夢見る少女よ、共に幸せを。
※本作4年生の時間軸
※本作ヒロイン・別宅のヒロイン様登場(別宅ヒロイン様のお名前はデフォルトネームをお借りしています)
※夢展開はほぼなし。シリウスとの距離感は本編に準じます
「レイブンクローの幽霊?」
聞き慣れない言葉に、私はつい本から顔を上げた。その視線の先にいたのは、したり顔をしたシリウス。完全に"彼が知っていて、私が知らない情報"を彼が持っていることにご満悦のようだ。
「君は会ったことがないのかい?」
「…残念ながら、灰色のレディ以外に"レイブンクローのゴースト"と相まみえたことはないね」
「"残念"をお返しするようで恐縮だが、"レイブンクローのゴースト"ではないんだな」
「…なんて?」
「レイブンクローの"幽霊"さ。ゆ う れ い」
いつも通り、私達は必要の部屋で動物もどきの魔法を完成させるための行程を進めているところだった。去年リーマスの秘密を知って以来、私はその秘密を暴いた者として、そして彼の真の友人として、ホグワーツに戻ってからほぼ毎日のように悪戯仕掛人について必要の部屋に通っている。そう考えると、4年生という今の学年はまさに"ちょうど良かった"のかもしれない。3年生の時のように新しい科目が増えることもないし、5年生になった時のように大きな試験に追われることもない。
だからこそ、この時間は私にとって何よりも貴重なものだった。
それこそ、無駄話など挟む間もないほど集中すべきと────思って、いたのに。
レイブンクローの幽霊? ゴーストではなく?
言葉の上でなら一緒のはずなのに、それが意味する言葉は明確に違うとイントネーションに告げられていた。
「ここ数年の間に、面白い出会いがあってね。最初は誰にも話すつもりがなかったんだが…君が聞いたらきっと面白いだろうと思ったんだ。君、そもそも彼女には会ったことがあるかい?」
「私が"彼女"を知らないってこと、今の会話で察してくれたと思うんだけど…?」
「ああ、そうだろうな。聡明で、何か色々と知っているような不思議な雰囲気を持ってる女性だったよ。君に紹介すれば、きっと良い友人になれたんだろうな」
「へえ…」
その時抱いたのは、純粋な"興味"だった。
あのシリウスが、誰にでもわかる簡潔な魅力で恋心を揺らすとは思えないと確信している。今まで彼に寄ってきた女性にだって、聡明でどこか不思議な雰囲気を纏った人などたくさんいたはず。
それでもなお彼の興味を失わせないということは────。
「それで? あなたは彼女の何にご執心なの?」
"彼女"がそれ以外の、"何年にも渡って"シリウスの興味を持続させるような何かを持っているのは明白だ。だから素直に────何の感情も持たずにそう訊いたのだが、シリウスはそこで何故か不服そうな顔をして見せた。なんなんだ、先に話題を振ってきたのはそちらだと言うのに。
「…まあ、やっぱり神出鬼没なところかな。あのジェームズを驚かせられるんだ…って言えば、それがどれだけ奇天烈な現象かはわかるかい?」
ゴースト…いや、幽霊とは言われているが…とにかく"幽霊"が出てくるだけで、そんなに驚くことなのだろうか。シリウスの言っていることは、確かに私にとっても意外性をもたらすことだった。ホグワーツにはたくさんの幽霊がおり、彼らが自由気ままに私達の前に現れることなどもはや4年目となれば常識だ。それくらいのことで狼狽えるジェームズの姿など、とても想像ができない。
「…ねえ、それって本当に…"幽霊"で合ってる?」
一般的なゴーストの定義からどうにも外れていそうな"彼女"の存在に疑問を覚えた私がそう尋ねると、待っていましたと言わんばかりにシリウスが笑ってみせた。
「実体はあるんだ。そして会話も難なく成立する」
「…結局それの何が問題なの?」
「その…彼女は────あー、何て言えば良いのかな。でもこれ以外に表現する言葉がないんだ」
「つまり?」
「つまり────そう、"消える"んだよ。それこそ、それまで難なく成立させていた会話も、息遣いをも全て掻き消すようにね」
「…?」
溜めて言ってもらったは良いが、よく────意味がわからない。
