レギュラス・アークタルス・ブラック。
ブラック家の次男にして、純血の歴史を継ぐ者。


そして、全ての命あるものがあるがままの姿で生きることを望む者。

その理想を叶えるために、闇の帝王は要らない。
その主張を唱えるために、闇の帝王は────障害にしかならない。


ただ、だからといって新しい主を探すのは容易ではない。ましてや最初からわかっていた通り、僕自身が王となって何かを為すだけの力があるわけでもない。
そもそも、闇の帝王に仕えた時点で思い知らされていた。その先に待っているものが永遠の忠誠か…さもなくば、死か、ということを。

一度足を踏み入れた僕に、離反の未来はない。
そもそもあそこまで力をつけてしまった命に対して、史上最強と謳われるダンブルドアがあれだけ手を焼いている相手に対して、今から新たな勢力を作ったところで何も意味などないのだ。

ならば、過ちを犯した僕にできることは?

────ひとつだけ、打てる手があるじゃないか。

闇の帝王に仕えていたからこそ、過ちを信じ数多の犠牲を出したからこそ知っている、彼の秘密。誰も知らない、闇の帝王の強さの源泉にして────その泉を止める弱点。

「私は死してなお、再び命を宿す術を心得ているのだ」

僕はクリーチャーの手当てを済ませると、すぐに父の書斎に向かった。
禁忌指定されている魔術に関する本なら、確かこの辺りの棚にあったはずだ。

見た記憶は一度しかないが────あの時は挿絵に描かれたイラストの恐ろしさですぐに閉じてしまったというだけなので、逆にその理由もあいまって本の特徴はよく覚えている。皮が剥がれた人間の表紙、"其方が人でありたいならば、この先は開いてはならない"という注意書き。
これだ。

命を切り分ける方法。死してなお、再び蘇る方法。

ホークラックス -分霊箱-

それは、殺人によって切り分けられた魂を"モノ"に閉じ込め、肉体と分離させた上で保存するという────まさに彼が言った通り"死してなお再び命を宿す"ことを可能にする魔術だった。

そういえば、必要の部屋でもこの"単語"だけなら聞いたことがある。その本にはどうやって分霊箱を成り立たせるのかまでは書いていなかったが、"命を複製する"という表現で同じく禁忌指定の闇の魔術に関する本で紹介されていた。

本来なら、魂を切り分けるなど普通の人間には思いもつかないことだろう。しかもその方法が人を殺すことだなんて…いわゆる"善良な人間"ならまずそこまでして自らの命に執着はしないはずだ。

でも、そんな常軌を逸した行動も、彼になら躊躇いなく起こすことができるはず。
逆に言えば、それだけのことを簡単にやってのけるからこそ、彼はある種"偉大な人"と呼ばれているのだから。

確信は、ない。

でも、辻褄を合わせることならできる。

闇の帝王は、クリーチャーを連れて人気のない孤島に連れて行った。そこには血の洗礼、亡者のお出迎え────並の力の魔法使いでは太刀打ちすることすら難しい関門が待っている。そして、彼は生き物に対して毒となる"薬"とやらの入った水盆に────スリザリンのロケットを入れた。

スリザリンのロケットの話なら、我が家にも伝わっている。
かのサラザール・スリザリンが大切にしていたロケット。その価値は計り知れず、スリザリンの正当なる継承者に代々受け継がれてきた由緒正しい宝物なんだそうだ。ブラック家も相当の歴史を重ね、基本的にはスリザリンに従する家系としてその存在の話自体は聞かされていたものの、僕が知りうる限りの親戚の中でその実物を見た者はいないはずだ。

闇の帝王の出自はよく知らない────が、話の断片からホグワーツの創設者…特にサラザール・スリザリンに固執していることは察せられた。どういう経路で入手したのかまでは流石に考察できないものの、仮にそれを持っていたとするならば、魂を預けるにきっと相応しい"器"となっただろう。

それに彼は覚えていないかもしれないだろうが、僕の方は彼がそれぞれ一度ずつ「ハッフルパフのカップを持っていた女は、その値打ちも知らずに単なるコレクションの一環としてそれを見せびらかしていた」、「レイブンクローの髪飾りは生きている人間に対し重大に秘匿されていた」と言っていたことをよく覚えている。グリフィンドールの宝物の話だけ出てこないことに当時は違和感を覚えていたものだったが、今にして思えば闇の帝王がゴドリック・グリフィンドールにまつわる品に魂を預けるとは思えない。
ただ単に"歴史"が深く刻まれたものに傾倒しているだけなのかと当時はそこに薄らとした共感すら覚えていたが、なんということはない、今の僕の仮説になぞらえるなら、闇の帝王は自分の命の保存という身勝手で傲慢な理由のために"歴史"すら我が物顔で扱っていたに過ぎないのだ。

