こっち向いて、監督生!
※ハーツラビュルモブ視点
第一印象は最悪だった。
一学年下に、たった一人の女子が特別措置で入学したって聞いたからワクワクして見に行ったのに、そこにいたのは…ハートの女王の法律を片っ端から破らないと気が済まないんじゃないかと言うような破天荒で、能無しで、勢いだけ強いような…こう…女子っていうより…ゴリラ…? いや顔は結構可愛いんだけど…脳筋…? いや体も華奢なんだけど…メンタル脳筋ゴリラ…? とにかく、そんな思い描いていた"女子"とはかけ離れた奴だったから。
入学早々、これまたハーツラビュルに寮分けされた問題児・トラッポラと一悶着起こすゴリラ。いや、それは一悶着どころの話じゃなかった。グレートセブン像を破壊するなどという、NRC生にとって最も罪深い行動を起こしやがったんだ。その時は学園長直々に罰則を言い渡され、なんとか事なきを得たらしいんだけど…ゴリラはともかく、このトラッポラ、とにかく問題行動が多すぎる。
ようやく学校を巻き込んだ騒動が落ち着いたと思ったら、今度はこの野郎、他ならないうちの寮で盗み食いをするなんてとんでもない、世が世なら死刑になるレベルの失態をやらかした。トラッポラは関係ないはずのオンボロ寮のゴリラと、何か知らんうちに仲間入りしていたスペードのゴリラ(こっちはまさに言動からしてゴリラそのものだった)を巻き込んで、殊勝な態度で寮長にマロンタルトを献上しに行ったらしいんだが…知らないって罪だよな…よりによって自ら女王の法律を破りに行って、お揃いのハートマークの首枷をつけられてやがった。「ざまあみろ」と、ここでも俺は、マナーも最低限の知識も持たずにカチコミしてきた無能な新入生に、苛立ちばかりを募らせていた。まあ、監督生に限っては、あいつ魔力ないから関係ないけど。
なんだ、素質が認められてここに入ってきたはずなのに、どうして金科玉条たるハートの女王の法律をこうも簡単に無視してくるんだ。郷に入っては郷に従えって、エレメンタリースクールで習わなかったのか。
リドル寮長がひとしきり暴れた後は、例によって副寮長とダイヤモンド先輩が何かとフォローに回ってくれていたみたいだけど…トラッポラもスペードも、そしてオンボロ寮の監督生(とそのペット)も、その時点では確実に俺達上級生にとって立派な敵と認定されていた、というわけだ。
でも────そんな印象を覆す事件が、それから間もない頃に起こってしまった。
うちの寮長、リドルがブチギレてオーバーブロットしたのだ。
きっかけなんて、この小さな寮の中で肩身を狭くして生きてきた俺にわかるわけがない。むしろ俺にとっちゃ、その"事実"だけで十分だった。リドルほどの実力者が自我を失ってるんだ、原因がわかったところで俺にできることなんて何もない。
どうしよう。あんな暴君、誰にも抑えられるわけがない────。
そう、絶望感に呑まれた時。
真っ先に立ち上がったのが、そのメンタルゴリラだった。
魔法が使えないくせに、他の魔法士と連携しながら、ものの見事に采配を執っている。
その様の、なんと異質だったことだろうか。
何の力もない雑魚が、俺達の誰も敵わなかった寮長の暴走を、止めた────?