実体があるのであれば、それは少なくとも厳密に"幽霊"とは言えない存在のはずだ。その上で"会話の途中で消えた"というのなら、真っ先に私達が思い浮かべるであろう結論は"姿くらまし"を使ったという選択肢。単に場所を移動するだけなのであれば、認可を受けていない15歳の私達はともかく、最も簡単で現実的な結論だ。
しかし、シリウスがあえてそういった推測を排除しているのであれば、少なからず彼女が"急にその場を離れる気まぐれな浮浪者"ではないということを意味しており、つまりそれは────。
「何かの魔法あるいは魔術的な方法で、"私達あるいは本人自身の意識の外で"その場を離れる人、ってこと?」
「ご名答」
「そしてあなた達の予期していないタイミングで必ず"彼女"は消える。単なる姿くらましとかではなく…そうだよね?」
「仰る通り」
「今までの話からして────そしてあなたの態度からして、"彼女"があなた達に敵対心を持っているようにも思えない…。なら、考えられるのは…私達の知らない"複雑な魔術"で、その"友好的な幽霊さん"は────そうだな、例えば"時"を駆けている…とか?」
私が代わりに引っ張り出した推測はシリウスを十分に満足させたらしい。それは良いのだが、こちらは鍋の面倒も見ているのだから、早く次の材料を入れてもらえるだろうか。
「彼女自身も自分の境遇に戸惑っているところはあるみたいなんだが、それでも…なぜだろうな、彼女は以前から"僕ら"を知っているようなんだ」
「ふうん、それはとても運命的だね」
「なんだって君はそんなに無関心なんだ」
無関心なわけないじゃないか。普段の私ならすぐさま飛びついてどんな子なのか、私はどうしたらその子に会えるのか、色々と訊いていたことだろう。
ただ、お忘れなきように。
私はそんなに"器用"ではないのだ。
「話題を振るタイミングが悪いからだよ、シリウス。早くその目玉入れてってば」
「わかった、わかった。まったく…根を詰めすぎじゃないか?」
「まだ1年も経つより前に、これ以上の形相で私に杖を向けてきたの、忘れてないからね。私としては、そんなに軽いプロジェクトじゃないと思って毎日取り掛かっているのですが?」
「そりゃ、これは文字通り僕らの命さえ賭けた一大プロジェクトだよ。なーんにも間違えてやいない」
「それならあなたはもう一度命の重みを考え直すべきかもね」
くだらない口論をしつつ、ようやく手元が落ち着いたのはそれから10分後。どうかまだシリウスがこの話題に飽きていませんようにと願いながら、私はずっと気になっていた"幽霊"について改めて言及してみることにした。
「それで────その幽霊さんって、どんな人なの? 見た目とか、世代とか…」
「さあ…見た目はなんというか…少し東洋系の色が入ってるような感じだったかな。多分、美人だと思う」
「多分って」
「生憎美醜の判断は定義上のものしか知らないものでね」
「シリウスらしいけど、それってつまり一般的に見たら"誰もが二度見するくらいには綺麗"ってことだよね」
「見た目の世代だけで言うなら僕らとほぼ同世代さ。喋り方にも目立った癖はないし、服装も…僕らのとそう変わらなかった、と思うな。実はあんまり"見た目"は見てないんだ。いかんせん僕にはもっと見ていたい────」
「ああ、はいはい。もう一回言うけど本当にシリウスらしいね」
「……」
中身を重視するシリウスの考え方は、私も好きだ。だから情報が少ないのは仕方のないことだと思えるのだが…。
「会ってみたいなあ、私も」
「…そう言うと思った。むしろ今までその言葉が出てこなかったのがずっと不思議だったんだ」
「仕方ないでしょ、鍋に向かってる間はリーマスに集中しなきゃいけないんだから」
「でもそれじゃあまるで"僕"が彼女に執心してるみたいじゃないか」
「違うの?」
「違うよ。いや、友人としては面白い存在だって思ってるけど、そういうのじゃなくて────」
そういうのじゃないなら何なんだろう、それを尋ねようかと迷っていた瞬間、必要の部屋が勢いよく開く。
物音だけでわかる。この入り方は、ジェームズだ。
「やあやあお年頃のお2人! 作業は順調かね!?」
「…その様子だと、何か良いことがあったみたいだね。なあに、リリーに落とし物でも拾ってもらったの?」