本には"殺人によって魂を切り分けられる"としか書いていないし、倫理的に考えて1人の罪なき命を奪うだけでも十分な重罪だ。
しかし僕は、闇の帝王がそこまで控えめな人間ではないことを残念ながら知っていた。使えるものは壊れるまで乱暴に使い、自分の利になると判断したものはいくら相手が不利になろうとも強引に手に入れる人だ。

魂を切り分けられる、その数に上限があるかは知らないが────まず「再び命を宿す」と言ったあの余裕の笑みからして、切り分けた魂が1つとは考えない方が良いだろう。
こんなことになるなら、もう少し闇の帝王の素性を探っておくべきだった。ただ言われたことに従い、聞かせられる話に笑いながら相槌を打ち、僕は必要以上に彼に干渉しようとしなかったのだ。ただの下僕である僕に、そんなことをする資格はないと思っていたから────こんな風に、いつか敵対する日が来るなどとは思っていなかったから。

きっと、この戦いは長引く。
そしてあのクリーチャーの様子から察するに────…分霊箱をひとつ破壊するためには僕の命をひとつ賭ける覚悟で臨まなければならないだろう。
書籍も分霊箱については多くを語りたくなかったらしい。その作り方については『殺人により魂を切り分け、物を器として保存する』としか書かれていなかったし、破壊の方法なんて『分霊箱自身の回復を阻害するほど強力な破壊力を持つものをあてがう』という抽象的な表現に留まるのみだった。具体的に分霊箱の回復力というものがどの程度強いものなのかわからないし、それを上回る破壊力を持つものなどもっと思いつかない。
生き物の命そのものではなく魂というからには、アバダケダブラでさえ通用しないかもしれない。それこそ書籍を漁れば人の呪文に頼らない強い破壊力を持つ"何か"がわかるかもしれないが────…。

それを探し当てるまでと、闇の帝王が世界を征服するまで、どちらの方が短く済むだろう。

合理的に考えれば、全ての準備を整えてから時間をかけて分霊箱を探し回るより、まずはひとつでも所在のわかっている分霊箱を手に入れてから色々な破壊方法を試し、順に同じことを繰り返していく方が遥かに効率的だ。たとえそのやり方があまりに泥臭く、行き当たりばったりなものだったとしても。

命を賭けて、彼に仕えた。
命を賭けて、理想を遂げようとした。

ならばそれが間違っていると気付いた時には────命を賭けて、その過ちを正す覚悟が必要だ。

僕はその日────家族を傷つけられたその日に、家族を捨てて復讐を果たすことを決めた。

そこから数日は、準備のための時間を要した。まずはクリーチャーに家から絶対出ないよう言いつけ、部屋の中から僕の気配を辿れる痕跡は全て消し、僕宛に来ていた手紙も全て燃やし、家族以外の全ての人との関わりを絶った。家族はもう、隠しようがない。幸い父が家にありとあらゆる防御魔法をかけてくれているので、闇の帝王とてそう易々とはここを見つけられないと思うのだが────。

僕が恐れていたのは、闇の帝王が早々に分霊箱を持ち出されたことに気づき、僕が破壊する前に僕自身を探し出して殺すか、家族やを人質に取るか────あるいはその両方を盾にしてくることだ。家族を傷つけられた復讐、自らの過ちの清算、そのつもりで刃を取ったのに、返り討ちに遭っては元も子もない。

どうやって家族を守ろうか。どうやって、数少ない友人を守ろうか。

その策を練るために、"僕の痕跡をできるだけ消す"というところに行き着いた。
まあ…仮に闇の帝王が魂を複数に切り分けているなら、そのひとつが壊れたところで肉体への影響はそう多くないはず。そもそも魂を肉体から分離させている時点で、魂と肉体の繋がりはかなり希薄なものになっているのだ。命がいくつもあるという油断もあることだろうし、本来であればそこまでの保険はいらないはずなのだが────相手が相手だ、念を入れるに越したことはない。