彼女ひとりが何か特別な言葉をかけたわけではない。彼女自身が武力行使で魔術により寮長をねじ伏せたわけでもない。
それでも寮長は、彼女を筆頭とした問題児だらけの寮生達の手によって、最終的に自分自身を取り戻した。そして────ここが一番肝心かつ不可思議なのだが────彼女達のあまりに"彼女達らしい"粗雑さは、寮長が長年抱えていたらしいトラウマまでもを救った…ようだった。
その時、俺のオンボロ寮の監督生への見方は180度変わってしまった。
破天荒で、無能で、それなのに────まるでそれを逆手に取るかのように────使えるものを全て使って(それこそ俺が話しかけることすら憚っていたような諸先輩方のことまで手足でこき使って)、NRCが創設されて以来ともいえる大問題を────リドル寮長というひとりの人間の命と人権を、守ってしまったのだ。
それから彼女は、当たり前のような顔をして"何でもない日のパーティー"に呼ばれるようになった。今までのゴタゴタが嘘のように、ハーツラビュルの生徒の中に馴染んで、実に楽しそうに笑っている。
「先輩、パーティーの段取りについて教えてくれてありがとうございました」
────俺が彼女に教えたことなんて、何でもない日のパーティーでよく持ち出されるハートの女王の法律くらいのものだ(条文もまだ二桁台の、みんな知ってるようなやつ)。それなのに、彼女は入学した時のゴリラのような振舞いが嘘のように優雅な表情で、俺のことを見つめていた。俺の胡乱な「いや…そのくらいのこと…」なんて答えですら軽く笑い飛ばし、「入学した頃は散々やらかしてすみませんでした。今は先輩達のお陰で、ちょっとはここのマナーもわかるようになってきました」なんて言う始末。
おかしいな、初めて見た時にはいけ好かないただのゴリラだと思っていたのに。
お茶会の前に、みんなと楽しそうに薔薇を赤く塗っているその様を見て、俺の心境は確実に変わっていた。
あの子は異質だ。俺の知っていることは何も知らなくて、俺の知らないことをなんでも知っているよう。
相手がここにひとりしかいない女子生徒だから、特別に思えてしまうんだろうか。
そんなことを考えながら────気づいた時には、俺は彼女に恋をしてしまっていた。
さて、だからといってすぐに俺の甘酸っぱい青春劇が幕を開けるわけじゃない。
だって相手は屈指のメンタルゴリラなのだ(しかも最悪なことに、オーバーブロットの件以降、彼女はうちの寮生からまるで姫のように囲われていた。どれだけ属性を盛れば気が済むんだ)。到底"普通"の恋ができるはずもなく。
「監督生、次のパーティーのことなんだけど、ケーキにこのデコレーションを使ってみようかと思ってるんだ。試食してみてくれないか?」
なんとか彼女と話す口実を見つけようと、既に誘われていることがわかっているパーティーの件を持ち出す。うまくいけば、調理実習で作ったこの惚れ薬入りのマジパンを食わせられるかもしれない…!
「あー…そういうことならトレイ先輩を呼んできますね。あの人の方が舌良いんで」
なんっでだよ!
いや確かに正論だけども! 何が悲しくて副寮長なんかを惚れさせなきゃいけないんだよ! 地獄か!
────後になってわかったことなのだが、彼女は他ならない副寮長から「知らない人からもらったものを安易に口にしないように。もしそういう場面が出てきたら俺の名前を出せ」と言われていたらしい。いや…うん…それも正論なんだけど…何、俺って知らない人枠なの?
いやいや、男たるもの、一度失敗しただけでは挫けんぞ。
「監督生! 一緒に写真撮ろうぜ!」
無事に副寮長の監査を逃れたマジパン(急いで惚れ薬の解毒薬になるシロップをかけたので、二次災害も防げた)は次のなんでもない日のパーティーに起用された。それを祝して…という名目で、今度は監督生とマジカメ用の写真を撮ろうと持ち掛ける。
ふふふ、うまくいけば監督生とのツーショットが手に入るぞ…! もう廊下の陰から隠し撮りせずに済む…!
「良いですね、そういうことならケイト先輩をセンターにして3人で撮りましょうか」
だからなんっでだよ!!!!
いや確かにね!? ダイヤモンド先輩自撮り上手だもんね!? あの人をセンターにしてあの人のアカウントであげたらバズり確定だもんね!?
でもね! 俺はね! 監督生とのツーショットが欲しいの…ってああ…もう監督生ったら、ダイヤモンド先輩のところに走ってっちゃってるし…。
これも後で聞いたことなのだが、ダイヤモンド先輩からは「みだりに自分の顔をアップするのは危険だから、SNSに写真をあげられそうになったらオレのこと呼んでね。もし何かあってもオレが一緒に映ってれば、すぐ特定して問題ないかチェックしたげるよ」と星を飛ばしながら言われていたらしい。うん…ネットリテラシーがきちんとしてて偉いね…。
いやいや、七転八倒! 齢17にして初めて抱いたこの恋心、決して諦めはしないぞ!