「さっすが僕のイリス! …っと、こんなことを言ったら我が親友に怒られるかな? とにかくご名答さ、エバンズってば、僕が必死にここに来るまで走ってる最中に落としたプリントをわざわざ拾って魔法で届けてくれたんだ! メッセージだってあるよ、ほら!」
ジェームズが嬉々として差し出してきたメモには、"情けない課題を晒してグリフィンドールのイメージをピエロのようにするのはやめてもらえるかしら"と強い筆跡が残されている。何を落としたのかと言外に尋ねると、彼はなぜか誇らしげに白紙の宿題プリントをヒラヒラとかざして…いや、厳密には白紙ではない────明らかにジェームズの筆の強さで書かれたスニッチのイラストのみインクで刻まれている、"情けない課題"を見せつけてきた。
「…リリーにちゃんと感謝と、それから謝罪もしなきゃダメだよ」
「なんで謝罪まで。感謝ならたっぷりする予定だよ、後でサプライズを考えようと────」
「"ありがとう"の言葉で十分」
「まあ名誉顧問のつまらない意見は置いといて…何か話し込んでたみたいだけど、面白いことでもあったの?」
この人にブレーキが搭載されるのはいつのことになるのだろう。また私がリリーのフォローに回らなければならないのかと溜息をつくのと、シリウスが「要所要所で邪魔な一言が多いんだよな…」と彼は彼で頭を痛めるように溜息をつくのは同時だった。
「ミス・レイブンクローの幽霊の話だよ、ほら、1年生の時からなんやかんやと縁のあった…。最近会ってないだろ、暇潰しも兼ねてイリスにも聞かせてたんだ。…こいつなら、別に話しても問題ないと思って」
「ああ、"彼女"のことね! そうだな、むしろイリスとは良い友達になれるだろうって常々思ってたんだ。できることなら紹介したいくらいなんだけど────」
「会おうと思って会えるわけじゃない、んですって?」
「ああ、その様子じゃシリウスからだいたいは聞いてるみたいだね。…まあ、そういうことだよ」
"幽霊さん"が現れるのは、どういう条件なのだろう。誰かの意図があってこちらの世界に吸い寄せられているのか、はたまたただの偶然なのか…いや待て、そもそも彼女は"どこの世界の人"なのだろう?
疑問は尽きない────からこそ、面白いと思った。
「次会えた時、私のこと強制的に呼び出してくれる?」
「君のエバンズが嫉妬しそうだな、新しい女にハマッてるなんて聞いたら」
「リリーも呼べば良いじゃん」
「僕にとっちゃ、エバンズはまだ"この話"を聞かせられるだけの信頼を置いてないんでね」
ジェームズが思い切り反論したいような顔をしてみせたが、確かにそのような不確定要素にまみれた話を安易に吹聴したくないと思うシリウスの考えも理解できるものだった。…もちろん、私はリリーをそれだけ信頼できる人間だと思っているのだが…シリウスとリリーは今のところ、全く反りが合っていないのだから…仕方がない。
そういうわけで結局、私はその日寝室に戻った後も、リリーにその話をできないまま就寝することとなった。
その夜。
いつも以上に寝つくまでに時間がかかった私は、夜中の2時を回ったところでようやくうつらうつらと睡魔が優しく手を引いてくれる感覚を抱いていた。そのまま夢の中へ導いてくれと願いながら身を任せていると────。
明晰夢、そう呼べば良いのだろうか。
寝室の温かいベッドに包まっていたはずの私は、次の瞬間ホグワーツの玄関ホールに立っていた。直感的に、これが熟睡前に見る"夢"なのだと察知する。どこか自分自身を俯瞰しているようなこの視点。自分がどこに移動したら何が起こるのか、本能的にどこかで気づいている感覚。
これは、夢だ。現実じゃない。
だから────わかってしまった。
このままホールを抜けて、大広間へ行くべきなのだと。
そこで────きっと"何か"が起きる。
そんな予感を胸に、夢の中の私は滑るような足取りで静かな大広間へと向かった。
「────…」
ああ、これは流石に…予想外、と言わざるを得ない。
確かに"何か"が起きるとは思っていたが────。
「────人が、いる…」