幸い、僕が学生時代に付き合っていた友人のほとんどが死喰い人あるいは闇の帝王の思想に賛同している。一時期駒のように使っていた同級生やクィディッチの仲間のことは心配だったが、退学させられたジェイコブを除けば全員ホグワーツにまだ在籍している身。ダンブルドアの庇護下にあれば厄介事に巻き込まれる可能性も低いだろう。

結局大切なところがダンブルドア頼りというところが少々癪だが…こればかりは他の誰に任せるわけにもいかないのだから、仕方ない。
"闇の帝王の完全なる死"を目指すのであれば、本当は分霊箱の存在も彼には知らせた方が良いのだろう。

しかし僕には、その気は最初からなかった。
これはあくまで僕の戦いであり、僕の復讐だ。不死鳥の騎士団と思想を共にすることはないし、彼らが見ている"情で溢れた未来"には塵ほどの興味もない。
それにどうせ、そのうち誰の助けがなくともダンブルドアなら真実に辿り着くだろう。最後の敵が同じだったとしても、僕が騎士団の人間を仲間と思うことは絶対にないし、分霊箱が複数あると決めつけて共闘などしようものなら、その時こそ僕の信条に揺らぎが入る。

そういう意味では、兄も僕が守りたい相手の対象からは外れていた。
兄には兄の戦いがあり、兄の未来がある。家族であること自体に変わりはないと────そう、彼がたとえ僕をもう家族と認識していなくとも────今でも思っているが、兄は僕が何をしなくたって闇の帝王から真っ先に狙われるご身分だ。
それこそ何も知らないまま真っ向から戦い、彼の本体を何度でも打ち砕いてくれれば良いと…そう思う。

僕が死んでも、周りの皆が変わらない日常を過ごせるように。
まるでそうやって今まで大切にしてきた人を想えば、僕も"皆と一緒に生きていた"と実感できるとでも思っているように。


周りの人間に対する整理を進めつつ、4日後、僕は自らクリーチャーの納戸に赴いた。
そこはとても古びており、汚い毛布の巣になっている。時折僕がホグワーツから持ち帰ってきたお菓子の袋が、丁寧に洗われて飾られているのも見えた。
家にいる間はたまにここからクリーチャーを呼び、もう少し良い物を与えてやるからお菓子の袋なんて捨てろ、とよく言っていたのだが、クリーチャーはその度に激しく首を振り、「坊ちゃまから何かをいただこうなどという身分違いなことを考えるほど、クリーチャーは恥知らずではございません。坊ちゃまからお菓子をいただけるだけでも光栄の極み、これは坊ちゃまがクリーチャーにくださる最高の宝物なのです」と頑なにそれを拒んでいたものだった。

「…クリーチャー」
「坊ちゃま、お体は…」

暫く書斎から出てこなかったからだろう、何度か両親も部屋の外から声をかけてきていたが、僕がこれからすることを考えた時、"お体"のことなんてとても考えている暇はなかった。

そもそも────今からすることは絶対に家族には見つかってはならないのだから。

「問題ない。それより────これは命令だ、クリーチャー

言ってしまったら、もう後には引けない。迷っている暇も、与えられない。
覚悟を決めろ。命を捨てろ。そして────本懐を、遂げろ。

そうやって使命を言い聞かせなければ揺らいでしまいそうだった、なんてことはとても考えたくなかった。

僕と一緒に、おまえがこの間まで行っていた洞穴にもう一度来てほしい

これはある意味案の定…そう言った瞬間、クリーチャーの体が全身丸ごと震え始めた。

「ぼ、坊ちゃまが何を仰っているのか、クリーチャーにはわかりません…! あそこはとても恐ろしいところです、闇の帝王の命でもないのに、坊ちゃまが行かれる理由はございません!」

クリーチャーの言うことは最もだ。そしてここまで一緒に暮らしてきたからこそ、一般的には主人の言うことに物申すことのないしもべ妖精が心配のあまり僕に進言してくれているということも…よくわかっている。

そう、よくわかるのだ。胸が苦しくなってしまうほど。代わりに泣きたくなってしまうほど。

それでももう、僕は後に引けない言葉を吐いた。
覚悟を決めた。命を捨てた。

だから、引けない。引いてはいけない。

「…いいや、理由ならあるんだ」
「どうしてですか…クリーチャーにはわかりません…坊ちゃまは正気を失っていらっしゃる…! どれだけあの洞穴が狂気に満ちているか、クリーチャーはお話を差し上げました。クリーチャーは…クリーチャーは、坊ちゃまにあのようなところには行ってほしくないのです!」
「クリーチャー、言っただろう…────これは、命令だと」