それからも俺は何かと監督生に構い続けた。
「監督生、次の試験の範囲、教えてやるよ!」
「ふふふ、実はリドル寮長がノートを貸してくださったので、次の項目はバッチリ対策済なんです」
「あ…ウン…それは心強いね…」
「監督生、今週末マジフト部の練習試合があるんだ、良かったら────」
「すみません、その日はエースのバスケ部の大会を見に行くって先約が入っちゃってて…」
「あー…先約なら仕方ないね…」
「監督生、さっき掃除してたら錬金術のレポートが出てきたんだ、この時期の課題大変だろ? 良かったら使ってくれよ!」
「わあ、ありがとうございます。昨日デュースがちょうど行き詰まったせいで、2人とも徹夜になっちゃって大変だったんですよ。一緒に見せても良いですか?」
「徹夜!? い、いや、うん、良いよ…2人で使いな…」
「監督生…何かもう…こう…なんでも良いから困ってることないか…?」
「うーん…あるにはあるんですけど…でも先輩のお手を煩わせるのも申し訳ないので…」
「!! いや、なんでも良いぞ! 言ってくれ!」
「本当ですか? 実は今日、急遽ラウンジのバイトが入っちゃったんですけど、その間にグリムの面倒を見ててくれる人がいなくて…」
────ここまでしておいて全く気付いてもらえないって、もう俺が不器用すぎるのか彼女が鈍感すぎるのか…いや、もうなんかいっそ嫌われてるような気さえしてきた…。
誰もいないオンボロ寮で、グリムを抱えながら戸棚のツナ缶を補充する。
なんでだろう。あの子に近づこうとすると、まるで因果律が働いているように何かが邪魔をする。作為的なところはないんだけど(だから余計にたちが悪い)、なぜか俺が彼女に近づこうとする度、他ならないハーツラビュル寮の誰かの名前を引き合いに出されて全て玉砕するのだ。挙句の果てにはグリムまで俺の恋路を邪魔してくるし…いや、誰も悪気はないのはわかってるんだけどさあ…。
なぜだ。なぜなんだ。
「なあグリム、監督生って好きな奴とかいないのか?」
あまりにも悲しすぎるので、グリムを話し相手に、せめてバイトから帰る彼女を健気に待とうとソファに腰掛けた。もう日が暮れてからだいぶ経つし、不毛な会話でもしていればじきに彼女は戻って来るだろう。
「好きな奴? いっぱいいるんだゾ。エースだろ、デュースだろ、リドルやトレイやケイトのこともしょっちゅう好きだって言ってるし…」
やっぱりうちの寮の人が真っ先に出てくるんだな…。
「────それからレオナのことも格好良いって言ってるし、アズールは努力家ですごいって言ってるし、カリムには癒されるって言ってるし────」
待て待て待て待て、他の寮長まで出されたらいよいよ俺の入る枠がないだろが!
「────あとなんだったっけ、最近はポムフィオーレのゴルヌンチャックってヤツと友達になったって嬉しそうに話してたんだゾ」
誰だよそれ!!!! もはや名前がポムフィオーレじゃねえだろ!!!!
「まあでも、子分の一番はいつだってオレ様だけどな!」
「ああ…いっそそうであってくれたなら俺もどんなに心中穏やかだったことか…」
ていうか俺、なんで猫なんかに恋愛相談してるんだろ。もはやこれ、恋愛相談とかいうレベルですらないし…。
どうせあの子の中では、俺は目元の隠れたモブAとかいう位置づけなんだろうなあ。やっぱりこんな恋しても、虚しいだけなのかなあ…。
「あ、でもそういえば────子分、なんか"アイツ"の話をする時だけはやたら嬉しそうにしてるんだゾ」
ガタンッ!
勢いよく立ち上がり、副寮長からお土産に持たされたタルトを頬張るグリムをぶらんと抱え上げた。
「ふなっ!? 何するんだゾ!?」
「誰のことだ!? あの子は一体誰に────」
まさか、まさか俺とか────いやここまで存在を薄められてるのにそんなことはないか────。でも違うなら違うで気になる、俺の恋敵…!
「そりゃあお前、そんなの────」
グリムがいよいよその名前を言おうとした、その時だった。
ビィイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!
耳を塞ぎたくなるような警報音が、オンボロ寮の外に轟いた。勢いあまってグリムを落としてしまったが、流石そこは猫というべきなのか、難なく着地して「おい! オレ様を落とすな!」と文句を言っている。
「いや、それよりこの音────!」
「あー、これは"ぼうはんぶざー"の音なんだゾ」
…防犯ブザー?
「まったく…子分の奴、オレ様がいないとすぐ絡まれるんだから、困ったもんなんだゾ…。でもまあ、この音が鳴ったってことは────」
「待て、"絡まれる"って…じゃあ、この音はあの子が鳴らした警告音ってことか!?」
グリムはやたら呑気にしているが、あの子が絡まれているというのなら看過はできない。
俺はすぐさまオンボロ寮の玄関を飛び出し────そして、目の前に広がる光景に唖然としてしまった。
そこには、5人の上級生(寮はバラバラだ)と────そして、グリムの言った通り、監督生が立っていた。
上級生達は全員マジカルペンを持っているのに対し、監督生は丸腰だった。それも当然、だってあの子は魔法が使えないのだから。
どうしよう。助けなきゃ。でも相手は俺より確実に格上だ。割って入ったところで、守り切れるのだろうか────?