一応、今が深夜帯であることは"識っていた"。だって、これは私の夢なのだから。私の意識による世界操作がある程度可能な、明晰夢なのだから。
でも、そこに"誰かがいる"ことまではわからなかった。
明晰夢を見たことがある人ならわかるだろう。
思いがけない事象に巡り合ったとして、そこで自分が何をすべきなのか────無意識的に理解しているという、この不思議な感覚。現実から離れていることを理解しつつも、まるで冒険ものの映画を見ているかのように、どこかで少し先の未来を見据えている自分がいるという感覚。
だから私は、その後ろ姿の"女性"が敵ではないことに、気づいていた。
話しかけるべきなのだということも、わかっていた。
夢を進めるためには、自分が動かなければならない。それもまるで…ゲームのコマンドのように、どの選択肢が最適なのか、先にわかっていたのだから。
「────あの」
声をかける私。"彼女"はその声に反応すると、ゆっくり振り返ってみせた。
綺麗な女性だ、と思った。このホグワーツにおいて大多数を占める白人らしい堀りの深さを持ちながらも、オリエンタルな雰囲気を纏った女性。上品で、柔らかい印象。無闇に愛想を振りまいている様子はないのに、彼女が誰に対しても温和な態度を取るのであろうという想像は容易にできた。年は…そうだな、少しだけ…私より年上に見える。
そして…着ている服は、"レイブンクローのローブ"だった。
一致する。
シリウスが言っていた特徴と。
私がこの半日、最も興味を持っていた"レイブンクローの幽霊さん"に、酷似している。
夢だからなのだろうか。
いつもならもう少し慎重に挨拶をしていたのであろう、とわかっていたのだが、その時の私は────自分でも驚くくらいに大胆だった。最も、それは"私にしては"なのだが。
「…もしかして、"レイブンクローの幽霊"さん?」
もしそうでなかったとしたら、私はとんでもなく失礼なことを言っていることになる。しかし、これでも近しい年の人なら他寮の生徒でも把握している身。年齢はそう変わらないように見えるのに全く見たことのない生徒ということは…まあ、そういうことと思っても仕方ない…と、許してほしい。
ともすれば気を悪くして立ち去られても仕方ないそんな言葉をかけられた彼女は────これまた驚いた。微笑んでみせたではないか。
「こんばんは、グリフィンドールの方。あなたはミスター・ポッターのお友達?」
そこで全ての確信を得た。
この優雅な話し方。耳障りの良い声。そして何より、私を見てすぐにジェームズの名を出す機転。
そりゃあ、彼らが興味を持つのも当たり前だ。状況適応能力、言葉選びのセンス、そしてこれは良い意味で────浮世離れしたその雰囲気。彼女という存在は、ホグワーツという"神秘に包まれた謎の世界"を超えると言っても良いほどに異質だった。一目でこの世界との違和を感じさせながらも、空気に溶け込んでいるともいえるその矛盾に、私は一瞬で惹かれてしまう。
「────あなたのことは、シリウス…と、まあ確かにジェームズもそうだね…とにかく、彼らからこの間聞いたの。随分と彼ら、あなたのことが気になっているみたいで…。私も、お会いしたいと思っていたんです。…もちろん、あなたは私のことを知らないでしょうけど」
「ミスター・ブラックのお友達だって言うなら、きっと私達も良い友達になれるんじゃないかしら? …単に私がそうだと良いな、って思ってるだけなんだけど。ねえ、あなたのお名前は?」
「イリス・リヴィアだよ。あなたは?」
「私はハナ・ミズマチ。よろしくね、イリス」
ハナ・ミズマチ。こちらの方ではあまり聞き馴染みのない名前だ。それでも、一度聞けば覚えられる程には語感の良い名だと思った。
「今日は────どうしてここに? シリウスからは、あなたは自分の意思ではここに来られないみたいだ、って聞いていたけど…。どうして今ここにいるのか、わかる?」
「ううん…ミスター・ブラックから聞いているのなら察してもらえるかもしれないけど、私もわからないの。ただ、眠りについたと思ったらここに立っていただけ。…ちょっとだけ心細かったわ。いつもならミスター・ポッターやミスター・ブラックが私を見つけてくれるのに、今日は誰もいなかったんだもの」
奇遇だ。