"命令"は、しもべ妖精にとって逆らえない最上級の言葉。案の定クリーチャーは魔法で口を封じられたかのように顔を真っ赤にし、わなわなと震え、涙をぽろぽろと溢しながら床に崩れ落ちた。

「どうして…どうしてレギュラス坊ちゃまがあそこへ行かなければならないのですか…」
「すまないが…それは言えない。言えないが、どうしても……行かなければならない、理由がある…。それは本当のことなんだ」

クリーチャーの啜り泣きが激しくなる。二度も命令だと言われてしまっては、もうこれ以上声を出すことができないのだろう。口を開けば、僕を止める言葉しか出ないから。

────本当に、僕は良い家族を持ったと思う。
だからこそ────この計画は、完遂しなければならないのだ。

ああ、本当は守りたかったさ。傍で、僕が"僕の理想"を叶える瞬間を見ていてほしかったさ。

「良いか────…そこで起きたことは、絶対に誰にも話してはならない。母上にもだ。詳細は向こうで話すが、僕はもう二度とここには戻らないだろう。クリーチャー、わかるな、洞穴へ行ったことも、そこで僕がすることも、絶対に誰にも言ってはならない

最期は、独りで。
誰にも知られず、誰にも気づかれず、全ての人を欺いて。

完全犯罪とは、まさにこのことなのだろう。一番知られたくない人が一番そういった機微に聡いのだ。万が一にでも、痕跡を残すようなことがあってはならない。

そう思うと────なんだか少し、胃の奥底がぎゅっと熱くなるような感覚がこみあげてきた。

「レギュラス坊ちゃま、一体何を────」
「今は話せない。母上と父上に気づかれる前に、まずはここを発たなければならないのだから」
「二度と戻らない…誰にも言わない……坊ちゃま、では坊ちゃまは、もうクリーチャーともお話になってくださらないのですか…? 奥様にも旦那様にも何もお伝えにならず…もう、どなたともお話にならないのですか?」

"そうだ。"

「……」

声に出したつもりの言葉が、喉につっかえる。



ああ、本当なら。
本当なら、僕も明日を迎えて。



正しい人に仕えることができていたら。
僕も笑って未来を信じて。



家族を傷つけられることがなかったら。
僕も愛した人達の輪の中に入って。



そもそも、誰かに僕の理想を託すなんて他人本意なことをしたのが間違いだったのだろうか。
でも僕は、光を浴びることを知らなかった。
"一番目"に輝くことを知らなかった。



だから、怖かったんだ。



ひとりで先頭を走って、たとえ後ろに誰もついて来なかったとしてもゴールまで走り抜けるということが。



家の名でもなく、兄の二番煎じでもなく、"僕にも僕にしかできないことがある"と自分を信じることが。



僕も────あの夜空を照らす明るい一等星になれるのかもしれないと、夢を見ることが。









────……小さい頃、記憶が薄れてしまうほどの昔。


「見ろよ、レギュラス」

まだ兄が今ほど両親と対立していなかったある日、彼にこっそり裏庭に呼び出されたことがあった。

そこにいたのは、小さな子犬。どこから迷い込んできたのか、はたまた兄がどこからか持ってきたのか…親がいる様子はないが、元気に兄の手に鼻を擦りつけている。模様がまだらで、色は汚れた雑巾のような灰色。綺麗とはとても言い難かったが、確かにどこか放っておけないような愛らしさがあったことをよく覚えている。

「川で溺れてたのを助けたんだ」

迷い込んだわけでも、持ってきたわけでもなかったらしい。

「それ、いつ?」
「一週間前」
「お母様には?」
「まさか。見つかるようなヘマはしてないよ」

僕の心配などどこ吹く風で、兄はしゃがみこむと犬の耳の後ろをかく。犬は嬉しそうに大きく吠えたが、それも兄が「シーッ」と囁くと、すぐに落ち着く。野良にしては聞き分けの良い犬だ。

「本当は僕ひとりで面倒を見るつもりだったんだけどな。でも、お前になら話しても良いかと思って。だからレギュラス、これは僕達だけの秘密だぞ!」

キラキラとした目で、兄が突っ立っている僕を見上げる。

「…僕がお母様に言いつけるとは、考えなかったの?」
「別に言っても構わないさ。最期はどうせ決まっているんだから。それより僕は、今のこの瞬間をお前に見せたかったんだ」