いや、考えていても仕方ない!
好きな女の子が危険に晒されているんだ! 黙って見ているなんて、男じゃない!
「おい、何して────」
その時だった。
バキッ。
真っ先に飛び掛かった上級生の腕を、監督生が見事な蹴りで弾き…返した…?
「いってえ!!」
流石に一撃で倒すほどの威力はなかったものの、下級生の女子ということで完全に侮っていたのだろう(俺もだ)、呆気に取られたように蹴られた上級生は棒立ちになっていた。
「お前────魔法も使えないクセに────!」
残りの奴が殺気立ってペンを翳す。
まずい、あいつら、容赦なく魔法を使う気だ!
しかし、空高く掲げられたペン先から光が溢れることはなく────え、どうして…何も起こらないんだ────?
慌てて見ると、監督生は見たこともない手指の組み方をして、何かを唱えていた。
ここからだとうまく聞き取れないが────どうにもそれは、異国の言葉に聞こえて仕方がない。
「────魔法が使えないのは、そちらも同じですよ」
彼女が詠唱を終えると、ズシャッと嫌な音がして────まるで見えない力に圧されているかのように、上級生は全員地面に頭をこすりつけられていた。ご丁寧に膝まで折り曲げて、まるで土下座をしているような姿勢になっている。
「知ってます? 極東の方にある魔術なんですけどね、あっちの方には元々魔力を備えていない魔法士が多いんだそうですよ。魔力がなくてもこの世界で生きていくために、その地方の人々は独自の魔術回路を構築して、自ら攻撃まではできずとも、魔力なしで"魔法の妨害"くらいならできるようになったんだそうです」
地面にへばりつく上級生の頭をガンと踵で蹴り飛ばしながら(あまりにも容赦のない蹴りに思わず目を瞑ってしまった)、監督生は慈悲のない声で言い捨てる。夜の闇の中、冷たい瞳がきらりと嫌な光を放っていた。
「私がこの世界に飛ばされて、何もできずにただ泣いてるだけのか弱い女の子だとでも思いました? 弱い者虐めはさぞかし楽しい計画だったことでしょうねえ。────でも残念です、私、身を守る術だけなら心得ているんですよ。それに────」
言葉の途中で、彼女の後ろに小さな光が灯った。
その光はだんだんと輝度を増し────そして────やがてそれは、彼女とそう大きさの変わらない人の形をなす。
「────ボク達の客人を害す不届き者はこいつらかい?」
────リ、リドル寮長…!!
人型の光はすぐに消えた。そして、光のあった場所に立っていたのは、他ならないうちの────ハーツラビュルの、寮長だった。
寮長が転移魔法を使ってここに現れたことはすぐにわかった。俺もまだ教科書でしか見たことがないが、それは一定範囲内において瞬時に自分の身を別の場所に移す、成人魔法士レベルの高度な技だった。
なるほど、防犯ブザーとはこれを意味していたのか。
大方、監督生のブザーが鳴った時、寮長の方にも何らかの方法で報せが行くよう細工していたんだろう。その音が鳴るのは、彼女の身に危険が迫った時。報せを受けた寮長は、すぐに転移魔法で彼女の元へとジャンプするようになっていて…って、俺は何を冷静に解説してるんだ! バトル漫画のモブか! …ここでもモブなのかあ…。
「すみません、リドル先輩をお呼びするまでもなかったみたいです」
「そのようだね。でも"攻撃を加えられそうになったらボクを呼ぶこと"────君はただ、言いつけをきちんと守っただけだ。さあ、あとは安心してボクに任せると良い」
「あ…あああ…」
「な、なんでローズハートが…」
「なんでかって?」
寮長は持っているステッキを高く掲げると、「オフ・ウィズ・ユアヘッド!」と威厳に満ちた声で叫び、全員の首にハート型の枷をかけた。
「身を守るだけの無害な子猫に仇なす者を、代わりに罰するために決まっているだろう?」
その後、上級生達は全員、寮長に引きずられてどこかへと消えて行った。寮長は無闇に私闘をするような人じゃないので、おそらくそれぞれの寮長に話をつけに行ったか、直接学園長のところへでも連行しているんだろう。
監督生はケロリとした顔をしていた。寮長を見送った後、俺の存在に気づくと、なぜか恥ずかしそうな顔をして「すみません、お見苦しいところを…。あ、それよりグリムのこと、ありがとうございました」と礼儀正しくお辞儀をしてきた。
「い、いや…良いんだ…。ああいうことはよくあるのか?」
笑顔を浮かべる彼女に対して、俺は自分でも情けなくなるほどしどろもどろになっていた。今ここにいるのは年相応の可愛らしい女の子だというのに、どうしても脳裏にこびりついたあの冷たい顔が離れない。ドキドキと心臓がうるさいのは、好きな女の子が今さっきまで危険に晒されていたから…本当に、それだけだろうか?