私も先程眠りについたと思ったら、ここにいた。
そうして本能に導かれるままここへ来たら、ハナと出会った。
「…私もだよ」
「え?」
「私もさっき、寝室で眠ったところだった…はずなんだ。でも、気づいたら玄関ホールにいた。なんとなく…うまく言葉じゃ説明できないんだけど、なんとなくこっちに行けば"何かが起こる"気がして来てみたら…あなたがいた、って感じ」
「あら…じゃああなたも"夢の中"にいるの?」
「そういうことみたい」
"夢"と割り切っているからこそ、本来"今の"ホグワーツ生ではないはずのハナとも臆せず話すことができているが、もしこれが現実世界で起こり得たら、私は到底ひとりでこの状況に対処することなどできなかっただろう。まずどんな手を使ってでもシリウスを呼び出して、色々と説明を求めていたはずだ。
ハナもそうなのだろうか。
"夢"と思っているから、こんなに落ち着いているのだろうか。私という、"シリウスとジェームズの友人"としてしか自己紹介をしていない不審な女と、何の警戒心もなく話をしてくれている。
「あなたは…私達とは違うどこかの年で、ホグワーツに通っていた人?」
「いいえ、違うわ。ミスター・ポッター達には既に話しているんだけど…私、"あなた達のことについて書かれた本"を少し読んだだけの…ううん…ただの一般人」
「一般…人? それに、私達のことについて書かれた本、って…」
言うまでもないだろうが、私は自分がどこかの書籍に取り上げられるような人間ではないと思っている。シリウスやジェームズについてならばあるいは、と思わないでもないが、ハナは確実に"あなた達"と言った────つまり、そこには"私"も含まれているということだ。
「どういう────意味?」
「ふふ、ミスター・ブラックから少し話は聞いていたわ。あなたはとても思慮深くて、ミスター・ポッターのように"自分が本に載っていることを簡単に受け入れて舞い上がるような人じゃない"っていうことをね。でも…ごめんなさい、こればっかりはうまく説明できないの。ただ、私が元いた世界には、確かにあなた達のことが記された本がある。私はそこまで詳しく読んだわけじゃないし、あなた達の行く末についてもちゃんと知ってるわけじゃないんだけど…ねえ、ひとつ訊いても良い?」
「なあに?」
「あなたって、ミスター・ブラックと今…どういう関係なの?」
ハナの質問は、私にとっては虚を突かれるものだった。
不思議な人だ。私達のことを軽くとはいえ知っていると言いつつ、その中で深堀りしようと(おそらく)思った結果の質問がそれだなんて。それじゃあまるで、私とシリウスが特別な関係だとでも言われているみたいじゃないか。
「ええと…ハナがどこまで知ってるかはわからないけど、とりあえず…うーん…運命共同体…? 色々と一緒に背負ってる特別な友達だとは思ってるよ。尊敬もしてるし」
「…そうなのね」
ハナはそれから、少し考え込むようにブツブツと呟き始めた。「今度あの子に会ったら少し訊いておこうかしら…」と言っているが…"あの子"とは誰なのだろう。まさか他にも、幽霊さんがいるということなのだろうか。
「ね、イリス」
「…?」
「私ね、ごめんなさい…あなたのこと、実はよく知らないの。でもこれだけは…言っても許してちょうだい。────あなたの存在は、絶対にミスター・ブラック達に光をもたらすわ。だから、どうかそのまま、あなたはあなたの信じるものを貫いて生きてね」
その時の衝撃を、どう言い表せば良いのだろう。
私は今4年生。ちょうどこの夏休み、初めて自我を持った私は家を飛び出し、ロンドンの一角に借家を構えて住んでいるところだ。傀儡だった皮を脱ぎ捨て、今まさに"自分の信じるもの"のために生きようとしていた私にとって、その言葉は心の臓の奥深くまでぐっさりと刺さった。
…何かを知っているような素振り、か。
私達について記された本とやらについては、よくわからないままだ。しかし私は、ハナが確実に"私達の未来"を知っており、そうでいながら"情報を明け渡しすぎない"ことで"未来の改変"を阻止しているように見えた。
なるほど、"レイブンクロー"の幽霊、ね。
「────ありがとう、ハナ。私の生き方を肯定してくれて」