どうして?
僕が母に一言この犬の存在を知らせれば、母はこの汚い犬を見て発狂し、すぐに殺すだろう。ちゃんと面倒を見たところで寿命が来ればお陀仏、兄もそれをわかって「最期はどうせ死ぬって決まってる、それが長引くか早まるかだけだ」という意味でああ言ったはずだ。そして僕は小さい頃から母の言うことを聞く、とても良い子だったから────兄が母の嫌うものをこっそり囲っていると知ったら、まず言いつけることを考えるのが普通だった。

それなのに兄は、興奮した様子でその"秘密"とやらを僕に打ち明けた。何の後ろめたさもなく、躊躇もなく。
どうしてだろうと、純粋に思った。兄がこういった"秘密"をあとどれだけ抱えているのかなんて知らないが、少なからずこんな風に突然僕が呼び出さることは初めてだ。

兄は、心配にならなかったのだろうか。
少なくとも情を沸かせて川から拾ってきた犬。目に見えて兄に懐いているのは明らかだったし、兄の表情も珍しく柔らかい微笑みに満ちていた。もしかしたら僕の一言でその笑顔も、無垢なる犬の命も奪われていしまうかもしれないというのに────何の心配もしていない様子で、兄は疑問に首を傾げている僕を却って不思議そうに眺める。

「だって────"ちょっとした冒険"をする時、それを共有してくれる人がひとりもいなかったら…つまらないだろ?

冒険? 何が? これが?

「?」
「生き物を育てるなんて、僕にとっちゃ初めてのことなんだ。別にそこらを歩いてる動物になんて興味はないけどさ、川で死にかけながら一生懸命泳いでるこいつを見てたら────"命を燃やしてるな"って、なんか無性に助けてやりたくなっちゃって。お母上に見つからないうちに本当は野生に返したいと思ってるよ。でもその前に、僕の秘密をひとつはお前にも共有して、共犯になりたくてね

"共犯"。それは兄の口から初めて聞く言葉だった。
僕は、兄の懐に入ったことなど一度もないと思っていた。でもその当時は今のように"イイコの弟"という認識ではなく────そうだな、自分のやりたいことを一貫して、たとえ誰に理解されなかったとしても自由を謳歌する、そんな彼の考え方に僕がうまくついていけなかったせいで、なかなか同じ秘密を共有して楽しむという関係性に持っていけなかった、とでも思われていたのだろう。

それなのに兄はその時、わざわざ母の目を忍んで僕を呼び出し、この汚い犬を誇らしげに見せてきた。それこそ本当に、大冒険の末に見つけてきた貴重な宝物のように。

確かに兄の性格を考えれば、"冒険"の成果は誰かに見せびらかしたいと思うのは当然なのだろう。その相手を両親にするわけにはいかない以上、まだ当時友達のいなかった僕達にとってはお互いだけが唯一楽に息をできる存在だった。そして多分それは、お互いの共通認識でもあっただろう。

結局犬は、翌日に殺されていた。裏庭に転がるボロ雑巾を見て、兄は何も言わないまま小さな穴を掘り、そこに遺体を埋めると近くで摘んできた花を添えていた。

表情は、なかった。

「僕…お母様に、言ってないよ」
「わかってるよ」

まだ魔法もろくに使えない兄は、手を泥だらけにしながら埋葬を済ませると、こちらに向き直った。

「だってそうだったら、お前は今ここにいないだろ」

そう言われれば、そうかもしれない。母に言いつけていたとしたらきっと僕には後ろめたさが残り、たとえ埋葬している兄の姿を見たところでそこに行く勇気は出なかっただろう。

「こんなにすぐ見つかるとは思ってなかったんだけどな。…もう少し早く、解放してやれば良かった」

そう言って「ごめんな」と呟くと、兄は僕の頭にぽんと手を乗せ、家の中に戻って行った。

────それくらいの頃からだった気がする。兄が、目に見えて両親に反抗するようになったのは。拙いとはいえ自分の意見を常に持ち、それを変わらない"思想"として掲げ始めたのは。

人が強くなるために"理由"が必要なのだとしたら、それはもしかしたら、辛い経験から生まれる"反抗心"や痛みから生まれる"覚悟"なのかもしれない。
今の僕が、ようやく覚えた感情。もう誰にも共感してもらえない、共犯になれない、孤独な怒り。