「そうですね…どうしても"魔法が使えない女子"ってステータスは狙われやすいみたいで…。あ、でもさっきみたいに、身を守る術だけならちゃんと会得してるんです。喧嘩の仕方はデュースが教えてくれましたし、魔法妨害の術なんて、リドル寮長が直々にお稽古をつけてくださったんですよ」
だから大抵のことは自分でなんとかできるんですけど、寮長がどうしてもあのブザーを鳴らせって聞かなくて…と、困ったように笑う彼女。
「…強いんだな、お前は」
「いえいえ、先輩方に比べたら私なんて」
そんなことないよ。
俺は相手が自分より強いだろうって思った瞬間、確かに怯んでしまったんだ。
でもお前は迷うことなく蹴りを入れて、誰も知らない魔法で簡単にそいつらの頭を踏みつけにしちまった。
きっとお前にとっては格上も格下もなく、全ての人が"自分より強者"だとわかっているこそ、逆にああやって何にも臆する素振りを見せず立ち向かえたんだろうな。
メンタルゴリラだと思ってたあの印象を、メンタルドラゴンくらいに書き換えなきゃいけないかもしれないな…と、目の前の小さな子に対して改めて尊敬の念を覚えた。ところで今更なんだが、メンタルドラゴンって褒めてるんだろうか…? 仮にも好きな子だというのに、それに付随する看板があまりにもゴツすぎる…というか、待て!
好きな子といえば!!
不意の事故があったせいで頭から抜け落ちてしまったが、その直前、俺はグリムから何よりも大切な情報を聞き出そうとしていたことを思い出した。
好きな子に好きな奴がいるっていう疑惑!! 晴れてない!!
どうしよう。大変なことがあった直後だけど…彼女は全く堪えてないみたいだし、ちょっと、探りを入れてみても良いだろうか。良いよな。うん。俺が許す。
「あ、そういえば」
単なる雑談の体にしてしまえば怪しまれることもないだろう…そう思って、俺は「たいしたことじゃないんだけど」という顔を全面に装ってぽんと手を打った。
「なんです?」
「さっきグリムから聞いたんだけど、お前って好きな奴いるんだって? 教えてくれよ」
すると、途端に彼女の顔が赤くなった。
「え、ええー…グリムってばほんとにおしゃべりなんだから…」
その反応を見て、俺は落胆半分、興奮半分で、表情筋がおかしなことになってしまった。
やっぱり、好きな奴、いたんだ…!
誰だろう。
まだ俺って可能性もあるかな。いや、でもさっきのアレを見せられたら…俺なんて、きっとあの子の眼中に全くないんだろうなって嫌でも悟らされるよな…。
「内緒で教えてくれよ、な?」
聞きたいような、聞きたくないような気持ちで、それでも聞いてみる。
すると彼女は照れたように笑いながら、こっそりと人差し指を顔の前でぴんと立てた。
「内緒は内緒のままが一番なんですよ、先輩」
そう言って、「今日のお礼はまた改めてしますね、おやすみなさい」と軽やかに寮へ帰ってしまった。一方的に締め出された俺は、しばらくポカンとボロい建物の前で立ち尽くす。
そうして、ようやくこみ上げてきた感情は────胸を締め付ける、甘酸っぱい切なさだった。
────ああ、くそ、こんな簡単にあしらわれてるっていうのに、この子はそんな時でも可愛いんだもんなあ。
ハーツラビュル2年生、名前すら認知されているかわからないただのモブA、これからも見込みのないこの恋に邁進します!
そこそこ強くてそこそこ悪い監督生に惚れ込んじゃったモブの話でした。
監督生の好きな人についてはご想像にお任せします。
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