「ううん。私は────ただ、文字に残っていることをそのまま伝えただけ。私にできることなんて…きっと、何もないのよ」
────そんなことは、ないんじゃないかな。
「じゃあ、少しだけ…シリウスとジェームズと"毎日過ごしている身"として、厚かましいことを言っても良い?」
「? え、ええ…なあに?」
「あの2人ってね、いつも新しい刺激がないとすぐに死んでしまうような人間なの。だからきっと、あなたのようなとっても不思議で、魅力的で、言葉のひとつで人の心を揺さぶってしまうような力を持った人に対して、何よりも新鮮な興味を惹かれてると思うんだ。だって…私があなたの話を聞いたのは今日のことだけど…"数年前から会ってる"って言ってたのに、シリウスの顔…まるで"さっき"クリスマスプレゼントを貰った少年みたいな顔をしてた」
「ミスター・ブラックが?」
「ふふ…ちょっとだけ偉ぶらせてね。シリウスってクールな顔して、意外と子供なんだ」
そう言うと、ハナはクスクスと上品に笑った。「そんなところがあるんじゃないかって、推測だけならしてたの。合ってて嬉しい」と言うその表情が思ったよりあどけなくて、自然とこちらも笑顔になる。
「だからね、あなたは私のことを"シリウス達に光をもたらす存在だ"って言ってくれたけど…。4年間あの人達に振り回されてきた私が太鼓判を押しちゃう。きっとハナ、あなたの存在も、これから一生あの人達の心に刻まれると思う。だって私、たった二言三言しか話していないのに、もうあなたととても仲良くなれるような気がしちゃってるんだもん」
会いたいと思った時に会えないとは聞いていた。だからこそ、それが少し寂しいと思う。
不思議でならないからこそ、もっと知りたい。せっかく────それがたとえ夢の中だとしても出会える奇跡をもたらしてくれたのなら、どうかその奇跡を何度でも起こしてほしいと思う。
上手に"未来"の話をしてくれる彼女に、"今"を伝えたい。
"他所"から来たという彼女に、"この場所"のことを伝えたい。
魔法が使えるのかどうかも知らない。"マグル"ではなく"一般人"と称するからには、もしかしたら魔法使いの何たるかすら知らないのかもしれない。
でも、レイブンクローのローブを着ているというのなら、紛れもなく彼女は叡智の素質を持った大魔女になる可能性を秘めている人なのだろうと思う。いつ彼女が現実にホグワーツの門を潜るのかは知らない────既にもう卒業しているのかもしれないし、今後どこかで門扉を叩くのかもわからない────だからこそ、"私の知らない私"を彼女が教えてくれるというのなら、私は"彼女の知らない彼女"のことを語りたかった。
語るために、彼女との時間がもっとほしいと思った。
でも。
本能が、再び私をせっつく。
夢の終わりが近いと、根拠のない明晰夢はそう告げていた。
ああ、時間が足りない。
新たな友人のことを知り、語り合うには、あまりに時間が足りない。
「初めて会うのにこんなことをお願いするなんて厚かましいとはわかっているけど…またシリウス達と出会うことがあったのなら…私には支えきれない彼らの"未来"を、支えてくれる?」
夢の終わりを察知した私は、つい突拍子もないそんな願いを口にしてしまう。ハナは一瞬だけ意外そうに目を見開いたが────もしや、私の意図を察知したのだろうか。レイブンクローの生徒らしく、全てを悟った賢者の目を細め、笑ってくれた。
「私にできることなら、なんでも。ミスター・ポッター達は、私にとっても大切な友達だもの」
「…ありがとう」
「それに、今日あなたに会えて良かったわ、イリス。次に会えるのがいつになるかはわからないけど…ねえ、私ともお友達になってくれる?」
レイブンクローの幽霊は、そう言って私に手を差し出した。
もちろん、断る理由などない。すり抜ける覚悟でその手を取ると────ああ、やはりそうだったのか────彼女には"実体"があった。握った手から、"生きている人間"の体温を感じる。
「もちろんだよ、ハナ。…それにね、私…ひとつ私達が"誰よりも仲良くなれそう"な要素を見つけちゃったの」
「なあに?」