期待が大きければ大きいほど、それが打ち砕かれた時の落胆も大きい。

ようやく見つけた、と思った。
仕えるべき主。人類の頂点に立つべき神と同等の存在。
この混沌とした魔法の世に正しき秩序を敷き、魔力を持つ者が正当に生きる権利を与えてくれる指導者。


ましてや僕はずっと他人の思想を否定してきた身。今ある現実を覆し、常識を崩し、新たな世を築くという"革命"に挑戦しようとしていた身。

「あなたの意見にも正当な部分はあって、認められるべき部分が確実にあると思う。雰囲気に流されて、あるいは恐怖に囚われて残酷なことをする人よりずっとしっかりした"あなたの意見"を、私は否定しない」

最初から自分が少数派であることなど、わかっていた。僕は"自分が間違っている"と思ったことは一度もなかったが、その過程における選択をひとつでも間違えたが最後、ひとりきりでその過ちを償わなければならないことも最初からわかっていなければいなかった。

「私はある1人の思想が"是"とされて、それ以外の思想を持った者を理由なく排除することが正しいとは思わない。最初に言ったよね、私はあらゆる人のあらゆる思想に善と悪が両生してると考えてるって。だったら、その思想は全て等しく受け入れられるべきだよ」

僕はひとりだ。
僕はひとりで生き、ひとりで死ななければならない。

だって、それを"選んだ"のは結局僕なのだから。

誰にも縋らず"一人"になることは、僕にできなかった。
だから結局、最後に残ったのは"独り"の制裁だけ。

どうしてだろう。

わかっていたのに。わかっていなければいけないのに。

クリーチャーのこちらを案じる目を、まっすぐ見つめ返せない。
自信を持って、胸を張って、看取ってくれと言えない。

覚悟は決めた。自分がどうすれば良いのかもわかっている。

言葉の上でならすぐにでも行動を起こすことができるのに────。

「────坊ちゃま?」

"ちょっとした冒険"をする時、それを共有してくれる人がひとりもいなかったら…つまらないだろ?

消えないのだ。兄の、幼い頃に一度聞いただけの、あの言葉が。
つまらない、という表現が正しいのかはわからないのだが、誰にも目を留められずに生き、誰にも存在を知られないまま死んでいくことに対してまだどこか未練を残しているらしい。そしてそれを自覚してしまう自分のあまりの俗物的な欲望が、僕にとっては限りなく屈辱だった。

家族を守るため。自分の償いをちゃんと償いとして成立させるために孤独を選んだのに。

誰かに、知ってほしいと思ってしまった。
誰かに、聞いてほしいと思ってしまった。

僕の想いを。僕の選んだ道を。僕の────存在を。

だから私は、あなたの話を聞きたい。どうしてマグルは支配されるべきなのか、どうして純血こそが正義だと思っているのか、教えてほしい。

────その瞬間、僕の脳裏にかつて言われた言葉が蘇る。

あなたの言葉は少し違ってた。ただ単にマグルを軽視しているんじゃなくて、マグルこそが魔法使いを排他した"悪"なのだと言った。そうしたら…そのマグルへの恨みにも、正当性があるのかもしれないと思えたの。

僕を僕として、見てくれていた人のことを思い出した。
僕を僕として、真っ向から対抗してくれていた人のことを思い出した。

僕のことを肯定はせず、しかし否定もしない────まさに、"尊重"してくれていた人。
この十数年の人生の中で、唯一心の奥底にしまった本音を打ち明けた人。

ちょっとした冒険をする時、それを共有できる人がいなかったらつまらない。
でも、もし共有できる人が、1人でもいてくれたなら────。

一歩踏み出す勇気が出る…かもしれない。

「クリーチャー」
「はい…」
「…最期に会っておきたい人がいる。決行は夜明け前だ。それまで、くれぐれも両親には悟られないように気を付けてくれ」
「────…承知、いたしました…」

あからさまに納得していないクリーチャーを横目に、僕は家で管理されている薬品棚を漁る。
目当てのものなら、すぐに見つかった。誤飲を防ぐために、大きなラベルが貼られているから。

ポリジュース薬

30分ぶんの薬剤を小瓶に移すと、僕は兄の部屋に忍び込み、そして────。

20分後、家を出てとある場所へと姿くらましをした。









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