「これが"私の夢の中の出来事"でもあるってこと。シリウスやジェームズはどうやら"現実"であなたに会っているみたいだけど…。ね、ハナ。ここに来る時のトリガーって、あなたにとってはいつも"眠り"なんでしょう?」
「────つまり、あなたの"眠り"と私の"眠り"が共鳴した時に会えるって…。ふふ、ミスター・ポッター達よりも会える条件が揃ってるってことかしら」
「そうだったら良いなあ、っていう私の願いだよ」
「私もそう願うわ。あなたからもホグワーツの話、魔法の話、たくさん聞きたいもの。本の中で読んでいるだけじゃわからない、あなた達の"心の話"、次に会ったらゆっくり聞かせてくれる?」
「その時はティーセットを用意して、一緒にスコーンでも食べながら話そうね」
ゆっくりと、夢の中の意識が遠のいていくのを感じる。ハナもそれは察知してくれたのだろう。握手していた手を離すと、どこか名残惜しそうな顔をしつつ私に手を振ってくれた。
「さようなら、新しいお友達・イリス。すぐにまた再会できることを祈るわ」
「ありがとう、ハナ。なんならあなたが"いつもそこにいてくれるハナ"としてここに来てくれることを、私は祈ってるよ」
初めて出会ったとは思えないような心地良さだった。まるで旧知の友人のように言葉がスラスラと並び、そして私の言葉を先取りするかのような対応の速さで、彼女は私を受け入れてくれていたのだから。
リリーと出会った時とは何かが違う、"この人とはきっと、二度と出会えないとしても互いの記憶に刻まれ続ける存在になるだろう"という妙な確信だけがあった。おかしいな、たった一度だけ、それも数分会話を交わしただけなのに。
シリウスやジェームズがご執心になるのも納得だ。きっとこれは、彼女が持つ固有の魅力なのだろう。
そんなことを考えている間に、視界が白んでいく。
夢の中で出会った、同じように夢を見ている新たな友人は、私の意識が完全に途絶えるまで私を見送ってくれていた。
────そうして、目が覚める。
まだ外は暗いままだった。時計を見ると、寝付く前に見た時から2時間も経っていない。
明日になったら、シリウスにこのことを報告しに行こう。
きっとそうしたら彼は私に嫉妬して────そして、ハナをもう一度ここに呼ぶ手立てを探し始めてくれるかもしれない。他人任せと言われてしまえばそれまでだが、夢の中でしか出会えない友人を現実に召喚する術など私には思いつけないので、ここは天才に任せるとして────。
────もう一度、あのレイブンクローの素敵な幽霊さんに出会える日を、心待ちにすることにしよう。
ずっと私のことを応援してくださり、そして今ではとても素晴らしいハリポタの夢を見せてくださっている、大好きな椎名さん。
お誕生日おめでとうございます。どうか、素敵な1年をお過ごしください。
勝手ながら、拙作の"Be Happy Together"と椎名さんが描かれている"夢見る少女じゃいられない"のコラボ作品を書かせていただきました。お誕生日に記念として押し付けたいと思って書き始めたものですが、実はずっと前から絡ませたいと思っていたヒロイン2人のお話でもあります。
※解釈違い・二次としてではありますが著作範囲に椎名さんにとってのルール違反があったら即刻削除する覚悟ですので、遠慮なく指摘ください!!
※椎名さんルールに則った削除は当然のマナーとして行う予定ですが、申し訳ありません、他の方からの削除要請にはお応えしかねます。ご理解いただけますと幸いです。
ただ、(本当におこがましいことですが)椎名さんがこうして魅力的なハリポタワールドを展開してくださるきっかけになったうちの子が、世代を超えてハナさんに出会ったらきっと一瞬で心を砕くだろうな、という部分だけは(うちの子なので当然ですね…)確信を持っています。
そしてこちらが今回ヒロインさんをお借りした、大好きな椎名さんのサイトです↓
BLOOMING
これからも仲良くしてくださったら嬉しいです。
今後の創作も、のんびりゆったり心待ちにしております。誰よりも優しく聡明なハナさんが、幸せになれますように。
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